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16.【出題編】テディ・グレイストーン①

 アメリアが母の目を盗んでウェクスフォード侯爵家を訪ねた日の翌日――火曜日の午後。

 メラヴェル男爵家は2組の訪問者を迎えることになった。

 

 一組目は、その日の午前に突然訪問の連絡があったヘイスティングス警部とエヴァレット巡査部長だった。

 母ミセス・グレンロスは、最近のアメリアの不審な行動から彼女がよく知らない人と会うことに警戒感を抱いていたが、さすがに警察とあっては断れなかった。

 

 彼らはメラヴェル男爵家の昼食が終わった直後の午後2時過ぎにやってきた。


「昼食の直後に申し訳ありません。女男爵様、ミセス・グレンロス」


 応接間に通されたヘイスティングス警部は2人の女性に礼儀正しく挨拶し、続いてエヴァレット巡査部長も一礼した。

 〈メラヴェル・ハウス〉の応接間はリージェンシー様式の内装で、薄い黄色地に花模様が描かれた壁紙に合わせた軽やかな印象の家具が置かれている。

 そんな優雅な応接間に刑事が二人というのは、どうにも不釣り合いな光景だ。 


「捜査の都合上この時間しか空いていませんで、ご迷惑をおかけします」


 2人の刑事はミセス・グレンロスに勧められるままにダマスク模様のソファに座った。


「早速で申し訳ないのですが、本日、我々はある事件のことで女男爵様にお話を伺いたいのです」


 警部の言葉に、客人のティーカップに紅茶を注いでいたミセス・グレンロスの手が震え、紅茶が少しこぼれた。

 娘が何かの事件の容疑者として疑われていると解釈したらしい――母親というのはいくら我が子を信じていたとしても常に最悪の事態を考えてしまうものだ。

 それに気づいたエヴァレット巡査部長が穏やかに言った。


「誤解なさらないでください。我々は女男爵様を何かの犯罪で疑っているわけではありません。ただ、ある事件についての情報をご存じの可能性が高いのでそれを教えていただきたいだけなのです」


 ミセス・グレンロスはぎこちなく頷いて、心配そうに娘を見た。

 一方のアメリアはティーソーサーの縁を人差し指で軽くなぞった。

 

 ――きっとシルヴァリー伯爵の事件のことだわ。


 そう直感したアメリアは自分が殺人事件の捜査に関わっていることを母に知られることの方を恐れていた。

 ヘイスティングス警部はそのアメリアの心配を見透かしたかのように何げない口調で言った。


「つきましては、女男爵様と我々だけでお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?捜査上の秘匿義務の関係で……」


 警部はアメリアだけにわかるように目の端でウィンクした。

 どうやら警部はアメリアが母の前では何も話せないことをわかって気を遣ってくれたらしい。


「え、ええ……でも……」


 ミセス・グレンロスは戸惑いながら警部と娘に交互に視線を向けていた。

 娘が自分の同席なく刑事2人に尋問されることに明らかに動揺している。

 しかし、次のヘイスティングス警部の言葉が決定打となった。


「まさか女男爵様に本部までご足労いただくわけには行きませんから、お願いしますよ」


 娘が警察に呼び出されるという不名誉など到底受け入れられないミセス・グレンロスに選択の余地はなかった。

 ミセス・グレンロスは心配そうに一度娘を振り返ったが、アメリアが母を安心させるように笑みを浮かべて頷いたのを見て、結局は使用人と共に応接間を出て行った。


 応接間のドアが閉まると、ヘイスティングス警部はその大柄な体を少し前に傾けて膝の上で両手を組みながら切り出した。


「お母様を脅かすようなことを言ってすみません。どうしても率直なご意見を伺いたかったのです」


 ヘイスティングス警部は申し訳なさそうに言った。


「シルヴァリー伯爵家の事件のことですわね。何故私に?」

「意外かもしれませんが、警察だってあなたとアルバート卿がこの事件を調べていることに気づくくらいには、ちゃんと仕事をしているのですよ。それで昨日はアルバート卿にもお話を伺いに行きました」


 警部は冗談めかして答えた。

 アメリアが昨日ウェクスフォード侯爵家に訪問したときにはアルバート卿は何も言っていなかったので、きっとその後で警部たちが侯爵家を訪ねたのだろう。

 

 ヘイスティングス警部は真剣な口調に戻って言う。


「警察はやはり伯爵未亡人が先代伯爵を毒殺したと考えています」 

「確かでしょうか?動機はどうお考えですの?愛人と思われていた男性は――」

「ええ、その男の正体を巡ってあなたが既に鋭い洞察力を発揮されたことは、昨日アルバート卿に聞きましたよ。その後すぐに調べましたが、やはりあなたの推理通り不審な赤毛の男は伯爵未亡人のギャンブル狂いの実弟でした」


 アメリアはそれを聞きながらミルクを入れた紅茶をスプーンでかき回すことに集中しているふりをした。

 アルバート卿がその推理が彼女によるものだと話してくれたと知って、何故か口元に笑みが浮かびそうになってしまったからだ。


 アメリアは紅茶を一口飲んでから続けて質問をした。


「実の弟さんであることがわかったのであれば、レディ・シルヴァリーの動機は消えたのでは?」


 彼女の問いに警部は首を振る。


「確かに『愛人への愛』の動機は消えましたが、『実弟への愛』も動機になるのではと我々は考えています」

「というと?」


 アメリアが先を促すと、ヘイスティングス警部はエヴァレット巡査部長に目線を送った。

 巡査部長は上着の内ポケットから手帳を取り出してそれを見ながら説明を始めた。


「伯爵未亡人の実弟にはギャンブルによる莫大な借金があります。その額なんと約4000ポンドです」


 アメリアは刑事2人に気づかれないように息を呑んだ。

 4000ポンドと言えば、今のメラヴェル男爵家の一年分の収入に届きそうな額だ。

 とても准男爵が一朝一夕に返せる額ではない。


「それで、我々は伯爵未亡人が先代伯爵を殺害して、当代の伯爵である息子の後見人として伯爵家の財産を使って実弟を支援しようと考えたのではないかと思っています。不幸にも伯爵未亡人には自分自身の持参金はほとんどないのです。彼女が結婚する前から既にご実家は没落しつつありましたから……。だから、実弟を支援するならば、伯爵家の財産を当てにするしかないというわけです」


 アメリアは僅かに眉を寄せた。

 警察の考えは理解できる。

 でも――。


「でも、彼女はシルヴァリー卿が亡くなった時点では息子を産むかどうかわかりませんでした。もし娘を産んでいたら相続の状況は変わったはずですわよね?」


 アメリアの問いを受けて、エヴァレット巡査部長は手帳のページを何枚か捲った。


「ええ、我々は細かな相続の条件も調べています。まず、伯爵家の財産の大部分は爵位と共に相続されることが決まっていて、これは誰にも変えられません。その他、伯爵の遺言で相続人を決められる財産については、伯爵未亡人の取り分だけ定められていました――結婚当初に書いた遺言だったためです」


 巡査部長はそこで一旦言葉を切ると、手帳に書かれている文字を指でなぞって何度か確認し、一度頷いてから話を再開した。


「伯爵未亡人は、いくつかの不動産の使用権と信託財産から得られる利益――見込みで年間2000ポンド程度――を与えられることになっていました。ただし、不動産それ自体や信託財産の元金には権利を持たず、それらは彼女の死後にその時点のシルヴァリー伯爵に返還されます。ちなみに、先代伯爵夫妻の結婚当初から、伯爵未亡人や弟のミスター・レジナルド・シルヴァリーはこの遺言の内容を知っていたことがわかっています」


 アメリアは頭の中でエヴァレット巡査部長の説明の要点を整理した。

 つまり、伯爵が亡くなった後、伯爵未亡人は子の有無や性別にかかわらず、個人的に不動産の使用権と年間2000ポンドの収入を受け取れることになっていた。

 ただし、不動産の所有権はないため勝手に売ることはできず、自分で住むか他人に貸していくらかの賃料を得ることができるだけだ。

 同様に信託財産についても元金まで自由に使うことはできない。

 しかし、息子がいれば、その息子が爵位と共に大部分の財産を相続するので、彼の後見人としてその財産からの収入をある程度は自由に使えた可能性がある。

 一方で、子がいたとしても娘なら、娘の取り分は遺言に定められていないので、伯爵未亡人が実質的に自由に使えるのは個人の取り分である年間2000ポンドのみと思って良いはずだ。


 「もっとも、先代伯爵は生まれる子が娘だった場合に備えて遺言の書き換えを事務弁護士と相談していたそうです。それから、弟のミスター・レジナルド・シルヴァリーにも何か残すことも検討されていたとか。昨今相続税が重くなっていますが、伯爵家の財政は健全だったので、多少相続人を増やしても納税資金確保に問題はなかったようです。でも、結局書き換えは間に合いませんでした」


 そう言うと、エヴァレット巡査部長は手帳を静かに閉じた。

 アメリアは少し眉を上げた。

 先代シルヴァリー伯爵が遺言を書き換えるつもりだったのなら、それによって有利――もしくは、不利になる人がいたかもしれない。


「先代シルヴァリー卿が遺言を書き換えるつもりだったことは、どなたかご存じでしたの?」

「いえ、先代伯爵本人と伯爵家の事務弁護士以外は知らなかったはずです。先代伯爵は内密に進めていたらしく、手紙のやり取りすらせずに事務弁護士を家に呼んで直接相談していました」

「書き換え後はどうなるはずだったかわかりますか?」

「もう一度事務弁護士に聞いてみないとわかりませんが、よろしけば後で手紙でお知らせしますよ。構いませんよね、警部?」


 エヴァレット巡査部長が問うと警部ははっきりと頷いてくれたので、アメリアも感謝を込めて頷きを返した。


 ――書き換え予定だった遺言については、後で確認するとして……。


 アメリアは実際に適用された遺言について思案していた。

 書き換え計画について先代伯爵本人と事務弁護士以外は誰も知らなかったのが事実であれば、仮に伯爵未亡人が犯人であったとしても、彼女も実際の遺言を前提に行動したはずだ。

 彼女は少し考えてからゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。


「当代のシルヴァリー卿は先代シルヴァリー卿が亡くなった直後にお生まれになったのですから、お茶会の時点ではお腹の子の性別はわかりませんでした。もし、女の子だったら、次代のシルヴァリー卿はミスター・レジナルド・シルヴァリーになるはずなので、レディ・シルヴァリーが自由にできる財産は、年間2000ポンドだけになります。ご自分とお子さんのために貴族としての生活を維持しなければなりませんから、それだけでは弟さんの借金の面倒までは見られないでしょう。その状態でご主人の殺害を企てるものでしょうか?」 

 「……母親の勘かもしれませんね。お腹の子は男の子だと確信していたのでしょう」


 警部は肩を竦めて言った。

 確かにアメリアも妊娠中にお腹の子の性別を確信したという女性の話は聞いたことがある。

 一方で彼女の母ミセス・グレンロスはアメリアがお腹にいたときには男の子だと疑わなかったと言っていたので、正直警部の説には同意できなかった。

 

「"母親の勘"頼みでは不確実過ぎると思いますわ。それに、仮に男の子だと確信していたとしても、不幸にも無事生まれないことだってありますし」


 アメリアはそこで一度言葉を切って、2人の刑事を真っすぐ見つめた。


 「そもそも、先代シルヴァリー卿は相当ご病気の状態が悪かったようなので、わざわざ毒を盛って死期を早める意味もないように思います」


 アメリアの穏やかだが確かな反論に刑事2人は決まりが悪そうな顔をした。

 彼らも当然それくらいはわかっているのだ。


 「おっしゃることはごもっともなのですが、他に先代伯爵に毒を盛ることのできそうな人物がいないのですよ」


 警部は困ったように眉を寄せて言った。


 ――動機は不確かでも、機会の有無の点ではレディ・シルヴァリーが一番疑わしいということなのね……。


 アメリアはそう思案しながら言う。

  

「……そうすると、警察も既にレディ・シルヴァリーがお茶会の最中にシルヴァリー卿の水差しに触れたことを突き止めていらっしゃるのですね?」 

「ええ、当然です。お茶会で給仕をしていたフットマンの証言も取れています」


 警部は自信を取り戻し、確かな口調で言った。

 アメリアが調べた限りでも、ミスター・レジナルドとミスター・グレイストーンもレディ・シルヴァリーが水差しに触れたことははっきりと覚えているらしいので、やはり水差しに毒が混入されたとすると、レディ・シルヴァリーが疑わしいということになる。


「それに彼女が犯人だとすると、先代伯爵の最期の言葉とも整合的です」


 エヴァレット巡査部長が付け足した。

 アメリアはその点は彼らの言う通りだと思う。

 お茶会の客人たちの証言によると先代伯爵は意識を失う直前に妻に向かって「君だったんだ」と言ったということだが、彼が妻が自分に毒を盛ったことに気づいて「君が私に毒を飲ませたんだ」という意味で言ったと解釈することは可能だし筋も通る。

 

 ただ、アメリアには、まだ何かが足りていない気がしている。


「レディ・シルヴァリーに毒を入手することはできたのでしょうか?」

「ええ、まさに我々があなたにご意見をお聞きしたかったのはその点なのです」


 ヘイスティングス警部は軽く咳ばらいをして切り出した。


「伯爵未亡人は水差しに毒を混入する機会はあったが、毒を入手していた証拠は未だにつかめていません。あの当時、伯爵夫妻は何の薬も処方されていませんでしたし――現在糖尿病に有効な薬がないことはご存じでしょう?」


 アメリアは先日この屋敷の図書室で読んだ医学書の内容を思い出して頷いた。

 昨年改定されたばかりの医学書だが、そこには確かに現在のところ糖尿病に効く薬はないと書かれていた。


「ただ、視野を広げてみると、彼女の姉デヴァルー子爵夫人の夫のデヴァルー子爵が心臓病の薬としてジゴキシンという薬を処方されていることがわかりました。ジゴキシンは薬にもなりますが、量を間違えると心臓に毒なのです。先代伯爵のご遺体の心臓に異常が見られたという検死結果とも一致します」


 "ジゴキシン"という毒の名前を聞いて、アメリアのヘーゼルの瞳に何か閃きが走りかけた。

 どこかでその毒の名前を見た気がしていたが、すぐには思い出せなかった。

 アメリアは、自分にアルバート卿のような言語的な記憶力やミスター・グレイストーンのような視覚的な記憶力がないことがもどかしかった。


 ――もう少しで何か思い出せそうなのだけど……。


 アメリアが記憶を掘り起こしている間に警部は話を続ける。


「あの姉妹が実家の再興のために協力して先代伯爵を殺害したということはあり得るのでしょうか?」


 警部の問いを受けてアメリアはこれまでに見聞きした姉妹の様子を反芻し、頭の中でイメージをする。

 世話好きの姉、優しいが芯の通った妹――。

 目配せで意思疎通する姉妹、実家への強い恥の感情を共有している姉妹、子供の頃からお互いを思い合っている姉妹――。

 

「――私は、あり得ないと思います。レディ・デヴァルーは妹のレディ・シルヴァリーを守ろうとなさっているからです」

「守ろうとしているのなら力を貸すことはあり得るのでは?」


 ヘイスティングス警部は訝しげに眉を上げ、エヴァレット巡査部長も少し首を傾げている。


「先日、レディ・デヴァルーが昔レディ・シルヴァリーが怪我を負った迷い猫を家族に黙って保護していたという話をしてくださいました。姉妹のご実家では猫を飼うことが禁じられていましたので、自分にできるだけのことはなさろうと思ったのでしょう。レディ・シルヴァリーはそのように公の規範に正面から抗うことはできない一方で、自分の意志はできる限り貫くお方です」


 アメリアはシルヴァリー伯爵未亡人が恋人であるヘンリー卿について語ったときの真っ直ぐな青い瞳と確かな口調を思い出していた。


「一方、レディ・デヴァルーはレディ・シルヴァリーがその性格により、弟さんに優しくしすぎることでレディ・シルヴァリーご自身が傷つく結果になることを心配なさっていました。先ほどの猫の話では、結局猫は死んでしまったそうですから……」

「すると、シルヴァリー伯爵未亡人は“優しさ”から実弟を支援なさったはずだと?」

「いいえ、その逆です。レディ・シルヴァリーは、ギャンブル狂いの弟さんを助けるために、婚家の財産に手を付けたり、ましてご主人を殺害したり……規範に反することはなさらないと思います。そして、レディ・デヴァルーは彼女が弟さんに優しくしすぎることを警戒していましたから、彼女が度を越した行動をしようとしたなら必ず止めたはずです」


 アメリアはミスター・グレイストーンの証言を思い出していた。

 お茶会の途中に実弟が訪ねてきたことに気が付いたデヴァルー子爵夫人は妹に目配せしていたという。

 それは、きっと優しさ故に深入りし過ぎて妹自身が傷つかないように警戒を促していたのだ。


 「なるほど……あなたの見立てはよくわかりました」


 警部は頷いてはくれたが、伯爵未亡人が無実とは思っていないことは明らかだった。

 きっとアメリアの話を踏まえた上で、何か姉妹の行動に影響した他の事情がないか調べるのだろう。


「今すぐレディ・シルヴァリーを逮捕なさったりはしませんわよね?」


 アメリアは幼い当代のシルヴァリー伯爵のことが心配になって尋ねた。


「ええ、もちろん。確固とした証拠もないのにそんなことはしませんよ」


 警部は微笑んで言い、隣のエヴァレット巡査部長も頷いている。

 刑事たちの反応にアメリアは胸を撫で下ろした。


「ただ、信頼できる証人や物証が出てくれば別です。――例えば、彼女が毒を入手したり、毒を混入したりしているのを見たという人が現れた、とか、シルヴァリー伯爵邸からジゴキシンが出て来た、というような場合です」


 ――“証人または物証”。

 

 アメリアは頭の中で繰り返す。

 これは伯爵未亡人が犯人である場合だけではなく、逆に伯爵未亡人以外が犯人である場合にも言えることだ。

 いずれにしても、証人や物証により証明されなければ警察は動けない。


「しかし、早くしないとそろそろ皆さんロンドンを離れてしまいますね」


 エヴァレット巡査部長はため息交じりに言った。

 

「ああ、その通りだ。全く貴族の方々はどうして一所に留まってくれないのやら……いや、失礼」


 ヘイスティングス警部はアメリアも貴族であることに気づいて詫びるが、実際、警部の言う通りだった。

 既に7月末の今、社交シーズンは終わり、領地とロンドンを行き来する余裕のある貴族たちは、既に領地に移り始めている。

 アメリアのメラヴェル男爵家も、来週数件のイベントに出席すればロンドンでの社交は一旦終わり、バークシャーのカントリーハウスに移動する予定でいる。


「まあ、そもそも、我々がこの事件を再調査しているのは、先代伯爵は毒殺されたとの告発があったからです。なので、その何か知っていそうな告発者を見つけるのが手っ取り早そうではあるのですが……」


 その言葉にアメリアの鼓動が速くなった。


 ――どうして、今まで気づかなかったのかしら。


 もし、その告発者が真犯人だとしたら?

 そして、その真犯人が伯爵未亡人に罪を着せるつもりだとしたら?

 伯爵未亡人がロンドンを離れる前に、何か行動を起こしてもおかしくない。

 

 ――早く真犯人を見つけなければ……。


「いずれにしても、何かお気づきのことがあれば、後からでもご連絡ください、女男爵様」


 アメリアは警部の言葉に頷くと、膝の上の手をそっと握りしめた。

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