「般若セッション」
カタリはオカルトマニアだった。
「真夜中の古い家から、毎晩お経が聞こえる」
そんな噂を耳にした瞬間、**「じゃあ行くか」**と即決。
夜、懐中電灯片手に噂の古い家へ向かう。
古い家は、かなりの廃墟だった。
崩れかけた屋根、割れた窓ガラス、朽ちた柱。
風が吹くたびにギシギシと軋む音が響く。
カタリは懐中電灯を照らしながら、そっと耳を澄ませた。
——「ぎゃーていぎゃーてい……」
「ほう?」
確かに聞こえる。
しかも、一人ではない。
無数の声が重なり合い、低く、不気味に響いている。
「ぎゃーていぎゃーてい……はーらーぎゃーてい……」
「なるほど、般若心経か。いきなりサビから来るとはな。」
カタリは腕を組んで少し考える。
怖がるどころか、むしろ感心した。
(結構発音いいな……)
そして、彼は決意する。
——「ならば、こちらも乗るしかない。このビッグウェーブに。」
カタリ、堂々と家の中心に立ち——
「まかはんにゃーはーらーみーたーしんぎょー!」
ズゥゥゥゥン……!!
突然、空気が揺れた。
家の中に響いていた般若心経が、一瞬ピタリと止まる。
——まさか、読経で対抗してくるとは思っていなかったのだ。
次の瞬間。
「のーぼーさーんまんだーぼーだなん……!」
般若心経の大合唱、再開。
カタリも負けじと声を張る。
「かんじーざいぼーさーつ……!」
——見事なセッションが始まった。
深夜の廃墟で、幽霊と人間が共に般若心経を詠む。
地響きのように響く霊の読経。
そこに、カタリの力強い声が重なる。
どちらが主導権を握るかの激しいせめぎ合い。
—そして、気がつけば朝だった。
夜が明け、カタリは満足げに伸びをした。
「……いや〜、いいセッションだった。また会おう。」
そのまま帰宅し、ぐっすり眠った。
しかし——
翌日、付近の住民が騒ぎ出す。
「昨夜のあの声はなんだ!? 怖すぎる!」
「あの家、ついに本物の祟りが起きたんじゃないか!?」
「もう取り壊してくれ!」
結果、古い家は取り壊されることが決定した。
カタリは新聞の記事を眺めながら、コーヒーを飲む。
「……いや、別に悪いお経ではないんだがな。むしろ落ち着くというか。」
だが、彼はふと思う。
——あの霊たちは、どこに行ったのだろうか?
そう思った瞬間。
背後から——
「ぎゃーていぎゃーてい……」
「……友よ!」
般若セッション、再び。