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 あの後、ブルーム亭へと駆け付けた第2小隊に悪漢達の身柄を引き渡し、ついでにルーをグロリアへと紹介した。本人も言っていた通り、彼女の好みには掠りもしない容姿だったらしく、大の男5人をたった1人で伸した手柄についても半信半疑の様子だったが。

 そして翌日。ルーがどこからか手に入れてきた情報を元に、アリサは彼と2人で肉屋の倉庫裏に身を潜めていた。

「本当に来るのかしら……」

「……来たぞ」

 程なく目的の人物達が現れる。

 自宅の倉庫を取引現場にしていたのは、肉屋の息子であるベーコン元小隊長だ。そして彼と密会し金を受け取っていた死神っぽい顔の人物は、どうやら少し前にアリサが捕えた男の仲間──これまで中々尻尾が掴めなかった犯罪組織の幹部らしい。

(うわ……騎士の風上にも置けないわね)

「これだけ払ってやったんだ、次はしくじるなよ」

「勿論です。久々に骨のある獲物で心踊りますねぇ」

「ふん。オレのアリサたんを惑わすクソ野郎は、この世から滅べばいい……!」

 しかし、筋肉ダルマと死神顔の会話を聞くなり、アリサとルーは顔を見合わせた。まさか、犯行動機が自分に対する歪んだ恋情だったとは。

(元上司、なんだよな?)

(拗らせすぎて気持ち悪っ……!)

 ルーの瞳に、死んだ魚のような目をした自身の顔が映っている。その深い紫紺が、ふと悪戯っぽく煌めいた。

「この感じ、懐かしいな」

 少年だった彼と何度も共闘した記憶が蘇り、アリサも笑みを溢す。

「えぇ。じゃあ、行くわよ!」

「了解」

 揃って物陰から飛び出す。死神顔男に足払いをかけて即座に押さえ込んだルーを尻目に、アリサは正面からベーコンに突っ込みながら剣を振り翳した。

「滅ぶのはそっちよ! 社会的にねっ!」

「なっ!?」

 不意をついたにも関わらず、咄嗟に防御される。そのまま鍔迫り合いとなるが、見た目通りの強靭な筋力に押し負け、一息で薙ぎ払われてしまった。

「ブレイズが、どうしてうちに!?」

「あなたの悪事を暴く為です」

「家まで押し掛けて、オレを暴く、だと……!?」

「都合良く解釈して頬染めるなぁぁ!!」

 心底不快な想像をする男にツッコみながら、アリサは再度斬りかかる。

 だがやはり技量は相手の方が格上で、しかもお互い良く知る相手だけにこちらの癖も見抜かれているため、まるで鍛錬中のようにあしらわれてしまう。

「美しい君を傷モノにするのは忍びないが……」

「っちょ、言い方!」

「怯える顔も可愛いなぁ……!」

「ドン引きしてるのよぉ!」

 これまで秘めていた粘着質な恋心を曝け出した元上司が気持ち悪いのは言うまでもないが、冗談抜きでも勝てるビジョンが全く見えてこない。

 弱気になりかけた所で相手の剣が手首を掠め、拙いと思った直後。

(! ルー!)

 素早く目の前へと割り込んでくる、大好きな彼。途端に殺気立ったベーコンは、憤怒の形相を浮かべてルーへと襲い掛かった。

「っ貴様かぁ! アリサたんを誑かしたって噂の男は!」

(その呼び名本気でやめて!)

「ノーコメントです」

 未だ成熟しきっておらず線の細い身体。巨漢のベーコンと比べ体格差は歴然でも、以前より広くなったその背中は誰よりも頼もしく見える。

 強烈な敵の剣戟をいなしつつ軽やかに躱す動きに合わせ、緩く束ねられたプラチナブロンドがふわりと揺れた。

「くっ……!」

「ただ──」

 長剣相手に全く引けを取らず、絶妙のタイミングで短剣を閃かせながら、ルーは強気の笑みを浮かべる。

「主の望みを叶えるのが、俺の使命なんで」

「ぐあっ!?」

 大男の眼前へと翳された左手から、強烈な碧い閃光が炸裂する。堪らず仰け反ったベーコンの背後に回り込むと、ルーは短剣の柄で彼の後頭部を殴打した。

「な──あぐぅっ!?」

「お引き取りください、ウィンナーさん」

「……ベーコンね」

「そっか。肉っぽい名前なのは覚えてたけど」

 失神した相手を手際良く拘束しながら小首を傾げたルーが、照れたようにはにかむ。

 その仕草にずきゅんとハートを撃ち抜かれたアリサは、内心身悶えしていた。

(このギャップ萌え……! 男前メンタルなのに可愛すぎ……!)

「っ……ありがとね。またあなたに救われたわ」

「や、今回は全然ダメ。流石に鈍ってるな……」

 ベーコンを縛り上げたルーが徐に立ち上がり、アリサの左腕を取る。そのまま袖口を捲り、手首の下辺りにある浅く斬られた傷を確認するなり、秀麗な眉をひそめた。

「ゴメン。傷モノにして」

「いやだから言い方──っ!?」

 そっと手首に触れてくる長い指先。だが伝わってきた温度は、ひんやりを通り越して氷のように冷え切ったもので。人のものとは思えない低体温にぎょっとしたアリサは、逆に彼の手を掴んだ。

「何これ、冷たすぎない……!?」

「そーか?」

「手だけじゃないわ──顔色も、真っ青よ?」

(色白だから気付かなかった……そういえば、最後に素肌へ触れたの、いつだった?)

 確か最初の何日かは、手を繋いだり頬に触れたりといった多少のスキンシップはしていたはずだ。その後は背中合わせであっという間に寝入ってしまうようになったものの、翌日には普通に元気な様子だった。なので、酒場の手伝い等で疲れているだけだろうと思っていたのだが──。

「ルー」

「……何?」

 そして、再会時には全身が燃えるような熱を孕んでいたのに、今は真逆といえるほど低下した体温。考えられる原因など、一つしか無かった。

「心当たり、あるんでしょ?」

 些細な動揺も見逃さないよう、強い眼差しで紫紺の瞳を見据える。案の定、軽く目を見開いていたルーの視線が小さく泳ぎ、観念したように長い睫毛が伏せられた。

「……ある」

「で、あえて黙ってた理由も、何かあるのね?」

「アンタには、敵わないな……」

 苦く微笑んだルーは、再びアリサの左手首を取るなり唇を寄せる。だが口付けの寸前で止め、上目遣いでお伺いを立てるように尋ねてきた。

「あの、さ……触れても、いい?」

(いや可愛いの暴力っ!? 我が従者ながら恐ろしい子……!)

「っ、勿論よ」

 脳内では衝撃のあまり白目を剥きながらも、表面上はどうにか平静を保ち、アリサは頷く。

「……うん」

 するとルーは愛しむような微笑みを湛え、傷口に優しくキスを落としてきた。僅かに滲んだ血を舐め取るように舌を這わせ、最後にもう一度チュッと音を立てて手首に口付ける。

「……今夜、ちゃんと話すから」

 傷口から顔を離したルーは、俯いてアリサの顔を見ないまま、素早く背を向けてしまった。

「……分かったわ」

(そして! 色気の破壊力! ああもう家だったら即ベッドインしたいのにっ!)

 彼の一挙一動をガン見していたアリサは内心バックバクの心臓を押さえていたが、幸いルーはずっと後ろを向いたままだ。

(!!)

 しかし彼の耳がほんのり色付いていることに目敏く気付いてしまい、今度は顔を覆いつつ天井を仰いだ。

(あぁもう、むしろあたしが食べちゃいたい……!)





 ベーコンの実力を痛いほど実感していた第3小隊一同は、散々いびられ続けた結果、彼に逆らうなど不可能だと日々戦々恐々していたという。

 事前にルーの助言を受けたアリサが自身を含めた少数精鋭による作戦を提案した時も「ミンチにされるぅ!」と誰も立候補しなかったため、仕方なくルーを伴い決行したのだ。

「2人共、来てくれてありがとね。お疲れ様」

 一度ルーと別れて騎士団へと戻ったアリサは、倉庫の外で身を潜め待機してくれていた部下達を呼び出し、労いの言葉をかけた。

「すみません、皆ビビりばっかりで……」

「ブレイズ小隊長のお陰です……!」

「ううん、あたしと彼だけじゃ手が足りなかったもの。本当に助かったわ」

 2人は申し訳なさそうに身を縮めていたが、実際に部下のお陰で事後処理も驚くほどスムーズに終了したのだ。益々恐縮してしまった彼らを下がらせ、アリサは報告書をまとめる作業に専念する。

(本当はあたしじゃなくて、ルー様々なんだけどね)

 犯罪組織の幹部まで捕縛できたことで、ベーコンは付け合わせのオマケ的立場になってしまったが、ブルーム亭の襲撃事件も含めた最大の功労者は言わずもがなルーである。ただ立場上彼は迂闊に目立つと危険なので、結局全てアリサの功績にするしかなく、完全に棚ぼた的展開となってしまった。元上司のように手柄を横取りした訳ではないものの、何となく複雑な心境である。

「最近“持ってる”ねぇ、ブレイズ小隊長」

 報告を聞いたワイルダー隊長にも笑われたが、この幸運続きにもアリサは何となく心当たりがあった。

(やっぱり……ルーに貰った加護、なのかなぁ)

 それについても彼から話を聞こうと思い、アリサは早めに仕事を切り上げる。

 しかし家に着くなり、血相を変えた母が店の奥から駆け寄ってきた。

「アリサちゃん、ルー君が……!」

「!?」

 母に続いて階段を駆け上り、自室に向かう。

 アリサのベッドへと横たえられたルーは、死人のような顔色で静かに眠っていた。

「さっき倒れたきり、どんなに呼び掛けても反応が無いの……」

(そんな……どうして? “契約”すれば、数年保つって──)

 ベッド脇にしゃがみ込んだアリサは、何か手掛かりは無いかと懸命に考える。だが都合よく名案が思い浮かぶ筈もなく、まずは契約時にルーと話した内容を反芻してみることにした。

『守護神は願いに応え、加護を与える。その分、契約者は対価を捧げるんだ』

『対価……?』

『魔力以外だと、例えば──』

 あの時、耳元で囁かれた声。その言葉を思い出すなり、アリサは一気に青褪めた。

『命を削るか、身体を差し出す……俺に、食われるってコト』

(あたし、まだ対価を捧げてない……!)

 側に居てほしいという願いに応えてもらい、幸運の加護も与えられた。守護神としてルーが人智を超えた力を行使したにもかかわらず、契約者からの対価を受け取れなかった場合、彼は一体どうなってしまうのか。

(っ、何で、どうして……!?)

「ママ……少し、二人にしてくれる?」

 激情を押し殺しつつ呟けば、エリカは何かを察したように無言で頷くと、すぐに部屋を出て行った。足音が遠ざかるのを確認してベッドに乗り上げたアリサは、眠るルーへと噛み付くように口付ける。

(あたしは、ずっと──!)

「ぅ、ん……っ?」

 やがてお伽話の姫君が目覚めるように、ルーは淡い色の睫毛を微かに震わせ、美しい紫紺の瞳を覗かせた。その大好きな色を視認した瞬間、アリサの涙腺が崩壊する。

「っ、この、馬鹿ぁぁっ!!」

「えっ……?」

「何が『身も心も捧げる』よ! だったら気遣いも遠慮も抜きにして、本音でぶつかってきなさいよねっ!」

 号泣しつつ彼の胸に縋り付けば、ぎこちないながらも優しく背を撫でられ、また涙が溢れ出す。

「また勝手に消えるなんて絶対許さない! 弁明なら後で聞くから、今すぐ抱いて!」

「は……? え、っと……?」

 大粒の涙を零すアリサを見上げたルーは、困惑の表情を浮かながらも、そっと腕を伸ばして包み込むように抱き締めてくれた。

「…………」

「…………」

「……ねぇ」

 だが、いつまで経っても先に進むどころか微動だにしない彼を前に、アリサはとうとう堪忍袋の尾が切れる。

「さっさと抱きなさいよ、どんだけ焦らす気!?」

「え……?」

「いい加減にしないと、こっちから襲うわよ!?」

「焦らす? 襲う? 何の話……?」

(ここまで言って通じないの!? 男として大丈夫!?)

 更にヒートアップしかけた所で、心底困り果てているルーの表情が目に飛び込んできた。

「っはぁ……とりあえず、確認するわ」

 深呼吸もとい盛大な溜め息を吐き、漸く冷静さを取り戻す。

 一度ベッドを降りたアリサは、改めて彼の顔を見下ろして尋ねた。

「ルーが倒れたのは、契約の対価を捧げてないから、よね?」

「対価? ……貰ったつもり、だけど」

「え?」

 ルーが不思議そうに答え、しかしアリサの方も“対価”の心当たりは無く、そのまま二人揃って首を捻る。

(抱かれるどころか、口付けすら一度しか……)

「……まさか、キスのこと?」

「キス……もだけど、血も舐めたし」

(はぁ!? 普通に考えて、神様との契約がそんな子供騙しで成立する訳──!)

 一瞬呆れ果てたアリサだが、寸でのところで言葉を飲み込む。よくよく考えれば、彼に一般的な常識が欠けていても何ら不思議なことでははないと、今更ながら気付いたためだ。

(多分この子、無知でピュアなだけだわ……)

 元々は年上好きだった自分が惚れ込むほど、彼の言動は出会った当初から大人びていた。主従関係ではあるものの精神的には対等な感覚だったため見落としていたが、実際にルーが“平民”として過ごした期間は僅か1年程度である。

「ルー……」

 幼少期は貧民街で育ち、邪神の器となってからは外界と遮断されていた彼。どんなに大人の仮面で武装していても、心はまだまだ肉体年齢の17歳にすら遠く及ばない、世間知らずの幼子なのだ。

「あなた、性交って知ってる? 男女が身体を重ねて愛し合っ──」

「いやっ流石に分かるけど急に何?」

 一から懇切丁寧に説明しようとすれば、ルーは照れた様子で早口に遮ってきた。

 初心な反応にきゅんとしつつ、最低限の性的な知識はもっていることに安堵したアリサは、思い切って一息に告げる。

「前に本でも見たけど、魔力の源は“生気”なんでしょ? あたしは魔術士じゃないから、その代わりにあたしを抱く──性交することが、契約の対価じゃないの?」

「……っ!?」

 驚きに目を見開いたルーは、そのまま完全にフリーズしてしまう。だが少なくともこちらの主張は伝わったようなので、アリサは黙って彼の返答を待った。

 見つめ合ったまま、十数秒が経過した頃。徐にルーが口元を覆い、呻くような声を漏らした。

「う、わ……“身体を差し出す”って……そういう、意味?」

 指の間から覗く頬は真っ赤に染まっている。つられて赤面しそうになりながらも、アリサは揶揄うように聞き返した。

「どういう意味だと思ってたのよ?」

「俺がアンタの血肉を食う──そうやって肉体か命を奪うのが対価なんて、サイアクじゃんって……」

 だが物凄く真剣かつ険しい顔で返され、アリサは氷上でスリップしたかのように思い切りすっ転んだ。

「ちょ、大丈夫か?」

「え、えぇ……」

(文字通りの“食べる”!? 無駄に悩んでた自分が馬鹿みたいなんですけど!)

 尻餅を付いたまま、額を押さえて嘆息する。

 こんなことなら何日も待ち続けるなんて回りくどいことはせず、問答無用で押し倒してしまえば即座に万事解決だったのではないだろうか。

「そ、それで契約を渋ってたの……?」

「大事な人を傷付けたくないのは、当たり前だろ」

 すると不意に、強い眼差しがアリサを射る。澄んだ瞳の奥で、燃えるように揺らめく感情が見え隠れしていた。

「けど、結局“傷モノ”にするのは事実か……」

 ぐっと腕を突っ張って上体を起こした彼の、端正な顔が間近に迫る。未だ顔色は優れないものの、紫紺の双眸に宿る美しい焔から、目が離せない。

「ホントに、いいのか? 金も地位も、未来すら無い俺相手で……」

 瞬きすら惜しんでその色を見続けていたアリサは、彼の言葉を聞くなり強気の笑みを浮かべ、再度ルーに抱き付いた。

『あなたの力が必要なの』

「あなたの全てが欲しいの」

『あたしの従者になってくれない?』

「あたしのものになってくれない?」

 出会った時と同じくらい真摯に、だが出会った時とは比べ物にならないほどの熱情を込めて懇願する。

「ルー。出会った時からずっと、あなたが好き」

「……アリサ、お嬢サマ」

「これが、3年前から伝えたかった、大事な話よ」

 万感の想いを込めて微笑むと、アリサは彼の耳元に唇を寄せた。

「──あたしの初めて、貰ってくれる?」

 びくりと肩を揺らしたルーは、アリサの両肩に手を置いて、目を伏せる。そしてそのまま、こつんと額を合わせてきた。

「……謹んで、頂戴いたします」

 思わず目を見開けば、目の前には淡く色付いた白い頬と、柔らかく細められる紫紺。桜色の小さな唇が、アリサの額にふわりと落とされる。

「邪神の器ルーウェリンは、アリサ・ブレイズを守護する剣となり、盾となることを誓う。そして──」

 どちらからともなく、触れるだけの口付けを交わす。一度顔を離し、目を潤ませながらも破顔したアリサは、甘く切ない微笑みを湛えたルーと、今度は深く唇を重ねた。

「──従者ルーは一生、アンタを想い続けると誓うよ」


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