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リープ ~私達の二周目~  作者: 蛇頭蛇尾
1章

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第七話 「リュソー・アルカンジュ」(2)

 



「リュソー・アルカンジュ殿、捜査協力に感謝いたします」


 整えられた髭がよく似合う男は、一分の隙もない態度で礼を述べてきた。


 アルトラ公国には、国家や都市の枠を越えて全ての商人が加盟する巨大ギルドがあり、そこに所属する執行官たちがいる。商人同士の私的な争いには介入しないのだが、ギルドの規約を破り、市場の信用を失墜させる悪徳行為に対しては、正式な権限を発動させる。


 簡単に言えば警察と同程度の力を持った組織ってこと。警察だって、この国じゃ信用していい場合とそうじゃない時とがあるからね。


 私は事前に彼らと契約を交わしており、ヴェルネに限らず悪徳商会に対しては協力して事に臨むようにしている。


「思いのほか、上手くいったね」


 ヴェルネ商会の構成員のほとんどは拘束具をつけられて連行されていった。ハゲは私を睨むでもなく、肩をがっくりとさせていた。


 あの髭も全て引っこ抜いてやったらよかったかな。そうしたらムダ毛の無い綺麗な顔になっただろうに。


「想定以上に進んだこともあり、こう言ってはなんですが、少々張り合いに欠けます」


 隊を率いる彼は鋭い目つきの裏に実直さが宿っている。そういうところを私は信用している。


 段取りは、つつがなく進んだ。


 私とシルバン商会は、ヴェルネの不正を糾弾して時間を稼ぐ役目を負っていた。あれだけわかりやすく的になって動けば、相手の商会が抱える私兵の大半が引き付けられると踏んでいたが、綺麗に決まったな。その間に、彼ら天秤の門番たちが書類を探してくれていた。


 さっきの浮浪者のような恰好をしていた青年も、その一員。誰よりも早く証拠を持ってきてくれた。



 リーダーの男と私は、金庫には何もなく、地下や別の場所、隠し部屋にでも資料が隠されているのではと推測していた。ああいう奴らはだいたい自分たちの不都合な書類まで手柄のように保管している場合が多い。


 それでもって、案の定だった。

 正義の看板を手にした執行部隊は、満を持して私達の下へ駆けつけたというわけだ。


「ありがとう。あなたたちのような人がいるから、この国の契約は守られているよ」


 男を中心に門番官たちは全員が整列して、敬礼をもって退場していった。

 ようやく静かになった室内で、シルバン商会の当主が深々と頭を下げてくる。


「お見事でございました……リュソーお嬢様。まさしくアルトラの守護天使……!」

「んー、天使は性に合わないなぁ。契約の魔女でいいよ」


 ちょっとした冗談のつもりだったけど、周囲から控えめな笑い声が漏れた。

 それなりに定着しているあだ名ではあるけど、正直呼ばれている側としてはなんとも言い難いものがあるよね。


 パパの頼みで、というより私が強引に色んな現場に顔を出しているうちに、だんだん名も広がってきた。国内だけじゃなくて、最近は他国の商人からもやり取りがあったりして。


 気をつけないとね、下手に恨みを買わないようにしないと。

 また死ぬには、まだ早すぎる。


「あなた達も、こんな紙切れぐらい、きちんと読まないと駄目よ」

「返す言葉もございません」


 契約書ってね、怖いくらいに罠が多い。

 専門用語の連打、曖昧な表現、情報の水増しと恣意的な取捨選択……それら全部が、相手の思惑として潜んでいる。


 かつては、取引における魔法の使用は、信用確立に重要だった。

【鑑定】、【均衡の天秤】、【語りの魔法】――それらは、もはや通じなくなってきた。今では更に巧妙な罠が飛び交っている。


「シルバン商会が無くなるとね、継承とか譲渡とか、いろいろ面倒だったからね」


 もう一度、ヴェルネ商会の作った不正書類に目線を落とす。


 サファイアブルーの欠片を溶かし混ぜ込んだような蒼光りが、私の両眼に集中する。魔力を通した視界は薄く青みがかった。


 契約文書を読み込むと、怪しい条文の一部がふわっと金色に光り、熱せられたスープの底から浮かび上がる具材のように浮遊する。

 これらが、ヴェルネ商会が文字に隠した意図や企み。


 この魔法――【破見(スルーシー)】は、文書の裏に隠された書き手の真意や悪意を、使用者だけに視覚化する。虚空に滞留する文章や単語は、すなわち相手の目論見を示している。


 たとえば、瑕疵を巧妙に覆った文の中で、着目すべき箇所を知らせてくれる。

 たとえば、連鎖的な債務保証を明言せずに綴られた契約文について、まるで警告を発するように文書から分離する。


 商人に限らず、敵意を愛想に忍ばせた相手と対峙したときには、これほど有用な魔法はないだろう。


 発想だけなら似た魔法を作ろうとした人は大勢いたと思う。けど、実践では使いものにならなかったのかもしれない。


 私が【破見】を使いこなせるようになったのは、この一年の成果。

 今のところ、他に使える人はいないし、教える気もない。


 まあ、私以外に使いこなせる人なんてそうそういないけど。あくまでも読み解ける知識や経験が前提になっているから、その道の専門家でもなければ宝の持ち腐れになるだけ。

 パパだったら容易に使えるだろうね。教えないけど。


「それはそうと、あなたたち」


 仕切り直すように私は前に立つ面々を見渡した。


「ここ最近、新規開拓を怠っているでしょ? 上流だけじゃなくて、中流層や低所得層にも目を向けないと。安定は衰退の一歩目だとは知っているだろ?」


 私の言葉に、当主は少しだけ背中を丸め、うつむき加減になった。商会の者たちも居心地悪そうに目を逸らした……やっぱり、睨んだ通りだった。現状維持を良しとして続けてきた結果が、今回の騒ぎにつながっているんだ。腰が重くなるのは、わからなくもないけどね。


「大々的な改革じゃなくていいから、少しずつでも変わろうとしなさい。その姿勢を見せてくれれば、ウチは機会を与えるから。少なくとも、私はそう考えているよ」


 しばしの沈黙のあと、シルバン商会の代表が胸を張って答えた。


「……は! シルバン商会一同、これからもアルカンジュ家に一層の忠誠を捧げます!」

「期待しているよ」


 髭の反り具合が大分戻ってきたらしい代表の言葉に、私は頷いた。


「ところで、お話は変わりますが。お嬢様はこの先、どうなさるおつもりで? やはり、当主様の御傍で経験を積まれるのですか?」


 場の空気が雑談めいてきたところで、自然と私の話題に視線が集中した。


 やっぱりその話になるか。他の場所でも同じことばっかり聞かれるんだよね。

 まあ、将来の跡継ぎが私しかいないから当然だけど。


 十八歳。まだまだ若手の商人とはいえ、ゆったりもしていられない。


「大学に行こうかなって、思ってるの」

「学校、ですか……?」


 はは、驚いている。というより懐疑的か。まあ、無理もないか。これまでいくつかの学校に籍は置いたけど、どこもすぐに退学しているもの。


 授業にあまり関心が持てなくってね。家柄として英才教育を通ってきた私は、国の教育機関で教わることは一通り終えていたから。書物を読み漁るほかは、授業を抜け出して闇市を歩き回ったりもしてたな。


 礼儀作法や教養習得を名目にパパやパパの部下が他商会との取引に出かけるたびに同行した。

 どんなテーマパークよりも、商人の舌戦の方に価値を見出すような変わり者だったからね、私。現場を渡り歩いていた方が性に合っているんだ。


 けど今は、ちょっと気が変わっている。


「ザックスファードに、留学しようと思う」

「ヴァルモン王国となりますと、販路拡大の視察も兼ねて?」

「まあ、それもあるけど。ほら、知っているでしょ? 第一王女の噂」

「ああ、それは確かに……知らぬ者のほうが珍しいです」


 幾度か新聞や雑誌でその名を目にするたび、妙に気になっていたんだ。

 薄紅の髪の少女。直感だけど、私と似たタイプなんじゃないかって思った。同業人とかじゃなくて、性格っていうのかな。退屈を嫌悪するような人格だと見ている。

 何で以前は関わらなかったんだろうって不思議になるぐらい。


「なーんか、商機の匂いがするんだよねぇ」


 想像より平凡な人物だったら、そのときはさっさと退学すればいいだけ。

 別に人生を賭けるような決断じゃないし気楽に決めた。パパには明日言うつもり。

 きっと、驚いたあとに呆れた顔をするだろうね。


「ふふっ、楽しみ」


 それに、目的は王女様だけじゃない。


 二度目の人生。この現象を解明したいんだ。




 私は、同じ時代に同じ名前で蘇った。絶命した日から五年前に戻ってきたんだ。


 前回は引き際を見誤って、ヴァルモン王国の騒乱に巻き込まれた。

 逃げる最中、怒り狂った市民に追われて、パパたちは逃がしたけど、私は流れ弾で倒れた。


 あれが、人生の終わりだった。

 これからというときだったのに、名も残せずに死んだ。


 単純に考えれば、落命した国や場所になんて行かない方がいい。未来に動乱が訪れるとわかっているなら尚更だ。



 けど。けれども。もしもこれが、再現性のある魔法だったら?


 どうして戻ってきたのか。どうやって戻ってこられたのか。何故私だけが。

 これを知りたい。解明できるものなら活用したい。


 学術的な意味でも気になるし、事業にだってできる。だってこれは、疑似的な不老不死のようなものだ。上流、中流、下流。年齢性別問わずに、誰だって金を吐き出す。

 鳥肌が立つほどのビジネスチャンスだ。



「本当に、楽しみだ」



 私は、静かに。誰にも理解されない微笑を浮かべていた。







 *





 二ヶ月後。


「おお、さすが。歴史があるな」


 前髪の一筋一筋まで整えて、瞳には少しばかりの知性と野心を宿らせて。

 羽織っているケープもお気に入り。ワインレッドに金糸の縁取り、校章が織られた布。

 王立魔導大学の制服に身を包む私は、ヴァルモン王国の象徴と呼ばれる施設を見上げるようにした。


 大きな木製の扉には、王家の紋章が誇らしげに掲げられ、その前に立つ者を知識の継承者として選別する厳格な空気が流れる。都市に存在するにも関わらず、触れることのできない権威の象徴として、外界に対し沈黙の圧力を放っているようだった。噂に違わぬ威容だ。



 少々遅れての入学となったけど、私の胸の高鳴りは止まらない。何か起こる。そんな気がしてならないんだ。


「逃げろ! アメリア王女が召喚した獣に乗って構内を滑走しているぞーー!」



 ……んん?


 なんか生徒たちが右から左へ駆け抜け流れていくんだが。悲鳴や絶叫交じりの声がそこかしこで上がって……あ、半泣きの子が転んだ。誰か助けてあげればいいのにな、可哀想に。



「は、ははっ……!」


 騒然となる周囲。人波が崩れ、逃げる、逃げる、逃げる。


 魔力が波打つように血管内を駆けている。そんな感覚が全身を襲う。


 先輩後輩、家柄や格式問わず。危険因子と全員が認識している、第一王女。

 この目で確かめる価値は大いにある。


 というか、もう確信していた。


 これは当たりだ。大当たりだね。


 時空を飛び越える魔法よりも、価値があるかもな!


「どこだ、アメリア王女!!」


 香ばしい商機が、鼻から肌までを貫いた。


 商人の性に従って、私は騒動の中心地へ駆け出した。







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