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8.【出題編】シルヴァリー伯爵未亡人③

 アメリアはやはりお茶会の出席者についてよく知る必要がありそうだと、次の質問を投げかけることにした。


 「レディ・シルヴァリー、当日その場にいらっしゃった方一人ひとりとのご関係やその人のお人柄を教えていただけないでしょうか?私たちはヘンリー卿からあなたの容疑を晴らすことを依頼されているので……その……」


 アメリアはつい言葉に詰まってしまう。

 ヘンリー卿の話では、ヘンリー卿以外のお茶会の出席者は先代シルヴァリー伯爵夫妻にとっては親しい家族やそれに準じる友人のようだったからだ。

 シルヴァリー伯爵未亡人の容疑を晴らそうとするということは、彼らに疑いを向けるということでもある。


 「ええ……私は、自分はもちろん、他の方々が毒を盛ったなんて思いませんが、必要なことですものね」


 シルヴァリー伯爵未亡人は小さくため息をついてから話し始めた。


 「まずは、私の姉、子爵夫人のレディ・デヴァルーですね。姉は世話好きで、若者や子供に少々厳しいところもありますが、あくまで愛情から来るものです。姉夫妻には子供がいないので、名づけ子のミスター・テディ・グレイストーンを非常にかわいがっています。ミスター・グレイストーンはグレイストーン男爵家の推定相続人でお茶会にもいらしていました。姉と私は少し年が離れていますが、実家のきょうだいの中では娘は私たち2人だけでしたので、幼い頃から親しくしています」


 シルヴァリー伯爵未亡人は昔を懐かしむように微笑みを浮かべた。


 「昔、姉は私が看護婦になりたいと言ったときに、両親の意向に反して私の味方をしてくれました。結局、私は両親と跡継ぎである弟の反対が強くて諦めてしまいましたが……」


 アメリアは頷きながら耳を傾けていたが、アルバート卿が不意に尋ねた。


 「ご実家と言えば、ご実家のお父様や男のご兄弟は、容疑を掛けられているあなたの力になってくれないのでしょうか?」


 そう尋ねられて、レディ・シルヴァリーの頬に少し赤みがさしたように思われた。

 彼女は自分のティーカップに視線を落とす。


 「……実家は准男爵家ですが、お恥ずかしながら、父と母が亡くなった後、私たちの弟の代ですっかり没落してしまいまして、なんの援助も期待できませんの」

 「なるほど……では、先代シルヴァリー卿の弟のミスター・レジナルド・シルヴァリーは?」


 アルバート卿が続けて問うと、レディ・シルヴァリーは今度は視線を上げてしっかりとした口調で答えた。


 「ええ、レジナルドは支えになってくれています。ただ、彼は先代シルヴァリー卿が病を患う前にそうだったように、健康で活発な若者です。まだ30にもなっていない若い男性ですから、ご自分の生活の方が忙しいのです。もちろん、私もそうあるべきだと思っています。それに彼は見た目は筋肉質で少し怖く見えるくらいなのに、随分と気が優しい人なのです」


 彼女はくすりと柔らかい笑みを漏らして話を続ける。


 「レジナルドは趣味でクリケットをなさるのですが、一度試合を見に行ったことがあります。彼が投手として投げたボールがバッターの頭に当たってしまって酷く狼狽えていましたわ。以降の投球は全然狙いが定まらなくて……見た目は強そうなのにおかしいわね。そんな彼に警察に強く出て欲しいとはとても頼めませんのよ」


 アメリアは思わず伯爵未亡人に同情してしまった。

 夫を亡くして彼女一人で当代のシルヴァリー卿を後見する重責を担っているだけでなく、夫殺害の容疑までかけられてしまっているのに、実家の准男爵家は没落して頼りにならず、婚家の義弟も頼みにするには優しすぎるとなると――。


 しかし、アメリアは一度瞬きをして気を取り直すと、他のお茶会の出席者のことについての話を促すことにした。

 

 「残りのミスター・グレイストーンとヘンリー卿――念のためです――との関係とあなたから見た彼らの人柄についても教えていただけますか?」


 ミスター・グレイストーンは、シルヴァリー伯爵未亡人にとっては比較的付き合いが浅いと思われ、彼女は記憶を手繰るようにしばし考えてから話し始めた。


 「ミスター・グレイストーンは、姉夫妻の名づけ子なのでその縁で私も親しくしています。まだお若いながら、男爵家の跡取りとして恥ずかしくないよう姉夫妻から社交界での振る舞いについて学んでいるようです。姉が彼をかわいがっているのは既にお話した通りですが、姉のご主人のデヴァルー卿も彼のことは気に入っているようです」


 アメリアはどうやらミスター・グレイストーンについては、子爵夫人に聞いた方がよくわかりそうだと思った。

 後で他の人への面会についてもシルヴァリー伯爵未亡人に相談しなければならない。

 そう考えながらも、アメリアはヘンリー卿の証言で気になっていたことを尋ねる。


「そういえば、ミスター・グレイストーンはお茶会の途中で紅茶をこぼしてしまったと聞きましたわ」


 アメリアの問いを聞いた伯爵未亡人の青い瞳がほんの一瞬だけ揺れた気がした。 

 しかし、伯爵未亡人はすぐに冷静な口調で答えを返した。


「ええ、そのようですわね。……実は、私はその騒ぎのときには訪問者があったので一時退席していまして、直接は見ていないのです」


 アメリアは少し眉を上げ、密かにアルバート卿の表情を窺った。

 すると、アルバート卿も同じ反応をしていた。

 おそらく考えていることは同じだ。


 ――ヘンリー卿は、レディ・シルヴァリーが一時席を外したなどとは一言もおっしゃっていなかったわ。

 

 このような大きな動きに敢えて言及しなかったのは不自然に思えるが、単に忘れてしまっただけだろうか?

 

「失礼ですが、どなたが訪ねていらしたのですか?」

「あいにく忘れてしまいましたの。もう1年も前のことですから」

 

 アメリアは思い切って踏み込んだ質問をしたものの、シルヴァリー伯爵未亡人は今度は揺れの一つも見せずに自然に答えを返した。

 アメリアはもう少し追及すべきか迷ったが、シルヴァリー伯爵未亡人はミスター・グレイストーンについては話し終えたと考えたらしく、少し間を空けてから続けてヘンリー卿にについて話し始めた。


 「次は、ヘンリー卿ですね……彼とはあのお茶会で初めてお話ししました。もちろん見目麗しい紳士だとは思いましたわ。でも、そのときはそれだけです。彼はテニスンの詩について本当によくご存じで、同じくテニスンが好きだった先代シルヴァリー卿の良き話し相手になってくれていました。あの日、彼はテニスンの詩の中でも"ユリシーズ"について多く語ってくれていて、"ユリシーズ"の力強さをもって元気づけてくれようとしたのでしょう……」


 アメリアは密かに隣のアルバート卿に目配せした。

 アルバート卿は少し眉を上げたが、すぐに彼女の意図を汲み取って代わりに質問してくれた。


 「失礼ですが、兄はあなたを"恋人"と言っていますが、それは事実なのでしょうか?」


 アメリアは伯爵未亡人が動揺すると思っていたが、そうはならなかった。

 彼女はまずアルバート卿と視線を合わせ、次にアメリアを見つめてから、しっかりとした口調で切り出した。


 「お二人には正直にお話ししますが、ヘンリー卿との関係は事実です。ヘンリー卿は夫亡き後、実家の支援も受けられない私に随分思いやりを示してくださいました。本来であれば未亡人は最低でも2年は夫の喪に服さねばならないのはもちろん承知していますが……」


 レディ・シルヴァリーは一瞬自分の黒いドレスに視線を落とすが、すぐにまたアメリアのヘーゼルの瞳を見て言った。


 「決して亡きシルヴァリー卿を愛していなかったわけではないのです。寧ろその逆でした。しかし、やはり誰しも一緒に生きていく人が必要なのだと、私にはそう思われてなりません」


 本来貴族のレディはこういった情熱的な気持ちはひた隠しにしなければならないはずだ。

 しかし、アメリアは目の前の伯爵未亡人を非常識だと思うどころか、寧ろ彼女に対してある種の尊敬を抱いている自分に驚いた。

 彼女は本心から"一緒に生きていく人"としてヘンリー卿を愛し、それを貫く覚悟をしているように見えた。

 

 結局、アメリアもアルバート卿もヘンリー卿との件については、それ以上追及しなかった。


 最後に、アメリアはどうしても気になっていた先代シルヴァリー伯爵の最後の言葉――妻に対して言った「君だったんだ」――について、心当たりを質問したが、伯爵未亡人には全く心当たりがないということだった。


 そして、話が一通り終わると、アメリアは他の関係者にも話を聞くことが可能シルヴァリー伯爵未亡人に相談した。

 母がまだ伏せっている内に可能な限り多くの情報を集めたかった。

 伯爵未亡人は急ぐのであれば、明日一緒に先代伯爵の弟のミスター・レジナルドに話を聞きに、メアリルボーンにある彼の屋敷に行っても良いと行ってくれた。


 「明日は水曜日でしょう?レジナルドはこの時期は毎週木曜日にお仲間と一日がかりでクリケットに出かけてしまうの。翌日は疲れ切っていて大抵の社交を断るから、急ぐなら明日しかありませんわ」


 彼女は今日の内に使用人にミスター・レジナルド・シルヴァリー宛に明日の訪問を告げる手紙を届けさせると言った。


***


 話がまとまると、今日はもうこれ以上聞けることはないと判断したアメリアとアルバート卿は、伯爵未亡人に辞去の挨拶をした。

 

 伯爵家の執事に見送られて玄関を出た2人は、赤いダリアが見ごろを迎えている屋敷の前庭をお互いの所見を交換しながら歩いていた。


 「レディ・シルヴァリーはとてもご主人に危害を加えそうなレディには見えませんでしたわ」


 アメリアが正直な感想を述べるとアルバート卿も同意して言う。


 「そうですね。そうなると、彼女以外の誰かがシルヴァリー卿の水に毒を仕込んだと見るのが妥当なのでしょうが……しかし、その他の人にもシルヴァリー卿を殺害する動機があるようには思えないですね」


 2人が通りで待たせているそれぞれの自動車に戻る道を歩いていたとき、ちょうど乳母車に乗せられた当代のシルヴァリー卿と乳母が散歩から帰ってきた。

 アメリアもアルバート卿も乳母車を優先して端に避けたので、乳母は丁重にお礼を言って乳母車を押しながら屋敷に戻って行った――そのときだった。


 2人はあることに気が付いてしまった。

 ニコニコと赤子らしい笑顔を浮かべていた当代のシルヴァリー卿。

 乳母車に座っていた彼は喃語で何かを話しながら帽子を手で取って振り回していた。


 それによりあらわになった彼の髪は、紛れもない赤毛だった。


 2人の頭の中に、ヘイスティングス警部が言っていた言葉が蘇る。


 “数年前から赤毛の若い男がレディ・シルヴァリーを頻繁に訪ねて来ていたという目撃情報がありましてね”


 ――レディ・シルヴァリーはブラウンの髪、亡きシルヴァリー卿はくすんだブロンドの髪。とすると、あの赤毛の子は……?


 彼らは沈黙のうちにただ顔を見合わせた。

 自分たちが無実だと信じているシルヴァリー伯爵夫人は本当に潔白なのだろうか?

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