第七話 「占い師」(2)
「占い師さんのことは、噂で聞いて」
「ありがとうございます。本日はどのようなご用件でしょう?」
この子が来るとは思わなかったな。
もじもじ、と指で指をつつくようにして言い淀む少女はどこで聞きつけてきたんだ。
友人知人など、あの王女様周辺の人間ぐらいしか見当たらない子が、一体どこで。
「ええと、その、」
今までの客の中で盛大に言いふらす者がいた、とは考えづらいな。大勢に知れ渡っているなら現在の数倍にまで顧客が膨れ上がっているはずだ。
そこまでの肥大化は望んでないかな。大学側に目をつけられる可能性が上がってかえってやりづらくなる。
セレヴィーナ嬢やオルテン家の令息といった、王女殿下と親交のある人物を相手にするのはノーラが初めてだ。この子が他に友好関係を築いているとは思えないが…………どこかで盗み聞きしたとか? この子ならするかもな。していてもおかしくはない。
「本当に、何でも、叶えてくれるんですか?」
上目遣いに歯切れ悪く尋ねるノーラに、ヴェールの奥で眉を顰める。
何か歪曲して伝わっているな。誇張された風評は私としても本意ではない。いずれは正すとしてまずは目の前に座る相談者だ。私が知人だとは気づいていないな。
「何でも、とはいきません。私は人の身ですので能力には限界があります」
「そんなに大仰なことじゃないんです。ただ、人間関係で」
なんだ、それならそうと言ってくれればいいのに。
「ご安心ください。人生相談や学業、対人関係などに対応しておりますので」
「そうですか……! あの、それでですね、相談というのが」
途端に顔を明るくしたノーラは、一呼吸おいて口を開いた。
「友達に、いえ、私は友人だと思っている人に関してなんですけど」
まだるっこしい。そこまで言うなら、もう友人でいいだろう。
「もっと、仲良くなりたいというか、仲良くなって欲しいというか」
友人関係の悩みってところか。相手は異性ではないだろうな、この子の性格的に。
誰の事を言っているかな。王女様とはそれなりに仲を深めているように見えるから、別の誰かだとは思う。大貴族の令嬢か王女殿下の世話係か、南の留学生の女性か連邦から来た女子生徒か。それとも私か?
「その人に、名前できちんと呼んで欲しいんです。家名じゃなくて、私の名前を」
「なるほど」
…………え、それだけ?
そんなの『名前で呼んでよ』と言えば済む話じゃないか?
「それでしたら、こう尋ねてみては? 『私のことは、名前で呼んでね』と」
「それができる人だったら、苦労はしませんよ!」
いやできるだろ。余裕だろ。嘘だろこの子。
この子、仮にも貴族だよな? 社交会とか家同士の繋がりや派閥関連の付き合いとか、そういった集まりに参加しているなら対人関係の能力なんて必然と向上すると思うんだが。
……この子。前々から私に絡んでくるとは思っていたけど、他に友人がいないのか?
いやまあ、私も、友人かと言われれば素直に頷いていいものか疑問ではある。
なんて、この子に言ったら泣かれてしまいそうだ。
うん……まあ……そうだな。好ましくは思っているよ。
いつも、リアクションが良いし。
「コミュニケーションって、すごく難しいじゃないですか。相手がどう思っているとか。こっちの言葉で傷つかないかなとか、色々と考えるじゃないですか」
こういうことを並べ立てる時点で、親和力の底が窺えるな。どうやって社会を生きてきたんだ……なんだか、悲しくなってくるな。自分事のように胸が苦しくなってきそうだ。
「占い師さん? どうかしましたか?」
「いえ、目にゴミが…………風が強くなってきたのかもしれません」
「窓閉め切ってますけど?」
今度からは、もう少し優しく接してあげるか。私の都合と機嫌の良いときに。
またカードゲームなどで遊んで菓子でも巻き上げてあげよう。
「ファーストネームでなくとも、親しみが込められていればいいのでは?」
「そうおっしゃる人がいるのもわかります。けど私は、友達にはノーラって呼んで欲しいんです!」
面倒くさ。そこは、こだわる部分か? 呼び方など付き合う人間によって様々だろうに。
ノーラなりの信念とか、それほど譲れない点なのか。
こう言っては何だが、この子は商売とかには向いてなさそうだ。というか、適性のある仕事があるのか? 上に立っても下についても問題を起こしそうな気がしてならないな。
「それで、もっと、仲良くというか、なんか、そういうのが欲しくて。助言を頂けるだけでもいいといいますか」
「それでは、タロットで占ってみましょう」
「え、ええ。急ですね」
私はタロットを取り出し勝手に引いた。
うじうじうだうだ言っているノーラにはこれぐらい強引な方が良い。この子に任せていたらまた時間がかかりそうだからな。さっさと次に繋げていきたいんだ。
「おっ、と。これは。なんと申し上げればよいのでしょう」
「な、なにが、何を引いたんですか?」
「凄く、良くないものを」
「見たくない! 見たくないです!」
はっは。この子、本当に良い反応を取ってくれる。見ていて飽きないな。
「あー、これは駄目ですね。貴方は今、不幸のドン底にいます。このままですと、そうですね、そう遠くないうちに、首が飛んでしまうかも」
「く、くび、首が!!?」
引いたカードは、ソードの10、正位置。
完全な破滅、最悪な事態、どん底を示すものだ。危機感を煽るために首うんぬんはテキトーに言ったことだけど、なんだか思った以上に恐れているな。
両手の指を振るわせて首筋に当てるような仕草までしだした。過去に何かあったのかな?
「苦労が絶えないことでしょう。二、三日に一度はトラブルに巻き込まれているのでは?」
「いえ、毎日ですけど」
「…………そうでしたか。そんな不幸だらけで、怠惰で堕落した可哀想な貴方に、こちらをお見せしましょう」
「そこまで言われるんですか!?」
声を張り上げるノーラをよそに、私は懐に指を通した。
取り出したのは、淡い光を放つ水色の宝石が印象的なネックレス。まるで清流の川から自然的に発生したような色合いをした装飾で、それなりの出来に見える。
「幸運の上がるパワーストーンです。どうぞ、お手に取られてください」
「あ、ありがとうございます…………何か、見習いの人が作ったような」
へえ、意外と審美眼はあったんだ。
君の言う通り、これは職人が手を施したものではないんだ。未経験の私が遊び半分で作り上げたものだ。西に居た頃に興味本位で作り上げただけで、それも一時間ぐらいで見栄えだけを意識した製品だ。
「パワーストーン……でも、こういうのってお高いって聞きますけど」
「いつもは二十サリングですが、悩める貴方のために六十で売りましょう!」
「ぼったくりだわ!?」
まぁ、そういう反応になるだろうね。だが、ここからが本番だ。
「よく聞いてください。これは、人間関係の願いを呼び込む魔法式が組み込まれています」
「!」
「この魔道具は金銭を介した譲渡の際に、その効果が定まります。二十サリングで取引された場合は、所有権を獲得した者に二十サリング分の効果が発揮します」
「えっと、どういうことになるんですか?」
「例は様々です。購入から三日のうちに友人が十名増えた。意中の異性と恋仲になれた。死別したはずの親と再会した、などといった話があったり、なかったり」
「す、凄い!」
少し小声に抑えた部分もあったが、まぁいいだろ。そもそも全て偽りだ。
魔法なんて込められていないし、そんな都合の良い魔法があるはずがない。
好感度を一時的に向上させる効果なんて、私が見てみたいよ。商売をやっている人間なら全員が喉から手が出るほどだ。
「つまり、六十サリングなら?」
「三、倍?」
「貴方は何をすべきでしょうか?」
「買います!」
「はい、ありがとうございます」
この子……この先、生きていけるのか? ちょっとばかり良心が痛むな。相談料含めて六十サリングにしておくか。
それにしても。私なら、これだけで食っていけそうだな。牢にぶち込まれる可能性を度外視すればだが。
「これで……これであの女も。ううん、それだけじゃない。素敵な人と出会えるかも!」
先ほどまで胡散臭く見ていた石を、無二の宝石のように掲げ出した。成功を疑わない喜びようだが……食い物にされる人間っていうのは見ていて気持ちの良いものじゃないな。
「やった! やった! よおし、やるわよ!」
諸手を挙げて喜ぶ少女に、それなりに、いや、結構、胸が痛んでくるな。
ま、流石に可哀想だから明日には全額返しておこうか。さりげなく少女から財布を抜き取って戻しておけば、気づかれることもないだろう。この子鈍感だしな。
石はプレゼントとして贈ったと思えばいい。元々捨てようと考えていたんだ。
「是非とも活用されてください。貴方の人生に、幸があらんことを」
「ありがとう! 占い師さん!」
勢いよく立ち上がったノーラは、感謝の意を込めて大きく手を振り、扉から出ていこうとしたところで盛大に転んだ。しかし、すぐに立ち上がって駆け出していった。
あの根性、雑草のような気概には見習うところもあるな……さて、準備するか。
バタバタと足を回していった令嬢は、これから誰かに、恐らくは模範的貴族と称される人物の下へ赴く。石を見せつけるようにして、あの子は突撃するんだろう。そこから私の悪行は発覚するな。
そこまで予想すれば、すべきことは一つ。
さっさと逃げてしまえばいい。
装いは外して行こう。道具も相まって少々重いが、正体が露見するよりはいい。
まずはここを出て、左の突き当りを曲がったところにあるトイレで着替えるか。
扉を開けて、周囲を窺う……うん、大丈夫だ。ささっと移動しよう。
廊下に出て左の廊下を歩いていた、そのときだった。
「この下の部屋ね!」
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ! この、石! あれ、どうやって使うのこれ!?」
一人はノーラだとして。
糸を一筋ピンと張ったような声は、セレヴィーナ嬢か。




