第十話 「ゴージン・ヴェルディック」(3)
場は騒然となり、全員の注意を逸らせた隙に俺は研究室に戻った。
何十、何百冊目かになる研究記録に硬いペン先を走らせる。誰に報告するわけでもない。後の研究につなげるためだけのものだ。
《問題児アメリア、実に有望な被験体である。次は、色が変わる煙玉でも持たせてみよう》
俺があいつに関心を寄せているのは、異端の同族意識や生理学的感情といった安易な理由ではない。
行動原理が、まるで王族らしくない。一般的範疇に留まらないからだ。
考えるより先に動き、壊して、次を生み出す。立場や責任、形式や格式を気にも留めず、他者からの評価すら、どうでもいいと言わんばかり。
凡人や秀才には模倣のかなわない性質。それらとは一線を画すような、肉眼では捉えられない異質な力を、あいつからは感じる。
そういった人間によって、定説は覆される。偉業とは、破壊と創造の果てに生まれるものだ。
アメリア・ド・ヴァルモン。
間違いなく、破天荒な王女として後世に語り継がれる存在になる。これは確信だ。
そんな人間が、同級生にいる――理解した瞬間、胸の奥がざわついた。
空砲を用いて曲を奏でる試作品の調整をしていたあの日、あいつとは出逢った。設計ミスで爆発を繰り返していたら寄ってきたんだったな。
それから一カ月ほどが経った。あらゆる発明を通して触れ合い、存在を知覚した。
鼓動が早まり、心拍数が上昇した。脈は波打っていたかもしれない。
これまでの人生、一周目では得られなかった高揚だ。繰り返すが異性に対する情緒的反応ではない。そんなものより、よほど得難い事柄だ。
留学前には想像だにしなかった。
あいつに出逢えたことは、嬉しい誤算だった。
そして、もう一つ。アメリアとは別に、関心を引かれてやまない現象がある。
時間遡行。タイムリープだ。
年単位で遡った出来事。時間の不可逆性。それは、二十世紀に突入した時代の魔導理論をもってしても、実現されていない。科学と魔法を融合させ押し進めた祖国においても、到達していない領域だ。
だが、俺が体験している。この身に起きている。紛れもなく『時を超えた』現象だ。
本来ならこれから起こるはずだった出来事、避けられなかった事件。それらすべてが、今の俺には記憶として残っている。現在の思考は、過去の俺とは似て非なる物だ。
いつ、どこで、誰が、なぜ、どのように時間を操作したのか。目覚めてから一年が過ぎようとも断片すら掴めていない。
祖国では何度か話した。周囲には、とうとう妄想を語り始めた、と笑われたものだ。そいつらには、香辛料を鼻に詰める発明品の被検体になってもらった。
この不可思議な現象、疑うべくもなく魔法によるものだろうが、特定の個人に影響が及ぼすようだ。あくまでも仮説ではあるが。
周囲の奴らの反応を基にすれば、俺自身の認知機能に異常が発生したと考える方が無難な回答だろう。当の本人でさえ、その説を支持したくはなる。
だが、断言できる。
一度目の人生。あれは夢でも妄想でもない。確かな現実を俺は過ごした。
死が発動条件だったのだろう。記憶を保持したまま俺は五年前の自分へと戻ってきた。新たな時間の中で、未来の知識をどう使うか。死の運命をどう乗り越え、歴史の修正を行うか。
直近の問題としては、祖国への強制送還が分岐点になる。
「評議会からの通達まで、あと192日」
ヴァルモン王国より東方の地、【リンドラ評議会】から俺は留学してきた。これは前回と変わらない。
東方は複数の小国家や組織、勢力の連合体だ。魔法を科学の一分野として扱う傾向が最も強く、徹底的な合理主義と技術官僚制を敷いている。
厳密にいえば、出身地の表記は【リンドラ評議会:ケットナ水夾の里】になるが、同郷以外は大体がリンドラとだけ憶える。それだけでいい。
東において、学生は技術系官吏候補として機械の部品のごとく制度に磨かれ、成果を求められる。枠に収まりきらなかった俺は目の敵にされることが多かった。大半の派閥に睨まれていたこともあり、国外研修や学術交流という名目でこの大学に派遣された。表向きは留学として扱われるが、実際は国外追放だ。下手に帰国すれば、支離滅裂な罪状をかけられて極刑を課されるだろう。
だが、その見立ては半年もすれば覆される。ヴァルモン王国の打倒を目的とした非公認プロジェクトに組み込まれるべく、評議会が帰還命令を発してくるからだ。
前回は一年と経たず帰還させられた。アメリアと出会う前に。
今回はまず、これを回避しなくてはならない。それほど困難ではないがな。
第一王女の協力が得られれば容易にはねのけられる。評議会からの干渉を退けられれば、死の未来から少しずつ距離を取ることができる。その後は、アメリアの庇護下に入るのが最適解だろう。
生存への道は、アメリアを前提に組み立てている。まあ、あいつならば見返りも求めず二つ返事で了承しそうだ。いっそのこと、この時間超越の現象を話してみるか。信じるかどうかは別にして、あいつなら食いつくはずだ。
現時点で証明は不可能だが『こういったものを作ってみたい』と会話の種ぐらいになればいいか。真偽より面白さが含まれていれば食いつくはずだ。
第一の障害を乗り越えたあとが、本番になる。ヴァルモン王国もまた安全地帯ではない。
四年後の第二次革命に、時を置かずして周辺諸国で結成された連合軍と王国は衝突する。
俺は戦争の途中で死亡したが、恐らくは王国が敗北しただろう。流石のアメリアも、そこで命を絶たれたのだろうか。あいつなら生き延びていそうなものだが。
どちらにせよ、動乱の時代は間違いなくやってくる。
悠然とした歴史の歩みを止められはしないだろう、一個人が左右できるはずもない。渦に巻き込まれれば、何者だろうと無事では済まない。
黙って死を迎えるつもりはない。その時が来れば、ここ以外の他国に逃亡なりすればいいだろうが、ひとまずは王国が破滅しない道を模索するべきだ。この環境を手放すのは惜しいからな。
打ち立てた方針の要となるのは、やはり。
「アメリアだな」
あいつを軸にした計画は、必然的にヴァルモン王国の転換点につながる。
第二次革命を終えた時点でこの国は半ば崩壊していた。逆説的に考えれば、革命を未然に防げば歴史が変わる可能性は高い。本来の道へ収束される場合も考えられるが、やってみなければ観測すらかなわない。
時間遡行。革命。そしてアメリア。
どれもこれも、俺の興味を掻き立ててやまない。すべてが興味深い。
歴史に挑戦する機会に恵まれたのだ。心が躍らないはずがない。
書類が散乱し無機質な発明品の溢れる部屋で、自然と笑いが漏れていた。




