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リープ ~私達の二周目~  作者: 蛇頭蛇尾
2章  

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第一話  「ふわっと膨らむ」(2)

 


 何十も置かれた測りの上にボウルを置き、口の開かれた麻袋に手を軽くかざす職人。空気に引っ張られるように小麦粉が魔法によって空中を駆け上がり、ひとりでにボウルへと飛び込んでいく。一瞬にして正確な計量を終えて別の職人へ渡していく。


 他にも、手ごねと発酵を同時に行う職人や一度に十五もの成形を終える職人、彼らの作りやすい環境を構築するために温度管理や作業効率を図るスタッフなどが各々の職務を果たしていた。


 熟練の手際に裏打ちされた技術や能力は、王都で歴史を刻む専門店の矜持と自負を双肩に乗せていた。



 酵母菌の充満する室内で、私達のパン作りはつつがなく進んでいた。



「ハルデンさん、初めてとは思えない出来映えですね」

「こねる作業って、土魔法で人形を作るのと似ているから、それでかな」

「わ、もうここまでできたんですか」


 始めてから数十分、アークが早くもコツを掴んだそうで、彼の生地には、表面が滑らかで艶のある白が均一にまとめられていた。両隣のリファーナさんとポンコツが手元を覗くようにしていた。


「ハルデンさんは細身に見えますが、鍛えられているのですね」

「あ、私も思いました。袖をまくられた時、ちょっとびっくりしましたし」

「ありがとうございます。鍛錬は欠かさずにしていますので」

「日頃の賜物ですね」


 アーク、本当に逞しくなったわ。腕周りなんて、一年前とは比べ物にならないほど太くなって。可愛らしい顔立ちと鍛えられた身体との落差は大きくて、隣の二人のように初めて見る人は少なからず驚くのよね。


「お二人はどうです? リファーナさん、は」

「わ、私は、その。普段料理は作らないので、」


 リファーナさんの生地は、まだまだ粗い表面が目立つ。

 南の一つの国とはいえ、アメリアと同じ王女なのだから、普段は使用人たちにまかせているのでしょう。それにあの細腕では多少の時間はかかりそうね。

 礼節もあって、物腰も柔らかい。真っ当な王族らしいわ。うちのとは違って。


「ふふん、私を見本にしていただいてもいいですよ」

「エステルハージさんも手慣れていますね」

「使用人に教えてもらいましたから!」


 見せつけるようにして、そして得意気な顔のポンコツは思いのほか上手くできている。腕だけではない、全身を使って力強くこねる姿は経験者の動きだわ。

 あの子でも、できることってあったのね。


「ライ君、へった~」

「生地がベタついて、上手くできないんだ」

「水が多すぎたかな? ほら、これ。少しだけだよ」


 成形の上手くいかないライゼル君は眉間に僅かな皺を集めて唇を引き結び、見かねたイヴェリアさんが打ち粉を渡していた。


 弟の面倒を見るお姉さんらしいわ。アメリアに紹介されたときから思っていたけれど、二人は本当に仲睦まじい。従姉弟とはいえ、あまり意識はしないのかしら。


「あれー、セレヴィあんまり進んでなくない?」

「アメリアに合わせてるのよ」

「何で? 自分のペースでやればいいじゃん」


 一次発酵を終えて、生地中のガスを抜いたあとに分割し、生地を丸めていく。

 発酵を終えた生地に指先を伸ばしていると、隣のアメリアが視線を寄こしてきた。


「アメリアも初めてなんでしょう? さっきから苦戦しているじゃない。歩幅だって合わせるわよ」

「セレヴィ……! そんなにわたしのことを想って。もほー、照れるなぁ。友人の親愛っていうのは」


 本音を言えばアークの隣でやりたいわ。猫みたいにじゃれ合いながら楽しく作っていきたいもの。けれど、この子から目を離すわけにはいかない。窯のひとつでも爆発させられたら目も当てられないわ。


「はぁ、アークの隣に行きたいわ」

「あれ、親愛は?」


 それに今後のことを考えると、いまいち手ごねに身が入らない。



「アメリアのは、象?」

「そうだよ」


 綺麗なもの、若干いびつなもの、少し角ばったものなど、個々で特徴が分かれていようとほぼ全員が丸型で統一している中、アメリアは一人だけ動物を模したパンを目指していた。


 胴体、頭、鼻、耳、脚、しっぽ…………とパン生地を象の体の各部分に分けて計量した後、部位に合わせて軽く丸めていく。垂れ下がる鼻に牙、大きな耳からつぶらな瞳を再現しようと手を動かしている。


 この子、一人分の生地の半分を使おうとしてるわね。


「窯に入るぐらいにしておきなさいよ?」

「もっちろん。出来上がったら部屋に飾りたいからね!」

「カビが生えるわよ」


 呆れ交じりに言い捨てて、私も生地を丸めていった。


「もうそろそろ終わりそうだね」

「あら、手伝ってくれるの?」

「そのつもり」


 八割方出来上がったところで、気づくとアークが近くにいた。自分の生地は既にまとめており休ませている。周囲に視線を向ければ、リファーナさんをポンコツが、ライゼル君をイヴェリアさんが手伝っていた。


「気がかり?」

「ええ、この後を思うとね」

「それほど悲観しなくてもいいんじゃない?」


 隣に立って残りの生地に手を付けていく彼は、肩を揺らして溜息をついた私に声を潜めた。

 安心させようとしてくる声音に、少し苦い顔をつくる。


「王族が市場に介入したって情報は、どうしても広まるわ。あの子がどう思っていようとね」

「考え無しに、ってわけではなさそうだけれどね。やりたいことが見えてこないから不安もわかるけど」

「そんなにアメリアを信用しているの?」

「え? 今までだって、上手く収まってるわけだし。セレヴィの努力も勿論あるけど」


 ええ……アークってそこまでアメリアを信頼していたの? 少し愕然としたわ。

 自他の印象って、ここまで違いが浮き彫りになるのね。婚約者でも視点がこれほど異なるなんて。


「今回も収拾がつけばいいけれど」

「難しそうなら、先んじて情報を流したり、とかかな」


 ガーウェンディッシュ家とハルデン家。国でも有数の家柄同士、お互いにメディア関係者とは少なくない数と繋がっている。報道機関を用いればアメリアの不利になるような世論を多少なり望む方向へ傾けられるかもしれない。


「んー、でもねぇ」

「まずはそうならないようにしないとね。心配していても仕方ない。ほら、楽しもうよ」


 なるべく使いたくないわね。こちらの弱みを握らせることになるわけだから。


「……そうね。今は考えても、かしら」

「そうそう……あ、もう終わったね。僕は自分のを見てくるよ」

「ええ、ありがとう」


 気遣いを回してくれたのね。自分の生地を取り出して作業に戻るアークに、私も口角が柔らかくなる。胸につっかえていたものが、パン生地のガスのように抜けていく心地だった。






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