第六話 「組織の名は」(2)
「既に、皆さん集合されていますね」
通路を抜けた先で、中規模な教会の本堂ほどの空間が広がっていた。数十人の兵士が武器を振るおうと、お互いにぶつかる心配はないだろう。
広間では、蝋燭に灯された火のように温かな光が、百を越えて浮遊していた。これらのおかげで、遥か高くの天井を支える数十本の石柱や、長年の湿気で濃い灰色に変色した石材の存在までくっきりと視界に捉えられる。表面には、ぬめりを帯びた苔と水に含まれる石灰によって白い筋状の結晶が付着していた。十メートルおきに吊るされた灯油ランタンだけでは、これほどの視認性は確保できない。
このような光景を作りだしたのは、中心で片手を掲げて次々と簡単な光魔法を唱え続ける十数人のローブ集団だ。異口同音に発していようと、機械を通した雑音が反響するだけだ。
私を案内した女性と同様に、全員がフードを被っており、自宅で見繕ってきたような布で口元を覆っている。それでいて、【スイッチボイス】を首から下げていた。やはり、背丈や口調、立ち居振る舞いで男女の区別をつけていくしかなさそうだ。
「遅れてしまい申し訳ありません。Dです」
先導していた女性の声によって私達に気づいた集団は、続々とこちらへ歩み寄ってきた。
「Dさん。待っていましたよ。そちらは?」
「ご紹介します。我々の新しい同志、エレクトラさんです」
「よろしくお願いいたします」
軽く会釈して挨拶する。丁寧な所作を取る必要はない。ここでは私の身分を匂わせる要素は極力排除して接していかなくては。
一瞬の沈黙が空間に落ちた。そして、ローブ集団は弾かれるように裾を揺らめかした。
「おお!」
「これは喜ばしい!」
「歓迎いたしましょう」
陰気な空間とは対照的に、彼らの雰囲気は明るい。
あまりにすんなりと受け入れられると、Dさんが口にしていた理念とやらが、コミュニティ内で深く根差していることがわかる。ここまで来ると拍子抜けがかえって警戒を抱かせてくる。
「私はコアンです。今後ともよろしくお願いいたします」
「はいはーい! 私はコロちゃんです! よろしく!」
「吾輩はニュート。お見知りおきを」
「儂はグラですじゃ。コロちゃんの幼馴染ですじゃ」
「え、そうなの? グラさんなんて人いたっけ?」
「コ、コロちゃん、そんな、私……儂とは遊びだったの? じゃの?」
メンバーの名前は自由度が高いらしく、ただの識別と割り切っている者が多いそうだ。次々と教えてもらったが、一度では半分ほどしか覚えられなかった。
なんというか、濃いな。コアンが薄く見えてきそうだ。最初に名前を述べられたのに。
グラさんとかいう奴。せめて自身の造形ぐらいは保っておけ。
「ハハハ、コロさんの目は吾輩に向いているようだ。過去の人間は引っ込んでいてもらおうか」
「何をたわけたことを申す、ニュート、貴様!」
「ハッハッハ。コロさん、このような者は放って愛について語りましょうか」
「貴方、誰? 名前なんだっけ?」
「……ご、ご冗談を。わ、私との……吾輩との蜜月な日々は、」
「ガハハハッ! ニュートの愚か者め! コロちゃんの真の友人は私一人ですじゃいな!」
「あ、あの。Dさん。彼らはいつもこのような……?」
「ふふ、楽しい方々ばかりでしょう。私もたまに混ざる時があります」
「貴方もなのですか」
ニュートとグラの二人、動揺しすぎだろう。口調も一人称も崩れてきているぞ。
コロちゃんさんがこの場でのキーパーソンなのか?
こいつら、ローブ姿なのに個性が強いな。物静かなコアンの印象が薄れてきている……もはや透明になったみたいだ。
挨拶もほどほどに、一人の人物が集団の前に出た。整然とする本日の参加者を見回して、口を開く。
「同志諸君。今日という日に感謝しましょう」
最初に名乗ってくれたコアンだ。いつも皆を取りまとめてくれる人物だとDさんは言っていた。リーダー格か幹部か……印象は薄かったのに。
厳かな語り口で話し始める幹部は、肘を曲げて右手を挙げる。
「志をともにする仲間と、出会えました」
私は、若干の後方に位置を取り、全体を俯瞰した。
一周目のときに、私はこのような組織を知らなかった。当時の私が水路へ足を踏み入れたのは第二次革命の最中だった。ここを利用して、アメリア様を避難させた。
「……まさか」
呟きは、誰にも聞こえていない。ローブ集団は、コアンに全員が聞き入っていた。
まだ、確信を得たわけではない。ただし、胸中をよぎる仮説は、あり得ない事ではない。
第二次革命の広がりは、森を焼き尽くす火の手のごとく早かった。
市民を扇動した者は、どれほどいたのだろう。グレイン・オルテンはその一人として、奴の家だけで成し得たとは到底思えない。あの男以外の、他には。
政党か組合か、企業か商会か、結社か団体か。疑い出せばきりがない。しかしながら、火種を撒き、薪をくべた者達は存在する。
「しかし、私は確信している。この都市、この国には、まだまだ潜在的な同志がいると!」
もしかすれば……この集団もまた、革命の要因のひとつだったのではないか。
現在は小規模だとしても、数年後にはどれほどの組織へ成長しているのかわからない。瓦解している場合も考えられるが、もし仮に、これら構成員が都市中に散らばり、各々の役割を全うしていたならば。
急激な社会情勢の変化に混乱する民の大半は、他者に意見を仰ぐ。たった数十名だろうと要所で声を上げれば、十倍以上の人間に届く。更にそれらは伝播していくはずだ。
自分達の望む方向へ誘導しやすい。
私は、今、そのような組織の、過渡期を目の前にしているのでは。
推測が脳を巡ると、にわかに鼓動が早まった。
「我々は、声を、信念を、届けよう。国が一丸となる、その日まで!」
固く拳を握り締めて手振りを交えだした演説者には、気迫じみたものが憑りついていた。周囲は五感に神経を偏らせ、まるで沸騰寸前の鍋のように、この場の熱は高まりを見せている。
これは、好機だ。
アメリア様の、ひいてはヴァルモン王国における未来の障害を、取り除けるかもしれない。
「我らが崇める御方に、心からの幸福を願おう」
偶然にも、接触から潜入まで終えた。
ここを即座に潰すべきではない。さながら誘蛾灯に吸い寄せられる蟲のように、この組織に付随して集まってくる他の悪性腫瘍を摘発できるかもしれない。
数ヶ月または年単位で調査すべきだ。
組織の目的および動機は。肥大化の原因は。他にも類似した組織はいるのか。調べることは多岐にわたる。
これは、致し方無いが、アメリア様の護衛を離れる時が増えてしまいそうだ。
だが、苦悩を差し置いてでも、苦労を惜しんではいられない。
革命を未然に防げるのならば。
未来の可能性に、私は少なからず高揚していた。
私の思案をよそに、演説は佳境に入っていた。
「今宵も捧げよう、我らが忠誠を」
そして、ローブ集団は、天に向かって拳を突き上げた。
「アメリア様に!!!」
「「「アメリア様に!!」」」
「 ん? 」
何て言った?




