第十二話 「ドドっと過ぎる日々」(5)
「だー! 今日も楽しかったぁ」
「今宵は格別にお眠りになられそうですね」
日が落ちた頃、わたし達は王城に戻った。
あのあとも、発明品を持ちだそうとしていたらセレヴィとアークが止めに来て、ライとイヴが興味深々にゴージンに色々質問して、なんやかんやでまた爆発が二回ぐらいあって。
グレインも大丈夫そうで良かった。ゴージンのこと睨んでばかりだったけど。
「おかえりなさいませ、アメリア様」
「あ、宰相! お疲れ様。これから帰るの?」
自室に戻るまでの道を歩いていたら、広間のひとつに宰相のレオフリック・ドラグネスがいた。宰相もこっちに気づくと恭しく頭を下げてきた。分厚くて重たそうな濃い茶色の革の鞄を椅子に置いて、ちょうどロングコートに袖を通しているところだった。
いつものように落ち着いた声だったけど、なんというか目に見えない苦労が漂う感じだ。
「今日も会議? 最近ずっとだね?」
「紛糾ばかりでして」
うーむ、けっこう疲れてるね。優しそうに笑ってくれるけど、眼の奥に隠し切れない疲労が覗いてるよ。白黒の鍵盤みたいな髪だって、普段なら時間が経ってもぴしっと整ってるのに、覇気がないっていうか。
背筋が綺麗に反った葉がわたしなら、渋い黄色になって枝から落ちそうな葉っぱが宰相って感じ。見比べたら全然違うんだ。
……よっし、元気にしてあげよ。わたしも一応、政務には携わってるからね。
「ねぇ、宰相。時間ってある?」
「ただいま、お手隙にございます。あとは私的な用件にて帰宅するばかりですが…………何か、お聴きになりたい曲でも?」
「ううん、そうじゃなくて。今日はわたしが弾いてもいい?」
「……なんと。聴講させていただけるのでしょうか」
「たまにはね」
わたしも、たまには重臣に報いてあげないと。国のために頑張ってるからね。
「ご用意いたしました」
「ありがとう、エルミナ!」
頼りになる侍従は、わたしが何を言わなくても持ってきてくれた。自分よりも数倍大きなグランドピアノを肩に担いで。
こうしてみると、ピアノっておっきいな。
「……いつの間に。それに、それは」
「筋力を高めましたので」
「そう、ですか」
ピアノを丁寧に下ろしたエルミナが答えると、宰相は目を丸くしてそれ以上言わなかった。
確か、これって何百キロとかなかったっけ。エルミナみたいに身体強化を使ってもわたしには無理かなぁ。
用意してくれたふかふかの椅子に腰を下ろす。目の前のピアノは、装飾が派手なわけじゃないけど、その分落ち着いた品があって、結構好きなんだ。
宰相はソファーに座って、エルミナは立ったまま。二人の観客はわたしに視線を集めている。
一呼吸おいて、鍵盤に指を置く。木肌の感触を確かめながら軽く押せば、音色はすぐに、わたしの一部になって響き始めた。
曲のはじまり。まるで異国の庭園に迷い込ませる旋律が指先で踊る。濁らない和音は深い湖の底から、滑らかで伸びのある音が響いてくるようで水面に月明かりが揺らめいていた。
もしもその場に居たら、何をするだろう。
表層に幻影を宿した月に向かって袖を捲った手を伸ばす。掬ってみると天体は朧に欠ける。けど、その一部だけでも掌で救えたことに、ささやかに胸が高揚する。柔らかな感触の地面に身体を放り出して、夜空を見上げる。探せば見つかるかもしれない、夢みたいな光景。
だからこそ、情景として思い浮かべ、想いを込められる。
「ふう……久しぶりで緊張したぁ」
そんなに下手な演奏じゃなかったと思う。ちゃんと真面目にやったから。
二人の方へ目をやると、上々の反応を見せてくれた。
「流石は、アメリア様。月夜の王城、外壁で飲み合い、語らう人々が目に浮かぶようでした」
へえ、そういう感じに聞こえたんだ。いいね、みんな楽しそうで。言われてみれば、城っぽい音もあったかも。
「実に、実に良き演奏でございました。私も見習わねばなりませんな」
しみじみとした、心からの感想を述べてくれる宰相に、手の甲が若干くすぐったかった。
宰相の眼差しは、長らく見守ってきた愛娘を慈しむような色合いをしていた。
さっきまでの無理やり笑顔を作っていたのとは違うね、口角の上がり方も自然になった気がする。瞼に溜まってた疲労が少しは溶かせたのかな。
「アメリア様の御音色。私の耳がまた新たなる世界の扉にこぎつけられるようです」
「そんな大袈裟な……拍手の音すっご」
バチバチバチバチッ! って、魔法が炸裂したように両手を叩くエルミナ。宰相も横でびっくりしちゃってるじゃん。手のひら痛くならないのかな。
そうこうしていると、ソファーからおもむろに宰相が立ち上がった。
「どうしたの? もう一曲聞きたい?」
思案を始めたわたしに、彼は無言で頭をゆっくり横に振り、口元を柔らかくした。
「近頃のアメリア様はより一層楽しんでいらっしゃると、お見受けいたします」
いつも通りの、穏やかな微笑みだった。
わたしを陰ながら見守ってくれる、彼の人柄が溢れ出る顔つきだった。
「ふっふーん! たぁのしいよ!」
そのまんまの気持ちでわたしは答えた。満面の笑みで、宰相の穏やかな瞳をまっすぐに見つめた。
エルミナもようやく拍手を止めて、小さく頷くのを繰り返した。
今日という一日、たくさんのドタバタがあった。
笑って、逃げて、怒られて、笑って。ついでに演奏して。
それが全部、ぜんぶ、わたしの毎日だ。
明日もきっと、なにかが起きる――わたしが起こす。
それが楽しみで、たまらなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
読者の中には、「このキャラたち、いつ知り合ったの?」と疑問に思う方がいらっしゃるかと思います。
まず、第1章ではアメリアを中心に集まってくる人物を優先して描くようにしています。本編の陰では、描写のしていない、登場人物間で様々なことが起こっています。第一王女を通して知り合ったり、ふとしたところで顔見知りになったりと、彼ら彼女らの日常が展開されています。
出会った経緯についてはいずれ書いていきますので、差し当たっては「このキャラ達、知り合いなんだな」といった具合に捉えていただければと思います。
珍しく長いあとがきになりましたが、今後ともよろしくお願いいたします。




