第一話 「ふわっと膨らむ」(4)
アメリアの描いたものに、各々が感想を述べていく。
「可愛いじゃないですか!」
「北に似たようなものはありますけど、ここだとあまり見かけないですね」
「焼くときに剥がれないように、しっかり接着させないとだね」
「これ、色を逆にしたものも作ってみては?」
「おお、いいね! シロクマパン、クロクマパンって感じ!」
「全員で作ってみましょう」
硬めかつ柔らかい部分があり、見た目も可愛らしく、焼き立ては香り高く、腹持ちもそれなりに良い。二つの粉をブレンドしたパンとは、また違った試みだ。
これぐらいなら国内だけでなく他国でも作られそうなものだが、意外と目にしない。成形の手軽さや均一な焼き上がりを求めれば、丸や楕円、長方形の型焼きといったものの方が効率的なためだ。
「大量生産は難しそうね。これ一つで丸パン十個と同じくらいの時間が、いえ、それ以上にかかりそう」
「まあ、そうかも。でも、今までよりもっとこういうのが出てくると思う」
「あら、どうして? 今だって、一般的なパンを作るのに職人たちを呼んでまで労力をかけているじゃない。買い占めた小麦は、ここにある物の数十倍は残っているでしょう?」
「明日からもっとたくさん作れるよー。こねるのを自動でやってくれる機械を、ゴージンが持ってきてくれるから」
「え、?」
「その名も~、【こねこねっこ】!! 私が命名した」
「俺やイヴは、そのことで呼ばれたものと思っていました」
ライゼル君が、間に入ってきた。
聞けば、生地を自動でこねる機械を、あの東方留学生が開発に成功したらしい。一ヶ月前から着手しており、実用化における問題点は既にクリアしているという。今日は最終調整のために来ていない。
「それは真ですか。アメリア様」
声に振り向けば、休憩から戻ってきた職人たちが目を見開いてた。
「あの重労働から解放されるのか?」
「いや、しかし。あれから生地は始まるわけで、あの工程を省くなど、職人として、」
「あんたは使わなければいいだろ。私は是非とも導入したい。生産効率が大幅に改善される」
「私も使用しないとは言っておりません。ただ職人としての…………」
「あとね。材料だけ入れれば勝手に計量してくれる機械も、今後出てくると思うよ」
「なんと!」
「工程に革命が起こりそうですな」
アメリアに詳細を求める職人たちの慌てぶりは、当然だ。
アイデア自体は私達が生まれる前から誰もが考えていた。けれど、実用化までは至っていなかった。それらしいものは導入されても、問題点が浮き彫りになり手ごねの方がいい、という結論が一般認識になっていた。
大きく分けて三つの工程があったとして、そのうちの一つが自動化できる。しかも、パン作りにおいての重労働である手ごねの作業が、だ。本来そこへ費やしていた労力や時間を、他の作業へ注げる。だからこそ、アメリアは様々な形をした
素人の私でも理解できる。これから、パン業界における革命が起こる。明日には姿を現すという機械を、この眼で見てみたくなってきた。
「何か凄いことが起こっているんですか?」
「エステルハージさん、これは素晴らしい発明ですよ」
「え? え?」
「エステルハージちゃんには、私が後で説明するね」
イヴェリアさんに笑顔で言われてもわかっていないポンコツは放っておくとして、あの様子だと、もしかして。
「お二人も協力されたのですか?」
「我々も手伝いはしましたが、大部分はヴェルディックが作り上げました」
「大変だったぁ、いきなり言われたときは」
やっぱりそうだったのね。従姉弟の二人は、前々からあの男に誘われていたでしょうから。
それにしても、アメリアは。そこまで整えたうえで買い占めなんてしたの? あの子にしてはなかなか考えているじゃない…………というか、出来過ぎじゃないかしら。アメリアらしくないわ、何か良い物でも食べたのかしら?
「誰が言い出したのかしら?」
「えーっと、アメリア殿下だったかな?」
「発案はそうだが、実現したのはヴェルディックだな。まあ、二人の合作と言ってもいい」
二人の言葉に私が目を細めていると、アメリアのもとへ一人の女性が駆け寄っていた。
「アメリア様。訪問者です」
今まで都市中を駆け回っていたエルミナさんが連れてきたのは、西方の留学生だった。
「やあやあ、随分楽しそうだね、王女様」
出会った時から不遜な態度を崩さない商売人は、挨拶のように右手をひらひらっと軽く振っていた。ピンクのリボンと紫の石飾りが、挙動に合わせて揺れている。いつもは胸元につけているはずの、青と赤の宝石をあしらったネックレスはない。
「リュソーじゃん! 用事は終わったの?」
「思ったより早く、ね。その報告でもって思ってさ」
この人もまた、警戒が解けない。アメリアやヴェルディックに次ぐトラブルメイカー。二人の陰に隠れることもあるけど、何で私の周りにはこういう人ばかり来るのかしら。
「先に情報提供でも、てね。ある商会がこの国の小麦を買い占めようと動いている」
「それは、噂では?」
「いいや、本当だったよ。あいつらは麦の価格を吊り上げるつもりだった」
「主食の原材料を上げて、この国の食料供給を不安定にさせようと?」
「そう伝えに来たのだけど、少々遅かったようだ。王女様はやっぱり読めないね」
知り合ってから短い期間ながらも、この人の性格はそれなりに把握している。
西側に根を張る大商人の娘らしく生粋の商人肌で、無償で情報を持ってくるはずがない。売りつけるつもりだったでしょうけど、だからこそ信憑性はある。
「さて、私も何か作ろうかな」
「オッケー! まずは着替えてきてね!」
「ふふ、楽しそうだ」
微笑を浮かべて調理場をあとにしたリュソーさんに、私は思案顔になった。
もはやアメリアの成功は疑いようがない。
噂が、本当だったなんて。
「アーク、」
「うん、後で話そう」
青年も、どうやら私と同じ心境のようだった。




