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リープ ~私達の二周目~  作者: 蛇頭蛇尾
2章  

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第十話  「忠臣として」(2)

 



 古風なソファーにて、くつろいだ様子で深く腰掛けていた。

 当人のあずかり知らぬところで話題の中心であったその方は、政治文書でも高尚な書物でもない、最新の魔導小説を手にしていた。


 そこでは、彼女の他にもう一人佇んでいた。


「宰相閣下がご同席されるのであれば……アメリア様、取り寄せていたものを取りに向かってもよろしいでしょうか」

「いいよー、いってらっしゃい」

「閣下、申し訳ございませんが、一時席を外させていただきます」

「構いません」


 肩にかかることなくすっきりと整えられ黒髪を微かに揺らした女性。

 背筋は常に正されており、立っていても座っていても『構えている』と称される世話係は、私にひとつ会釈を取り、扉から出て行った。


「紅茶あるけど飲む?」

「……いただきましょう」


 断るわけにもいかず、対面に用意してある椅子に腰を下ろす。手慣れたように淹れてくれた王女殿下に短く謝意を述べる。

 一人の時間は望むべくもなくなった。しかし、私の頬は緩んでいた。


 アメリア様に、特段の緊張を抱く必要はない。最低限度の礼儀や作法を弁えていれば十分。

 格式高い儀礼より友人のごとく接することを、彼女は望む。時には非常識に捉えられる姿勢は、下手に肩肘を張らずにいられるだけで、私にとって心地良い。


「本日は休校日でしたな」

「そーなの。学校が無い日って久しぶり」


 今日が休校日であることは把握していたが、なおのこと不思議に思える。自由な時間にも拘わらずアメリア様が城に留まっているなど。

 王都のどこかへ足を向け、何かしらのトラブルを起こしているものかと。それが常のアメリア様なのだから。


「さっきまで南の市街地を走り回ってたから、ちょっと休憩」


 既に一つ起こしていましたか。そして、ひとまずの休憩ときましたか。

 午後にはまた何かが起こされるのでしょう。


「あ、心配しないでね。後始末ならエルミナがしてくれてるから」

「それなら、安心です」


 どのような事件ですか、などと問わない。

 後になればわかることであり、それほど緊急の要件ではないだろう。エルミナ殿が事細かにまとめた書類を待てばいい。


「午前中、ずっと会議だったの?」

「夕刻もしているでしょうな」


 周辺諸国への対応やメディアへの対策などが午後の話の中心になるだろう。

 午前には終わらせておくべき議題もあったが、参加者の大半が別の話題に熱を上げていたのだから仕方がない。本来ならば進行役である私が収拾すべきだったのだ。


「大変ねー。私にできることがあったら言ってよ、ちゃんと手伝うから!」

「ありがたきお言葉です。その折には、お願いいたしましょう」


 王女殿下の御厚意に、常人ならばこう思うだろう。『ただ仕事を増やすだけ』と。


 多くの者が勘違いしているが、アメリア様は王家の一員として適した能力を備えている。

 国民との交流、慈善活動、国際親善、儀式への出席など、公務を疎かにしたことはない。手段や過程はさておき、王族としての務めは十分に果たされている。ただ合間に挟まれる不測の事態が、衆目を集めてしまうだけで。


 会議に参じた貴族が溜息をつきたくなる心情は、手に取るようにわかる。世間における第一王女殿下の評価は、失態や醜聞、不名誉やスキャンダルといった彼らの期待するものとはまるで異なる。

 もしもこれが、分かりやすい金品に価値を見出す人物であれば、今も談話室で思惑を巡らす者達にしても、いくらか都合が良かっただろう。


 アメリア様の価値基準は、常人と大いに乖離している。

 楽しいかどうか。その判断もまた本人に委ねられる。

 先ほどまで顔を合わせていた者達は、戦々恐々とした日々を送っているのだろう。


 いつ王女殿下の被害に遭うのか。槍玉に挙げられてしまうのか。

 灰にしたはずの書類が見事に復元され、突き付けられてしまうのか。

 上流階級に横行する贈収賄の通じない彼女には、口止めすら敵わない。

 尊大な口を開いていた彼らは、虚勢の裏で警戒を滲ませていたのだ。


 理解が及ぼうと、共感は露ほども持たない。存分に頭を悩ませていればいい。


「お父様も、早く元気にならないかなー」

「……私も、同じ思いにございます」


 一転して瞼を閉じたアメリア様は、カップを軽く傾けた。その言葉尻は少々弱弱しかった。

 私もまた、彼女を模倣するようにカップへ口をつける。


 兆候は、おおよそ五年前から始まっていただろうか。持病の悪化により、この数ヶ月、国王陛下は私室にて安静にされる日が多くなった。

 筋力は衰え眼光は陰りを帯び始め、それでもなお王国を思われている。


 あの方から命を受けた私は、アメリア様とともに代わりを務めている。

 象徴が不在であろうと、国の運営を止めるわけにはいかない。陛下の療養、外部への情報統制、日々の国政。私の双肩には、多大なる物事が大岩のごとく乗せられている。


 そして、それは目の前の女性にしても同様だ。


「今日も報告に行こーっと。また笑わせてあげようかな」

「それは良きにございます。陛下には最上の良薬でしょう」


 軽快な調子で返した彼女に、私は瞼をわずかに細め、摘まむようにして持っているカップの紅茶へ目線を落とした。


 国王ゼロン様は、愛娘であろうと妥協を許さない御方だ。

 父として、王として、象徴として。軟派な者には容易に跡を継がせない旨を、周囲にはよく語っていた。


 王妃を失くされてからは、より一層アメリア様の教育に精を出された。

 公務の隙間を縫っては直々にアメリア様を指導することもあった。

 歴史ある大国の支柱として、次代の大樹を望んでいた。


 私の知る所では、反発を示すときはあろうとアメリア様は途中で投げ出すような真似はしなかった。

 反骨心か信念かは定かではないが、父親の期待に応えていった。ゼロン様もまた、そのような娘に自らの持てる全てを注ぎ込むように接した。それは、責務の継承とは別に、自らの死期を感じ取っていたからかもしれない。


 陛下の余命は、長くて二年ほど。治す術はないか模索してきたが、手の施しようはない。病状の進行を遅らせるのが関の山だった。

 口にはしないまでも、アメリア様は肌身で感じ取っているのだろう。

 父のこれまでの立ち居振る舞いを、その重責を、理解している。


 だからこそ、彼の願いも日々叶えている。



『娘の元気な姿を望む』。

 いつの頃か、国王陛下は床の間でそう呟かれた。


 可憐な耳朶でしかと聞き入れたアメリア様は、以来、以前にも増して性分を解放された。

 大勢の者が振り回される珍事や笑い話を、当人の口から毎日欠かさずに伝えている。


 最近は特に、陛下の笑みが絹糸のごとく柔らかなものへと変貌している。


 私はひとつ、小さく咳ばらいをした。


「さて。よろしければ、アメリア様の彩りに富んだ日常を、この愚臣に拝聴の機会をいただけますでしょうか」

「まーた、そういうこと言う。宰相は忠臣だよ、ちゅーしん!」

「もったいなきお言葉。して、とりわけ印象深い事柄が今週はございましたかな?」

「んえーっとねえ」


 躍動を靴裏に塗り込んだ王女殿下の軌跡は、一ページに一つの騒動として書物に置き換えたとして、五を数えるだろうか。概算ではそれぐらいにはなるはずだ。


 当然のことながら、日ごとに生産される事象全てを目撃することは叶わない。しかし、中には重要な事件が紛れている可能性がある。一つ一つが王都や地方、他国に影響を及ぼす事柄が潜んでいるかもしれない。


 その確認も兼ねて、私は週に一度聴講者として尋ねている。発生し収束した事柄の後始末や対応なども含めて、詳細を聞き出しておきたいのだ。


 それに、これは私の楽しみでもある。

 頭痛を覚えるようなことから、思わず笑みがこぼれる話まで。アメリア様の暴れ具合は、良くも悪くも退屈しない。時には痛快なものまである。


「今日は爆発義務をもうやったでしょー。昨日はガラス列強、二日前のコルマッチ電気信号、三日前はアークと散策してて色々見て回ったなー……うーん、やっぱり五日前の羽ばたく魔導料理書かな」

「ほお。それは、アメリア様の私室から飛び出していった魔導書群のことですな?」

「そうそう。都市中を鳥と一緒に駆けて行って。皆で回収しに行った話。楽しかったなぁ」


 古書に高等教育書、王家の秘書など、アメリア様の魔法により窓から羽ばたいたそれらは、王都中を駆け回った。


 王族の部屋から飛び出たとして大勢が価値あるものと思い込み、争奪戦が始まった。

 しかし、ページをめくれば、それらはレシピ本だと判明した。高価かつ貴重な書物は早々にエルミナ殿が回収していたため、実際に空を駆けていたのは、アメリア様が集めていた料理本の数々だ。ご自身で料理をするつもりだったのか、地方の名物や各国の郷土料理などを記した数十種の本は、市井で購入できる品ばかりだ。


「セレヴィもグレインもノーラも、みーんな手伝ってくれたんだ。お詫びにいくつかレシピ本あげようと思ったんだけど、皆遠慮しちゃって。別にいいのにね、本の一つや二つぐらい。いつだって買えるんだから」


 エルミナ殿の話では、友人たちは魔法書に記載される高度な魔法を会得しようと躍起になっていたらしく、実態が料理本だと知ると落胆していたという。


 これは伝えるべきではありませんな。友人が手を貸してくれたと認識していた方が、アメリア様には幸せでしょう。


「そう言えば聞いた? 地下水路が綺麗になってきたって」

「ええ、私もエルミナ殿から伺いました」


 生活排水により、淀み濁り悪臭を充満させていた王都の地下水路は、生まれ変わったように浄化されたという。毒性の高い瘴気が薄まり、無害な水蒸気となり。

 壁面を覆っていた粘菌や、病原菌の温床になっていた苔なども、一掃された。


「あのとき撒いた香油が、良い感じになってくれたんだって、エルミナが言ってた」


 いつしかの香油騒動には、肝を冷やされましたな。あの日は脈が三度ほど止まりかけた気がします。

 アメリア様の機転と発想もあり、どうにか乗り切れました。

 元を辿れば、原因もアメリア様ですが。


「私も今度行ってみよっかな」

「ご注意を。浄化が進んだとはいえ、残滓が漂っているやもしれません」

「うん。ちゃーんと準備しておくね」


 軽く頷いた王女殿下に、私はわずかに目を細めた。

 アメリア様が危機にさらされる事態が、そこらに落ちているとは思えない。とはいえ、気には掛かる。

 本来、王族とは自由気ままに都市中を歩き回れるものではない。付き従う護衛が一人など、あり得ないことだ。


 彼女だからこそ、周囲も許容している。


 不慮の事故がアメリア様を襲わないとも限らない。

 差し出がましく、誤解を恐れずに口にしていいのならば。私は、彼女を親のごとく見守っている。


 この方は、現ヴァルモン王国の象徴であり、未来なのだ。

 このようなことを告げれば、冷笑や嘲笑が返ってくるかもしれない。


 その認識こそが誤っていると、自覚もなしに。

 カップを置き、薄紅のブロンドを讃えた少女を見やる。

 その胸元には、耳の一部が欠けたゾウのブローチが、呼気に合わせてわずかに揺れていた。


「最近は特にご友人との交遊が多くなりましたな」

「そーなの! 面白い人ばっかり! セレヴィ、グレイン、エルミナ、ノーラにアークまで!」


 まるで筆の乗り出した作家のごとく舌が回りだしたアメリア様に、私も口元が歪む。

 王立ザックスファード大学にて日頃から接する者達だ。


「セレヴィってねえ、本当にすごいの。私が何かしても、パパっと解決してくれるから!」


 パパッと、の中には相応の苦労が隠れていそうですが。

 頷きを返しながら、私は銀髪に翠の瞳を脳裏に思い浮かべた。


 セレヴィーナ・ガーウェンディッシュ。


 この一年数ヶ月を通して、彼女の評判が一新された。

 以前は、大貴族の権力を盾に傍若無人を体現していた。しかし、正道に目覚めたのか、別人のごとく変貌したうら若き乙女は、驚嘆すべき功績を目に見える形で生み出していった。


 鉄道・インフラの整備に女性の権利向上、何より、大勢の市民に彼女が好かれている点は、悪徳とされる貴族を相次いで失脚させた実績だろう。

 謀略、社交、魔法……貴族社会で生まれ育った者として、第一王女とは正反対の、真っ当な令嬢として敵対派閥と対峙していった。


 弱きを助け、強きをくじく。虐げられ搾取されていた王都の民や地方の小領主を直接的または間接的に救う振る舞いに、国民の信頼は留まるところを知らない。

 貴族と市民の架け橋の一つとして、彼女は目覚ましい成長を遂げたらしい。


 大小に関わらず打倒した貴族の領地や経済圏を吸収したガーウェンディッシュ家は、現状国内でも一、二を争う大貴族となった。

 宮廷に蔓延っていた煩わしい空気は解消されつつあり、私も見る目を変えざるを得ない。


 現在彼女の父は南部地方を統括する地位にあり、南方パラディア諸般の動向を見張っている。

 打ち破った貴族の大半は牢獄生活を送っているが、一部の者は力を失いながらも南へ逃亡した。その者達が、動乱の気配が漂う南方にて再起を図っている。

 王都にて学生生活を送る彼女は、父との連絡は欠かさず行っていることだろう。


 アメリア様が新時代の旗印であるならば、彼女は旗持ちだ。

 仮に、彼女らの間に亀裂が走り、険悪な仲へと発展してしまえば、ヴァルモン王国は二分されてしまう。セレヴィーナが腹底に反旗や謀反といった野望を抱えていなければいいが、万が一の場合に警戒はしておくべきだろう。


「グレインはねー、やっぱり頭がいいのかな。何か相談したら、ズバッと良い答えを返してくれるんだ」


 グレイン・オルテン。

 オルテン家は経済的に成功したブルジョワジーだ。財政難の貴族に対して資金を提供し、その代わりに爵位や貴族の称号を購入したことから、現在の地位にある。


 由緒ある家柄を自負し、世襲の伝統と血統を重んじる旧来の貴族階級から歓迎されていない。

 ただし、大学で彼が孤立することはない。新規参入者に対する根強い偏見や抵抗は存在するが、オルテン家と同様に地位を得た者は珍しくない。現ザックスファードにおいても、ブルジョワの子息や令嬢が多く通っており、保守と新興で学内派閥が構築されている。


 革新派とはいえ旧体制より続く家の令嬢と、新参貴族の代表として見られる令息は、立場などもあり度々口論を繰り広げているらしく、その都度ハルデン家の令息が仲を取り持っていると聞いている。


「ふふ。ノーラってね、すっごく面白いの。いつも何かに巻き込まれてて、それでもめげなくて、私も見習わないと!」


 貴方に巻き込まれているだけでは。とは口にせず、静かに瞼を下ろす。


 ノーラ・エステルハージ。

 可もなく、不可はあり。


 オルテン家のようなブルジョア階級ではなく、地方領主の一つに過ぎなかった。一時は勢いのある新興貴族として相当な力を有していたが、先代が没した後は衰退している。

 アメリア様が何故あのような令嬢と友人になられたのかは不明だが、何かしら光るものがあったのかもしれない。現状は爆破を誘引する火種のごとく光っているだけだが。


「アークは格好いいよねえ。あんなにセレヴィに一途なんだもの。それにね、知ってた? 可愛い顔なんだけど、筋肉が結構あるの」


 アークシス=ハルデン。

 種は種でも、こちらは期待される次代の種である。


 歴史ある名家は、格式高く堅実といった点ではドラグネス家と似通った性質かもしれない。健勝であられた時期の国王陛下より北部を一任されるほど信頼の厚い一族であり、以前から領民の評判は高かった。


 かつては、どこか覇気の薄い、頼りない印象を抱かせる立ち居振る舞いだったが、この一年と少しで大きく変わられた。

 セレヴィーナの陰に隠れているが、有望な若手だ。


 ハルデン家がより盤石な地位を確立することは、誰の目にも明らかだ。

 領民の子どもが行方不明になった事件では、かの令息は率先して捜索へと出向き、泥にまみれることを厭わずに発見した。婚約者であるガーウェンディッシュの令嬢とともに不道徳性を振り撒いていた貴族を成敗し、より絶大な支持を得ている。


 大貴族の令嬢との仲は順当であり、卒業後はすぐにでも正式な婚姻を終えるだろう。

 そして、オルテン家の令息とは幼き頃よりの友人であるらしく、こちらにも顔が利く。

 存外、学内派閥ひいては新旧貴族二者の均衡を保っているのは、彼のおかげかもしれない。


「みーんな優秀で……ノーラはこれからだけど、とにかく良い人たちばっかり!」


 こうしてみれば、打算や思惑は介在していようと、アメリア様の周囲には相応の者達が集まっている。一部は疑問だが。


 気づけば、カップとティーポットの残量はごく僅かになっていた。

 そこへ、まるで狙いすましたかのように入室してくる足音があった。


「それでねえ、他にもどんどん友達ができてるんだ。例えば、」

「お待たせいたしました」

「あ、エルミナ」


 更に続けようとしたアメリア様は、途端に舌を止めた。彼女の視線をなぞるように部屋の扉へ向くと、第一王女殿下の世話係兼護衛である女性が戻ってきていた。



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