「令和のキレイの定理」
カタリは深夜のコンビニ帰りだった。
夜道を歩いていると、ふと背後に気配を感じる。
——スッ。
何かが近づいてくる音。
カタリは立ち止まり、振り返った。
「ねぇ……私、キレイ?」
そこに立っていたのは、赤いコートを羽織った女。
マスク越しでもわかる、大きく裂けた口元。
——口裂け女。
都市伝説では、彼女に「キレイ」と答えないと襲われるらしい。
しかし、カタリはそんなことを気にせず、腕を組みながらじっと彼女を見つめた。
「……」
「どうなの? 私、キレイ?」
彼女はじわりと近づきながら聞いてくる。
普通ならここで恐怖するところだが——
カタリは違った。
「君はキレイの定義を理解してるか?」
「え?」
「君の言う『キレイ』ってのは、何基準なんだ?」
口裂け女は戸惑いながらも、少し考え込む。
「……やっぱり、顔? ほら、私、昔はすごくモテたのよ。」
「それは知っている。だが、その時代は昭和だろ?」
「……そうだけど」
カタリはスマホを取り出し、検索を始める。
「令和のキレイは、外見だけじゃない。美の定理は進化してる。」
「なん…だと…?」
口裂け女が困惑する中、カタリは続けた。
① 多様性の尊重
「もう顔の美醜だけで評価する時代は終わった。今は個性が評価される。つまり、君の『裂けた口』も、もはや個性として受け入れられる可能性がある。」
② メイク&ファッションの力
「今の時代、どんな顔でもメイクとファッションで魅力的になれる。マスクで隠すんじゃなく、リップメイクで映える路線にシフトすればワンチャンある。」
③ 内面の美しさ
「令和では、『外見がいいだけの人』はもう流行らない。『性格が良くて、共感力が高い人』が求められる。 つまり、最初に『私キレイ?』とか聞いてくる時点でちょっと時代遅れだな。」
口裂け女、完全に固まる。
「な……何言ってんのよ!? そんなの聞いてない!」
「しかし、現実を見ろ。」
カタリは口裂け女に寄り添いながらスマホの画面を見せる。
そこには、SNSの「#美の新基準」タグがずらりと並んでいた。
「な? もう昭和の美意識じゃ時代に追いつけないんだよ。」
「う……嘘……」
「というわけで、『私キレイ?』って質問はもう時代遅れということに至る。これからは、『私、魅力的?』に変えた方がいいと思うぞ。」
口裂け女は頭を抱え、膝をついた。
「そんな……私、何十年もこのフレーズで生きてきたのに……!」
「時代は変わるのだ。だが、悪いことばかりじゃない。時代に合わせてアップデートすれば、君も全然イケるはずだ。」
「アップデート……?」
「とりあえず、メイクの研究からしてみたらどうだ?そこはオレより君の方が詳しいはずだ。頑張れ頑張れ!できるできる!絶対出来る!頑張れもっとやれる!気持ちの問題だ!頑張れ頑張れ!そこで諦めんな!絶対に頑張れ!積極的にポジティブに頑張る頑張る!」
口裂け女はしばらく黙っていたが、やがて立ち上がり、決意したように頷いた。
「……わかったわ。令和の美しさ、極めてやる!」
「その意気だ!さあ、お行きなさい友よ!君はあの地平線を目指して!」
カタリは微笑み、口裂け女を見送った。
——それから数ヶ月後。
SNSに突然、謎のアカウントが現れた。
名前は**「裂けリップの女」**
独特なリップメイクを武器に、瞬く間にフォロワーを増やし、美容インフルエンサーとして活躍することになる。
カタリはその投稿を眺めながら、静かにコーヒーを飲んだ。
「……やっぱ、進化する奴は強いな。」