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リープ ~私達の二周目~  作者: 蛇頭蛇尾
2章  

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第四話  「雑用ロボット」(2)

 



「何、なによ、これ」


 ある女学生が、逃げ惑っていた。遠目でもわかる、見覚えのある顔だ。


「いやあああ、なにいい!!??」


 一応の貴族であるエステルハージは、おおよそ令嬢がしてはならない顔を浮かべ、中庭を駆け回っていた。彼女の後ろからは顔のない鉄製の人影が迫っていた。


 十数分ほど前まで研究室で紙を拾い続けていたロボ、『ヒロイ』とでも名付けるか。

 ヒロイは、掌に乗せた土や小石を見せつけるようにして追い続けていた。

 これまで以上に機敏に稼働していた。



 アメリアの魔力の注入を終えると、ロボたちは研究室を飛び出し、構内を徘徊していた。


 外へ目を向けて新たなる役割を探しに旅だったのだ。仕事熱心な鉄細工たちには、開発者として涙を禁じ得ないな。せっかく綺麗になった研究室を荒らされては困るが。


 散開したロボたちのうち一体をアメリアが嬉々として追いかけていった。ヴァルキュロスは主人に追従し、ハルデンは別方向に駆けていった個体を追跡していった。


 あとの一体、つまりヒロイを発見した俺は、つかず離れずの距離で見守っていた。



 始めは、エステルハージが道端にペンを落としたところだった。視界に現れたヒロイに驚愕して悲鳴を上げ、拍子に教材までも落とした令嬢だったが、あいつがそれらを拾ってやると、恐る恐る受け取った。警戒を解いて感謝を述べる彼女だったが、ペンや教材についた土や一緒に掬いあげた小石を、汚れたとして払って落とすと、ヒロイはそれにすら反応した。


 恐らくだが、一度彼女が手にした物は、たとえ所持品ではなくとも所有者と見做してしまうのだろう。『それは汚れだから要らないわよ』と告げた彼女に構うことなく、ヒロイは小石や土を渡そうとしてくる。気味悪がりその場から立ち去ろうとしたエステルハージを、あの無表情の状態で追いかけ出した。


 何度捨てようと、何度放り投げようと、また拾ってくる。そこから追い回しが続いている。


「うーむ、あれは。過剰反応と言うべきか。拾わなくていいものまで拾っている」


 意図したことではないとはいえ、所有物でないものをうっかり手に取ってしまうと、ヒロイにはそれも情報として認識されてしまうようだ。この認知機能については要改善だな。

 対象を指定した物に限定するか、受け取りを拒否されたら大人しく従うか。


 どちらにせよ、もうそろそろ止めてやった方がいいか。制御盤で何度もオフにしているのだが、まるで従わない。アメリアの注いだ魔力が多すぎたのか、異常な負荷で機能が麻痺しているらしいな。遠隔操作が阻害されている。制御盤の出力も更なる向上が必要になるな。


 安全設計は正常に稼働しているようで、危害を加える様子はない。ただ与えられた務めを果たしているだけだ。エステルハージにしてみれば不気味に映るだろうが……恐怖すら抱いているのかもしれないが、怪我は無いので良しとしよう。


 こうなると、ほか二体も同様の展開になっているだろうな。アメリアたちなら難なく停止させられるはずだ。その様子までこの眼で見ておきたかったが、捕まえた奴に詳細を聞き出せばいいか。


「エステルハージ。ゴミをもらえ」

「あ、貴方は! ……これ、貴方のモノですね!!」

「いいから、言う通りにしろ」

「もう、意味わかりません!!」


 立ち止まった彼女に呼応して、ヒロイは右手を突き出すようにした。掌には砂利の混ざった土が主張していた。小指よりも小さい石を一つ一つ、顔を引きつらせてゆっくりとつまみ取る令嬢を横目に、俺は素早くヒロイの背後に回り、うなじに手を当てる。


 カチっと小気味の良い音が鳴った。核からの魔力源回路を停止させられたヒロイは、項垂れるように倒れた。遠隔が駄目なら、手動でのオフだ。二重に設定しておいて正解だった。面倒ではあるが、これなら確実に止められる。ロボたちよりも制御盤の機能向上を優先すべきだろうな。


 ひとまずは成果を記録しておこう。不測の事態に備えた設計が不備なく機能しただけでも、少なくない進歩だ。


「も、もう、いいですか」

「構わない。今は停止させているからな」

「はーー。毎度毎回、貴方は何で変なものばっかり!」


 ばらばらと手で払うように砂利を落としていった彼女に、俺は毅然とした態度で向き合った。


「誤解だ、今回はアメリアも噛んでいる」

「いつもでしょう!!」

「ゴージーン!」

「ん、そっちも終わったそうだな」


 校舎から手を振って駆けてきた王女、後ろからはロボを肩に担いだヴァルキュロスがいた。


「廊下を歩き回ってたから、すぐに見つかった」


 書類をまとめるロボ『マトメ』は、特に何事もなく停止させられたそうだ。

 ただまとめるだけだからな。危険性など微塵もない。


「あとは、あいつだけか」

「パワー君だね」

「安直な名前だな」

「ゴージンは何て呼んでるのさ」

「パ・パワーだ」

「変わんないじゃん」

「今思いついたからな」

「アッハハ、テキトー」

「どういうことですか、何なんですかこれ!」


 俺たちが雑談に興じ始めると、ジャンク女が割り込んできた。


「あ、ノーラ。凄いでしょ、この発明。将来は一人一人持つかもしれないよ」

「要りません! 怖いです!」


 ギャンギャンと、煩わしく鳴く小動物のようだ。ジャンク女は叫ばない日はないのか。


 こいつにはロボたちを渡さない方がいいな。下手に扱って危険を誘発しそうだ。そして勝手に巻き込まれていそうだ。


「あとはパ・パワーだけか。ハルデンがついているとはいえ、俺たちも探しに行くか」

「パワー君どこにいるかな」

「その必要は、なさそうです」


 ヴァルキュロスの指差した先では、銀白の青年がいた。最後の一体を引き連れて、こちらに走り寄ってくる。何故あいつまで追いかけられているんだ。


「あ、エステルハージさん。こんにちは」

「こ、こんにちは。何かお忙しそうですけれど」

「皆は回収できたんだ。あとは僕だけだね……よっし」


 数メートル隔てた地点で、突如として身を翻したハルデンは、パ・パワーに向けて右手を突き出した。貝紫の粒子を染料として用いたような魔力が、短い詠唱とともに練り上げられていった。


「重力の縛鎖(グラビティ・シャックル)


 空間に歪みが生じた。


「パワー君が」

「パ・パワーが」


 俺たちの視線の先では、三体目のロボがうつ伏せになっていた……させられていた。

 立ち上がろうと藻掻くが、まるで空から伸ばされた見えざる巨大な手によって、地面に押し付けられている。


 これは、重力魔法か。


 ハルデンは数メートル先のパ・パワーに触れることなく、制圧していた。


「壊れないように調整しているから!」


 こちらを振り返って叫ぶようにした男は、悠々とした足取りで最後のロボに近づき、魔法の解除とともに首元のスイッチを押した。


「あれほどの重力魔法は、見たことが無いな」


 重力魔法は希少ではない。発動するだけなら、この大学においてもそれなりに扱える者はいるだろう。だが、大半は実践的な基準にない。肩や足に重りを課す、頭を押さえつける、といった程度だ。それらにしたって、魔力で全身に覆い反抗すれば難なく動けてしまう。


 修練の難易度は、他の魔法と一線を画す。ましてや、等身大の鉄製ロボットを制止させるほどの圧を放てる者が、他にどれほどいるだろうか。これほど練度を高めた者はいない。断言できる。


「わたしも、ちゃんと見たのは初めてかも」


 俺は、ハルデンを見誤っていた。


 以前、ここではない場所で開発品が暴走した折に、ガーウェンディッシュとともに解決に動いていた。その時は土の壁を発動させて婚約者の女のサポートに回っていたために、土に関連した魔法が得意なのだと見ていた。


 婚約者の指示を遂行するだけのような主体性のない奴だと捉えていた。今日まで特段付き合いもなく、アメリアの話などから人格を推測していた。


 まさか、単独での制圧を可能とした人材だとは、思いもよらなかった。


「ゴージンくーん! 壊れてないから安心してー」


 パ・パワーを背負いやってくるハルデンへの認識を、改めなくてはならない。


「…………」

「アークシスさん、凄い方ですね」


 ジャンク女が月並みな感想を溢す隣で沈黙するヴァルキュロスは、常と変わらない表情ながらも、その眼光には何か決意じみた意思が窺えた。


「ハルデンは、重力を操るのか?」

「うん。家系として受け継がれてきたものなんだ」


 平然と言ってのける男は、誇示するほどではないといった様子だ。先ほどの魔法は、全力には程遠い出力であることは理解できる。


「どこにいたの、このロボットは」

「あっちの建物の廊下で。発見したとき、グレインが抱えられていたんだ」

「グレインが!」


 次の講義場所である教室へ移動していたオルテンが、持ち運ばれていたという。特定の場所で降ろされるが、そこはあいつにとって目的地ではない。連れて行かれた場所から立ち去ろうとすると、追いかけてきたパ・パワーに優しく抱えられ、また同じ場所へ降ろされる。オルテンの奴は力で敵わないことを悟り、為す術がなかった。


 困り果てていたところへ、ハルデンがパ・パワーの注意を引くようにした。そして、校舎から出てくると、俺たちを見つけたという経緯だ。


 持ち上げる、運ぶ、降ろす。単純な思考回路が徹底されていたようで、暴行は働いていない。


 物理的攻撃をしたわけではないが妨害はしていた。これは留意すべき点だな。オルテンだったからいいとして、次に生かそう。


「戸惑っていたよ、『何だこいつは! 何が目的なんだ!』って叫んでいた」

「見てみたかったなぁ」


 情景が目に浮かぶようだな。ジャンク女同様、オルテンは突然現れた存在にどう対処していいのかわからなかったようだ。柔軟性に欠けた奴らだ。

 気楽に笑い合う二人を横目に、メモを取り続ける。


「魔力干渉のシミュレーションを追加しよう……次の試作では改良できそうだ」


 暴走は暴走。だが、失敗から得られる知見こそが宝だ。


 書き終えて、俺はハルデンに向き直った。


「ハルデン……いや、アークシスだったな。君にも、実験を手伝ってもらうときがあるかもしれない。その折には頼めるか?」

「うん、都合がよければいつでも。だいたいセレヴィと一緒にいるから」

「よろしく頼む」


 試作機の結果及び暴走時の記録、アークシス・ハルデンの魔法。


 思わぬ収穫だったな。重力となれば用途は様々ある。快諾してもらえるようにアークシスとは良好な関係を構築していこう。ガーウェンディッシュが付随してくるのが玉に瑕だが、許容できるようにならなくてはな。



 俺の研究は、まだまだやりたいことばかりなのだから。






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