第三話 「共同開発」
※ 本作品は、一部に生成AI(ChatGPT&Gemini)を活用して構成・執筆を行っています。設定および物語の方向性、展開はすべて筆者のアイデアに基づき、AIは補助ツールとして使用しております。誤字脱字または展開の違和感など、お気づきの点があればコメントをいただけると助かります
「人が、減ったね」
「その方が、都合が良いんだろう」
魔導工学科第三棟の三階、無機質な廊下に、俺たちの声はよく響いた。
昼食を取った俺たちは、次の授業まで数時間もの空白がある。普段はこの隙間を有効活用すべく、イヴとともにアメリア姫の観察報告書を作成したりするのだが、今日は違った。
煉瓦と鋼鉄の骨格が剥き出しになった建物は、機能美を追求した設計になっている。他の棟よりも天井が高く、巨大な窓には採光と換気のための工夫が見られる。複数の煙突からは常に微かな蒸気や薬液の匂いが漂い、増築されたかのような武骨な金属製の昇降機の塔が外壁に添えられており、内部では日夜魔導機械が稼働しているという。
平時においても、ここらは人がいないのだろう。校舎からは少し離れているとはいえ、人気がこれほどまでに失せていると、少々不気味に映る。上下の階にはそれなりの往来があるからこそ際立つ、異質な空間だ。
しかし、当然とも言える。
曰くつきというわけではない。立地ではなく設備にも不備はない。いや、曰くならば現在進行中だ。曰くという表現すら適してはいないだろう。単純明快な話だ。
住み着いている人間が問題なだけである。
当人は自身の振舞いなど気にしたことがないのだろう。たとえ気にしたところで変わるはずもないと思うが。
ここに寄り付く者は少ない。つまりは、研究内容、隠蔽ともにおあつらえ向きというわけだ。
辿り着いた簡素な扉の前で、一度立ち止まる。
「気をつけて開けよう、扉を開けた先で爆発か焼死体が待っているかもしれない」
「否定しきれないのが怖いよね」
一応の礼儀として、ノックをする。中に居る人間が常識や倫理に欠けていようと、こちらが心掛けない理由にはならない。
「入ってこい」
どうやら、部屋の内部に危険性はなさそうだ。指先に僅かな緊張と警戒を忍ばせて扉を押し開けていき、足を踏み入れる。
研究室は、予想通り――いや、予想以上に雑然としていた。
机の上には大小の魔導器、半分だけ組み込まれた水晶片、そして意味不明な数式が書き込まれた紙束。誰もが入室を躊躇うような光景だったが、部屋の主は周囲への配慮などという普遍的な意思を放棄している。
「やっと来たか」
机に向かっていた身体を起き上がらせ、椅子ごと振り返り、淡々とした視線をこちらに投げた。しかし、またすぐに書き込みに戻る。
ゴージン・ヴェルディックの歓迎は言葉としては冷淡だが、拒絶の気配はない。
寝起きなのか短い金髪はところどころはねており、銀枠の片眼ルーペは、今日は左についていた。初めて対面したときとは異なり、顔や服に煤はついていない。
学生寮の自室には戻っているのか。こんな男でも洗濯くらいはするんだな。そこで簡単に水洗いでもして終わらせたのかもしれないな。
「待っていた、適当なところに座ってくれ」
イヴが小声で囁く。
「あっさりした歓迎だね」
「そういう男なんだろう」
待っていた、という割には客人に飲み物のひとつも淹れない同級生との出会いは、偶然に近い必然だった。
三日前、アメリア姫や彼女の世話係とともに不審な爆発音のもとへ辿り着いたときに、初めて顔を合わせた。彼は自律式清掃魔導圧縮装置、通称【ゴーボム】と呼ばれていた発明品の実証実験を行っていた。
小さなゴミからやがて大きな廃棄物を吸引及び分解するという目的で開発したらしいが、本来の用途とは想定外の事態を起こした。幸いにも、アメリア姫の友人たちが駆けつけて、被害は最小限に留めて事なきを得た。その際、アメリア姫のコミュニティに俺たちも組み込まれたらしいが、そこはまあいい。
そこで、俺とイヴが祖国で培った分析を行うと、ヴェルディックに目をつけられたのだ。
たとえあの場に俺たちがいなかったとしても、遅かれ早かれ、この男とは関わりが出来ていただろう。国外脱出の口実とはいえ、この国の第一王女を密かに監視する任務を課されている俺たちが、姫と親交のある者と接触しないはずがない。
「ヴェルディックは、」
「ファーストネームで構わないぞ」
「…………何をすればいい」
「これだ」
ゴージンが振り向き、手元の装置を指さす。腕をすっぽりと覆う、見た目だけなら中世の騎士がつけていた篭手を、薄く小綺麗にしたような見た目だ。
「【怪力腕】。今はこれを調整している。魔力循環を利用した可搬式の補助器具だ」
説明は簡潔だが、余白が多いな。
持ってみると、見た目とは裏腹に軽い。サイズは合わないだろうが子供でも気軽に持てるぐらいだ。
「……力が強くなるってこと?」
「体内の魔力を腕部に偏らせる。理論上は、素の腕力の1.1または1.2倍を上乗せできる」
「身体強化の疑似的行使か」
なるほど、面白い試みだな。
「お前たちは使えるか? どれほど引き出せる?」
「1.3か1.4ぐらいだな」
「私もそんなところかな」
士官学校時代に鍛えられたおかげで一般人よりは引き出せる。これぐらいの情報開示ならば俺やイヴが軍の関係者だとは勘繰られないだろう。スポーツ選手であれば2倍や3倍は珍しくない。
「お前たちは身体強化を【魔法】と捉えているか?」
「それは関連性があるのか」
「ただの興味本位だ」
唐突な問いだが、今までこういった話をする者が他にいなかったからもしれないな。付き合ってやるか。
「『身体強化は、厳密には魔法ではない』だよね」
「そうだ。一般認識では魔法と見られているが、学者間では意見が分かれているだろう?」
「俺は魔法と位置付けて良いと思うが」
「ライゼル、お前はそっち側か」
「お前は反対派なのか」
「どちらかと言われればそうだな。『体内の魔力を移動させているだけであり、魔法と定義していいのか』といった反論は珍しくないだろう」
「その意見もわかるけどな」
表情は変わらないまでも語気をわずかに強めた男に、俺は肩をすくめるようにした。
魔力とは生命エネルギーであり、人間の能力を内側から強化する。筋力や反応速度の向上に、治癒力の補助。それを纏うだけ、体内に通わせるだけで細胞を活性化させる。意識的か無意識的かによってその発揮度合いに差は見られるが、人々の生命活動には欠かせないものだ。
「『身体強化とは、魔力を練達させただけに過ぎない』。お前はそう見ているわけだ」
身体強化は、個人のセンスに左右される点が定義論争の争点になっている。
自らの肉体をどれだけ感覚的に捉えているか、自在に操ることができるか。これは運動神経と言い換えてもいい。プロのスポーツ選手のほとんどは才覚を競技に活かしているが、一般人が同等の水準に辿り着くには相当の修練が必要となる。王立魔導大学に通うエリートでさえ戦場では実践的に扱えない者が大半だろう。
「魔法は再現性だからな。魔道具の発明、開発に携わる者としては『誰もが扱える物』を志向すべきだと考えるが」
「それには同意見だ」
魔法とは論理と法則をもって発現されるものだ。得手不得手は介在するが、理論上、どのような人間であれ全ての魔法を習得できるとされている。
その側面からすれば、ヴェルディ……ゴージンの言い分にもいくらか納得はできる。
だが、個人的には魔法の意見を支持してしまう。アメリア姫の世話係と戦場をともにした俺には、どうしてもそう捉えてしまう。
エルミナ・ヴァルキュロスは最たる例ではあり、彼女を目にした経験が俺に身体強化を『魔法』だと認識させている。極端な事例であり、彼女は例外に分類されてしかるべきだが、あれほど鮮烈な光景を目の当たりにすれば、魔法以外の何物でもないと断言できる。
「とりあえず、装着してみろ」
「これは、はめるだけでいいのか?」
「篭手の内側に、魔力を偏重させるプログラムを記述している。使用者の魔力の流れに反応する。着けて腕に意識を傾けろ」
目を凝らせば、魔法式が事細かに綴られている部分があった。薄透明のガラスで覆われており、使う人間が汗をかいていようと文字が滲んだりすることはない。
試しに両腕に装着してみる。動かすたびに肘辺りが少々窮屈だが、改良すれば問題ない。瞼を閉じて、腕に魔力を集める。ゆっくりと、体内の魔力に意識を向ける。
「お、」
これは。
身体中の熱が、腕に引っ張られる感覚だ。特に、肘から指先までの血管が波打っているようだ。細胞が活性化している。
「良い感じだ」
掌を開いて閉めて、感触を確かめる。1.5倍、いや1.6倍まで引き上げられているんじゃないか。自分の膂力を0.1プラスするだけで、数年単位はかかるというのに。
「私も私も。貸して」
「ああ」
イヴもまた、目を伏せて腕を伸ばすようにした。効果が如実に表れたようで、目を見開いた。
「凄いね、これ」
掌を合わせ、右手で左の肘を軽く小突き。彼女もブルートフォースの効果を実感する。
「怪力腕は体内魔力を定めた箇所へ集中させる。手の小指や足の親指に意識して力を入れるような挙動を、人工的に誘導する。日常的な重い物を少しばかり楽に持ち上げたい。そんな時に活躍できるだろう。一定時間腕力が向上するとなれば使い道は多様にある。これが成功モデルになれば、次は脚力に、その次は頭部に、など他の部位にアプローチできるかもしれない……改善点は、ありそうだな」
褒められて嬉しいのか、口端を少し上げて饒舌に説明していったゴージンは、俺たちの言葉を待った。
「まずは機敏性だな。肘を曲げる時にやや窮屈さを感じる。あとは更なる軽量化を目指してもいいかもしれない」
「入力のときに、位相を少しずらしてもいいかも」
装置を嵌めたままのイヴが、追随して告げる。分析力に長けた彼女らしい視点だ。
「両方試す」
褒めた時以上に楽しそうな顔つきになったゴージンはあっさりと頷いた。そして即座に符号を書き加え、次に位相を調整し……俺とイヴに再確認を求める。
研究室に転がっていた重そうな物を計り代わりとして用いて、計測。
俺とイヴのどちらも1.42倍まで安定的に力を引き出せることがわかった。
「想像以上に、体力の消耗が激しい。半ば強制的に体力を使わされたようだ。表面に符号を重ねて、流量を制御してみるのはどうだ」
実施、修正、分析と考察。時節休憩を挟みながら、改良していく。細くしなるような素材に変えて、内側に刻まれた魔法式の形を徐々に整えていった。
「起動だ」
ゴージンの宣言とともに、イヴが魔力を纏わせる。空気に溶け込むような薄白い透明なそれは装置を通して淡い光を帯びた。
最初は完璧だった。穏やかな魔力の波は篭手の部分を覆うように広がり、室内の空気がやわらかく震える。
「……成功。さっきより力が引き上げられている気、が……あれ?」
突如として、イヴは顔を歪ませた。腕をだらりと下げて床に座り込むようにする。
「何だ、どうした!」
「ひっぱ、られ、てる」
苦悶に背中をのけぞるイヴに駆け寄る。装置を彼女の腕から外そうとしたが、磁力で張り付けられたように離れない。魔力を強制的に一箇所へ集中させているためか、それが接着剤のように彼女の腕を逃さない。
「過剰循環だ」
「たぶん、位相ずらし、裏目に出て、る」
目を細めるゴージンに、両腕を痙攣させながら原因を推測するイヴは身をよじらせた。その拍子に腕が顔の横を通り抜け、俺の頬は小さくない風圧に押された。至近距離で大木を振り回されたような衝撃だ。
イヴの腕は、大型獣のごとく力が上昇している。させられている。直撃を受ければ、数メートルは優に飛んでしまうかもしれない。
「はな、れて」
自身の力を理解したのだろう、イヴは顔だけを上げて俺たちに距離を取るよう訴えていた。
ヴァイオレットの瞳には、痛々しいまでの配慮が前面に表れていた。
彼女に、そんな顔はさせたくない。
俺は自らの懐から一本のペンを取り出した。流れるようにイヴの背後に回り、腕ごと彼女を抱きしめる。凶器と差支えないものを振り回されないように。
拳が当たろうと構わない。戦場を駆けまわる恐怖に較べれば、物の数ではない。
魔法式専用のペンを俺は怪力腕へと伸ばした。
俺が平静を保っていられるのは、こいつがあるからだ。




