母は異世界転生しにいった
ピッピッピッピッ
「あぁ、そろそろお迎えが来そうだよ」
「お母さん、しっかりしてください」
母は一週間前に、風邪で肺炎になって千葉大学総合病院に運び込まれていた。
母は苦しそうな咳をしながらも、毎日物書きをしていた。遺書でも書いているのかと思ったら、異世界転生したらやりたいことを書いているのだそうだ。
ベッドテーブルには書きかけの原稿に、何枚かの栞がぶら下がって揺れている。
「おばぁちゃん、お話できあがったの?」
7歳の息子が無邪気に話しかける。まだ良くわかっていないのだろう。
「あぁ、ありがとうねぇ。残念だけど、最後までは書けそうにないねぇ」
その言葉が私の胸を打つ。目からは涙がこぼれて止まらない。
「ぼく、あのお話好きだったよ。王子様にいじわるするやつ」
「そうかい。あれはうちの爺さんがモデルなんだ。あの人、困らせるとアワアワしちゃって、おっかしくてねぇ」
母が目を細めて病院の壁を懐かしそうに眺めている。
「ぼく、続き聞きたいなぁ」
「うーん。それじゃ、ちょっと向こうの世界に行ってくるから、待っててくれるかい?しばらくかかると思うけど」
「うん!楽しみにしてる!」
ピッピッピッピ
「あぁ、爺さん、ちょっと待ってておくれよ……もうちょっとだけダメかねぇ……」
母は虚空に向かって何かをつぶやき始めた。もう、はっきりと聞き取ることはできない。
「そうかい……あぁ、楽しかったねぇ。来世でもたくさん意地悪したいねぇ……ひっひっ」
ピッピッピッピ
「みんな、ありがとねぇ」
ピーーーーーー
「お母さんっ」
私は目を覆った。
「おばあちゃん、嬉しそうに笑ってる」
ベッドの上で、母は幸せそうで穏やかな顔をしていた……
「あっ、おじいちゃんと、なんか喧嘩してるよ」
息子の視線は窓を示していた。そこには私には何も見えなかった。
「なっ、何を話しているの?」
「うーんとね、迎えに来るのが早くてお話が書き終わらなかったって怒ってるみたい」
「おじいちゃんは『久しぶりにあったのにそりゃね〜よ〜っ』て言ってるよ」
目に浮かぶようだった。父が亡くなるまで母は毎日そうやって夫婦漫才をしていた。きっと次はこう言っていることだろう。
「何グズグズしてんだいっ!来るのは早いわ、行動は遅いわ、死んでもグズだねあんたは!」
きっとこれからも楽しく生きていくのだろう。
「あっ、手振ってるよ。おばあちゃん、行ってらっしゃい」
ーー栞が揺れた。
「いつおばあちゃんのお話聞けるかな?」
「そうねぇ、大きくなったらわかると思うわよ」
さあ、私もこれから旦那にたくさん意地悪しますね。お母さん。
読んでくれてありがとうございました。
感想教えてくれたら嬉しいです。
感想が難しかったら異世界でどんな意地悪したいかでも書いてくれぇ!