第十二話 「ドドっと過ぎる日々」(4)
中央本館の裏手にある研究・実験区画は騒音や魔力の排出が許容される、閉鎖的な場所になっている。
細く高い研究塔が複数林立している広場へ、わたし達は足を踏み入れた。
白煙がもくもくと立ち昇っていて、空には鳥の群れが慌ただしく飛び去っていく。
む、焦げ臭いし熱気が風に乗ってきたよ。煙もけっこうすごい。おりゃ、突風を起こして飛ばしてやる。
煙のカーテンが魔法でめくれたその先に、やっぱりいた。
地面に片膝をついて、ゴソゴソ何かを組み立てていた。
「なあにしてるのー?」
東方からの留学生。ゴージン・ヴェルディック。短い金髪が風に揺れて、右目には銀枠の片眼ルーペ。服にも顔にも、あちこち煤がついてた。
すっごい今更だけど、わたしって東西南北の友達制覇してるじゃん!
これはもう、みんなを王城に招待しないといけないかも。国際交流をしないとね。
「随分遅かったな」
わたし達に気づくと、ゴージンは瞬きをひとつ。そして、少し口元を上げた。
その言葉は、わたし達というよりわたしに向けて言ってるようだった。
「それ何? ていうか、このへんだけ、雑草なくなってない?」
ゴージンの周囲、半径五メートルほどの地面が、まるで巨大なスプーンで芝生がざっくり削られたみたいに、焦茶色の土がむき出しになってる。
「自律式清掃魔導圧縮装置。通称、ゴーボム」
「掃除?」
真ん中にあるのが、箱みたいな丸太みたいな、いや、タコ? 謎の装置にゴージンが手を伸ばしてる。接合部からは煙が今も上がってて、チチ、チチチって、もう不穏な音がしてるんだけど。
「小さな塵や落ち葉から、徐々に小石、木片、さらには軽度の建築資材や地面の表層といった不要物を吸引・分解する」
「だから、ここだけすっきりしてるんだ…………なんか草ばっかり吸い取ってない?」
「思いの外、調整が難しくてな」
「土から作った人形とかじゃダメなの?」
「木偶は術者の操作が要るだろう。これは、指定したところを勝手にやってくれる」
「すっごいじゃん」
「という、開発だった」
「んんん? えーっと。それって、つまり?」
「こいつは不要物とともに大気中の微小な魔力までも吸い込み、圧縮する。だが、装置の核が不安定になるほど吸引してしまう。制御不能な魔力の解放、すなわち急速な体積膨張が起こっている。だから、吸い込んだものを適度に吐き出させようとしているんだが、一度で大量に放出してしまい、修正と調整を繰り返している」
ふーん。よくわからないけど、とりあえず上手くいってないのはわかった。
「そういえばさ、来る途中で何回か小石とか木の枝とかが降ってきてたんだけど、地面や壁に当たると破裂してたんだ」
「ほう、そんなことが…………推測にはなるが、吸い込み圧縮された微小な魔力が、不要物に混ざったんじゃないか。それらに衝撃が走ると、圧縮された魔力が暴発する、とかな」
「それで爆発かぁ……ゴージンは大丈夫なの? ていうかまた煙が!!」
「何度か暴発したが、どれも小威力に留まった」
まあ、見た通りだと、小威力の爆発? って感じなのかも。ゴージンも大丈夫らしいし。煤が付着してるだけで、身体に傷などは無い。
「そうだ。ライとイヴって、ゴージンに会ったことないよね? 東の留学生、奇人科学者のゴージンだよ!」
「異常値の奴に言われるとはな」
「東方……リンドラ評議会、ですか」
わたしの雑な紹介に、少しむせながらもライとイヴは装置に近づいた。
ゴージンは片眼のルーペ越しに部品を凝視し、煤で汚れた指先を伸ばしていた。
そこへライがしゃがみこんで装置の側面を、二人の後ろからイヴも覗き込むようにした。
「……この魔力圧縮構造……多層式か?」
「部分的に、旧北式だね」
「わかるのか?」
「俺たちの居た地方で使われていた古式氷炉の構造に似てる。中核を安定させるなら……この回路だ、ここを潰せば、」
「そうだな。ガス逆流が防げる……よく見ているな。お前たち、名前は?」
へえー、珍しい。ゴージンから名前聞くなんて。
「ライゼル・フォン・リンゼルト。こっちは従姉のイヴェリア。ツェルバ連邦から来た」
「連邦。そうか、道理で」
腕組みしたゴージンが、数秒考えてから手を差し出した。
「ゴージン・ヴェルディックだ。魔導工学科第三棟所属……まあ、孤独な研究員だ。今度、回路設計を手伝ってくれないか。今の説明を聞いて分かる奴は、なかなかいない」
ふへえ、これまた珍しい。ゴージンが自分から提案するなんて。セレヴィとかグレインとかとは全然態度が違う。自分のやっていることがわかる人だったら、そうなるのかもね。
ゴージンが差し出した手に、ライは若干戸惑うようにして瞼を伏せた。
「俺は、連邦の人間だが」
「科学に、国境はない」
「………………手伝える範囲でな」
「おおーー」
ライが手を取って立ち上がる。
二人でニヤってしてるの、ちょっとかっこいいじゃん。思わず手を叩いちゃった。内容はよくわからなかったけど、なんだか『わかってる人』同士の会話って感じ。イヴもその後ろで、そっと口角を上げてた。こういう雰囲気、けっこう好き。
「ん? なんか音、大きくなってない?」
ギィ、キー、シュー……って金属が甲高く軋む音を立て始めた。
わたしが言った瞬間、全員が危険を察知して装置から距離を取った。魔力圧縮の影響なのか、地面が少しだけ揺れて、周囲の雑草が根こそぎ吸い込まれていった。
え、なにこれ、掃除機っていうより爆心地形成装置じゃない?
「エネルギーを取り込み続けているな。先ほどまでとは、規模が違いそうだ」
「避難ぐらいならできるけど、それだとねぇ」
「校舎の一部が瓦礫か塵になるか、どちらにせよ、止めないといけない。だが」
「あれだと近づけないね。うーん、どうしよっか」
「回収はしておきたいな」
「なあ。俺には由々しき事態だと思うんだが……二人には茶飯事なのか?」
「この人達には、いつも通りなのかもね」
わたし達を見てライが戸惑い、イヴは若干ひきつった表情だった。
お二人さん、こんなのはわたし達には日常の茶飯なんだ。二人も慣れるよ。
さて、状況を収めるだけならエルミナに行ってもらうのが一番だと思うけど、たぶん装置は壊れて戻ってくる。ゴージンのためにもなるべく損傷は抑えたいなぁ。
今のメンバーだと、あれを程よく止められる魔法を使えるのは…………わたしぐらいかな。
それじゃあ、仕方ない。ここは王家の務めを果たしますか。ふん、ふん。
「ア〜メ〜リ〜ア〜!!」
あ、丁度良いとこに。
肩を大きく回して準備運動してたら、空気を裂くような叫び声が頭上から。
「セーレヴィー! アークも!」
模範的優等生と名高い令嬢は婚約者に身体を抱えられて現れた。
セレヴィは片腕で風の渦を細かく制御してるのかな、アークの着地を巧みにサポートして、ゴーボムを中心に舞い上がる草や土を寄せ付けなかった。優雅にふわりと舞い降りて、物語のワンシーンみたい。
「あっちは解決した?」
「教員と警備の方々に説明はしてきたわ。確認を怠った私も悪いけれど、全部押し付けて……今度は何! また何かしたの!!」
「わたしじゃないってば。ゴージンの……あ、アークってゴージンのこと知ってる?」
「セレヴィから話は聞いているよ。『言葉が通じない』と」
癖っ毛の目立つ青年は、少し笑いをこらえるような顔をした。
あー、うん、わかる。セレヴィがどんな風にゴージンのことを話してたか想像できるもん。
「また、あなたなの」
いつも綺麗な翠瞳を細めて、セレヴィがゴージンを睨みつけるようにした。
怖いよー、その顔。もっと優しく睨んであげて。
「誤解だ。予期しない発熱現象だ」
「安全設計はどうしたのよ!!」
こういったやり取り、もう何回見たっけな。
セレヴィの咎めるような物言いを、ゴージンは知らんぷりでメモ帳に鉛筆を走らせる。『これは計画の一部です』みたいな態度を崩さない。
その間にも装置の音は大きくなっていた。
もうそろそろ、発光でもするんじゃない?
「これは、恐らく……回路ごと凍らせた方が安全です」
「この設計なら、それで鎮静化できるかと!」
がばっと顔を上げたライとイヴが声を高めて提案すると、セレヴィがすぐに反応した。
あれ、そういえば。ライとイヴのこと、セレヴィとアークにも言ってなかった気がする。ノーラとリュソーを知らない人もこの中に結構いるかも。
これは、本格的に企画しないと。一回全員で顔合わせした方がいいよね。
「冷却処理ね。アーク、暴発に備えて土塁の準備を」
「わかった」
このあたりの連携力、ほんと感心する。
二人が何とかしてくれそうだし、任せよっと。
*
従姉弟の助言に従って優秀者がパパっと対応した結果、装置は爆発の寸前で甲高い金属音とともに停止した。
地面の振動も止まり、白煙を残して、ピタリと動かなくなった。
周囲は軽く焦げてるけど、怪我人はいないからオールオッケー。
「ライとイヴと言ったな。君らには絶対に手伝ってもらおう」
ゴージンが軽く笑いながら二人に言うと、ライとイヴは顔を見合わせて、ちょっと苦笑い。
「いいじゃん、三人でなんか面白いもの作ってみてよ!」
従姉弟は更に微妙な顔を浮かべた。なんでよ。
「……賢明そうな二人がついてくれるなら、この自称発明家も、少しは抑制されるかしら」
セレヴィが少しだけ柔らかい笑みを見せた。言葉のわりに、すごく切実さが伴ってたね。
「良い実験結果だった。次はより静かな圧縮を目指す。暴発気質をどうにかすれば、実用化も視野に入る」
「なら成功だね!」
「どこがよ!」
ゴージンがせっせとメモを書き込むのを見て、わたしは親指を立てた。
セレヴィは『もう限界!』って顔で、がっくりと肩を落として項垂れた。
アークが優しく彼女の背中を撫で始めた。流石婚約者、パートナーへの気遣いは完璧だ。
「あの、いつもこんな感じなんですか?」
「いえ、本日は比較的出来事の多い日かと」
「日常に富んでいるな、アメリア姫は」
イヴがポツリと聞くと、エルミナが平坦な声で答える。ライはどこか遠い目をしていた。
三人が後始末に取りかかってくれていると、やっと教員たちが駆けつけてきた。
「これはどうしたことか!」
「あちらこちらで、一体何が…………アメリア王女、ああ、なるほど」
「ねえ、ちょっと。何を納得したの?」
毎回思うけどさ、何でいの一番にわたしだと思うの。
この扱いっておかしくない? 強く異議を唱えた方がいいよね。
わたしが目を細めると途端に目を逸らした先生たちは、セレヴィに説明を促すようにした。
「これはアメリアではありませんよ」
「何ですと!? それでは誰が」
「そこの留学生です」
「そうでしたか、やはりこちらでしたか。我々もそうではないかと」
「え!? ちょっと待って、それでいいの!?」
「本当に教職者か、こいつら? 俺たちに偏見を隠さないぞ」
なんでセレヴィの言うことはすぐに受け入れるのさ。
その態度はないんじゃないの、ゴージンだって少しむっとして呟いたぐらいだもん。
「横暴だ! 異議を申す! わたしたちが何をしたっていうんだ!」
「常習犯どもは黙ってなさい」
セレヴィは呆れるように言ってきた。他の同級生たちも、苦笑いばかりでわたしたちを擁護しようとしない。エルミナまで黙ったままだった。
それでもわたしの侍女か! くっ、味方はいないらしい。
「おかしいよ…………こんなのって、おかしいよ! ……よし、潔白を証明すればいいんだ! ゴージン、他の開発品は?」
「研究室だ」
「取りに行こう!」
「アーク、二人を止めて!!」
セレヴィの鋭い指示にアークが動いて、血相を変えた先生たちも続こうとした。
その前に、エルミナが立ちはだかった。
エルミナ、わたしは信じてたよ! さっきは裏切られたけど!
喧騒が背後で響いた。
今日も今日とて、騒がしく。
ちょっぴり怒られて、どこか楽しい一日だった。
なんだかんだで、今日という日もまた、わたしの記憶に、ばっちり刻まれた気がする。




