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リープ ~私達の二周目~  作者: 蛇頭蛇尾
2章  

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第八話  「手紙」 (2)



 その赤髪は、陽光の下で絹糸のように繊細な光沢を放ち、一切の乱れや絡まりを知らないように見えた。手入れの行き届いた毛先はしっとりとまとまり、首筋のラインを滑らかに縁取っていた。


 第一王女アメリア殿下。

 言わずと知れた国の問題児と、立ち寄った喫茶店のテーブルを挟んで、向かい合っていた。

 狙ったわけではないが、同じ紅茶を注文した。支払いはもちろん俺がする。


 先ほどまではザックスファードの制服を着用していたが、それでは目立つということで、世話係の女性を連れて俺のように地味目な服を購入し、着替えてきた。


 確か、エルミナさんという方だったか。すぐ隣の席で一杯のコーヒーを嗜んでいた。恐らくは王女殿下のご厚意で飲み物を注文した侍女は、自由に振舞うことを主人に許されているらしい。まあ、店内で立っていられると他の客へ迷惑になると考えたのだろう。


 苦みを舌で味わっているようで、その視線はこちらの様子を都度窺っているようだった。

 意識しないと分からないほど存在を希薄にしており、ふとした何かに注意を向けると、途端に視界から消え失せる。気にしすぎる必要はないだろう。


「そういうことねー。ていうか毎週書いてるの? ジャミってムギなんだねー」

「ありがとうございます……麦?」


 将来の妻たちに向けて、毎週欠かさずに愛を綴り、送っている。

 しかし、最近は似たような言葉ばかりが並んでいるため、何かインスピレーションを刺激するものが欲しい。


 話を切り出すと、王女殿下は腕を組み大袈裟に頷いた。

 マメな性格といいたかったのだろうか。どちらも安価で栄養価の高いタンパク質源ではあるが、この王女にしてみれば大した差異ではないのかもしれない。




「七人、七名。七、ね。てっきり二、三人だと思ってた」

「皆、大切な人達です」


 恋人たちの特徴を含めて改めて簡潔に伝えると、一瞬の間を置いて、王女殿下は琥珀の瞳を凝らしてきた。

 これまで同一の話を伝えた者達と、同様の反応を示してくれた。


 以前にも大学で伝えてはいたはずだが、あの時の王女殿下は大学敷地内で発生していた騒動に急かされるようだったな。あのあとはサラディア嬢と激論を交わしていたために同行しなかったが、結局あれは何だったんだ。


 人間の姿をした、人の言動を真似たような存在であろうと、驚愕に目を見張ることはあったんだな。初めて見たかもしれない。


 殿下は、思案するように瞼を閉じた。この部分だけ切り取れば、王族らしく見える方だ。


「私のひいおじいちゃんか、それより前に同じような人もいたかな……ジャミは凄いね。その人たちのこと、ちゃんと好きなんだよね」

「生涯をもって尽くします。この身を賭して」


 王女殿下は軽い調子で尋ねてくれただろうに、真面目くさった顔つきで答えてしまった。

 何を宣言しているんだ、俺は。というか、何の話になっているんだ。


 言ってしまったものは仕方ない。ここで照れ臭さを誤魔化し、茶化したりするのは俺の信義に反する。

 灰茶の瞳をもって目線を逸らさない俺に、対面した彼女は若干面食らったように口を噤んだ。


「……うん、それじゃあ。私と考えよっか!」


 お菓子を買ってもらった幼子のごとく満面の笑みを浮かべた彼女に、今度は俺の方が少々戸惑った。

 何が彼女の琴線に触れたのかわからないが、とりあえず声が弾んでいた。


「俺は構いませんが、王女殿下は多忙でないのですか?」

「今日の視察はもう終わったから。ぜーんぜん時間あるよ。ほら、紙かみ」


 王女としての責務は果たしていたのか。視察といいつつ自らトラブルを引き起こしていそうだが、周囲から騒ぎが聞こえないのを鑑みるに、真っ当にこなしてきたのかもしれない。


 上等な革製の鞄から、彼女は紙の束を差し出してきた。服のついでに、別の店で購入してきたらしい。


「俺にいただけるのですか?」

「沢山必要でしょ? 全部あげる!」

「……それでは、ありがたく頂戴します」

「固いなー。もっと砕けて砕けて」


 王女殿下の親切に頷き、椅子に腰かけ直す。ここまで用意してもらっては、断るわけにもいかないだろう。


 それに、彼女の感性は俺の語彙や表現に新たな風をもたらしてくれるかもしれない。




「うーーん、そうだなあ。私がその人たちについて質問していくから、答えていってよ」

「わかりました。どの子から聞きたいですか?」


 質問形式で人物像を探り、そこから着想を得ていくつもりなのだろう。

 王女殿下にしては真っ当な手法に思えた。


「キナンって子は、真面目で几帳面だったよね」

「そうです。何事も丁寧にこなす」

「じゃあ、こう書こうよ! 『あなたの几帳面さは、机の上に並んだパンくずのように整然としている』」

「……パンくず、ですか?」

「机の上にパンが散らかってるとイヤじゃない? それをきれいに整えるイメージ!」

「……例えが余計に散らかっておりますが、なるほど」


 とりあえず、書き留めておく。こういったことは、どこから閃きが出てくるのかわからない。


「じゃあ次! ファティスは?」

「……活発で、よく人を助ける」

「いいね。それなら『あなたは馬車を押す馬のように力強い!』」

「……それは褒めているのでしょうか?」

「もちろん! 馬がいなきゃ馬車は進まないでしょ?」

「ただ……女性を馬呼ばわりは……」

「じゃあ、車輪にする?」

「それはそれで、物扱いが過ぎるような」


 ふーむ、と殿下は首を傾げ、腕を組んで頭を揺らしたかと思えば、すぐにひねり出す。

 俺が先ほど伝えた彼女たちのことを思い出すようにして、次々と口にした。


「ぺキッシュって子は、これかな……『あなたはベンチのように、みんなが座って安心できる存在!』」

「座らされる前提ですが、なるほど」


 確かに、ベンチに背を預けて遠くの何かを見つめるような、ぽやっとした少女ではあるが。


「タニーラは、令嬢なんだね……『街灯みたいに、暗がりの中で周囲を静かに照らす!』」

「夜限定ですね、なるほど」

「酒屋で働くレイダさんは、『あなたは井戸の水みたいに、自分にはなくてはならない!』」

「枯れなければ良いですが。なるほど」


 殿下の比喩は止まらない。彼女も紙の一枚を手に取って筆を走らせ始めた。

 一度、区切りの良いところまで止めないことにした。


「ウルグリって子は、『市場の値切り交渉のように、ねばり強く相手を追い詰める!』」

「喧嘩腰と取られそうですが、なるほど」

「家族経営で働いているスリムンって人は、弟や妹の面倒も見ていて。たぶん、体力が凄いあるね……『石畳の隙間に生える草のように、たくましい!』」

「掃除の対象にされかねませんが、なるほど」

「『広場の鳩のように、自由!』でもいいよ」

「糞害が心配ですが、なるほど」


 まるで水車のように、殿下の舌は途切れずに回り続ける。


 この人の着眼点は、やはり常人とは異なる。違いすぎる。

 一見すると滅茶苦茶な比喩ばかりだが、要所では参考になりそうな単語やフレーズがある。

 もはや、語尾に『なるほど』をつけておけば不敬に当たらないような気がして、俺はとにかく言葉を逃さずに書き留めていった。


 それにしても、スラスラと、よく出てくるな。

 数々の喩えには呆れを通り越して、感心が勝ってしまう。


 それに、よく覚えられるな。

 一度に七人の特徴を伝えると、大半の奴は忘れたり混同したりするものだが。

 王女殿下は、記憶力に優れているらしい。


「次は、うむぅ。これはどう?」




 口と手を同時に動かすアメリア殿下は、当初の目的よりも、面白い比喩をどれだけ生み出せるかに関心が移行しているようだった。


 全てを借り受けるつもりはないが、それでも有難く、俺としては歓迎すべき心意気だ。

 それなのに、両眼からは羨望が漏れ出ていきそうだった。


「王女殿下は、よくそんなに出てきますね」

「思いついたことを言ってるだけだよ」

「だとしても、です。俺にもう少し文才が備わっていればよかったのですが」


 湯水のごとく溢れる語彙の数々は、彼女の生来の性格に由来するのだろう。良くも悪くも話題に挙がる王女殿下だが、これほど奔放な念が一部だけでも俺に宿っていれば、筆は今よりも伸び伸びと、美麗で感情を揺さぶるような愛の連なりを見せてくれたかもしれない。


「もっとテキトーでもいいんじゃない? テキトーっていうか、見たこととか新しく知ったこととか、そのまんまを書いてみるとか」

「それは、そうですが。何と言いますか。そこにもっと、こう、美しさを伴わせたものに仕上げたいと思っていまして」

「その人たちってさ、ジャミの綺麗なとこだけ見たいの?」


 俺は無意識に、目線を上げてしまった。手が止まり、言葉に詰まった。

 突然放られた硬直もあるが、その問いには、顎を持ち上げられた気がした。

 王女殿下は紙に視線を落としたままだ。ペンを駆使して思いつく限りを書き連ねている。


「良くないところも、ちょっとは目に付くんじゃない?」


 どれほど想い合う恋人にしたって、大なり小なり欠点は視野に入る。

 ジャミール=エフ・バフマーンにしたって、例外ではない。それこそ、恋人たちと現在の関係に至るまで、情けない姿ばかり見せてきた。


 しつこいまでに口説いてくる、誠実を謳いながら他の異性へそれを振り撒く、クズな男を。

 叩かれ蹴られ殴られ斬られ焼かれようと立ち上がるだけの男を。

 それでも、彼女たちは受け入れてくれた。


 乱立する国の一王族ですらない、南の都市国家では少々の影響力を持つ程度の家に生まれただけの若造。愛を用いて心を踏みにじるような青年を、祖国で待ってくれている。


「俺は、」


 何をこだわっていたのか。


 見聞きした事柄を、ペン先で華美に装飾してから送らなければならないと。そのことに誇りや充足感を得ていたが、いつからかそれに囚われていたのではないか。

 苦悩や努力の末に脳髄からひりだしたものを言語化して伝えるべきだと。

 恋人たちが求めているのは、そんなジャミールなのか。


「王女殿下。俺、間違っていたかもしれません」

「え、そう? 変なことは書いてないと思うよ?」


 きょとんとした琥珀の眼に、俺の頬は思わず緩んだ。指先に籠っていた力が、ふいに抜けていくようだった。

 それほど深い考察で、発したわけではない。いつも通り、普段通り。

 それこそ彼女自身が口にしたように、胸に浮かんだ問いを投げ掛けてきたと思われる。


 俺には、俺の胸には、ストンと収まった。


 そうだ、俺はいつも。彼女たちと何を話していた。

 会話ごとに、お互いの長所を無理やりにでも褒めたたえるような間柄だったか?


 そんなことはない。

 なんでもかんでも艶麗や優艶で飾り立てていたわけがない。


 その日に見聞きしたこと、笑い話だの愚痴だのなんだの、他愛もない話ばかりだったはずだ。

 内容というより、隣でいる時間を愛おしく思っていた。いつまでも続くような平穏や安息の毎日に思い出を積み重ねていくのが、日常だった。


 対面に座る人を見た。その人も、俺の視線に気づいてか、目線を合わせてくる。


「なんだか、今。色々書けそうです」

「ふふぅん。私もなんだ。どんどん色んなのが出てきてる」


 満面の笑みを浮かべた王女殿下は、すぐにペン先に集中した。流麗な細指を動かし、まるで絵画を描くように言葉を生やしていった。

 気がつけば俺もつられて筆を動かし、少しずつ表現を整えていった。


 


 店内の静謐な雰囲気の中、書き連ねる音が、程よい耳心地だった。





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