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リープ ~私達の二周目~  作者: 蛇頭蛇尾
1章

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第二話 「セレヴィーナ=ガーウェンディッシュ」(4) 

 




 夜の大学は、日中とは別の顔を見せる。陽光の下では黒ずんで見えた鉛色の屋根が、月明かりの下では妖しい光を放ち、訪れる者を幻想の世界へと誘い込むかのよう。


 窓は鉛枠で仕切られたステンドグラスで彩られ、内部から漏れる光は、時に七色の煌めきとなって闇夜を照らす。



 脇の下を撫でるように駆け抜けていく夜風が、気持ち良いわ。


 迎えが来るまでまだ少し時間がある中で、私は夜空に浮かぶ月を見上げていた。



 変わらぬ微笑みを湛えたあの衛星は、どんな日でも私に安らぎを与えてくれる。


 今日の騒動も、なんとか無事に終わらせた。全員怪我もなく生還できたわ。


 中庭に緊急着陸させる羽目になったドリル・ホールは、騒ぎを聞きつけた数人の教員の手で元の位置へ戻された。施設の損壊はなく、その後、私とアメリアは事情聴取を受けた。

 経緯を説明した時の、教師陣のあの盛大な溜息が思い起こされる。


 ──またか。


 口には出さなかったけれど、表情から漏れ出ていたわね。気持ちはわかるわ。痛いほどわかる。被害者の代表として、声明を出したいほどよ。


 もうそろそろ、【アメリア被害者の集い】などと表してメディアに報道してもらうようにしようかしら…………無駄ね。あの子ならそれすらも楽しみそう。


『流石は、この学校きっての才女ですな』

『貴方がここに居てくれて、心の底から感謝しています』

『ガーウェンディッシュさんの技量は、既に私達を越えていますわ」

『国随一の優秀者にして模範的貴族令嬢、セレヴィーナ・ガーウェンディッシュに敬意を表します!』

『万歳バンザーイ! 俺たちの首の皮は繋がっているぞー!』


 そして先生方は、毎度のことながら私を称賛してくれた。今回は特に大袈裟だったわねぇ。

 大学で表彰式でも、なんて言われた時は焦ったわ。そこまではして欲しくないわ。毎回やっていたらキリがないもの。


「疲れた。疲れたわ。褒められ疲れね」


 本心として称えてくれているのはわかる。でも、お目付け役としてもなのよね。

 私個人の能力を評価してくれている面もあるだろうけれど、結局のところ彼らが私に期待しているのは、アメリアに対する抑止力として。

 先生方だって、対応できる人は数名ぐらいはいるでしょう。けれど、毎日させられたら退職待ったなしだわ。


 いっそのこと、あの子は拘束したらどうかしら。それぐらいしないと、あの天災は止まらないわ。仮にも王族にそんな真似ができる人なんて、いるはずもないけれど。


 それに、たとえ監禁してもあの子は自力で解いてしまうでしょう。結局放任するしかないのよ、現状は私に一任、というか丸投げされている。


 ……問題はない。わけがない。


 打算的に見れば、あの子からは多大な信頼を寄せられているわ。そして、労力もとてつもない。毎日、何かしらの騒動を起こすトラブルの素。その事態収拾に、奔走する日々だわ。



 これから来る運命の日まで、私無事に生きていられるかしら。過労で倒れてそう。

 冗談でも笑えないわ。



 協力者が欲しいわ。負担を分け合ってくれる人がいい。


 あの人に、お願いしてみる? ……いえ、やっぱりやめておこうかしら。

 二つ返事で引き受けてくれるでしょうけれど、それでも対応していけるかどうか。


 可愛らしい顔立ちの彼に、頼みの体で負担を強いてしまうのは気が進まない。そもそもあの人、専攻も異なるわけだし。


 わざわざ私達のところまで来てもらうのは、申し訳ないわ。

 現状は、対応できる限り私だけでやっていこうかしら。


 そういえば、あの留学先にも助けられたわね。今度きちんとお礼を言いに行かないと。


「セーレヴィー!!」


 うげ、来たわ。騒動の元凶が。満面の笑みを浮かべて。

 注意や警告、躾けの言葉すら、右から左に受け流す災害的天災。


「わたし、空に向いてるって思うの!」

「ええ、地に足がつかないところは」


 校舎から駆け出してきた災厄は、嬉々として私の皮肉を流した。


「今度、あの先生に浮遊の効率化とか聞いてみよっかなー!」

「また今度にしておきなさい。お疲れでしょうから」


 あの教師は、先ほどになってようやく目を覚ました。私が経緯を伝えた途端、顔色を五種類ほど変遷させて恐縮し、自主退職を申し出ようとした。私はもちろん待ったをかけた。


「あの先生、なんで退職しようなんて思ったんだろ」

「それがわかるようになれば、貴方は人間に近づけるかもしれないわ」

「セレヴィってわたしを何だと思ってるの」

「何だと思う?」

「うーん、可愛い友人!」

「ふふ、貴方も冗談を言うのね」

「え、ムカついた」


 教師は気絶していただけだけど、私は脚色しておいた。アメリアの暴走を止めようと尽力したこと、高所恐怖症なのに生徒の安全を優先したこと──そういった説明を織り交ぜておいた。

 他の教職員は納得し、事態は穏便に収まった。


「貴方も、また名前が残ったわよ。飛行魔法で」

「ふうん、そうなんだ」


 この実験の成果は、【応用魔導飛行法】として記録され、アメリアと講師は名を残す。さりげなく末尾に私の名前も乗せておいたわ。名声は積み重ねてこそよ。


 そういった顛末を伝えると、教師は小さく肩を震わせ感極まった様子で私に感謝を述べた。

 大人の男性にあそこまで泣かれるなんて思わなかったわ。


 擁護する義理があったわけじゃない。けれど、彼は優秀な教師だ。去年発表された浮遊基礎理論には感心させられた。その派生を、今回の演習で私も一部取り入れたほど。

 欠点はあるものの、残しておいて損は無いはず。今後を見据えて優秀な人材はいくらでも欲しいもの。植え付けた恩義は、何かしらの形で回収すればいいし。



「辞めなくてよかったけどさ、わたしあの先生に目をつけられてる気がするんだよねー」

「彼だけじゃないわ。皆そうよ。目が離せないの、貴方にはね」

「ふっへっへ。人気者は大変だよ」

「そうね、周りも大変よ。周りがね」


 それに。あの講師はアメリアに物怖じしない。これがどれだけ希少か。

 教師たちの大半は王族の不興を恐れて強く言わない。言えないのよね。アメリアの気質に巻き込まれたくないでしょうし。ちゃんと意見を言える人って、本当に希少なのよ。


「先生方を困らせるのも、ほどほどにしておきなさい」

「授業通りにやっただけなのに」

「授業の範囲内だからって、暴れて良いわけじゃないの」

「暴れてるつもりないのに」

「尚更恐ろしいわ」


 この型破りな王女を相手にするのは、生半可な姿勢では無理。到底対処できない。


 一時期、この子の専任講師が密かに雇われたことがあったわね。どの人も、一週間と保たなかったけれど。まあ、たった七日で二十件近くもの事件を起こされたら、仕方ないわ。耐えられる人間なんてそうそういない。

 権力に媚びたり取り入ろうとした人もいたでしょうけれど、大抵は一日で根を上げた。


 そういった点では、この子って一応は王族らしい警戒心を身に着けているのよね。一見何も考えていないようでいて…………何も考えていないのかもしれないわ。


「次はどうしようかなー、ドリル・ホールをまた浮かせて、大学の棟の、どれかてっぺんに置いてみる、とか? バランスゲームみたいに」

「緊張感がありそうね。通りがかる人の生死を賭けているんだから」

「大丈夫だよ、誰もいないのを確認してやるんだから。バランスゲームって、一人でも遊べるからいいんだよ?」

「なおのこと阻止するわ」


 この子を一人で自由にさせていたら、翌日には校舎が半壊しているわ。絶対にやらせてはならない。


「貴方と一緒に居ると、毎日が退屈しないわ。悪い意味でね」

「私も私も! 毎日楽しい!」


 話が通じないんだけれど。私、人と話しているのよね? 同じ言語を使っているわよね? 

 認知の歪みって、自他でここまで乖離するのかしら。


 何はともあれ、こうして隣に立てているのも、偶然が味方しただけだろう。


 入学して二ヶ月。アメリアに振り回されたおかげで、忍耐力は今まで以上に身に着けた気がする。全くの想定外なのだけれど。


 前向きに捉えれば、得るものは多い。けれども、過程に隠れる苦労は大きい。


 それでも。彼女の力は、いずれ私の未来に役立つ。


「いつか、月にも行けたらいいなあ」


 星空を見上げて不穏なことを呟かないで欲しい。貴方が行ったら月が消えそうじゃない。


 無邪気な害意を振り撒く、王国髄一の問題児を横目で見る。


「あ、忘れていたわ」

「え、何が。セレヴィが珍しいね」

「大事なことよ。貴方を折檻しないと」

「何で平然と言えるの。うぐ、」


 逃げようとした王女に先んじて、私は背後に回って羽交い締めにした。


「この、バカリア! 少しは自重を覚えなさい!」

「あば、がががばばばば」


 掌から微弱な電流を発生させると、安物の鍵盤のような音を鳴らし始めた。


「ふ、不敬、罪だ。こん、なの」

「敬われてから言いなさいよ」


 地面にうつ伏せて訴える王女を尻目に、私は今日の始末を終えたことにスッキリしていた。



 この寝転んでいる問題児は、四年後に訪れる惨事を生き残る。




 私がアメリアと関わる最大の理由だ。


 牢獄にいた時、牢番の市民たちが話していたことを、今でも覚えている。

 多くの王侯貴族が潰された中で、それを乗り越えた数少ない人間。


 国民は王族に容赦がなかったはずなのに、不思議なことに彼女だけは生き延びたという。

 私が処刑された後ではアメリアのその後なんて分からない。たとえ、どのような惨事が降りかかったとしても、アメリアは生きていたと思う。なんだかんだ生命力は高そうだもの。


 なぜ、この子だけが生き残ったのか。それを解き明かし便乗する。


 私の、『私達』の生存計画には必要最低限の事柄だ。


 この馬鹿によって降りかかる迷惑や災難が、どれほど大きく、また多くても、私はアメリアのそばに居続ける。全く行動の読めない存在だからこそ、未来をひっかきまわしてくれるのかもしれないのだから。


 同じ轍を踏むわけにはいかないわ。刃の切れ味は、一度で十分。この子の影響力を必ず活用してみせる。


 別案として国外逃亡の算段も立ててはいる。周辺国もいくつか視察して、候補地は見つけてある。何重にも計画は練っておかないとね。

 現時点で最も堅実な策は、王女の太鼓持ちを続けること。アメリアだったら、革命も未然に防げるかもしれない。そんな淡い期待もあるわ。私達もそのために色々動ているけれど。

 疲労は………………考えたくもないわね。


 一度、視線を伏せて深く息を吸い込む。夜空を仰ぎ、私は心に誓う。


 今度こそ、生き抜いてみせるわ。


 仰向けになって空を見上げる華奢な王女を利用してでも。


「ねえねえ、今度は王城を浮かせてみない?」

「貴方を浮かして、どこか異国へ飛ばそうかしら」


 はぁ、また頭が痛くなりそう。



 もう帰宅している婚約者の家に行って、また愚痴を聞いてもらおうかしら。


 突然の訪問でも、あの人は温和な笑みで迎えてくれるでしょう。



 今後の計画についても、二人きりで話し合いたいことだしね。






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