第七話 「リュソー・アルカンジュ」
※ 本作品は、一部に生成AI(ChatGPT&Gemini)を活用して構成・執筆を行っています。設定および物語の方向性、展開はすべて筆者のアイデアに基づき、AIは補助ツールとして使用しております。誤字脱字または展開の違和感など、お気づきの点があればコメントをいただけると助かります
アルトラ公国。ここは商人が支配する国と言ってもいい。
国の政策から庶民の生活まで、おおよそ人の手が介在することには商売人の影が含まれている。
この国では、商いを営む者が最上と位置付けられている。商人は資格制であり、数が制限されている。国の根幹であり象徴でもあるからだ。半ば神格化されていると言ってもいい。
商人の子は赤ん坊の頃から子守唄として数字を聞かされており、三桁の暗算ならば初等部に入学する前からできる。でなければ不思議がられ、笑われる。
そうなれば当然、称号を得た者たちは限られた地域や街であろうと覇を競い合う。商人同士の諍いや衝突、足の引っ張りあいに政府と民が翻弄されているのが国の現状だ。
そんな国の中にある商人街の一角。それなりに歴史のある建物の廊下を、私は歩いていた。
目的の部屋の前で立ち止まり、再度、身だしなみをチェックする。
肩まで切り揃えた黒髪は、左右の耳の上あたりでそれぞれ丸いお団子にまとめて、ピンクのリボンと紫の石飾りをつけている。胸元には、青と赤の宝石をあしらった複雑なデザインのネックレス。白い肌と紫の瞳。うん、調和がとれている。今日も問題はないな。バッチリ決まっている。
言動を控えめにしていれば、どこかのお嬢様らしさがありそうだ。まあ、一応令嬢だがね。
さてどうしようかな、入室時のポーズとかは決めておこうか。どうでもいいことだけど、 それっぽさがあって様になっていればなんでもいいか。
「こ、これは……完全に嵌められている!」
扉を叩こうとしたとき、中から声が漏れてきた。
机を叩いて叫んだのは、この商会の当主だろう。以前何度か会ったことがある。
「契約条文の末尾に、こんな但し書きが……!」
「しかも、履行がもう……!」
「百万サリングなんてとても……!」
朝から会議室に詰めているシルバン商会の面々が、揃いも揃って弱音を吐いている。声音からして、青ざめている者もいそうだ。
「ダメだ……もう……」
確か、威厳ある髭が自慢の男だったよな。それにしては情けない声を出すものだ。
ここは空気を換えた方が良さそうだな。
重苦しい空気に包まれた会議室に、私は扉を蹴破らんばかりに入っていった。
「契約書、見せてくれる?」
「リ、リュソーお嬢様!」
全員の視線が一気に私に向いた。机を囲む数十名の男たちは、シルバンの当主を筆頭に生気の失せた顔でこちらを見ている。書記は手を震わせながらペンを走らせ、小間使いの少女は立ち尽くしていた。
この商会は、高級織物や贈答品を扱う、アルカンジュ家傘下の老舗だ。
貴族向けに布地や香料、美術品の仲介まで請け負っている、ある意味『信用が命』の業態。
保守的なところはあるけど、堅実ではあるんだ……ただ、今の時代、それじゃあ食われるんだよね。
一斉に動きを止めて顔を上げた彼らは、救いを見つけたように目を輝かせた。
「リュソーお嬢様……!」
「どうしてここに……?」
「パパのめーれー」
本当は私が行くって言い張って、パパがしぶしぶ命令出したってだけなんだけどね。
契約書を、強引に奪い取るように手に取った。 それは古めかしい羊皮紙のような肌触りで、不必要に分厚く、禍々しい装飾罫線が延々と印字されていた。
この一枚の紙が、彼らにとって地獄の扉だったらしい。 ページをめくりながら、項目をざっと確認する。
【第五項:契約の履行と解除条件】
本契約の履行は、当事者間の合意に基づき、速やかに開始されるものとする。
契約開始後、いかなる理由であれ本件商品の引き渡しが完了する前に契約を解除する場合、解除を申し出た側は、直ちに全額を違約金として相手方に支払うものとする。但し、本件商品の性質上やむを得ぬ遅延は、契約履行の開始を妨げる要因とはならない。また、買主が本条項の履行に遅延を生じた場合、違約金に加え、その時々の市況に基づき算定される付加金を支払うものとする。
【第八項:契約対象の保証と変更】
契約対象の商品は、契約締結時点の合意に基づき引渡しを行う。但し、本件商品の生産・輸送過程で生じた軽微な仕様の変更は、買主への通知をもって効力を生じる者とし、買主はこれに異議を唱えないものとする。買主が本件商品の引渡しを受領した場合、買主は一切の仕様変更、品質、数量について完全に承認したものとみなす。
それで、違約金というのは百万サリングのことか。
「ふむふむ。それで貴方たちはまんまとこんな契約に乗った、と。ヴェルネ商会には申し立ててはした?」
「何度もしました。ですが、払えないなら傘下に入れの一点張りでして」
「ま、そういうことだろうな。履行が開始状態なら、裁判所だって私的自治の原則を優先して助けてはくれないし」
「はい。同様のことを言われました」
「まあ、たとえ異議申し立てをしたとして、契約紛争だと証拠の収集や審理に時間がな。弁護士費用、訴訟費用、裁判中の対応。諸々の費用や労力を捻出している間に商会は潰れるってことだ」
「あの、やはり……望みは、ないのでしょうか?」
「普通ならアウトだなぁ、うん。パパもこういった場合だと助けてはくれないと思うし。『きちんと読み込まずに契約した方が悪い』って言うと思うよ」
「そんな……ううっ……」
おいおい、弱いな。商人の癖に言葉面をそのまま受け取るなよ……まあ、ちょっと脅し過ぎたか。
これって全然大変なことじゃないし。パパだって今は応援に掛けつけるために色々と準備しているところ。私がテキトーなこと言っているだけ。でもなぁ、『これは簡単に解決できる』なんて伝えたら、この人達の危機感が成長しない。ここは、一幕を演じようか。
「ほらほら、顔上げて。普通なら、でしょ?」
肩を落とした面々に、私は両手でパンと鳴らした。
全員の視線が、再び私に戻る。 どれも絶望と僅かな希望がないまぜになったような瞳ばかりだった。
まったく、よくこれで今までやってこれたもんだ。私とパパの眼が行き届いていないせいでもあるけどさ。
「行くよ、シルバン商会が潰される前に動くんだ」
「どちらへ向かうのですか?」
「決まっているでしょ。ちょっと寄り道するけど」
私は契約書を片手に、会議室を出た。 商会の人たちが慌てて後を追ってくる。
こういうのはウジウジうだうだとやっている方が時間の浪費なんだ。思い立ったらすぐに行動。まだ勝敗は決していないんだから。
*
「な、何だお前ら!」
「ここはヴェルネ商会だ。予約はあるんだろうな!」
「あるよ、あるある。だから通してくれ」
悪趣味な首輪を看板に提げた建物の中へ押し入るようにして、私はずかずかと進んでいった。
「お、お嬢様! お待ちを」
「まだ時間は、おわ」
「何モンだ貴様ら!」
「おい、部下共を集めろ! こいつらシルバン商会だ! 乗り込んできやがった!」
立ち塞がろうとする男たちを押しのける私に、シルバン商会の面々は半泣きになりながらもついてきた。肉食獣から逃げ回る小動物のように間をすり抜け、身を縮こませながらもついてくる。
「伝えてくれる? リュソー・アルカンジュがやってきたよって」
無遠慮に言い放って、立ち塞がろうとする男たちの返答すら聞かずにどんどんと奥に足を動かしていると、一つの部屋に辿り着いた。
「どうもこんにちは。お忙しいところ失礼するよ」
堂々と、胸を張って、私は椅子に座る男を見やった。
口ひげの両端を上向きにくるりと跳ね上げているヴェルネ商会の代表。禿げ上がった頭の中年は、秘書であろう男から報告書を手に取っていた。
「誰だ、勝手に、」
「ボス! こいつ、あのアルカンジュの娘です!」
目を見張る中年に、まだ若々しい秘書が私に指を突き付けるようにした。
うーん、礼儀を知らん奴だな。人に指を向けるなんて。予約もなく踏み入った私が言えたことじゃないけど。
私は二人を睨むようにした。こいつら――ヴェルネ商会は、最近勢いづいている中間搾取型の取引仲介商会だ。
他社間の取引で『契約コンサル』なんて聞こえのいい肩書きで、実態は契約詐欺まがいの所業を繰り返している、というかほぼ詐欺。 古参の商会を片端から嵌めて吸収、拡大している。
「アルカンジュ家のご令嬢、そして……おお、シルバン商会の当主殿ではございませんか。本日はどのようなご用件ですかな?」
事態をいち早く察知してわざとらしい口調でにやりと嗤うヴェルネの代表、その背後には続々と人が集まっていた。
濃い灰色の制服に身を包んだ体格の良い男たちが数名、控えるようにした。彼らは革製のホルスターに入れた小型の魔法銃を携えている。私設警備隊の制服は、法的な手続きを踏んでいるという合法性の圧力を放っていた。更に大勢の私兵が、扉付近に集まりつつあった。
「シルバン商会の方々はこのようなところまで足を運ばれる余裕がおありですかな? 既に履行は始まっておりますが」
「履行などと、よくも平然と!」
「これは異なことを申される。貴殿とは正式に書面を交わした仲ではございませんか。『書状の交わしは酒の交わし』。この国の国是であり不朽の原則ではありませんか?」
嫌味たらしく口端を歪める中年に、私も涼しい顔で対応する。
「私もその言葉は好きだな。簡単に胸襟を開いてはならないという意味も含めて」
「アルカンジュ殿までいらしていただけるとは光栄の極み。そちらの商会に加えてダールー商会についても話題に挙げていたところでしてな」
ダールー商会。シルバン商会と同じくこいつらの牙に晒されているところだ。他にも色々あるが、アルカンジュの影響力を少しでも削っていこうという魂胆だろう。
「数日のうちにそちらにも書簡が届きましょう」
「拝見させていただく機会があるといいけど」
一歩踏み込んだ私は、周囲の視線に包囲されながら静かに空間を見渡した。
こちらを嘲笑うように口角を上げる秘書に書記、そして私兵。よくある囲みの構図だ。
無理やりに乗り込めば、まあこうなるか。
「話し合おうか。契約の不備について」
大勢の視線に晒されようと不敵な笑みを湛える私に、頭部の寂しい中年は負けじと悪辣な表情を浮かべた。
「不備と申されましたが、私どもに責任があると主張されるのですかな? それで契約を破棄すると? 農夫に種まきを教えるようなもので恐縮ですが、ここはアルトラにございます。契約は絶対、何人たりとも逃げられません。破棄ということであれば、納品物の全てを――」
「だからこの手の契約って怖いよなー」
あくまで軽く。挑発じゃなく、ただの感想として言葉を被せた。
肩をすくめた私は、アメジストのようだと評される瞳でもって相手を見据える。
「でも、これは無効だよ」
「第三者の貴女にそのような権限があると?」
「そう睨まずともいいじゃないか。私は友好的に話をしに来たんだから」
シルバン商会はアルカンジュの傘下とはいえ、契約の当事者は二つの商会。私は部外者と言ってもいい。だから、部外者なりに暴れるだけだ。
「【第五項:契約の履行と解除条件】について。『本契約の履行は、当事者間の合意に基づき、速やかに開始されるものとする』。速やかに、なんて曖昧な文言だな。具体的な開始日時が明記されていない。これだと、ヴェルネ商会はいつからでも履行が始まったって主張できるよ」
「そこに何の違和がありましょう。それは比喩的な表現だとおわかりになるでしょう。商売をしている者であれば常識的に、」
「おいおい、常識的にってまたも曖昧だ。商会としてやっているならきちんと明文しないといけないと。アルトラの慣例か、ヴェルネ商会独自の慣習か、世界の条約か、ちゃんと明示しないと。あとこれ」
相手に反撃の隙は与えない。次の行に移る。
「『但し、本件商品の性質上やむを得ぬ遅延は、契約履行の開始を妨げる要因とはならない。また、買主が本条項の履行に遅延を生じた場合、違約金に加え、その時々の市況に基づき算定される付加金を支払うものとする』。これらは無理筋がすぎる。『性質上やむを得ぬ遅延』って、つまりヴェルネ商会が商品を渡さずに履行を遅らせても、遅延の理由をそっちが自由に主張できるってことじゃないか。それと、『その時々の市況に基づき算定される付加金』ってやつ。これは事実上の青天井の罰金と同義。百万サリングでは済まないと言っているのと同じだ」
「そのようなことはございませんなあ、深く読み取りすぎでしょう?」
書類をパラパラとめくっていき条文を指差す私に、どこ吹く風といった様子でハゲは嘯いた。
「そう? じゃあもっと読み取ってみようか。【第八項:契約対象の保証と変更】について。『軽微な仕様の変更』って具体的に何だ? 私も商品のいくつかを見たが、まるで価値に見合わない粗悪品ばかり送りつけてきたみたいじゃないか。『軽微な変更だ』とか言って、契約内容を一方的に変えるつもりだろう?」
「……」
「そして、『商品を受け取った時点で全て承認したことになる』って。流石に無茶苦茶だ。これは瑕疵を後から訴える権利を完全に奪う、悪質な免責条項だ」
とりあえず、口撃はここらへんでいいかな。まだまだ探せば沢山あるけど、グダグダ言い連ねても効果は薄まるばかりだから。
「あと『相互信義に基づき』って書いてあるけど、初回見積もりさ、そっちで加工費誤魔化していたと聞いたけど? そっちにも瑕疵があるんじゃない?」
「心当たりがありませぬな。正式な書類があっての物言いですかな? ……そもそも! 契約に納得して了承したのはシルバン商会です。貴方はあくまでも関係者外の人間。つらつらとこちらの不手際ばかりを強調するようでしたが、我が商会の信用を損ねるような――」
動揺することもなく平坦な調子でいるハゲは、意地でも契約を通すつもりだ。ま、それしかないことはわかっているけど。ここは今まで同様の手法で次々と喰ってきたんだから、このやり方こそが流儀であり矜持でもあるんだ。
けど、もうそろそろ不遜な態度ともお別れかな。
「見つけました!!」
お、やっときたか。
突如として、部屋へ駆け込んできた男。彼は私兵の間を縫って、廊下から転がるように入室してきた。
ボロをまとった青年。街の浮浪者が着るようなぼろをまとった姿、明らかに商人には見えない風貌……でも、手に持っていた書類を見た瞬間、私は勝利を確信した。
「思ったより早かったね。用意できた?」
「バッチリです! 原本の複製、加工費の改ざん記録、証人の供述、全て!」
青年が掲げた数枚の書類は、まさに流れを変える一手だ。今までニヤついていたハゲも、それを目にして途端に表情を一変させた。
「どこからそれを、」
「あれ、思い当たる節あるんだ?」
「ぬ、ぬぅ……!」
相手は唸って口をつぐんだ。もう十分、答えは出てる。
「これが、ヴェルネ商会とシルバン商会の契約書。諸費用の欄と、実際の支払金額に大きな差があるって、しっかり記録に残ってる」
私はにっこりと笑って、滅茶苦茶な条文ばかり目についていた手元の契約書を少しだけ上げるようにした。
「これで契約そのものが無効っと。はい、しゅーりょー」
ふわりと手を振って、魔法を発動させた。
指先から青白い火花が走ると、紙は文字を残したまま静かに灰へと変わった。
同じ書類はシルバン商会の事務所に何十枚とあるからね、一冊ぐらい消し去っても無問題。
大事なのは青年の手にする紙の方だし。
「契約の魔女……って、本物だったんだ……」
口をポカンと開けていたシルバン商会の面々は、ささやき合い始めた。
もう少し声を抑えて欲しい。その異名、照れるから。
それに言ったらなんだけど、穴だらけの書類を見破るのは商人において最低限度の要素だと思うんだけど。
「長々と述べていたが、もうよかろう……我々には力がある!」
その瞬間、私兵たちが一歩前へ出て、私達をじりじりと囲うようにしてきた。
「議論は終わりだ。小僧の書類もろとも、全員拘束しろ!」
あーあ、やっぱりこう来たか。
私は青年から証拠品を受け取り、それを両手でくるりと回し弄びながら、口角を上げた。
「なあ、ハゲ……ハゲのおじさん。事前通報契約って大事だよなー」
「……は?」
私の言葉に、背後から声が上がった。
「な、何だあいつら!」
「あれは、あれは!」
扉付近に陣取っていた敵私兵の側から、驚愕と混乱が聞こえた。
ザッザッと、廊下の向こうから規則正しい足音が近づいてくる。
「彼らが、彼らが来られたのですね!」
「そりゃそうでしょ。その一人がここにいるんだもの」
姿を現したのは、濃い青の詰襟コートにボビーハットをかぶった数十名の男たち。ずらりと横一列に並んで行進するようにやってきた。
「偽造された契約書、不当な条項が含まれる契約書、履行されていない契約書。架空の取引、水増し請求、二重契約……証拠はすべて揃っている!」
先頭に立った大柄の男が、堂々たる声で宣言する。
そして、手にしていた警棒がゆっくりと持ち上げられた。
「おー、勇ましい声だ」
「【天秤の門番】……! 奴ら、お前が呼んで……!」
「はっはっは。事前準備は、商人には不可欠だよねぇ」
ヴェルネ代表の脂汗の浮いた顔が更に青ざめる。秘書や私兵たちまでも喘ぐようにしていた。
他人事のように、私はにこやかに微笑んでみせた。
「契約違反、不正履行、そして暴力未遂も入れておこうか──全員捕らえろ!」
威勢の良い男たちの鬨声が、建物全体を震わせた。




