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リープ ~私達の二周目~  作者: 蛇頭蛇尾
2章  

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第十話  「忠臣として」(3)

 



 エルミナ・ヴァルキュロス。


 アメリア様の腹心、懐刀である女性は、ヴァルモン王国の武威の象徴と称しようと過言ではない。東部及び南部国境での小競り合いが収束し鎮静化を果たした功績により、エルミナ殿はかねてより申し出ていた第一王女殿下の世話係として拝命された。特筆すべきはその忠誠心なのだが、市井で出回る評判は武勇に起因したことばかりだ。当人は意に介していないようだが。


「少々お待ちを。すぐに淹れます」


 無駄な言葉を嫌うが、王女殿下にはやや過剰に応じるきらいのある女性は、短く告げた。 両手で新しく持ってきた茶器一式を音もなくテーブルに置く。茶葉のセットから熱湯を注ぎ終えているティーポットの口から、僅かな湯気が漏れていた。


 手慣れた手つきでエルミナ殿がカップに注ぎ始めると、清涼感のある、澄んだ夜を彷彿とさせる香りが漂ってきた。


「これは、西方より取り寄せたものでしょうか」

「芳香のみで察せられましたか。閣下の口にも適うかと存じますが」

「有り難く、いただきましょう」


 湯気の向こうには、微かに青みがかった琥珀色が揺らめいていた。

 エルミナ殿はアメリア様の隣に腰を下ろし、私達は各々カップを手に取った。

 全員が互いの挙動を合わせるように、それを口元まで持っていく。


「あ~、私これ好き~」

「【月の雫】ですかな」

「流石は閣下。銘柄まで当てられてしまうとは」


 熱湯のはずの液体は、口に含んだところで温度が急激に変化した。夜明け前の湖に鋭敏な指先で触れたような冷たさが口腔に広がる。しかし、その清冽さは数秒で消え去り、味覚の奥底からほのかな甘みが湧き上がってくる。砂糖の甘さではない、花崗岩の奥深くで熟成された蜜のような、上品な甘さが舌で伝わる。


「以前からアメリア様にせがまれておりましたので」

「私はねだっただけだよ」

「命令と同義でしょう」


 エルミナ殿の口ぶりは、まるで妹の我儘に付き合ってあげた姉のように、丁寧ながらも若干の揶揄を滲ませていた。


 公の場では物言わぬ壁のごとく沈黙を纏う女性は、ひとたび人の目から解放されると、態度や雰囲気を軟化させる。


 添え物の茶菓子を頬張る王女殿下、その唇に付着した滓を摘まみ取ってあげる世話係。家族のように、歳の近い友人のように。眼前では、二人の間柄がよく見て取れる。

 そのような振る舞いを以て私に接する彼女たちを鑑みるに、私は信頼されている。と自惚れても良いのだろうか。


 遠慮のない二人の触れ合いを、一歩後ろから見守る私。この場に満ちる安寧は、畏れ多いほどに心地よく、得難いものがある。

 三人で飲み明かした夜が、ふいに思い出される。外壁上から眺めたあの日の月も、夜闇の雫を垂らしていたようだった。


 アメリア様とエルミナ殿の関係性には、成長があれば変化もある。

 城内部の切り取られた空間、静謐なひとときを私は噛みしめた。


「先ほど話を遮ってしまったと思ったのですが、一体どのようなお話を?」

「アメリア様のご友人の方々につきまして、拝聴をしておりました」

「セレヴィからアークまで話してて。次は留学してきた人の話に移ろうとしてた」

「東、西、南、北。アメリア様は大陸を制覇されていますから」

「ふふぅん、そうなんだよ。それに最近あった出来事も一緒に教えてあげてたとこ……ん~~~、四日前の、お酒の雨が降った時あったじゃん? あのとき、ゴージンとライとイヴの三人と一緒にいたっけ。ゴージンの、なんとか装置でみんな酔っぱらってたとき」

「ありましたね。アメリア様含めて全員を研究室へ担いで行きました」

「ベロベロになっちゃって、イヴなんてライに凄い甘えてたよねー。ゴージンなんて空中に計算式を書こうとしてて大笑いしちゃった」

「アメリア様は壁と話していましたね。何やら急に怒り出して魔力を放っていましたが」

「聞き逃してはならない部分が聞こえたのですが」

「ご安心を。修繕まで含めて私がやっておきました」

「それなら……いえ、良くはないでしょう」


 大学の敷地内、それもアメリア様たちの実験の範囲内で収まったらしく、酒雨の被害は最小限に留まったという。

 聞く限りでは、小規模に収まったようだ。王都中に拡大していれば、酔眼を携えた者達で溢れかえっていた。そこかしこで乱闘が始まっていたかもしれない。


「ゴージンって熱量があって凄いよねー。私も見習わないと」

「周囲は対応に追われてばかりですね。特段の被害もないので現状は様子を見ています」

「人知れず実害が出ていそうですが……」


 ゴージン・ヴェルディック。


 人物像は把握している。突飛な発想力にて革新的な発明を日夜作り出していると。彼の創造はアメリア様の無軌道な振る舞いに拍車を掛けている。これまで目立った怪我人が見受けられないから不思議だ。王女殿下の幸運か、もしくは殿下ご自身が無意識のうちに被害を留めているのかもしれない。


 最近は母国政府からの干渉を受けているらしく、青年の置かれた状況を看過できないとして、アメリア様は我が国の庇護下にて匿うことを考えているという。

 外交問題に発展するリスクを、承知の上で。


「ライとイヴはね、ゴージンみたいに工学をしてたみたいで、三人で集まることが多いかな。やっぱりわかる人同士で話してると楽しそうなんだー。二人は従姉弟で、すっごく仲良し!」

「姉弟のような、恋人のような、そんな距離感ですね」

「北の連邦から、ですか」

「閣下の懸念も当然ですが、今のところは特に。不審な点はありますが、私の目には、彼らに敵対の意思はないかと思われます」

「二人とも心配しすぎー。あの二人は大丈夫だよ。私が保証するから!」


 胸を張って告げた王女殿下の識見は、侮りがたいものがある。彼女の人を見抜く眼力は、もはや国王陛下をも凌駕される域に達していると断言して差し支えない。とはいえ、注視しておく気だろう。


 ライゼル・フォン・リンゼルト。

 イヴェリア・フォン・リンゼルト。


 連邦の意思をアメリア様に押し付けるべく派遣されてきた、と推測される二名で、偽名を用いて潜入してきた。捕らえて連邦との交渉に臨む選択肢もあるが、相手は素知らぬ振りを押し通してくるだろう。今は泳がせ、確たる証拠や情報を引き出してから牢獄に送る予定だ。

 物理的に敵意を示すような真似は、エルミナ殿がいれば一抹の不安もない。


「あとねー、同じ日にリュソーとジャミール、リファーナにも会った」

「『アルシミ香水』の件ですね」

「香水、ですか」

「えーっと、【激臭を引き出す薬】だっけ?」

「【良い体臭を引き出す薬】だったかと」

「それそれ、まあ私のもそう遠くない」

「真反対に思えますが……」


 薬学部の生徒に作らせた香水を五つほど買い取った西の留学生が、需要があるかを確認するために、近くで討論をしていたらしい南方の留学生二人に声をかけたという。そこへアメリア様たちが加わり、使用後に各々の反応を見た。


 人的並びに物的被害の出ていない平和な時間だったという。

 被害云々以前に、騒動の無い日を基準に据えることは不可能なのだろうか。


 しかし、そのようなアメリア様は、かえって不気味かもしれない。

 このような思考が巡ってしまう時点で、王女殿下の日常に私も随分と毒されている。


「薬学部って、確か五棟だったよね。まだ行ってないなぁ」

「錬金学部も同棟かと。今度見学に行きましょうか」

「そうしよう! 何か起こるかもしれないし!」

「起こさないで欲しいのですが」


 確定的な近日の騒動に、口内に染み渡った澄んだ溜息が漏れ出てしまいそうだった。


 残りわずかな紅茶を見やり、寂しさを覚えつつも、考えるべき事柄へ目を向ける。


 ジャミール・エフ=バフマーン。

 リファーナ・エス=サラディア。

 リュソー・アルカンジュ。


 南方よりの二人もまた、警戒はしておきましょう。彼ら、といいますより、南の情勢に、の意味合いになりますが。

 昨今の南方は、不穏な事例がしばしば報告されておりますからな。来年か、早ければ半年後には事が動くかもしれませぬ。それに乗じて、アメリア様に何がしかの接触や提案を持ち込む可能性は十二分に考えられます。


 そして、大商人のご令嬢。西では最大規模の商圏を持つ、アルカンジュ家の者。こちらも警戒しておくことに越したことはない。

 西の商人は詐欺師と思え。このごろはそのような風潮になっている。


 ううむ、どの人物も一つ二つの癖を抱えておりますな。アメリア様の下へ集う人物ともなれば、偶然ではない必然とも言えるやもしれませんが。


「あ、そうそう。今度、皆を王城に招いてもいい?」


 突然の投げかけに、心臓の鼓動が早まり出した。それはまるで、警鐘を鳴らされているようにも思えた。

 王城が内部から崩壊する恐れ。そんな想像が脳裏をよぎり、しかし渋面を作りたい心を抑えていたところへ、アメリア様は軽く両手を合わせて乾いた音を鳴らした。


「あ、やっぱりなし! 皆を呼ぶんだったら、パン作りみたいに静かにパパッとできる催しじゃなくて、もっと賑やかにできる遊び場がいいかも。どこか借りられるパーティー会場とかにしようかな」

「それでしたら、私が手配いたしましょう。この時期ならば、ホールやホテルのどこかしかを貸し切ることも可能でしょうから」

「ありがとう! 宰相も来ていいからね! というか来てみてよ!」

「会議が、滞りなく終われば、ですかな」


 若人に紛れる中年など、見るに堪えない光景でしょう。たとえその日の業務が予定より早く終わったとして、催しが終わる頃に顔を出す程度でしょう。


「またちょっと話変わるけど。鉄道と北部国境、西南端の林立地区に関係した書類を確認してほしいかも。時間ある時でいいから」

「それでしたら、アメリア様ご自身の判断で承認や認可を下ろしていただいて構いません。わざわざ私に確認を求めずとも、」

「今は、私と宰相がお父様の代わりでしょ。私は宰相に較べたら全然経験が足りないし。ちゃんと学んでいきたいの」

「……失礼いたしました。私の認識が甘かったようです」


 これだ。これだからこそ、この方の忠臣でいられるのだ。

 横目に見えたエルミナ殿の微笑は、目線だけで私に同意を示してくれるようだった。


 無知蒙昧に放言を弄する連中には、この深遠なる偉大さに理解が及ばない。


 他人の功績に便乗しただけ、偶然が味方しただけ。などとアメリア様の成果を主観で片付ける者は少なくない。


 無論、殿下お一人の力に依るものでないことは承知している。エルミナ殿や私を始め、周囲の尽力に支えられている側面は確かにある。しかしながら、才覚のある者達を惹きつける力こそ、紛れもないアメリア様の天稟だ。


 仮に、殿下の功績が僥倖の所産だとすれば、裏を返せば、殿下は王たる器を備えておられると断言できよう。意図せずして国民に利をもたらすのであれば、これこそ王の資質に他ならない。天の寵愛を一身に集める指導者が上に立たずして、何者が立てようか。


 自覚的かは判じ難いが、市民と貴族の軋轢を解消する努力は、殿下やその友人が成し遂げておられる。私や他貴族が密室にて冗長な議論を交わし、いたずらに時間を浪費する間にも、アメリア様は一挙手一投足をもって民の支持を獲得されている。全くもって不甲斐ない極みだ。


 しかし、これもまた。視点を変えてみればいいのではないか。

 殿下たちの妨げになる者達を、密室に押し込め留めていられる。詭弁であり方便にも足らない捉え方ではあるが、くたびれだしていた白黒の頭にも、為せることはありそうだ。


 思索にふけ、自嘲を経た私は、そして音もなく立ちあがった。

 尊敬すべき若人の見上げる視線に、柔和な笑みを浮かべる。


「それでは、会議にまた赴きますかな」

「あ、もうそんな時間。ごめんね、色々付き合わせちゃって」

「いえいえ。また、お聞かせくださいませ」

「うん! また面白い話するね!」

「承知いたしました。拝聴の機会を心待ちにしております」


 大きく手を振る殿下に、会釈を添える世話係。二名へお辞儀を返し、部屋を後にする。


 鍵盤に身を委ねる余裕は無くなった。この後の会議も、望みもしない顔を合わせ、生産性に欠けた対話に終始するのだろう。

 それにもかかわらず、足取りは大いに軽やかだった。靴底の枷が解かれ、側面に小鳥の羽根でも生えたように。






 突飛な話に頭を抱えることがあろうと、非日常に富んだアメリア様の日々は、新鮮で興味深く、面白い。

 長く苦しい毎日を過ごされる国王陛下は、彼女の話を生きる活性剤としておられるはずだ。

 楽しそうに話されるアメリア様は、聞き役にまで活力を与えてくれる。


 国の中心として、あの方の忠臣として。


 期待に応える働きを、志そう。


 次の談笑では、厳選した茶葉でも振る舞ってみようか。






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