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丑の刻参り

作者: 網笠せい

「私を不幸にする男など要らない!」


 夜遅くに肝試しに来たら、猛烈な勢いでワラ人形に釘を打ち込んでいる女性を見かけた。鬼気迫った青白い顔で髪を振り乱し、金づちで釘をガンガンと打ち込んでいる。


「えぇー……」


 思わずもれた声に、女性はギッと僕をにらみつけた。即座に両手を上げて、攻撃する意図のないことを伝える。


「見たな?」

「はい。見てしまいました」

「この儀式は失敗だ!」


 この女性によると「丑の刻参り」は人に見られてはいけないのだという。先ほどまでの勢いが少し落ち着いて、しょんぼりと眉を下げはじめた女性の横で、僕は両手を上げたまま話を聞いた。


「ワラがなかなか手に入らないから、高級納豆を取り寄せたのに……」

「ああ、ワラに包まれてる、ちょっとお高い納豆ね。どうせ取り寄せるなら納豆ではなく、ワラにした方がよかったのでは?」


 丑の刻参りをしていた女性は、バールのようなものでワラ人形を引っこ抜いた。久々にバールのようなものが真っ当に使われているのを見た。


「まあ、男なんてたくさんいるから。ざっくり言って、世の中の半分が男なわけだし」

「だとしても、私を不幸にする男は要らないです」


 ふうむ、と僕は考え込んだ。丑の刻参りをしていた女性は恨めしそうに唇を引き結んでいる。彼女が怒りで少し震えているのに気がついて、よほどのことがあったんだろうなぁと僕は推察した。


「他人に幸せにしてもらおうとするから、不幸にもされちゃうのでは? 他人なんかどうでもよくないですか?」

「いいえ、他人に幸せにしてもらおうとは思っていないです。私……私……ダメ男製造機なんです……ッ! 甘やかして、つけあがらせて、ダメ男にしてしまうんです!」

「あー……そういう人いるいる」


 多分、優しすぎる人なのだろう。しかしそれを言っても彼女のためにはならない。

 僕は再び、うぅんと悩んで、提案をした。やぶ蚊が飛んでいる。女性の着物の帯のところに、ハンディタイプの虫除けがぶら下がっていて、機械の稼働音が聞こえる。丑の刻参りとミスマッチだ。


「見捨てられたくなくて、甘やかしてしまうとか?」

「いいえ」

「じゃあ、よく思われたいとか?」

「それも違います」

「じゃあ思い当たる節は?」


 丑の刻参りをしていた女性は、バールのようなものをぶんっと振った。おっかない。


「私、親に虐待を受けてたんですよ。だから普通がわからない。相手は普通に接してくれてるのかもしれない。でも、とても大切にされているように思えてしまう。だからお返ししたい、喜んでもらいたいって考えてしまうんだと思います」


 なんとも根深い問題だなぁと、僕はため息をついた。これは自己肯定感や自己評価を上げたって、どうにもならないだろう。他者から受ける愛情の問題だ。それがあまりにも少なすぎたか、異常だったか──。


「度を超えてるから、ダメ男製造機になるんですよ」

「はい。ダメ男を製造する自分の能力の高さにウンザリしたので、もう二度と恋なんてしたくありません。長年私を苦しめてきたくせに、恩を返せだなんて」


「能力の高さ」と言い切ってしまう辺り、自己肯定感が低いわけではなさそうだ。

 彼女はそう言い放つと、再びワラ人形に猛烈な勢いで釘を打ちつけはじめた。今度は金づちではなく、バールのようなもので打ち付けている。勢いあまって、白装束の裾が乱れている。レギンスを履いているから、脚は見えない。


「私を不幸にする男など要らない!」


 カン……カン……と辺りに響く音を聞きながら、僕は口をはさんだ。


「そこは、『私を不幸にする人間は要らない』でいいのでは? 女性があなたを不幸にしないとも限らないので」

「あ……そうですね。でも人間でなくとも、社会構造が私を不幸にする可能性もあります。景気とか税金とか」


 本来は素直で真面目で、優しい人なのだろうなぁと、僕はあごに手を当てた。


「つまり、『私を不幸にするべからず』と」

「なるほど! ご教授痛み入ります!」


 ──そういう素直すぎるところがよくないんじゃないかなぁ。こんなに適当な、僕の言葉を素直に受け取りすぎるところが。


 彼女の気が済むまで、僕は丑の刻参りを見守った。

 思う存分、呪えばいい。不幸を押し付けてくるものを、わざわざ自分の周りに置いておくことはない。

 おそらく彼女は「これなら許してもいいかな」と思える範囲が広すぎたのだ。それが不幸の元だろう。度重なる不幸や不遇の結果じゃないだろうか。悪循環だ。だとしたら、正当に怒ることこそが、彼女に必要なことだろう。

 僕に見られたから儀式は失敗したはずだ。けれどもワラ人形に五寸釘をべらぼうにブッ刺した彼女は、満足そうに額の汗を拭った。その横顔は「やり切った!」という充足感にあふれている。

 夜が明けはじめている。ぼんやりと明るくなってきた景色の中に、丑の刻参りをした女性と、肝試しにやってきた僕がいる。

 帰るとき、缶ジュースの一本でもご馳走しよう。僕はポケットの中の小銭を探った。

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