第三話 「共同開発」(2)
「イヴ、身体の力を抜け。腕を動かすな」
「わか、た」
俺の行動に目を見開きつつ、イヴは下手に腕を動かさずにゆっくりと頷いた。
魔力が枯渇した瞬間に、彼女は気絶する。生命に支障をきたすほどではないが、それを悠長に待つつもりはない。今も荒い息を吐く彼女を、すぐにでも解放してあげたかった。
「式を上書きして止める! 符号や位相は崩壊するがいいな?」
「構わない。記録はここにある」
これまでの過程式を記載しているノートを掲げるようにしたゴージンに俺は頷き、懐から取り出したペンをイヴの腕に走らせる。
【修正魔導筆】と呼ばれるこれは連邦製のシンプルなデザインのペンであり、所有者の手によく馴染む。篭手を二度ほどペン先でつつくと、手の甲あたりに魔法式が浮かび上がる。先ほどまで三人で頭を並べて構成した文字列に、数字や異言語を書き足していく。
簡素な追加をした後、再度篭手をつつく。書き換わった乱雑な式は吸収されるように装置へ姿を消していった。
途端に、イヴの右腕がだらりと下がる。滅茶苦茶な式により魔法としての効力を失った篭手は、腕に装着されただけの物質に変容した。
左腕も同様、符号を書き換える処置を施し、魔力反応を消失させる。
「収束したな」
「ああ。それで、何を書いているんだ」
「魔法発動時における結果と対処法、その後の改善について」
「お前……はぁ、まあいい」
こいつ、人道的って言葉を知っているんだよな?
平然と筆を走らせるゴージンに一瞬だけ湧いた怒りは、時を置かず溜息となった。
額の汗を拭う。イヴの呼気は若干乱れているが、問題はない。脱力するように身体を預けてきたので、しばらく背もたれに徹することにした。
「ありがとう、ライ君」
「腕は痺れるか?」
「まだ、ちょっと」
暴走という点では失敗だが、危険性を検証時点で確認できたのは成功だ。
これは、要改善品だ。子供が装着しただけでも周囲に被害をもたらしかねない。
「無理に立ち上がらなくていい。俺をソファーにしておけ」
「うん」
「今後、テスターは俺がやる」
イヴの腕から装置を外して見上げた俺に、東の科学者は手渡しで受け取り、咀嚼するように頷いた。
「お前は頑丈そうだからな、試作が爆発しようと生還しそうだ」
「まず爆発させるな」
「俺でなくとも、誰かがするかもな」
言外にアメリア姫を指すような口ぶりだな。否定できないが。
「接着した状態で構わない、所感を述べてくれ」
「言い方な。せめて接触だろ。それか密着だ」
イヴはまだ立ちあがれないようだ。あれだけ魔力を放出させられたとなれば、消耗も激しいだろう。今日はこの後の講義を欠席して、部屋まで送り届けた方がよさそうだ。
「位相の書き換えには注意した方がいい。一文が想定外を招く」
「同感だ。しかし、興味深い結果だ。暴走の過程を再現できれば、より安定した改良ができそうだ」
……研究以外に興味がないのか? 発明品か何かで感情でも消したんじゃないのか?
第一印象は科学に柵を設けない男かと思っていたが、ただ単に人に興味が無いだけか。アメリア姫の方がよっぽど災害じみていると思っていたが、こいつも要注意人物か?
疑いようのない天才ではある。まだ出会ってから日が浅いが、こいつを科学者たらしめる要素が垣間見えた。
閃きや着想からゴールまでの筋道を、常人の二倍か三倍は早く構築してみせる。それでいて前進を恐れない精神性だ。飽くなき探究心や未知への踏み込みに躊躇が見られない。
今回もそうだが、華々しい発明を成立させる陰で幾千もの失敗を重ねていく。結果は当然として過程での間違いすら楽しむ。こういう人間は、恐ろしい。
こいつをどう制御するかが問題だな。まるで大河を相手にしているような気分だ。豊かな水を人々に供給し農耕や水力発電で文明を支えるか、氾濫して生命や財産を全て押し流すか。
ゴーボムしかり怪力腕しかり。いずれも本来の用途に沿って運用されれば、十二分に役立てられるものばかり……のはずだ。
こういった奴には珍しく、己の才を他者への危害に転換してはいない。連邦の研究員の中には明晰な頭脳を人民の被害にて証明するようなクズは少なからずいた者だが、それらに較べればこいつは矯正の余地が大いにある……はずだ。いや、今回はともあれ前回は被害者が出ていたらしいが。
連邦の任務とは別に、俺個人で見張る必要性を感じるな。今はまだ武器類に着手していないようだが、この先も手を出さないとは思わない。連邦に報告する必要はないが、アメリア姫とは別に監視対象に含めておこう。調整弁兼目付役として。
俺たちの名目上の国際交流を前面に出して、今後も適度な付き合いをするべきだ。距離感は見誤らないように。仮にも諜報活動を行っている手前、深く干渉するのは避けた方がいい。
ましてや、一周目の記憶を保持しているなどと口にしてはならない。この男の好奇心が確実に俺たちに及ぶ。『頭を見せろ』などと告げて解剖でもしてきそうだ。
二周目のことなど、誰にも話すつもりは無いけどな。こいつに限らずアメリア姫やその他同級生にも。事情を説明したところで取り合ってもらえるはずもない。
「今後も頼みたい。お前たちの協力があれば、余計な手間を簡略できそうだ」
「…………期待は高めない方がいいぞ」
銀縁眼鏡の奥底で笑みを浮かべたゴージンに、苦笑で返す。
言動はどうあれ、研究に関して、こいつのスタンスはわかりやすい。権威といったものに関心を抱かない、俺が見てきた中で最も純粋に近い科学者だ。
ふと、思う。この男は、戦争をどう捉えているのだろうか。自身に関係のない事柄であれば無関心を決め込む性格のように見えるが、巻き込まれるとわかれば自己の生存を優先した立ち回りを展開するのか。国や軍から命令が下れば諾々と従う奴なのか。
開発にのめり込むあまり、実験事故でも起こして名誉の死を遂げそうだ。
「来たぞー! あれ、ライとイヴもいるじゃん! なになにー? 三人でなに作ってたのー?」
アメリア姫の登場に、俺は血の気が引くのをはっきり感じた。イヴも声に気づいて同じ顔をしていた。
「こいつらには手伝ってもらっていた。それが、これだ」
馬鹿かお前! 躊躇いなく第一王女に渡すな!
「おお、すっごい!」
アメリア姫はおもむろに腕を装着した。
数十分後。
姫は面白半分でそのまま飛び出していった。結果として、ガーウェンディッシュ嬢とエステルハージ嬢が巻き込まれた。程よいところで、ヴァルキュロスが解決及び回収した。
アメリア姫の暴れっぷりもそうだが、世話係の相変わらずの膂力には恐れるばかりだ。
あれを女性が使いこなすようになれば……想像したくないな。
単騎で中隊を屠るような生命体であれば、たった0.1のプラスだろうと空を飛ぶ首は倍に増えるのかもしれない。大地すら拳一つで割ってしまいそうだ。
天才との共同開発。次はどうなるのか。先々を考えると溜息が漏れそうだ。
ただ、少しだけ心待ちにしている自分も否定できなかった。




