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 ルーがブレイズ家に戻ってきてから、もうすぐ2週間になる。だがアリサが危惧していた通り、あれから毎晩添い寝するだけで、二人の関係は全く進展していなかった。しかもアリサは朝起きて朝食を摂るとすぐ騎士団に出勤し、仕事を終えて帰宅する頃はちょうど酒場が盛況の時間帯にあたるため、何気にすれ違い気味の生活となっている。よって自宅でルーと過ごせるタイミングは、朝の僅かな時間と就寝前くらいなのだが……。

(聖人君子!? それとも禁欲主義!?)

 初日から散々焦らされ続けているお陰で、アリサのフラストレーションは溜まる一方だ。とはいえ平然と添い寝を続ける彼に対し、自分ばかりがっついていると思われるのも何だか面白くない。

(あたしそんなに魅力ない!? 同じ年頃の男子とは思えないんだけど!)

 夜はさっさと背を向けて寝てしまう癖に、今朝は冷えるからと温かいスープや焼き立てのミートパイを用意し、玄関先ではケープを羽織らせてくれた有能で甲斐甲斐しい従者。そんな彼に色々言いたいことはあったが、結局アリサはぶっきらぼうに礼だけ告げて家を出たのだった。

(昨日も一昨日も即寝だし! いくら年下だからって……)

 貧民街出身で正確な年齢が不明だったルーだが、邪神によると彼は現在17歳──アリサよりも3つ年下らしい。

 小柄で痩せっぽちの少年期には流石に手を出そうと思うこともなかったが、今や自分の隣に並んでも全く遜色ない美青年でありながら、距離感は以前と全く変化なし。従者としては満点でも男としては落第気味の奥手ヘタレである。

 悶々とそんなことを考えつつ大通りを抜け、王国騎士団の門を潜る。

「おはよう、アリサ」

 正面玄関の前で掛けられた声に振り返ったアリサは、慌てて背筋を伸ばし敬礼した。

「! おはようございます、グランド小隊長」

「グロリアでいいって言ってるじゃないか」

 女子にしては長身の部類に入るアリサよりも更に大柄な彼女は、第2小隊長のグロリア・グランドだ。

 男所帯の騎士団内中では貴重な女性仲間で、アリサは隣の第3小隊に所属しているものの、合同演習や任務等で度々世話になっていた。元々気の合う先輩で、ここ数年間消沈していた自分を何かと気に掛けてくれた数少ない友人的存在でもある。

「聞いたよ、ついに彼氏ができたらしいね」

「っごほっ!?」

「しかも貴族みたいに綺麗な面した優男だって?」

 ばしんと背中を叩かれ、アリサは軽く咽せる。

 男性顔負けの筋骨隆々で逞しい体躯をじとりと見上げれば、グロリアは頭上で束ねた暗褐色の縮れ毛を揺らして豪快に笑っていた。

「妹が、“ブルーム亭”にすっごい美形の店員が働き出したって騒いでてさ。昼間売ってるミートパイやらガレットやらの軽食も絶品なんだってね」

(あー確かにルーの手料理は売れそ──じゃなくて! 初耳なんですけど!)

 ルーが酒場を手伝い出してから、女性を中心に客層が広がり一層繁盛しているのは感じていたものの、酒場でつまみ以外の食事まで提供し始めたことは知らなかった。十中八九、何気に商魂逞しい母の提案だろうが、美人な下町最強ママと見目麗しい家事万能従者の組み合わせは、思った以上に有名人となっていたらしい。

「店に通って言い寄る女性が後を絶たない中、妹も果敢に挑んだらしいよ。そしたら──『私は身も心もアリサお嬢サマに捧げております』って」

(っどストレートぉ!?)

 文字通りの断り文句に、開いた口が塞がらない。ついでに熱くなった頬へと目敏く気付いたグロリアが、にんまりと笑った。

「その“アリサお嬢様”も、初日に酒場で彼氏宣言してたって? あ、これは常連客の父さん情報ね」

(げっ、そうだった……!)

「あ、はは……」

 この分だと、城下町どころか騎士団内にも全て筒抜けとなっていることだろう。

 もはや笑うしかないアリサに対し、それまで悪戯っぽい笑みを浮かべていたグロリアは、ふと優しい眼差しを向けてきた。

「……あんたが幸せなら、それでいいよ」

「え……?」

「前にいなくなった従者の子と似た雰囲気の男だって聞いた時は心配したけど、死人の面影を求めてるって訳でも無さそうだし」

(面影っていうか本人なんだけどね……)

「あんたを立ち直らせてくれた彼氏に、私も会ってみたいな」

 ルーの事情はさて置き、本当に心配してくれていた彼女の優しさが伝わってきて、アリサは心からの笑顔で頷いた。

「はい、是非。でも、惚れちゃだめですよ?」

「私の趣味は知ってるだろう? 私よりマッチョの男以外はこっちから願い下げさ」

「そうでした。商家の彼とは相変わらずですか?」

「航海から戻る度にすっ飛んでくるよ」

「愛されてますねー」

 恋バナに花を咲かせながら廊下を進み、執務室前でグロリアと別れる。ここ数日の出来事について、隊長に報告するためだ。

「失礼いたします」

「おぅ、待ってたぜ」

 中に入ると、戦士隊長のワイルダーが執務机に座ったまま片手を挙げた。

 気さくな性格で面倒見も良いため部下に慕われており、また母エリカとも旧知である彼は、アリサにとっても信頼できる上司なのだが……。

「ちっとは成長したようだな?」

「そ、そうですか?」

「あぁ。乳も良いが、張りのある尻が堪ら──どぅわっ!?」

 傍らにあった椅子を無言でぶん投げれば、紙一重の所で躱される。

 彼は一見軟派なエロ男だが妻子持ちで、先月娘に「パパやだ。くさい」と言われた絶望感を語りつつブルーム亭でヤケ酒を煽っていた。とはいえ仕事中は非常に有能で、最近はあまり前線に出ないものの騎士団内で一、二を争う剣の達人でもある。

「母にチクりますよ」

「っ姐さんだけは勘弁! 全殺しされちまう!」

 ちなみにエリカは、元王国騎士団の隊長──つまりワイルダーの前任者だ。当時部下だった父との電撃結婚や腰痛持ちを理由に引退したものの、“下町最強ママ”の異名は物理的な強さも意味合いに含まれているらしい。

「しっかし、母娘揃ってパワフルだなぁ」

「褒め言葉、ですよね?」

「勿論だ。……さて、本題に入るとするか」

「はい。まず先週末の巡回中に──」

 アリサは気を取り直して報告を開始した。

 実はこの2週間、勤務中は何かとタイミングに恵まれ手柄を立てていたのだ。旅行中の老公爵が街で落とした妻の形見だというブローチを見つけ出したり、巡回中に出くわした不審な男を捕まえたら余罪ありまくりの殺人犯だったり、商店街で下級貴族の痴話喧嘩を仲裁したら夫のとんでもないDVが発覚したり──。

 こんな風に自ら積極的に動いて結果を出すなど、ルーが戻ってくる以前では考えられなかったことだ。

「お疲れさん。その調子で引き続き、よろしく頼むぜ」

 一通り話を終えたところで、ひょいと軽いノリでワイルダー隊長が投げて寄越してきたのは、第3小隊長を示す腕章だった。

「──え?」

「愚直で熱血なお前さんの良さを、存分に発揮してみろや」

 ニッと笑うワイルダーの髭面をたっぷり3秒眺めた後、アリサは破顔した。

「ッイエス・サー!」

 執務室を出て足取り軽く修錬場に向かうなり、アリサは第3小隊のメンバーから一斉に囲まれた。

「ブレイズさん、いやブレイズ小隊長! おめでとう!」

「え、あ、ありがとう……?」

 異性相手だからか、これまであまり同僚から親しげに話しかけられたことの無かったアリサは驚く。

 そして、彼らがずっと他所他所しい態度だった理由は間もなく明らかとなった。

「ベーコン小隊長が降格して清々したよ!」

「部下に面倒毎を押し付けて、いつも手柄は横取りだし」

「ブレイズさんに馴れ馴れしくすると陰でシメられたしな」

「……はい?」

 上司としても先輩としても尊敬できるグロリアとは違い、第3小隊長のベーコンはアリサも正直苦手だった。そのため前半部分はうんうんと同意していたものの、最後の話だけは初耳だ。

 しかも知らなかったのは自分だけのようで、周囲は揃って頷いている。

「いい加減、高嶺の花だって自覚しろっての!」

「所詮肉屋の筋肉ダルマが身の程知らずだよな」

「美女と野獣、いや魔物か?」

 ベーコンは入団当初からの直属上司で、肉屋の倅であり騎士団随一の体躯を誇る大男だ。

 傲慢な性格で何かと腕力に訴えてくるため、平騎士の間では特に恐れられていたのは知っていたが。

(うっわ、そんなガチ恋だったの……!?)

 これまで何かと難癖を付けて絡んできたり、逆に食事やデートに誘ってきたりしたものの、正直関わりたくなかったため適当にあしらってきた。

 先週末に町で問題を起こして謹慎処分となった時も「ふーん」と思った程度で、関心どころか眼中にも無い相手。そんな男から想いを寄せられても、アリサにとっては迷惑でしかない。

「で、我らがブレイズ嬢を射止めたのはどんな人だい?」

「へ……?」

「彼氏できたんだろう? 騎士団中がその噂でもちきりだぞ?」

(やっぱり広まってたーっ!)

 そうして根掘り葉掘り聞かれた挙句、ルーや自分を巻き込み一騒動起こることになるなんて、この時は想像もしなかったのだ。





 翌日、アリサは謹慎明けのベーコン元小隊長から仕事を引き継いだ。どこか荒んだ目をしているのが気になったものの、彼から特に何かを言われたりされたりすることもなく無事に引き継ぎ作業は無事終了し、その後はすぐに第3小隊長としての初任務 と駆り出されたアリサだったが。

「あんたの家──ブルーム亭が、悪漢に襲撃されたって」

 王都を出た街道沿いに棲みついていた魔物退治を終え、小隊を率いて騎士団に戻ってきたのは夕方頃。

 アリサは丁度出動準備をしていたグロリアから衝撃の報せを聞かされ、耳を疑った。

「な……っ!?」

「先に行きな。私達もすぐ向かう」

(ルー、ママ……っ!)

 全速力で大通りを駆け抜ければ、花とコップを形どったブルーム亭の看板がすぐに見えてくる。

 見たところ店の外観は損壊していないようで、中からも特に物音は聞こえない。

(お願い、無事でいて!)

 思い切ってドアを開ければ、多少テーブルや椅子が倒れているものの思ったほど店内は荒らされていなかった。

 そしてホールの中央では、きっちり拘束されたごろつき集団が身を縮めていたのである。

「……へ?」

「あら、おかえりなさい。初任務はどうだった?」

 唖然とするアリサに、普段通りカウンターで酒場の開店準備をしていた母が笑顔で声を掛けてきた。

「まぁ、特に問題なく──じゃなくて! 大丈夫だったの!?」

「私の出る幕も無かったわ。本当、有能な子よね」

 その言葉に2度驚いていると、どこかへ出かけていたのか噂の従者が店の入口から平然と入ってきた。

「戻りました。……アリサお嬢サマ、お帰りなさいませ」

「っ従者モードはいいから! 状況説明して!」

「了ー解」

 ルーは倒れた椅子を起こしてアリサに勧めると、自分は立ったまま事の顛末を語り出す。

 どうやら昼間にパイやガレットなど軽食を販売していたところに悪漢達が押し入ってきたらしく、店内にいた女性客達をエリカに任せた彼は、一人で腕っ節の強そうな男達に“応対”したという。

「5対1で!?」

「余裕。俺のコト完全に舐めてたし」

(相手が悪すぎたわね……)

 拘束されて完全に戦意喪失している男達を一瞥する。

 繊細な美貌と細身の体格に騙されがちだが、彼はアリサと互角以上の腕前をもつバリバリの武闘派剣士だ。また貧民街で幼い孤児達を庇い続けていた経験から、護る戦いにも非常に長けていた。

(いっそ騎士団にも入って、あたしを補佐してくれないかしら)

 筋力は乏しいものの俊敏な立ち回りと素早い剣技で敵を翻弄し、ここぞという時に隠し玉の魔術を駆使した見事な武芸と戦略。その華麗さに一瞬で心奪われ、当時初対面だった彼に秒でスカウトを申し出たのが懐かしい。

「で、所持品調べて色々分かったから、下見してきたトコ」

 そんなスーパー従者は、もはや補佐どころか本業顔負けの働きっぷりで。

「……。もうすぐ騎士団も来るから、詳細はまた後で教えて」

「了ー解。……あ、エリカサン。そっち手伝います」

 何事も無かったかのように開店準備へ加わるルーの背を、ごろつき達が引き攣った顔で見ている。気持ちは分かるわ、とアリサもこっそり苦笑した。

(『黒幕掴んで拠点も見付けた』ってことでしょ!? 我が従者ながら有能すぎて、恐ろしい子……!)

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