第二話 「リラックス」
※ 本作品は、一部に生成AI(ChatGPT&Gemini)を活用して構成・執筆を行っています。設定および物語の方向性、展開はすべて筆者のアイデアに基づき、AIは補助ツールとして使用しております。誤字脱字または展開の違和感など、お気づきの点があればコメントをいただけると助かります
「それでは皆さん。本日もよろしくお願いします」
粛々と、それでいて厳かな口調で、女性講師は教室中に声を響かせた。
神学科の授業は、どこか張り詰めた空気が漂っていた。
教義、聖典、神話、歴史を網羅的に学ぶ火神学のほかに、教会史や聖典言語学、宗教学及び政治神学、宗教と芸術の密接な関係など、神学といえども分野は多岐にわたる。
当然、座学だけではない。現在、私の出席している信仰魔法の実技では、生徒一人一人がこれから簡易的な魔法を行使していく。
静謐な空気が流れるこの教室は、数ある学科の中でも特に厳粛性を重んじている。祈りや詠唱は儀式魔法並びに信仰魔法に直結するため、一語一句を正確に扱う必要がある。
しかし、緊張の原因は講義の内容ではない。それ以上の物体的脅威……存在が、私の隣に座っているからだ。
「はいはーい! よろしくお願いしまーす!」
元気溌剌に、アメリアさんはニコニコしていた。
「ん、んん。本日は新しい風が舞い込まれております……皆さん、ゆとりに根差した姿勢を心掛けましょう」
『そう言われても』。そのような声が、周囲から上がってくるようだった。
生徒全員が授業に意識を向けようとしても、頭の片隅には彼女のことがよぎる。
普段は厳格な態度で講義を展開する先生にしても、口の動きが少々早いように思えた――教員だからこそ、不安を掻き立てられているのかもしれなかった。
本来であれば、学科の異なる王女殿下は神学科の講義を選択できない。
ただ、出席することは可能だ。【学際的な学びを奨励し、多角的な視点を持つ探求者を育む】とは、ザックスファード大学の指針の一つして明記されている。
これを理由に、アメリアさんは担当講師に迫った。『自分も参加させて欲しい』と。
ほとんどの学生は、選択してもいない授業に出席しない。このようなことを言い出す生徒など、異例である。すなわち、アメリア王女にとっては一般認識も同然だ。
始めは首を縦に振らなかった講師も、再三の懇願に根負けして、条件とともに承諾した。
それは、つまり。私が、アメリアさんのお目付け役となることだ。
「こんな雰囲気なんだね、神学科って」
「ここでは厳粛を第一に捉えておりますので」
私は『厳粛』を強調して返したが、王女殿下には響くはずもない。
「静かだぁ……わたしの参加する授業なんて、毎回なにかしら起こってるよ」
「起こしている方はどなたなのでしょうね」
私の隣に座っている方なのでしょうけれど。
これを受講しようとアメリアさんの成績に加点はない。単位互換の制度として適用されない。
それを踏まえた上で王女は参加した。評定にプラスがつかずとも気にしない。
関心事には、飛びついていく。他者の評価より自らの彩り。それが、彼女を彼女たらしめていることは、重々承知している。もはや、爪の先に至るまで理解している。
彼女が授業を真面目に受けていること自体は、とても素晴らしいことなのだ。大声で居眠りをしたり、突拍子もない質問をぶつけたりするよりは、はるかに健全で、望ましい。
ただ、問題は。『真面目に取り組むアメリアさん』が危険だということ。
彼女の問題誘発力を知らない者は、この学校にいない。歳や性別に限らず、誰もが巻き込まれた経験がある。故に、皆が皆、普段では纏わない下手な緊張を発してしまう。
「リファーナ、寝不足? なんか眠そうだけど」
「そう、見えますか?」
「ううん、なんとなく」
彼女の洞察に、一瞬肩が跳ねそうだった。
寝不足が続いている。
学業に支障の出ないように心掛けているが、それでも睡眠時間が確保できていない。
母国と自身の未来を考えない日はない。父からは縁談に関した手紙が絶え間なく送られてくる。政略結婚は王族として弁えているが、候補を眺めるのも楽ではない。
見合いを想定して、どのような相手であろうと情報を頭に叩き込み、返答を考える。
家柄と容姿、文章からでしか判断できない異性たちに頭を悩ませる日々。
昨夜は一目で惹かれるような候補が送られてきた。
彼への返答は、より時間をかけたい。などと抱え込みだしてしまい、睡眠が不足している。
自室に戻ったら横になりたい状態だが、まずは授業を平穏に乗り切らなくてはならない。
思考を回転させている間にも、授業は進んでいた。
講師が一文ごとの意味を丁寧に解き明かし、生徒はそれを紙に筆を走らせる。
「教科書も一般の魔法書とちょっと違うね。魔法式より、所作とかが細かく書かれてる」
「儀式及び信仰魔法には、欠かせませんから」
「二つの魔法って何が違うの?」
「そうですね…………儀式は器、信仰は中身です。前者をコップだと思ってください。後者は水です。二つをもってして、私達は水分を補給できます。儀式と信仰は、相互補完の関係にあります。一方だけでは成り立ちません」
鍋には蓋、産業と労働、科学に技術、芸術家とパトロン。両者は互いのために手をつなぐ。
「一つに纏めたらダメなの?」
「私も始めはそう考えました。ですが、アメリアさん。コップで飲むものは、水だけではありませんよね?」
「ジュースも飲むね」
「グラスやカップ、ボトルにビンと、器にしても様々あります。極端なことを言ってしまえば、信仰も儀式も、どのような型で行っても構いません。神が聞き入れてくださるかは別にして」
「神様が聞いてくれないと、魔法は発動できないの?」
「その認識で問題はありません。厳密には異なるものもありますけれど」
アメリアさんに例外を教えてしまうと、彼女は必ず乱用か悪用をする。もしくは意図しない悪用か。
その危険性を考慮して、たとえせがまれて教えることになったとしても効果の発揮しない手順や型を伝えましょう。
「自身の魔力、正確な詠唱、淀みのない所作。それらを踏まえて信仰は行われます。儀式の場は、礼拝堂や教会、大きいところであれば大聖堂ですが、魔法陣を描けるのであれば、自室を簡易的な器として捉えることもできます。小さな祭壇を設ける一般家庭も珍しくはありません」
以前、アメリアさんとの接触を図ったときには、礼拝堂の一部を儀式の場として活用した。
規模の大きく、それでいて歴史的な建築物ほど、効果は発揮されやすい。
とするのが、儀式魔法に関する一般的な見解だ。
「そして、何より大切なことは」
一呼吸おいて、アメリアさんと視線を合わせる。
「個人の解釈が異なろうと。祈りの辿り着く先に、差異があってはなりません」
「その通りです」
私達の会話を聞いていた講師が、引き継ぐように続けた。
「信仰とは、目に見えない神や教義、思想などを信じる内面的な心のあり方、儀式は、信仰を外面的な行動や形式で表現するものです」
信仰は儀式の根幹にある思想であり、儀式は信仰を具現化する器。
信仰がなければ儀式は形式に過ぎず、儀式がなければ信仰は表現されず、個人の中に留まってしまう。
だからこそ、両者は対であり、共存共栄の良き隣人たりえる。
「ご理解されましたか?」
「はい! 奥深くて面白そうです!」
「それは良かったです」
人柄はどうあれ積極的で素直な姿勢のアメリアさんに、始まりは緊張を浮かべていた講師も口元を緩ませて満足そうに頷いた。裏腹に、私は背筋に僅かな悪寒を感じた。
彼女は言ったのだ、『面白そう』と。
その一言が、これから起こることを暗示しているようにさえ思えてくる。
「それでは、解釈を踏まえた上で、小規模の魔法を発動させましょう。どなたか、見本を――」
「はーい! わたしやります!」
案の定、真っ先に手を挙げたのはアメリアさんだった。教室中の大気がぴんと張り詰める。
ああ、やっぱり。アメリアさんならそうすると思っていました。
だから、私は。私達は対策を練っておいたのです。
「アメリアさん、意欲は素晴らしいですが、まずは見本を見ていただいて、その後に挙動をなぞってみましょう。そうですね…………リファーナさん、お願いしても?」
「わかりました」
ふう、と先生は一息ついて、アメリアさんの意気込みを優しくたしなめた。
彼女の言葉に私はこくりと頷き、前に出る。自然な流れだ。
私と教師は計画が順当であることを目線だけで確認した。
模範的な正解像を見せて、それをなぞらせるように誘導する。事前に打ち合わせておいた通りに、事を進める。
教壇の上には、ガラスで覆われていた蝋燭が取り出され、灯火が揺らめいていた。その前に敷かれた薄い絨毯には、星の瞬きを模した点によって描かれた魔法陣が刻まれている。そこで膝をついて詠唱することで、魔法は発動する。
儀式及び信仰魔法とは、ただ詠唱すればいいわけではない。
正しい姿勢、正しい発音、祈りを捧げる時間まで、聖典魔法書に定められた所作を、丁寧になぞる必要がある。不特定多数の視線に晒されようと恥ずかしくない、
絨毯の前で、深呼吸を一つ。
一秒後、織物に足を踏み入れる。ゆっくりと膝を折り曲げる。跪く。両手を重ね、胸元に掲げる。首を少しだけ前に傾け、目線を下げる。
体内の魔力の流れを意識する。
「静穏の庭より、安息の風を請い願う。揺らめく灯火よ、花弁となりて霧を晴らしたまえ。穏やかなる香りをもって、乱りし心に安らぎを」
祈りを込めるように学んだ詠唱を一語ずつ丁寧に紡いでいく。声の高低や間合いを整え、魔力の流れを言葉に乗せる。
揺らめく火の先から、視認できる程度の小さな花弁が放出された。




