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リープ ~私達の二周目~  作者: 蛇頭蛇尾
1章

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第二話 「セレヴィーナ=ガーウェンディッシュ」(2)

 



 都市の起床を促す日差しの下、私たちの馬車は静かに進んでいた。


 熟練の御者の手綱さばきに導かれた馬車は、まるで朝靄の中に浮かぶ亡霊のように、不気味なほど音を立てず滑っていく。防音や空気調節、暗殺に備えた防衛――ありとあらゆる魔法が施された馬車は、小型の移動要塞となっている。これほど整備された馬車など、普通の貴族にはまず縁がない、王族ならではの備え。


 常に快適な環境に保たれている車内で、私は向かいに座るアメリアを見つめた。彼女はソワソワと、子供のように落ち着かない様子だった。


 ……また何をするつもりなの、この王女は。


 そもそも、今朝から違和感があったわ。いつもは迎えに行っても準備ができていないのに、今日は整っていた。本来なら喜ぶところだけれど、アメリアに限ってはそうならない。

 用意が良い時ほど、企みの匂いは強くなる。私は自らの翠瞳に警戒を潜ませた。


「機嫌良さそうね。何かあったのかしら?」

「ふふん、わかっちゃう? 思いついたことがあってさ」

「へえ、どんなこと?」

「なーいしょ。驚いて欲しいもん」


 チッ、言わないか。


 会った時からこの調子。まるで面白い悪戯を思いついた子供のように、絶対に教える気がない。どうすれば吐いてくれるかしら。


「えー、言ってくれないの?」

「ふふん、ダメー」


 ……くっそ、駄目ね。猫撫で声で甘えてみたけれど無駄らしいわ。


 内心で二度目の舌打ちをしつつ、方針変更。どうせ回答は引き出せないのなら、せめて断片的な情報だけでも拾っておくべきよ。


「ヒントぐらいはいいでしょう?」

「んー……一限目の授業だよ」


 一限目? 浮遊魔法の実技演習だったわね。


 重量のある荷物などに対して扱われる魔法だけれど、授業では使用者が自らに掛けて重力の鎖から解き放たれる実技になる。

 そのままでは気球のようにただ浮かぶだけ、けれどそこに魔法を重ね掛けして、生徒たちは横や斜めの移動を試みる。演習では、そのときの魔法の精密な操作と、移動能力を測られる。


 この子が思いつくことといえば、何があるかしら。


「周りの生徒を突然浮かせて驚かせる、とかかしら?」

「さあ、どうだろー?」


 近い。こういうとぼけ方は、正解に近い。直感的にそう思った。


 止められるなら止めたい……止められる類であって欲しいわ。


 頭を抱え込むことになりそうな予感。心の内では諦観の芽が出てきている。


 どれほどの対策を練ろうと、この馬鹿王女を抑制なんてできない。できた試しがない。望みは捨て切れないとしても、最終的には事後の対応に奔走することになりそうね。


「はぁ、」

「セレヴィ、ため息ばっかりついてたら幸せが逃げちゃうよ」

「災いの元が近くに居るんだもの」

「うへえ、大変だねー」

「本当よ。少しは自重してほしいわ」


 皮肉を告げてもこのアホリアには通じない。分かっていながら無視しているのか、はたまた本当に自分を指していないと思っているのか。

 この子には貴族社会で育まれた処世術が通用しない。そもそも、社会の枠組みで捉えていては駄目な存在なんだわ。ダメリアの心意を一向に読み取れず、後手で対応するしかなくなる。


 そこらにのさばる悪徳な貴族のように愚行でも犯してくれれば、数ヶ月ぐらいは牢獄に叩き込んでいられるのに。



 とはいえ、現状やれることはない。学校に着いてから状況を見て対策を練るしかないわ。練っても意味ないでしょうけれど。


 アメリアが楽しげに窓の外を眺める横で、つられるように私も外を見る。




 王都の中心部に位置する高級住宅街は、相変わらず静寂と格式を漂わせていた。古典建築の美しさを模した邸宅群、折衷的な装飾に満ちた家々。赤レンガと白い石の絶妙な組み合わせや、複雑な屋根飾りが目を引く。


 どの建物もただの住居ではない。そこに住まう者たちの血統、財力、権力、文化、そして特権階級としての地位などを誇示している。ここから西側には、劇場やオペラハウス、高級ホテル、社交クラブが並ぶ。ここは王都でも心臓部に近い区域であり、特権エリアと巷では呼ばれている。生まれ育った私にとっては見慣れた光景だ。


 王都の外側になるほど、景色は変わっていく。成功した商人や貴族御用達の職人など、時代と共に隆盛した富裕層の街区があり、更に外側になると、一般市民や労働者階級を中心とした市民街が広がっている。王城を中心とした輪の広がりは、かつては階級の視覚的重要性として領域ごとに壁が建設されていたが、第一次革命を通して破壊された。しかし、貴族と市民の間には、その名残が精神に根差している。


 ここは階級社会の境界線そのものであり、羨望の的でもあり、時に反感の対象でもあった。




 誰も、たった四年後に王都が荒れ果てるとは思いもしない。


 未来を知る者以外は。






 *







 超常的な力を発現させる【魔法】は、技術や技量、規模の差こそあれ、老若男女問わず魔法を扱える。



 教育機関では、事象現象を引き起こすためのエネルギーである【魔力】を効率的に外部へ作用させて魔法を取り扱う【魔導学】を体系的に学ぶ。


 この学問は、現代の政治や経済、軍事といった人類が連綿と紡いできたもののすべてを支える基幹学問であり、この国の未来を担う者の必須教養とされていた。


 私達の通う【王立ザックスファード大学】は、言わずと知れた国内最高峰の魔導教育機関であり、ヴァルモン王国の象徴とも呼ばれている。



 重厚な石造りの校舎は、19世紀半ばの華美な装飾とは一線を画し、ゴシック様式の厳かな美しさを保っている。建物の外壁には、年月の重みを示すかのように苔がうっすらと這い、歴史の深さを物語っていた。無数に配された尖塔は、空へと鋭く突き刺さり、いくつかの頂には、古びた天文観測ドームが備え付けられていた。


 大きな木製の扉は、鉄の鋲で補強され、その中央には複雑な魔法陣が彫り込まれている。それは、この学舎が単なる教育機関ではないことを示唆していた。校舎を取り囲むように伸びる蔦は、一部の窓を覆い隠し、神秘的な雰囲気を醸し出していた。


 広大な敷地を囲むのは、高さ数メートルにも及ぶ石壁だ。その上部には、まるで監視するようにガーゴイルの彫像が等間隔に配置され、冷たい眼差しで外界を見下ろしていた。壁のところどころには、古の呪文が刻まれた石板がはめ込まれており、それがこの場所の結界の役割を果たしていた。


 ここは、都市の喧騒から隔絶された、魔法の知識と神秘が息づく孤高の城塞として存在していた。





「これより授業を始める。本日は浮遊魔法の実践である」


 校舎から少し離れた施設であるドリル・ホールにて、私たちは教師の声に耳を傾けた。


 ホールの空気は、清掃担当の教師が施した魔法によって清められ、埃や汗の臭いはない。壁の無機質な匂いが漂っているだけ。窓を通して舞い込んでくる光がホール全体を照らし、生徒は前方の教師に視線を集めていた。


 ここでは体育訓練や魔法の実技、演習、演劇、式典などが行われる。高い天井と広々とした空間、柱のない大空間は、訓練に最適だ。


「前回同様、恐れずに挑戦してもらいたい」


 床一面には羽毛の詰まった分厚いマットレスが敷かれている。さらに教師が衝撃緩和の魔法を施している。


 実技演習は、浮遊魔法を使って宙に浮かび、移動するというもの。どれだけ安定して浮力を維持できるか、どこまで高度を上げられるか、どのような魔法を重ねて用いて移動できるのかが評価対象となる。魔法式の組み込まれた道具、魔道具でなければ、補助具の使用も許可されている。


「くれぐれも、安全性を意識して取り組んでほしい」


 教員の目線が一瞬アメリアの方に流れた。当の本人は、自分に向けられているとは微塵も思っていない。ポケーっとしてるわね。


「「「浮遊(フワップ)!」」」


 生徒たちが魔力を練り、魔法を発動する。糸でつられた人形のように次々と空中へ上がっていった。

 最低でも五メートル、大半は十メートルぐらい。ホールのあちこちで生徒たちが、まるで水槽の中で停滞する魚のようにふわりと宙に浮き上がる。もちろん、私もその一人だった。


 高度を上げながら、周囲は二つ目の魔法を重ねて発動させていく。


重力(グラヴ)、横に力を」

風殴り(ウィンプル)、風速一メートル」


 横向きの微弱な重力魔法で姿勢を安定させて移動を試みる人、そよ風ほどの風力を利用する人、ある生徒は高度限界に達すると、大袋を広げて火魔法を唱え、簡易気球のような形に膨らませて上昇を試みたりした。皆、色々と考えているのね。


 けれど、しばらくすると地上に落ちる人が続出した。浮遊の維持と二つ目の魔法の発動。その制御は一年生には難しい。マットレスへ落下しそうになった生徒たちは、慌てて衝撃を緩和する魔法を唱えて着地する。間に合わなかった人は教師が補助を行い、大事には至らない。

 魔法の実技ではこのような安全設計を軸に授業が展開されている。


 上流階級の学生だけあって、全体の水準は高い。魔導理論学部特級科ともなれば、平均水準は目を見張るところがある。個々の差異は当然として、王侯貴族の名に恥じない練度は備えていた。


 中でも、注目を浴びる生徒がいた。

 銀白の髪を揺らし、翠瞳を湛えた見目麗しい生徒。

 気品、高潔、華麗の三拍子が揃った模範的貴族。


「あんなに高く。流石はセレヴィーナ様」

「十七メートルはあるんじゃないか?」

「滑らかだわ……まるで人魚のよう」


 ガーウェンディッシュ家の令嬢、つまり、私。


 空中で軽やかに舞う私は、まるで大気に祝福されているかのよう。と自画自賛したくなる。


 ふふ、いつもながら称賛が心地良いわ。


 特別なことは何もしていない。浮遊に風を組み合わせた、基本的な足し算。ただ、前世の経験から魔力制御の緻密性は磨き上げてきた。


 魔力とは魔法の源であり根幹。魔法の訓練と同様に質や技術を向上させられる。


 あの処刑台から時間を遡ってからというもの、私は修練を欠かしていない。

 魔力を磨けば魔法は輝く。筋力を向上させれば、より強い拳を放てるように。


 一周目では三メートル浮かぶのすら怪しかった私が、こうして空を舞えている。研鑽を怠らなければ、人はここまで変われることができる。できてしまう。以前の私って、本当に才能と努力を無駄にしていたのね。


 今の私は最高学年の学生よりも上を行く、校内でもトップ層の実力だと自負している。


 もちろん、ここまで成長できたのも未来の知識などを活用したからだけれど。だって先輩たちが四年かけて習得する高度な理論を、私は取り込んで使っているわけなのだから。

 少々、いえ、だいぶ卑怯よ。でも、努力はしたから素直に浮かれてもいいはず。

 積み重ねた自信を誇るのは、更に高みを目指すために必要だもの。



「どうしよう。もっと上に行こうかしら、でも、これ以上目指しても最高評価は変わらないわけだし」


 全力で上がろうと思えばあと二十メートルは上げられるけれど、過剰に目立つのもねぇ。

 目立ちすぎず、それでいて周囲には優秀と認めさせる。その絶妙な位置がいいわ。いえ、何を言っているの私、とっくに目立っているのに。はぁ、宝石ってどうしても人の目を引くものね。


 あら? 何をしているの、あの子。浮き上がろうとしないで、じっとしているわ。


「……飛ばないのかしら?」


 高度を少しずつ下げ、アメリアの隣に降りる。今朝の彼女の言動からして、どうせ突拍子もないことをしでかすと予想していたのに、何もしない。


 例えば天井を突き破る勢いで飛ぶとか、教師の忠告を無視して飛び回って他の生徒たちを怖がらせるとか。でも何もしないなんて……不気味だわ。


「う~~~ん~~~~」


 問題児はくるくると身体を回し、首を傾け、周囲を見渡していた。浮かび上がる生徒には目もくれず。天井の梁や壁までの距離、床面積に至るまで視線を巡らせている。

 その様子は、まるで施設の構造を計測しているように見えた。


 そういえばこの子。何だったかしら、私が言ったことにとぼけるようにしたわよね。

 確か、『生徒を浮かび上がらせて驚かす』だった気がする。


「アメリア君は何をしている?」


 心配したのか、駆け寄ってきた教師が目で問いかけてくる。私にもわからないから、ただ首を振るしかない。


「さあ。何もしていないので不思議です」

「何もしていないというのが不気味だな」


 本人を前にして堂々と言えるのね、この先生。言いたいことはわかるけれど。


「君でもわからないとなると、お手上げだな」

「皆さん、私をこの子の解読役に考えている節がありますが、一言申しておきたいです。アメリアの行動原理を探るのは、宇宙の起源を解明するようなもの。つまり、現時点の人類では不可能です」

「千年先では研究も進んでいそうだが、その時代の人類に期待するほかなさそうだ」


 私達の会話にも、アメリアは聞いていなかった。何かに集中しすぎて、他の事が情報として入ってきていないらしいわ。凄い集中力だけれど、この静けさは不安になるわ。不気味よ。


 それに、さっきから危機感が喉元にせり上がってくる気がしてならないわ。


「そうだわ。ねえ、天井まで届くか競争してみない? 早くタッチした方が勝ちよ!」


 このままではまずい。そう判断した私は咄嗟に提案した。抱えたくもない焦りからか、若干早口になっていた。


 アメリアはおもむろにマットレスを一枚剥がし、露出させた床の上で腕を組んだ。目を閉じて、思案顔になる。

 嫌な予感が一層強まってきたんだけれど。


「先生も参加しませんか? 浮遊には移動速度も評価の対象ですし」


 教師を巻き込んででも、何とかして災害をこちらのペースに引き込まないと。

 こうなれば、腕を掴んででも連れて行くわ。


「いや、遠慮しておこう。高所は苦手だ」


 貴方、何の授業を担当されていますか? 


「……なぜこの授業を?」

「克服するためだ。いざ飛ぼうとすると、足がすくみ絶叫じみた悲鳴を上げそうになるが」

「な、なるほど。素晴らしい向上心、ですね」

「私は君たちの見本になるのだからな。ああ、だからといって無理に私を上に持ち上げようとはしないことだ。これは警告であり忠告だ。荷物が増えるぞ。物言わぬ人体がな」

「そんなことしませんよ、アメリアじゃないんですから」


 自信満々に胸を張る教師に、呆れて目を細めた。


「それでしたら、まずは飛行船に乗られては?」

「飛行船などもってのほかだ。墜落したらどうする」

「見本になるんじゃないんですか?」


 本当に何言っているのかしら、この人。言っていることが滅茶苦茶よ、よく講師になれたわね。あ、注意が逸れてしまったわ。


 しまった、と思った時には、王女は笑っていた。


「……よし! これでいいはず!!」

「何が!? ねえ何をするつもりなの!?」


 慌てて振り返っても遅かった。すでにアメリアは手を挙げ、詠唱を始めていた。


「学びの別館を重しから解き放つ……ってやつ! 大空浮遊(デレイトフワップ)発動ッ!」


 ──は?


 次の瞬間、彼女は両手を床に叩きつけた。生命力に満ちた炎のごとくゆらめいた魔力の波動が、マットレスの剥がされた床面を走り抜け、震動が足元から突き上げてきた。


「えっ……!?」


 建物が揺れる。体幹を整えるべく、足に力を込めた。床から突き上げる震動と同時に、建物全体が深く軋む音が響き渡った。まるで、挙動ごとに骨を軋ませる巨人のよう。


 窓の奥では、景色が切り替わっていった。


 突然のことに生徒たちは驚き、魔法の制御を失ってマットレスに落下していく。あちこちで動揺と悲鳴が上がり、演習どころではない混乱に陥った。


 失敗したわ。アメリアから目を離したら駄目だった。




 数十秒後、揺れが止まった。


 何が、起きて……。


 すぐさま窓に駆け寄った私は──目を疑った。

 登校時の直感は、限りなく正解に近かったんだわ。望ましくない形で。


「……無い? 緑が……無い……?」


 ドリル・ホール周辺には、庭師の手入れが行き届いた樹木や花、芝生が広がっていたはず。それらは、建物の台座の陰に隠れて見えない。それどころか、窓の下には、市販の玩具のように家々が広がっていて、小さく往来する馬車の姿が見えた。まるで都市の上空を低く飛ぶ飛行船に乗っているような光景だわ。


 つまり、ここは地上ではない。建物ごと、浮き上がっているってこと。


「よおっしゃあ!! 浮いた浮いた!」


 拳を突き上げて飛び跳ねるアメリアは、自らの試みが成功したことに歓喜していた。

 周囲の反応を全く顧みない様は実に王族らしい振る舞いね、ぶん殴りたいわ。


「王女殿下あああああ!!」



 反対側の窓から、絶叫交じりの悲鳴が上がった。

 事態を把握した教師が、白目を剥いてその場でひっくり返った。そういえば、飛行船すら乗りたくなかったのよね。荷物が、荷物がひとつできたわ。物言わぬ人体が。




 しん、と。沈黙が辺りを支配した。


 私達は、空という大海に浮かぶ孤島に、閉じ込められた。



 …………どうしようかしら、これ。



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