第十一話 「アークシス=ハルデン」
※ 本作品は、一部に生成AI(ChatGPT&Gemini)を活用して構成・執筆を行っています。設定および物語の方向性、展開はすべて筆者のアイデアに基づき、AIは補助ツールとして使用しております。誤字脱字または展開の違和感など、お気づきの点があればコメントをいただけると助かります
大学には、魔法の才を培った次世代の貴族が集まり、昼時はいつも賑やかだ。けれども、誰も足を向けない場所というのも確かにある。中央本館から北西、錬金並びに薬草学部の生徒が足しげく通う第四棟の裏手に、ひっそりと佇む旧図書館──僕がいるのはまさにそこだった。
ここが選ばれない理由はいくつかある。広大な敷地の中でも端の方にあるここは、他の施設から遠い。林立を抜け、人の気配の失せた周囲に不気味さを感じながら辿り着いても、それでは終わらない。入り口から長い廊下を進み、何度も角を曲がって、ようやく辿り着く。
来ようと思えば来られるけれど、大抵は中央本館や他の施設にある自習室か談話室を利用する。
建物自体も古びていて、天井の染みや剥がれた壁紙が陰気に拍車をかけている。数年前に簡易的な補修はされたそうだけれど、現図書館と比べればどうしても見劣りする。
大学側はここを取り壊して新しい施設をと考えているらしい。しかし、有効活用の目途が立っておらず、遅々として進んでいない。
そして、最大の理由は、この場所にかつて禁断の魔法書が保管されていた、という噂。魔力の澱みが残っているとか、危険な魔法実験があったとか。噂話に尾ひれがついて語り継がれている。
セレヴィとデートするなら、僕だってここを選択肢に入れない。
けれど今、その誰も寄りつかない空間で僕はある人と対面していた。
「本日は、お時間を取っていただき誠にありがとうございます。アメリア王女殿下」
「うむ」
立ち上がって真正面に座る彼女へ礼をする。声が固かったのは自覚していた。
深々と頭を下げると、銀灰の髪が揺れた。直しても直しても元に戻ってしまう癖っ毛は、主人の意志に反して落ち着いてくれない。
制服の着こなしには、まだ少年っぽさが残っている僕は、ハルデン家の次期当主として、直接言わなければならないことがあった。血筋を差し置いてでも、為すべきことを成す。
「それで?」
アメリア王女は琥珀の瞳を軽く細めた。警戒とも値踏みともつかないその目つきに、確かな好奇心が宿っていた。昨夜差し上げた誘いに、彼女は一人の従者を連れて応じてくれた。
世話係であり護衛でもある、同級生にしては随分と大人びて見える女性は、慣れた様子で入口近くに控えている。会釈以上のやり取りを交わしたことはない。
仮に、僕が敵意や悪意を抱いてアメリア殿下に危害を加えようとすれば、あの女性に組み伏せられるか、気絶させられると思う。
貴族のはしくれ、自己鍛錬を欠かさない身として、わかる。彼女の佇まいにはただならぬ力量が見て取れる。誤解せずに言えば、別格だ。
多分だけど、僕が二、三十人いても勝てはしない。セレヴィや他の戦闘に秀でた人達を連れて来てようやく、勝負になるかどうか。甘く見積もってそのぐらいだ。
それなのに、意識しないと存在を忘れてしまいそうになるほど、気配を消している。
その距離感と実力こそが、あの女性を王女の側近たらしめているんだ。
もちろん、僕としてもアメリア様に何かするつもりはない。武力ではなく対話をしにきたのだから。
「あまり話したことなかったね」
「いつもは、セレヴィを介していましたから」
座り直しても僕の全身はまだ少し固かった。アメリア殿下のカラッとした口調と対照的だ。
婚約者であるセレヴィを通じて、王女殿下とは何度か言葉を交わしたことがある。とはいっても、ほんの表層を撫でたような話だ。半ば密室のような場で面と向かい合うことになるなんて僕も思っていなかった。
「殿下には、いくつか尋ねたいことがございます」
普段は口角を下げて困り顔のような笑みを浮かべているけれど、今はきつく結んでいる。
鼻筋に少しの震えが寄るほど、余計な緊張が走る。
「ドリル・ホールの件では、殿下の魔法がいかんなく発揮されたかと思います」
「ふふん、まあね。あの時もセレヴィのおかげでなんとかなったんだよね。ゴージンも協力してパパッっと解決してた」
「ええ。彼女の活躍は、聞き及んでいます……一週間ほど前には王城の地盤が不安定になったこともあったとか」
「それもセレヴィがねー」
彼女は嬉々とした表情を浮かべ、次々と事件を語った。
教師に気づかれぬ魔法の悪戯や詩の朗読会、即興コンサート対決──どれもがアメリア主導で起きたもの。そしてそれらを、すべてセレヴィが解決に導いていた。
「ハルデン君もいい人を見つけたね。絶対逃がしたら駄目だよ」
「……実はですね、彼女、最近は疲れ気味なんです」
「え、そうなの?」
「常に周りの期待に応えようとする人ですから。他人には漏らせない彼女だけの苦労や苦悩もあるはずです。本日は、その件について殿下にお願いを申し上げたく思います」
言い淀むことなく、視線を殿下へ注ぐ。
アメリア殿下とセレヴィの関係は、世間一般的には親しい間柄に映る。王家と貴族、お互い腹の内をさらけ出さずとも、互いの思惑が絡んだ交流がある。
『騒動の後始末は、いつも私』、『いい加減、牢にでも入れてしまいたいわ』。
けれど、彼女と時間を作っても、口から出てくるのは殿下への不満ばかり。
「セレヴィーナ・ガーウェンディッシュとの交流を、控えていただきたく思います」
アメリア様の瞳孔が僅かに開かれたのを、僕は見逃さなかった。
「少しの間で構いません。彼女に暇を与えてください。代わりに、私をお使いください。彼女の代者として、必ずや果たしてみせます」
片膝をついて頭を垂れる。硬い床に膝をついた音が、静かな空間に響いた。両手には無意識に力が入っていた。
貴族として生を受けた以上、王家の意思に従う。その原則には逆らえるはずもない。
彼女は大貴族の名を背負っていても一人の女性だ。このままでは若くして倒れてしまう。
王女の意にそぐわないとしても、これだけは訴えておきたかった。不興を買っていかなる処罰が下されようとも、甘んじて受け入れる意思を携えて。
一時の沈黙が落ちた。
「頭を上げて」
柔らかな口調に、伏せていた視線をゆっくりと上げる。
「それで、本音は?」
アメリア殿下の問いかけに、頬が強張り、舌がわずかに乾き、言葉が喉に詰まった。
そう切り返されるとは。




