第七話 「占い師」(3)
バタバタ、と斜め右手側の階段から忙しなく駆け降りてくる音が二つ。
咄嗟に踵を返して右の突き当たりの角を曲がり、走ってきた道を覗き見る。
「貴方をより愚かな行動に導いた占い師は、ここね」
先ほどまでいた部屋の前に、乱れた呼気で扉を睨むセレヴィーナ嬢がいた。
「いい、加減、名前、で呼び、なさい、」
数秒遅れて、ノーラが追いついた。あの石を大切そうに握りしめた手で、膝に手をついて荒々しい息遣いだ。
「貴方の会った占い師、名前は?」
「はぁ、う゛、う゛ぇ……え? 知らない、わよ。聞いて、ないんだから」
「名前も知らない人から購入したの? ……はぁ、救いようがないわ」
相変わらず辛辣だな、あの令嬢は。
「そんなことより、早く、呼びなさ、」
「嫌よ面倒くさい。そのセンスのない石にでも呼んでもらいなさい」
「うううううう……そんな力ないわよ!」
「そうなの? そのパワーストーン君は貴方の友達ではなくて?」
「ば、バカにするんじゃないわよ!!」
「馬鹿にはしてないわ。嘲っているだけよ」
「同じじゃない!!」
相変わらず仲の悪い、いや、むしろ良いよな、あれ。
「この、この! 観念して、呼びなさ、い!」
「ちょ、こ、こら。やめなさい! 鬱陶しいわ!」
出ていった時よりボロボロになったノーラが涙目になって石を押し付けるが、セレヴィーナ嬢は鬱陶しそうに手で払いのけた。
それでもしつこく迫るノーラに、令嬢は思わず頭をはたいた。
「い、いだ! いだぁ! 叩かなくてもいいじゃない! 暴力女!」
「だったら押し付けてくるのをやめなさいよ!」
暴力はよくないぞセレヴィーナ嬢。あの子もあの子だけどな。
「なんでぇ!? パワーストーンなのに……パワーなのにぃぃ!!」
「変なものに頼っているから、貴方はいつまでもポンコツなのよ」
「う゛ぇええ゛えわ゛あああんん゛んん!!」
セレヴィーナ嬢、正論は良くないな。あの子も泣いてしまったじゃないか。品の欠片もない叫び声が廊下に響き渡っているよ。
これまでも何度か鳴き声を耳にはしてはいるが、今日は一段と凄いな。
模範的令嬢は、動物的令嬢を放置して、室内へ足を踏み入れた。
「いないわね……貴方、まさか嘘ついたの? 私の気を引くために」
「違うもん! ここで買ったの! 嘘じゃない、嘘じゃない! 本当だもん!」
「はぁ…………この様子だと、逃げられたかしら。それとも、この子の虚言かしら」
「六十、六十サリング! わ゛ぁぁあん!!!」
「うるさいわね。その占い師がどこに行ったか見当はつかないの?」
「わああがんないいいいい」
「はぁ、役に立たないわね」
「う゛ぇえ゛わ゛あん゛ん゛!!」
セレヴィーナ嬢……少し言葉が過ぎないか? ちょっとは手心とか、良心とかさ。
あるだろ? そういうの。私が言えたことじゃないけど。
それにしても……早い。早すぎるな。あの子が元気よく駆け出してから、まだ五分と経っていない。
セレヴィーナ嬢が始めからノーラを不審に思っていたとしても、それなりのやり取りはあったはずなんだ。こんなに早く私を探しに来るか? 妙だな、違和感しかない。
「先生方のおっしゃっていた占い師は、まだ遠くへは行っていない。と見るべきかしら、けれど、どこへ行ったのかがわからないと」
……そういうことか。あの令嬢は教員どもに任されていたんだ。大学内で密かに横行している占いの調査を。そうか、それなら辻褄が合うな。
今までの客は口を固くしていたんだな。懇意にしている占い師の摘発を危惧してか、または利用者である自分達に影響を及ぼすと考慮してか。
活動場所を一つに絞らないでよかったよ…………いや、待てよ。だとしても、セレヴィーナ嬢が辿り着くのは迅速すぎないか。
何か策を講じたな。一体どんなことを。
「貴方、泣いてないで答えて頂戴。その人の装いは、どんなだった?」
「ひう、ふぐ……え? ええっと、たしか、ローブを着ていて、ヴェールとかで素顔が見えなくて、」
「ローブは何色? ヴェールの模様は?」
「灰色、と模様はわかんない。部屋のなか、暗かったから」
「……脱ぎ捨てられていると見た方が良さそうね。痕跡を残すとも思えないし、そのまま着て逃げた……? まだ近くにいるのかしら。捕まえるにはもう少し上等な餌が要るようね」
ノーラは囮役だったのか? 計画を知っているようには見えなかったが。
明日には返すつもりとはいえ、ノーラはただ金を取られただけになる…………おいおいおい、まさか、酷いな。
推測にしかならないが、つまりこういうことか。
セレヴィーナ嬢は知り合いにでも頼んで情報を撒き、それを信じた生徒が占い師を発見するのを待っていた。
犯人の私物から匂いを覚えさせた犬を放つように、学生たちに仕込んでいたのかもな。
あの令嬢はただ座して待っていればいい。学生たちが情報を収集してくるのだから。
噂を聞きつけて、とあの子は言っていたな。私は噂を広めるように言った覚えはない。どおりで新規の客が最近急増していたわけだ。
そして、運悪くノーラがその役目を背負った。本人が意図しないところで。腹芸のできないノーラが作戦を伝えられているはずがないだろうし。事情を知らない人間には私も客だと思い込んでいた。あの子がそうだったが、純粋に占ってもらおうとしたからだ。もしかすれば、他にも何名か同様の客がいたのかもな。
はっ、やられた。まんまとやられたな。
それにしても、なんて非道な。いたいけなあの子を利用してまで。
人間の風上にも置けない女だ。どこが模範的なんだ。
ともかく危なかったな。さっさとここから立ち去るか。反対側のトイレには向かえないが、着替える場所ならどこだってあるはず。
……痕跡を辿られないように、商売道具は全て処理しておくべきだな。
この後のことが終わったら、しばらく占い業は停止だ。ほとぼりが冷める頃に再開すればいい。
「その格好、噂の占い師さん?」
足音を立てないように、方向を転換した。瞬間、身体が硬直した。
喜色満面の笑みだった。新しい玩具を与えられた子供のように、その子は目を輝かせていた。
「えー! 初めてみた! わたしを占ってください!」
王女様、なんでこんなところに。
「あれ、セレヴィとノーラも! 二人ともー! こっちこっち!」
「アメリア?」
「殿下?」
「占い師さんなら、ここにいるよー!」
「「え!?」」
最悪だ。
王女様、アンタ本当に災厄だ。
*
「それで、弁解はあるかしら?」
「ないね。商売に関して言い訳はしないよ」
私は、旧備品庫の中心に、座らされていた。
周りには王女様に二人の令嬢、そして入口前に立つ女の四名。
「貴方といい、ヴェルディックといい、アメリアとポンコツといい、何で問題ばかり起こすの?」
「待って、セレヴィ。わたしも含んだ?」
「私も入っていたわよね? 今回は私、被害者よ?」
「無自覚前科者どもは黙ってて」
王女様の侍女……いやあ、恐ろしかったね、彼女。初めて出会った時から並々ならぬ実力者だとは見抜いていたけど、底が知れないな。
私の身体能力ではセレヴィーナ嬢にもいずれ捕まっていただろうが、王女様の世話係は逃走の隙さえ与えてくれなかった。
気づいたら組み伏せられていた。私だって、護身のためにそれなりの術はあるつもりだったのだが。
というか、私に対してはいつだって警戒を怠らないな。
一応は王女様の友人なんだけどね。初対面の印象があまり良いとは言えなかったけどさ。
あの身のこなし、何かに活用できないかな。用心棒にでもなれば国の重役が多大な金額を払ってくれそうだが、王女様の護衛から離れるつもりはないだろうしな。
「リュソーさん! 私のお金、返して!!」
「そうかい。私は、君を友達だと思っていたのだがな…………」
「え、」
「金の切れ目が縁の切れ目。君と、もっと楽しい日々を送っていきたかったものだが、仕方ないな」
「そ、そんな。わ、私は別に、」
「言いくるめられたいの? だから騙されるのよ」
悲壮な表情を浮かべる私に狼狽えだした少女を見やって、セレヴィーナ嬢は嘆息した。
流石に押し通すのは難しいか。
「リュソー、返してあげなよ。友達って、お金じゃないでしょ?」
その意見には頷けなくもないが、まさかこの王女に言われるとは思いもよらなかったな。
ここまで言われてしまうとね。元々返却するつもりだったし。
「はした金だし、まあいいよ」
「わ、私たち、友達、ですよ、ね? 私のこと、名前で呼んでくれるもんね?」
立ち上がって六十サリングを渡すと、恐る恐るといった様子で少女は尋ねてきた。
何を言っているんだ、この子は。そんなこと言わなくてもわかるだろうに。
「よく話す顔見知りだと思っているよ。エステルハージさん」
「これ、これあげるから! 友達でいてよぉ!!」
両手で受け取った金を、そのまま突き出して懇願してくるノーラ。
王女様の言葉、聞いてなかったのか?
「それで。王女様は、なんであんなところに?」
「噂聞いて、探しに回ってただけだよん」
なんだい、それは。もう少しまともな回答が返ってくるかと思ったが。
満足気に腕を組んでいる令嬢の撒いた種を、彼女も植え付けられたのか。
「ふふん、私の策が見事にはまったようね」
「ね、ねえリュソーさん! 友達だよね!? 友達って言ってぇぇ!」
自慢げにするセレヴィーナ嬢には、少々腹が立つな。だがまぁ、ノーラの鳴き声の所為か皮肉を言う気力も削がれた。
たまには、負けておくことも大切か。私の増長が招いた要因だからね。
「で、殿下は私の友達、ですよね?」
「え? ノーラ違うの? わたしはそう思ってたんだけどな。悲しいよ」
「友達! 友人ですよね! 私は信じていました!」
第一王女の返答に抱きつきにいこうとした少女、世話係が間に割り込んだ。
ノーラは腕を回した相手を見上げて、プルプルと震え出した。殺気にも似た冷淡な瞳に、縮こまるように。
この子は、いつ見ても飽きないな。
それにしても、王女様は相変わらず予測ができないな……今度は彼女を占ってみようかな。
どんな結果が出るだろう、少なからず興味がある。




