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リープ ~私達の二周目~  作者: 蛇頭蛇尾
1章

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第十三話 「イヴリン・ダルヴィーク」(4)

 



 石造りの街並み。魔導列車の音。王立ザックスファード大学の門をくぐったとき、空気の密度が濃くなった気がした。格式と魔力の重さが、呼吸を浅くさせる。


 当初、この国は華やかで、同時にどこか壊れかけているように思えた。数年後の滅亡を聞いていたために、そのような想像が先行した視点になっていたのかもしれない。


 ヴァルモン王国への留学から、すでに数か月。季節は移ろい、木々は模様替えを始めていたが、王立魔導大学に巻き起こるハプニングは絶えない。


 アメリア殿下との邂逅から、色々なことがあった。本当に、色々と。

 毎日、何かしらの事件が起こっている。起こされている。


 そして、今日という日も、例外ではない。


 外で魔法の実技演習をしていた私達が、講義の終わりに教室へ移動していると、近くの建物から轟音が響いた。

 教室の窓ガラスが揺れ、生徒の悲鳴が混じる。見上げると、棟の屋根を突き破って、巨大な樹木が現れていた。


「ここって、あんなものが生える場所だった?」

「最良の土壌があったんだろう。アメリア姫と名が付きそうな」


 隣で嘆息を漏らすライ君に、私も半笑いを浮かべる。こういった状況には、もはや平然としていられる。遭遇するたびに驚いていたら、キリがない。


「たっかー! エルミナ、ここでお茶したい!」

「ただいま、準備いたします」

「アッメリアぁぁ! あっ、なっ、たは、また!!」

「うぇぇ、誰かぁ、助けてぇ……!」

「アーク、これどうすべきだ?」

「ううん、どうしよっか」


 生長秘薬を手にした王女が引き起こした仕業らしい。わかっていたけど。

 彼女の出席する講義は、どのようなものであれ配布物を無くした方がいいと思う。

 無くしても効果は薄そうだけど。


 天に伸びる枝の一本に登ったアメリア殿下は、都市全体を見渡していた。そのそばで幹を机に見立ててティーセットを並べるエルミナさん。制服が枝に引っかかり逆さまにもがくノーラちゃん。魔法で宙に浮いているセレヴィーナさんが怒声を飛ばしていた。


 建物の崩壊を防ぐために魔法の障壁を維持するグレイン君とアークシス君のゆったりとした会話が、かすかに聞こえてきていた。


「いつもの面々だ」

「いつもだね」


 呆れよりも笑いがこみ上げてくる。このような日常に慣れたことに、もはや驚きもしない。


 嫌じゃない。むしろ心地いい。


「あー! ライ、イヴ! 二人も上がってきてー!」

「上がってみるか?」

「どうしよっか」


 切れ長の瞳に問い掛けられて、微笑で返す。

 視線を交わすだけで、意図が通じる。そんな場面が増えてきた。


 この国の、アメリア殿下たちと触れ合うことで、成長したのか。

 それとも、私たちが変わってきたのか。






 本日の講義を終えて、学生寮への帰り道。中央本館から続く細道の脇には、植栽が魔力で青白く光り、夜でも足元を照らしている。


「最近、よく笑うようになったね」

「そうか?」


 横目で、隣を歩くライ君を見た。また少し、表情が穏やかになっただろうか。


「うん。前はもうちょっと……こう、氷漬けの人形みたいだった」

「喩えが悪い」

「氷漬けの……魚?」

「せめて人にしてくれ」


 以前の関係性ではまず考えられなかった軽妙な応酬は、望ましい習慣だ。


「……みんなのおかげかな、良い人たちばかりだよね。最初はずっと警戒していけど」

「それは、そうだろうな」

「アメリア殿下は王族っていうより爆弾だし。セレヴィーナさんは腹の底が見えなかった。ノーラちゃんは可愛いけど危なっかしくて。エルミナさんなんて、初対面の時は君の動揺が怖かった。その後も、会う度に無言で斬られるかもって」

「否定はできないな」

「思っていたより、まとも……ではないけど。みんな楽しい人たち」


 第一王女殿下を通して知り合ってきた人たち。一癖も二癖もある同級生たちは、不思議と肩を張る必要もない。先日の一件からは、特に親近感を覚える。


 ライ君は黙って歩を進めた。連邦では『中央は傲慢で干渉的』とする偏見が根強かった。

 実際に来てみれば、そう単純じゃない。

 この国にも迷いがあり、綻びがあり、希望がある。


「ねえ、ライ君」

「なんだ」

「君についてきたこと。間違いじゃなかったって最近よく思うよ」

「……そうか」


 彼の足取りが、わずかに弾んでいるようだった。


 未来の光景を、私は想像でしか知らない。けど、強く感じることがある。

 彼の背負う影や重荷が、どこかで自分と繋がっていると。


 隣を歩く青年に、少しだけ身体を寄せる。


「あれ、今帰り?」

「わ、あ、アメリア殿下。え、何をしているんですか」


 茂みから飛び出してきたのは、野生の王女だった。

 既に五十以上の報告書を作成してきたけど、行動指針には未だ核となる部分が掴めない。


「エルミナさんは?」

「さあ、どこだろう」

「護衛のはずだが、彼女は」

「護衛と言えども、私は縛れないんだ。最近はエルミナを出し抜ける日が増えてきたからね」

「出し抜いたら駄目だと思いますけど」


 護衛対象が護り手を置いて行くなんていいの? 貴方王族なのに。

 エルミナさんを撒けるぐらいならかえって誰にも害されない、のかも? 

 だからと言って奔放に歩いていていいわけはないと思う。 


「二人って本当によく一緒にいるよね。夫婦みたい!」

「ふ、」

「従姉弟ですから」


 さらりと返すライ君は、慌てる素振りすらなかった。憎らしいほど頼りになる上司だ。

 動揺のひとつも見せないところには、ちょっとばかり唇を尖らせたくなる。


「ライ君って、本当にライ君だよね」

「ん? ああ、そうだが」


 皮肉めいたことを呟こうとも、この青年には通じない。こういったところ、アメリア殿下にも劣らないよね。というか優っているよね。


 ままならないもどかしさに、私はふいと顔をそむけた。


「あーあ、ライがイヴを怒らせちゃったー」

「俺は何かしたのか?」


 薄紅の髪色をした少女に責められるようと、彼の表情は王都の外壁のごとく変わらない。


 アメリア殿下にまで言われるなんて相当だと思うよ。


「なーんにも。この無表情、鈍感好青年、ライ君!」

「俺の名を罵倒にするな。いや、褒めたのか?」


 向き直って頬を膨らませ上目遣いになる私は、彼を見やる。


 ライネン・バルグは、イヴリン・ダルヴィークをどう見ているのか。

 留学以後の彼とは、最も時間を共にしている。それだけ隣に居る自負がある。しかし、ライネンは色恋などに現を抜かすつもりはない。


 事の重大性を顧みれば彼の姿勢は正しい。今は浮ついている場合ではない。そもそも、要因の一つである私のために、ライ君は動いている。感謝こそすれ、不満をぶつけるのは筋違い。部下として、人としても恥ずべきこと。


 公私にかかわらず、献身的に支える。それが私の任務だとは、重々承知している。むしろ進んで取り組んでいる。


 だとしても、だからこそ。

 彼の本音を問いたい気持ちが、いつだって胸の片隅を漂っている。

 気になる。気にさせられる。


 ……けど、まだ踏み込むべきではないのかもしれない。全てが終わってからでも遅くはないと思う。


 臆病になっているわけではない。そんなやわな理由ではない。


 だって、仮に交際を申し込んだとして、断られたら地獄になる。拒まれる根拠は、無いわけではない。大切な部下を守る使命感に燃えているような気がしないでもない。


 もしこれで、微妙な間柄になってしまえば、流石の彼も接しづらくなる。どころか、態度が冷ややかなものに転じるかもしれない。私だけをこの国に置いて本国へ帰還する……なんてことはなさそう。良くも悪くも真面目な彼が、そんな無責任な行動はしないはず。


 今のままでも十分に関係性は良好なのだから、急いで変化を求めない方がいい。

 そう、これは心理的な配慮であって、ライ君の重荷にならないための気遣い。


 自信がないのではなく、思いやり。

 我ながら良い理由付けだ。


「だからさ。ライはもっと、人の感情というか、心の機微というかさ」

「まさか貴方に言われるとは思いもしませんでした」

「ちょいちょい、それはどういう意味かな」


 日々の学業に加えて建前上の本国への報告書作成、数年後を見据えた準備など、彼が休まる日は少ない。

 この国の文化や空気に馴染もうと励み、何名かの友人もできた。母国以来の同性の友達に、当初目立っていた固い顔つきも段々と溶けてきている。私にとっても喜ばしい。


 現状は、ライネン・バルグの見据える先のためサポートに回る。

 彼の夢は、つまるところ私の夢でもあるのだから。


「ライ君」

「ん」


 そう自らに言い聞かせて、アメリア殿下と話す彼の横顔を、盗み見る。


 涼やかで端正な顔立ちに、切れ長の瞳は、今日もまた穏やかに清澄で。

 もし、この視線を独り占めできるような日が来たら、と思うだけで心が躍る。


「これからも、君の隣にいるからね」

「ああ、俺を支えてくれ」


 ……ホント、そういうことをさらっと言うんだから。

 この人、意味とかわかっているのかな。


「えへー、おおー。わひゃー」


 ほら、アメリア殿下だって少しは頬を染めているのに。


 そんな殿下は、私の腕を取ってライ君に背中を向け、コソコソと耳打ちしてきた。


「イヴ、イヴ。二人が良ければ、国を挙げて祝うからね」

「それは、さすがに、ちょっと恥ずかしいです」


 ニヒヒ、と口端を上げる少女に、私も囁くように返し赤面した。

 事前にこうして話をしてくれるだけ、アメリア殿下は一応の常識は備えている。


 満面の笑みで突然教会を持ってくるような真似はしないんだよね。されても困るけど。


「ライってなんでこんななの」

「さあ、私にもさっぱり。自分に精神干渉の魔法でも掛けているのでしょうか」

「う~ん、前途は多難だねえ」


 大げさに頷くアメリア殿下に、私も同意を示す。しかし、どうしたものか。

 どうにかして意識させたいけど、かといって下手な関係性にはなりたくない。


 なんだかジレンマに陥っている気がする。何でこんな面倒なことになっているの。


 ひとまずは、未来を見据えないといけない。改めて強く感じる。


 ライ君の志す【歴史の改変】は、順当に進んでいる、らしい。個人的には、自分達の取り組みに、まだまだ手応えは感じられない。

 けど、こうして笑っていると――かつて彼の語った薄暗いだけの未来が、少しずつ変化している気がする。


 来たる惨事を、必ず切り抜けてみせる。


 今度こそ、ライ君とともに生きる。


 かつての私ができなかったことを、成し遂げてみせる。



 背中を向けた私達に、ライ君は少しだけ首をかしげていた。






長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。


これにて1章は終了です。


2章以降キャラ同士のわちゃわちゃが増えていきます。


ここで一度、物語把握表を作成したく思います。



10万文字を越える中で、人物の把握に苦難された方がいらっしゃるかもしれません。


「このキャラ、どんな人だったっけ?」

「この人とこの人では、戻ってきた時間に差異がある?」


など、お読みになる際に引っかかる部分やモヤっとするところがあったのではと思います。


作者自身、各キャラクターの関係性や時系列について、整理しきれていないと感じています。


このままでは、読者の皆様に作品の面白さを十二分に伝えられないと考え、簡潔にではありますが、改めてキャラの紹介及び時間軸の整理を行いたく思います。


誤字脱字や疑問点、不明点に気づかれた場合は、感想覧にてご指摘いただけると、非常に助かります。



よろしくお願いいたします。




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