第十一話 「アークシス=ハルデン」(2)
「本音、ですか」
繰り返すように尋ねた僕に、アメリア殿下は両手を合わせ、その細い首を少しだけ左に傾けた。
「セレヴィについては、ごめんね。わたし、気づいてなかった。今度ちゃんと謝っておくから。教えてくれてありがとう」
随分と、素直に聞き入れてくれるな。謝罪から感謝までスムーズに流れていった。この人の美点なんだとは思うけど、なんだか少し拍子抜けしそう。肩から脱力しそうになりだったけれど、姿勢は崩さない。
そんな僕の顔に、殿下は突き出すように人差し指を立てた。
「でもね。さっきの言い方、良くないよ。『代わりに使って欲しい』なんて。ハルデン君は物じゃないでしょ?」
「……それは、そうですが」
「セレヴィだってそうじゃん? 二人は部品じゃないんだから」
確かに、僕の物言いは捉え方によっては良くなかったかも。王族が貴族を、自らの所有物のように乱雑に扱っていい見方をしていると誤解を生みかねない。アメリア様はそこを指摘してくれたのかもしれないけど、たぶん友人との立ち位置に対して注意をしてくれたような気がする。琥珀の双眸は、他人への誠実な態度が垣間見えるから。
それにしても。こういった言葉を心の底から言い切ってしまえるんだ。
これができる貴族が、どれだけいるんだろう。僕は無理だと思う。たぶんセレヴィも。
「ハルデン君の申し出も、受け入れるよ。セレヴィって何でもできるから、ちょっと頼りすぎていたかも」
「あ、ありがとう、ございます」
「それでもって。君の本心が知りたいなって思ったの」
殿下が何を見ようとしているのか、分かってきた。汗ばんだ掌を隠すように両拳をまたも握り締めた僕に、アメリア様はじっと視線を向けてくる。期待もちょっとだけ見えるような。
本能か計算なのか、若干とぼけるように人差し指を顎元でしならせた。
「…………疲労を抱える婚約者の助けになりたいと思うことは、不思議でしょうか?」
「んーとね、そうじゃなくて。『セレヴィが疲れてるから』っていうのも本音だと思うよ。でもさ、何て言うんだろ、本心の外側だけを見せてる、って言えばいいのかな」
うん、肩をすくめて僕に意図の理解を求められましても。アメリア様本人が整理されていないんですね。
抽象的な言い回しだったけれど、言葉の真意は大体わかった。というより、僕の心中を見透しているようにも思える。
ただの合理性や正義感では通さない。彼女はアークシス=ハルデンの言葉を聞きたいんだ。
「どうせなら、ね? もう少し胸襟を開いて欲しいなって」
列挙した出来事は事実として、主観だろうと誠実に組み立てた言葉。ただし、本音の一部だとしても、それはあくまでも部分的であり、『表面』に留まっていたってことだ。
それを見抜いたうえで、第一王女は耳を傾けてくれている。
「君がどう思っているのか、聞かせてよ」
口を閉じて、唾を飲み込む。たったそれだけに一秒もかかった。
本音なんて、簡単に言えるものじゃない。数年後に崩壊するとはいえ、現在のヴァルモン王国は未だ貴族が幅を利かせている。育ってきた家では、感情よりも理性を重んじろと教えられたんだ。王族との対話において飾らず話すなんて、無作法の極みとさえ言われた。
けれど、今更だよね。
僕は一呼吸置いた。教育なんて全て呑み込むように、大きく息を吸い込んだ。
飾らず、正面から。
「……セレヴィとの時間を増やしたいです。もっと」
自分でも驚くほど、素直な気持ちが零れた。間違いなく、僕の本音だ。内奥に押し込めていた動機が、隠していた本心が、王女殿下によって引っ張り出されたんだ。
「ふふぅん、そういうことなんだ~」
アメリア殿下は肩を揺らし、こちらをからかうように笑んだ。
一転して無邪気な振る舞いに、僕の口元も自然と緩む。
「当然です。婚約者ですから」
「婚約してなかったら違うの?」
「どのような形であれ、僕はセレヴィに惚れていたでしょう」
言い切ったとき、ふっ、と頬が熱くなるのが分かった。顔が赤くなるなんて、いつ以来だっただろう。
「叶う叶わないにかかわらず、地を這いつくばってでも親に懇願したでしょう。『あの人と結婚したい』と」
初めて出会ったのは、幼い頃。彼女の姿を目にしたとき、上気した顔は抑えられなかった。
全身から魔力が噴き出しそうになって、その様子にセレヴィはお腹を抱えて笑っていた。
そのときの笑顔が、今もずっと、僕の胸にある。
「すっごい好きじゃん」
「愛していますので」
「わ、わ…………熱いなぁ。暑い暑い」
もう開き直ってしまえばいいんだ。何もかも、言ってしまえばいい。心の底から湧いてくる想いを、抑えてどうするんだ。
殿下は小さな両手で顔を扇ぎ始めた。
はは、こうして見ると、問題児だとか災害だとか言われている人も王女で少女なんだ。
「僕は、彼女の身を案じています。不敬と罵られようと、これだけは譲れません。アメリア様が普段の行動を慎むのであれば、話は変わりますが」
「それは、ないかな」
きっぱりと言われた。もちろん、僕だって本気で言ったわけじゃない。彼女は、他人からの抑制を嫌う体質だって知っているから。
「これからも、セレヴィや皆に迷惑をかけると思う。ごめんなさいって思うよ。けど、わたしはやりたいことをやる! それがわたしだから!」
胸を張る立ち居振る舞い、何とも言えない潔さには不思議な清々しさを肌身で感じる。
何で不快感がないんだろう。周囲から様々な異名をつけられようとも信念を曲げないからだとは思うけど、僕がまだ身に着けていなくて羨ましく見えるからなのかも。
「それにさ、わたしが自重なんてしたら、かえってセレヴィが心配しそうじゃない?」
「確かに、そうですね」
もしも殿下がおしとやかな仕草なんて心がけるようになったら、セレヴィは今よりも警戒を高めるかもしれない。
『アメリアが大人しい? ……嵐の前触れね。次は何を考えているのかしら』なんて、僕と談笑していても落ち着けずに、余計に神経を擦り減らす。
それじゃ本末転倒だ。
こう言っては失礼だとは重々承知だけれど、アメリア様は思っていたよりセレヴィの性格を理解されている。
かえって、僕は王女殿下については誤解していた。
やり取りひとつとってもそうだ。周囲の意見や視線を受け入れ自身の主張は通す。衝突を生むわけじゃなくて、最終的には相手に納得してもらえるように。一見すると傍若無人に振舞っているようだけれど、他者の感情の機微には気づいてくれる。
うん、たぶんそのはず。セレヴィによく怒られているけど、それも感情に配慮して……やっぱり違うかも。
ともかく、人目を惹く器は十二分に備えられていると思う。不平不満を漏らしながらでもセレヴィは日々の隣を歩いているんだから。
「これで、話は終わりかな?」
「はい。貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。アメリア王女殿か、」
「そうそう、それ!」
立ち上がり視線を交差させた僕が言いきる前に、間髪入れずに殿下は割り込んできた。
突然の叫びに、身体が僅かにたじろぐ。
「え、どれでしょう?」
「殿下とか王女とか、いらないイラナイ。呼び捨てで、あと敬語も無し! セレヴィだってそうだし!」
「王女殿下に、そのようなことは、」
「セレヴィとの時間、欲しくないの?」
な、なんて脅しをするんだ。そんな非道なんてしないと見直していたのに。
それを言われては、抵抗の余地なんてない。
「アメリアでん、アメ……アメリア」
仕方なく、咳払いを経て、喉を詰まらせながら言った。
「よろしい、よろしい。敬語とかも別にいいんだけど」
「なんか、変な感じです……だね。あと、公私では使い分けさせて……使い分けるから」
恥ずかしいわけじゃないけど、なんか違和感というか、慣れるまで時間がかかるかも。
「うんむ、オッケイ。あ、ねえねえ、セレヴィってアークシスのこと、アークって呼んでるよね? わたしもいい? いいよね、アーク!」
「はは、よろしくお願いします」
了承を待たずに押し通す彼女の調子に、思わず苦笑した。妙に強引なんだけど、彼女が気取らないからこっちも受け入れやすい。誤魔化さず、取り繕わず、まっすぐに瞳を輝かされると、なんでか押し切られるんだ。その在り様に、他の人達も引き込まれてるんだ。
「二人だけの時間、作るようにするから」
「ありがたき幸せにございます。ヴァルモン王国に、一層の忠誠を」
改めて片膝をつき、胸に手を当てて頭を下げる。それは王国への忠誠ではあるけれど、彼女個人への誓いに限りなく近かった。
「そ・れ・じゃ・あ。セレヴィの好きなところ、挙げていって」
「うわ、唐突な無茶振り。ううん、いきなりそんなこと言われても……まずは、隠し切れない気高さかな。何者にも媚びず、言葉より生き様で魅せる。気品とはセレヴィーナであり、高潔とはガーウェンディッシュであり、華麗とは彼女の代名詞で、」
「めっちゃ喋るじゃん」
いや、そんなことは。一度話し出すと舌の滑りが止まらなくなるだけで。
「気遣いまで素晴らしいんだ。この前、海洋の珍味が手に入ったから、彼女を招いたんだけれど……実は、あまり得意じゃなかったらしくて、後からそっと教えてもらって。それなのに、その場に居た料理長には、腕前を褒めたたえてくれて。あれには、申し訳なさと同時に懐の深さに感動を禁じ得なかったね」
「かあっこいいじゃん!!」
あはは、なんか止まらなくなってきた。でもいっか、アメリアもワクワクして聞いてくれるから。
「可愛いところもだね。基本的に何でも器用にこなす彼女だけれど、実は土に関連した魔法は苦手で。先週、彼女の家にある演習場で、土から人形を作る課題に取り組んでいたんだ。その際に小さな人形を僕に渡してきて……最初、何か分からなかったんだ。それは、よく見たら僕を模していて」
「えへぇ、かぁわあいい」
なんか、敬語を使わないのに慣れてきたかも。思っていたより簡単だった?
「鼻部分がちょっと窪んで耳も片方が無くて。でも、多少の稚拙さが、かえって可愛らしく見えてきて。つい感極まって。お礼として彼女を模した警護用の人形を十体ほど、お返しに渡そうとしたんだ……でも、『夜に動き出しそうで怖い』って言われて。渋々持って帰ることに」
「え、アークの家に全部あるの?」
「あれから毎日一体ずつ作ってるから、今は十七体かな。近いうちに招待するからセレヴィと来て欲しい。その頃にはより精巧なセレヴィ像を見せられるかも!」
「……え、あ、うん。楽しみにしてるね」
あれ、変だ。なんか、返事が妙に間延びしているような。
そのとき、廊下側から、誰かが駆けてくる音がした。
「アメリアー! ここにいたわね……アーク?」
息を切らして立っていたのは、僕の唯一無二の婚約者、セレヴィだった。僕とアメリアが会っていることを知ったんだろう。膝に手をついて荒々しく息を整えようとしていた。
というかよくここがわかったね。魔力探知でもしたのかな。
いつ見ても綺麗だ。何でキラキラして見えるんだろう。魔力で視力を強化しなくとも、その美しさは脳髄に刻まれる。汗の一滴まで、宝石のように輝いて見えてくるみたいだ。
「え、え、どういうこと? 密談?」
頭に疑問符を浮かべている。戸惑っているところも綺麗だなぁ。
「ここで何を。二人ってそんなに話したことあったかしら?」
なんて説明しよう。って思ってたら、アメリアと目線が合った。お互いに見合わせて、軽く頷き合った。
「まあ、そうかも。ね、アーク」
「そうだね、アメリア」
「…………え、え? 呼び捨て? 馴れ馴れしくないかしら」
セレヴィが目を丸くした。こんなに取り乱した顔は、最近だと見ていなかったかな。僕とアメリアは、またも自然に目を合わせて口元を緩めていた。
「そういう感じになったんだよね」
「だね」
「息もピッタリじゃない! え、浮気? まさか、そんな、嘘よね?」
「アッハハ、慌てすぎじゃない? ヤキモチ?」
「え、そうなのセレヴィ?」
「ちが、混乱するわ。二人って、え?」
こめかみに手を当てて天を仰いだセレヴィ。いつもは冷静で、どんな難事にも平然としているのに、こんなに取り乱すんだ。ころころ変わる表情、たまらなく愛おしい。
「なんか珍しい。新鮮なセレヴィがいる、いいね!」
「いいですよね、セレヴィ。僕の婚約者です」
「どういうことよ! 何があったの!!」
旧図書室の静けさを揺らすほど、セレヴィの声が木霊した。




