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リープ ~私達の二周目~  作者: 蛇頭蛇尾
2章  

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第八話  「手紙」(3)

 



 ひと通り終えてみると、奇妙なことに、どの手紙も全体は案外まとまりがある気がした。


 俺の身の回りを綴っただけの、特に面白みもない事柄ばかりだ。

 だが、これでいい。


 元々、これは近況報告も兼ねている連絡手段であり、物理的な距離を埋めるための会話だ。

 直接顔を合わせられない寂寥に急き立てられた俺が、必要以上に文字に込め過ぎていただけだった。


「今更だけどさ。パルディア諸邦ってマギフォンみたいなのはないの? 手紙がまだまだ主流って感じ?」


 王女殿下の口にしたマギフォンとは、遠隔地の人間へ肉声を届ける魔道具だ。

 箱のような機器に魔力を注ぐと専用の周波数に変換され、同様の機械が受信する。詳しい設計や専門用語はわからないが、特定の相手に、まるで隣に居るかのような生の声を伝えられるらしいことはわかっている。

 時と距離を要する紙との差異は、その場で発した言葉の応酬が即座に共有できる点だ。


「神権国家時代の名残でして、手紙の文化が根強いですね。それに、この国ほど通信技術は発達していないものですから」


 近年は東のリンドラ評議会を中心に他国の技術流入が起こり、国内でも多様な分野で変容や発展が見られる。かと思えば、そうでもない。


 旧体制を脱した後も、その保守的な国民性が技術革新や異文化の受容を少なからず阻んでおり、革命を経たにも関わらず、国全体の発展が鈍化している。


「まあ、どの国もまだそうだよね。マギフォンだって、通信料とか必要な魔力量を考えたら使える人って限られてるし」


 大国であるヴァルモン王国にしても、軍事的な試験運用に留まっている。製造のコストを考えると、一般人に普及するまではあと十数年は必要になるという。


 魔力を媒体として通信する以上、範囲や距離によって求められる魔力量が異なる。

 十数メートルぐらいならば一般人が魔力を用いて連絡できるだろう。だが、俺のように遠距離恋愛をしている者にはまともに扱えない。


 仮に、恋人の誰かに連絡を試みれば、半年以上は魔力を毎日貯蓄する必要があるだろう。

 工学などは全くの専門外のため推測や聞き及んだことでしか判断できないが、俺には無用な長物だ。


 夢を語れば、恋人たちと互いの声を介した連絡を毎日でも取り合いたいが、そのような時代が到来するまでに生きていられる自信はない。


 それに、俺は手紙の方が性に合っている気がする。

 情報の整理や気持ちの整理、書き出してみれば脳内の思考を鮮明にしてくれる。

 口にはしづらいことさえ、文字に書き起こせばスラスラと述べられる。


 今回のように悩むことはあるが、内省と熟考の機会を通して感情の底を見詰め直すのもなかなか良いものだ。

 封筒を選び、便箋に筆を走らせ、封蝋をもって送り出す。一連の儀式が母国の土地柄的に安心するのかもしれない。


「あ、そうだ。私の事も伝えておいてよ!」

「え?」

「この国でできた友人って!」

「…………殿下が、よろしいのであれば」


 友人だったのか。友人認定されてしまったのか。

 いやあ、まあ。ここまでしてもらっておいて、否定するのも違うか。


 それに、親父には話が通るかもしれない。他国の、それも中央大国の第一王女ともなれば、あの父親にはこれ以上のコネクションの宣言は必要ないだろう。


『幸運にも、ヴァルモン王国の第一王女とお近づきになる機会を賜り、この手紙も彼女とともに作り上げたものでございまして――』


 ……ふと、筆が止まる。


「これだと、何か誤解を招きませんか?」

「大丈夫! 私はジャミとそんな関係じゃないし、ならないし!」

「こちらがそうでも、受け取る者がどう思うかは別でしょう」


 まあ、これでもいいか。

 息を吐いた俺は、背筋を伸ばして王女殿下に深く頭を下げた。


「ありがとうございました。今日は大いに助けられました」

「また来週……ううん、明日もやろうよ! 私も楽しかったし」

「いいえ。私から相談があったときのみで、お願いします」

「ええー。他にもセレヴィとか呼んでやってみたいのにー」

「はは……お気遣いありがとうございます。ですが、これは俺と彼女たちの心の交流。誠意の表明であり、信頼の共有でもあります。誰かの手を借りるときもあるでしょう。ですが、そのことに頼りきりでは……俺は彼女たちに顔向けできません」


 厚意で誘ってくれたのは嬉しいが、こればかりは譲れない。

 恋人たちが望んでいるのは、誰かの言葉ではなく、俺の文字なのだから。


「りょーかい! そういうことなら仕方ないね!」


 俺の返答に気分を害した様子もなく、王女殿下の声はむしろ弾んでいた。

 不機嫌になられてもおかしくはない俺の態度に、この調子だ。

 この人の度量は想像以上に大きく、懐は深い。


「すみません。困ったらお声を掛けますので」

「あ……! ねえねえジャミ! 私、良い事思いついちゃったかも!」

「誰かが行方不明になりそうなことですか?」

「それより断然良いこと!!」


 まさか、死人が出そうなことじゃないよな。

 もう彼女の口から何が出てきても驚かない自信はあったが、思わず俺は身構えてしまった。




 * 




『今週の手紙、何あれ?』

『どうやってやったの?』

『貴方の声、久しぶりに訊いた』


 翌週。恋人たちの反応は上々、どころかこれまでで一番の反応かもしれない。

 それもそのはず、今回の手紙は、一味違った。一声違った。


『ぺキッシュ。最近の君は何をしているだろう。また、店の花と談笑を楽しんでいるのだろうか』

『キナン。木漏れ日のごとく穏やかな君の笑顔を、毎朝毎晩思い浮かべているよ』


 上記を、音として再生できるように、畜音魔法を用いたのだ。

 手紙には、俺の声を吹き込む魔法式が組み込まれている。

 殿下の思いつきで、ガーウェンディッシュ嬢と東方の留学生に協力してもらい、録音機能を備えた。


 手紙に刻まれた魔法式は、魔力を込めれば起動するようになっている。

 声量を大きくするなど、調整によっては魔力の消費量が変わってしまうが、静かなところで再生する分には、一般人の魔力量でも十分な設計にしてもらった。


 初めての試みともあり、音質は粗く、小さい雑音を伴う結果にはなったが、文字と声を同時に届けることができる。

 これから改良を重ねていけば、音質の改善もされていくことだろう。


 こればかりは、王女殿下に称賛を申し上げるほかなかった。ガーウェンディッシュ嬢やゴージン・ヴェルディックにしても、彼女の発想には感心させられていた。

 相談から提案だけでなく、アイデアまで提供してもらい、アメリア王女殿下には感謝の念が堪えなかった。


 だが、しかし。

 成功の陰で、ひとつ不味いことも起こっていた。


『隣にいた人は、手紙に書いていた王女様? 随分仲が良さそうだけど?』

『これ以上は増えない、なんて言っていたよなあ、お前?』

『いつ帰ってきてもいいわよ。掘った穴に寝かせてあげるから』

『他にも、女の声が僅かに聞こえた気がする』

『私達全員、このことを共有している。言い逃れは次の手紙を待てばいいか?』

『来月会いに行くから、養生しておいてね。壊すのが楽しみ』

『刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す』


 王女殿下の案に成功を確信した俺は、勢いのままにその場で声を吹き込んだ。

 隣で楽しそうにする王女殿下とともに。


 当然、見た目だけはうら若き乙女である彼女の声も紛れ込んでしまい、それが恋人たちの耳に入った次第だ。

 ぺキッシュなんかは、これまた紛れ込んでしまったガーウェンディッシュ嬢の、微かな声まで感知しているらしい。


 そして俺は、誤解を解くための手紙を、必死に書き連ねている。

 これらは二日後、いや、明日には発送してみせる。


 ここは、また声を吹き込むべきか。そうだ、王女殿下にも誤解を解いてもらおう。

 あの人にも声を入れてもらえば、いくらか疑いも晴れるはずだ。




 それより。それよりもだ。


 彼女たちが来る!


 誰が来てくれるのだろう。費用を考慮すると全員に来てもらえはしないだろうが、一人か二人は一緒に訪ねてきてくれるはずだ。


 その時にも、王女殿下に同席してもらおうか。誤解を解いてもらうには、それがいい。


 いや、待てよ。あの人を連れてくるのは大丈夫か?


 彼女たちが何らかのトラブルに巻き込まれるリスクがある。


 慎重に進めよう。来月まで、時間はそれなりにある。



 窓の奥から覗く月は、歓喜と不安と期待に顔色を変えてペンを走らせる俺が、さぞや滑稽に映ったことだろう。





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