前世が魔王だった令嬢ですが、折角なのでこの世界を我が物にしようと思います
「エリステア、其方は公爵令嬢という立場、私の婚約者でありながら、聖女リンを虐げ傷つけてきた罪は重い!よって、婚約を破棄した上、私は聖女リンを新しい婚約者とする!」
「オルスター様……」
金髪碧眼の美しい王子と、黒髪黒目の召喚された異世界の聖女の恋。
使い古された物語の一篇の、私は悪役にされたのだ。
銀の髪に、冷たい氷の様な灰色の瞳。
穏やかでありつつも、表情を隠して生きてきたのは、それが淑女というものだという教育の賜物であるのに。
天真爛漫で、庇護欲をそそるというリンに、全てを台無しにされたのだ。
「お言葉ですが、殿下。わたくしと殿下の結婚は幼い時より決められたもの。わたくしが殿下に請うた約束でもありませんのに、嫉妬などという理由で他の女性を排す理由にはなり得ません。寵愛なさりたいなら、お好きになさればよろしいのですもの」
内心は呆れながらも、そう言葉を紡げば、オルスター王子の白皙の頬にうっすらと朱が上る。
矜持を傷つけられた恥ずかしさなのか、間違いを正されたからなのか。
夏の夜会の会場に詰め掛けていた、学生達の反応は様々だ。
親交のある者達は静かに成り行きを見守っているし、敵対派閥の貴族達は嬉しそうにしていたのに、反論した今は目を泳がせている。
リンが篭絡した貴族子息の婚約者達は、冷たい視線をオルスター王子達に注いでいた。
「お前のそういう生意気な所が好ましくないのだ。言い訳をしようと、証拠は挙がっている」
「言い訳でも何でもございません。殿下がそう宣言されたのなら、従うのみでございます。どうぞ、お好きに…っ」
言い終わらない内に、手を後ろ手に捻り上げられ、大理石の床に引き倒された。
悲鳴すら上げる暇もなく。
そして、私は床に頭を打ち付けた瞬間に思い出した。
私は前世、魔王じゃった。
「じゃった……」
不意に口から滑り出た言葉に、周囲が首を傾げた。
「じゃった?」
え?
え?
なんで儂が、悪役令嬢になってるの?
確かに魔王してた時、異世界を覗き見て娯楽として楽しんでいたが?
この世界でもひっそり生きてたし、何なら魔族ってちょっとエリートなだけの種族じゃん?
魔力が高くて、力も強くて、耐久力もあって、頭も良くて、見た目もいい。
何それ最高。
だけど、それが原因で、周囲から恨まれてただけで。
何か悪い奴いるとか、勝手に敵視されてたから、面倒くさくなって封印された振りしたんじゃなかったっけ?
確か、そう。
身体だけは封印して、魂はこの世界で転生するように、そう術を施した。
だって、眠っているだけじゃつまらないし。
かといって、代役を立てて自分だけのびのびスローライフを満喫する訳にもいかなかったのだ。
寿命だって長いし、魔法も使えるから残りの魔族は忘れ去られた土地で今も暮らしてる、はず。
封印という茶番に利用したのは、そんな勘違い種族の見た目が少し良いだけの男だ。
勇者だ何だって持ち上げられてた奴の子孫が、この馬鹿王子の先祖で。
いいや、もう。
面倒くさい。
「殿下、この女は確保しま」
「五月蠅いですわ」
ぎりっと掴まれた細腕も、魔力を通せば簡単に強化出来るのだ、ふはは。
地面に押さえつけられた姿勢から手を振れば、あっけなく騎士団長の息子だか何だか知らん奴は壁際まで吹っ飛んだ。
ドゴォン、というすごい音がしたけれど、死にはしないだろう。
知らんけど。
「え……?」
「きゃあ、怖い……っ」
それは怖いだろう。
でも、今の儂は公爵令嬢だ。
魔王では、ない。
一応。
さっと、助け起こしに現れた側近である、伯爵令息の掌に手を載せると、ほぼつま先の力だけで優雅に立ち上がる。
爪先だってふくらはぎだって、強靭なのだ。
そして、さらに優雅に微笑む。
「さて、わたくしがどんな風に虐げたか教えて頂けまして?
軽くその細腕を掴んだだけでも、折れそうですけれども」
手に持っていた扇で指し示せば、リンはオルスター王子に搦めていた腕をさっと後ろに隠した。
折られたくないか、そうか、そうか。
「まさか、公爵令嬢たるわたくしが、どうでも良い衣服を破いただの、教科書を破いただの、無駄な悪戯を仕掛けるなどと思っておりませんわよね?」
噂でそんな事を小耳に挟んだのだ。
何だ、その稚拙な嫌がらせは。
公爵家の権力でそんな小さな事件しか起こせないのなら頭の出来を疑うぞ。
「ああ、それとも、こうして公爵家を蔑ろにして、何か行動を起こさせたいのでして?」
「な、何か、とは何だ」
無駄な悪戯と一蹴されて、暴露しづらかったのかオルスター王子が質問を切り替えた。
言質を与えるような事を誰が言うか、痴れ者が。
「それはわたくし一人の判断ではお答え致しかねますが、婚約の破棄を皆様の前で宣言されたので、殿下のお望み通りとなりましょう。婚約の際に結ばれた王家と公爵家の約定も同時に終わります。それがどんな意味を持つのか、国王陛下にお伺いなさいませ。殿下は、その重要性を全くご理解頂いてないご様子ですもの」
きっちりきっかりと釘を刺す。
前々から馬鹿だと思ってたんじゃよ、この王子。
でも国の為と我慢に我慢を重ねていた訳で。
前世が魔王とかだったからじゃなく、国に対する愛情が尽きたという事だ。
元から王子に対する愛情なんてものはなかった。
結局、前世もそうだったけど、優しさという物は伝わりにくい。
力加減をしている事を見せないと、弱いと勘違いをされるのだ。
相手にしないようにしても、どんどん憎しみは醸成されていく。
自分が何とも思っていなくても、彼らは全てを奪いに来る欲深い者達なのだ。
哀れな、人間達だと慈悲をかけたのが間違いの元だったのかもしれない。
疫病を止められずに大量に死人が出来たのは、魔王の呪い。
浮気を繰り返す王子に嫁がされる令嬢が自殺したのは、魔王のせい。
王妃の可愛がっていた猫が脱走したのも、魔王の……いや知らんがな。
結局、不利益な何かが起こったり、都合が悪い事が起きた時に攻撃する相手が欲しいのだ。
思い通りにならないという腹いせで、勝手に憎んで勝手に攻撃をする。
何故、嫌いなら距離をおかないのだ。
屈服させて、思い通りに蹂躙したいだけなのか?
そんな仄暗い望みの為に、何故こちらだけが傷つけられなければならない。
前世が魔王だった時と合わせて、理不尽な扱いにふつふつと怒りが湧き上がる。
「これ以上、殿下とこの場でお言葉を交わしても意味はございません。わたくしは下がらせて頂きます。ご機嫌よう」
優雅に膝を折って淑女の礼を執ると、何か言いたげなオルスター王子と、蒼白な顔をしたリンが視界に入る。
だが、何かを言う機会はもう、ない。
「ご婚約目出度く存じます。どうぞ、お幸せに」
そのまま踵を返して会場を後にする。
側近も派閥の貴族の子女も、婚約者を奪われた令嬢達も、口々に婚約を寿ぐ挨拶をしては会場を後にしたのである。
魔王という切り札を使わなくても、この国は半壊した。
あの王子を生み出した王家に対する失望。
異世界の、聖女という名称が名ばかりの放埓な女性に対する幻滅。
国の重鎮の子息たちの行動に対する落胆。
見限った者達が、身分の別なく公爵領へと日々流入し続ける。
特に、各地で魔獣による被害が出始めてからは、その数が増していった。
儂がけしかけている訳ではない。
瘴気から生まれ出る魔獣は意志を持たず、ただ目の前のものを襲う。
今までその魔獣を押しとどめていたのは主に儂の結界魔法であった。
そして、儂の目覚めを待ちつつ、身を守る為に戦っていた魔族達。
公爵家へと続々と集結する人々の中には勿論というか何というか魔族達も多く含まれていた。
何しろ、一番始めに正体を現した?のは公爵家の執事だったのだから。
「魔王様、漸くお目覚めになられたのですね」
「……そ、その名で呼ばれるのは少しばかり……」
いやだいぶ、恥ずかしい。
淑女として生きて来たのだ、儂は。
見た目も心も淑女なのだ。
執事にしては美男過ぎると思っていたかつての側近は、嫣然と微笑む。
「では今まで通り、お嬢様とお呼び致しましょう。何なりとお申し付け下さい」
「ええ、お願いするわ」
そう答えたはいいものの、これって、淑女の振りをおっさんがしているみたいではないか?
逆にそっちの方が痛くない?
と、疑問と羞恥に苛まれる。
仕方ないのだ。
儂は魔王であり、淑女なのだから。
「どの国から攻め滅ぼしましょうか?」
食後の甘味は何に致しますか?というように気軽に執事が口にする。
改めて、自分の判断で種族全体の方向性を決めてしまった重みが感じられた。
それに、勝手に運命を決められてしまう今後の人間達についても。
「まずは選別を行います。人間達の中には善良な者達もいるのだから」
「相変わらず、お優しい。それが貴女の望みであれば、全力で叶えましょう」
うん。
……うん。
本当なら美麗な執事と、凛としたお嬢様の恋愛話としておかしくない台詞じゃな。
多少、物騒な内容なのは横においておくとして。
それに偏見に塗れ、正直者が損をするような世界は一度壊してしまうべきだろう。
魔族が上とか人間が正しいとかではない。
隣人を足蹴にせず、共に手を携えて生きていけるか、否かだ。
その後、王城では王子の糾弾に始まり、魔獣被害と災害、失墜した王家の信頼のせいで人々が急激に離れて行った。
真実の愛で結ばれた二人、も例外ではない。
「リン、お前は聖女として召喚されたのだから、魔獣を防げるだろう!?」
「知らないよ、そんな事!元の世界に帰してよ!」
お互いの主張ばかりで、相手を思いやらないオルスターとリンの怒鳴り合いは延々と続く。
永遠に交わることのない負の連鎖だ。
そして、それは何も生まない。
慌てた国王により、詫び状やら召喚状が寄せられるが、頑として公爵家は受け取らず。
人々の流出や損失は止まらないまま、国は荒廃の一途を辿った。
他国へ救援を求めても、同じく魔獣の対処に追われていて救いの手は得られない。
最終的に王都から何処へも行けない者達によって、王侯貴族が襲撃、処刑されるのは自明の理であった。
けれど、それをしたところで選別から零れた者に救いはない。
「最初からこうすれば良かったのかしら」
ぽつりと、儂の口から言葉が滑り落ちる。
魔王としてなのか、公爵令嬢としてなのか、そのどちらもなのか。
何にせよ、学びはあったように思う。
完璧な国は出来なくても、理想には近づけるものだし、そうあるべきだ。
小さな諍いくらいなら良い。
でも、どんな形であれ尊厳や命を脅かされない世界。
それに近づけるのならば、多少面倒でもやるしかない。
決意を新たに立ち上がったところで、身近に控えていた側近達から声がかかる。
「お嬢様!」
「魔王様!」
いや、どっちやねん。
理想を追う儂は日々、余計な羞恥にさいなまれている。
最近はうどんが好きです。うどんにおすすめの薬味など合ったら是非教えてください。
一番のお気に入りは、小葱と温泉卵トッピングです。
トッピングについても教えて下さい!トリ天いいですよね!
いつか連載版(魔王が恋する?話)も書きたいです。