「呪いのビデオ、完全リマスター版」
カタリはオカルトマニアであり、趣味でホラー動画の編集も手掛けている。
ある日、ネットオークションで「本物の呪いのビデオ」という怪しげな出品を見つけた。
「また胡散臭いやつか……」
そう思いながらも、好奇心に負けて即落札。
数日後、届いたのはボロボロのVHSテープだった。ラベルには赤黒いインクで「見てはいけない」とだけ書かれている。
「よくできているじゃないか。こういう演出、嫌いではない。」
カタリはテープをデッキにセットし、再生ボタンを押した。
画面にはノイズ混じりの薄暗い廊下。そこをゆっくりと誰かが這ってくる。
突然、画面が乱れ、不気味な呻き声が響く。
「……うう……たすけ……」
次の瞬間、画面いっぱいに青白い女の顔が現れた。
「ギャアアアアアア!」
「おお、いいねぇ!」
普通ならここで怖がるところだが、カタリは違った。心霊映像、恐怖、びっくりもののホラー動画を見まくったカタリのSAN値はこの程度では揺るがない。
「悪くない……でも、もっと派手にできるな!」
彼の編集者魂に火がついた。
まずは映像をPCに取り込み、色味を調整。古いビデオ特有のざらつきは残しつつ、陰影を強調して恐怖感を倍増させる。
次にエフェクトを追加。幽霊の登場シーンでは、目がギラリと赤く光るようにし、動きをスムーズにするためフレーム補完を行う。
音響にもこだわる。呻き声を低音強調し、叫び声にはリバーブをかけて響くように。さらに不吉なBGMを追加し、シーンの緊張感を高めた。
「これで視聴者を一気にビビらせられるな……!」
仕上げに、DVDにダビング。チャプターをつけ、再生しやすくする。
そして——
OPとEDには、可能な限り壮大な曲を挿入。
オープニングは映画級の荘厳なオーケストラ音楽。
エンディングは感動的な合唱曲で締めくくる。
こうして、「呪いのビデオ 完全リマスター版」 が完成した。
「やったぜ!」
カタリは完成したDVDを再生し、自らの編集技術を堪能する。
「おお……! これはプロ顔負けの出来栄え……!」
恐怖演出が強化された映像に、我ながら感動する。
すると——
「……なにを……した……?」
画面の中の幽霊が、こちらをじっと見つめていた。
「ん?」
確かに元のビデオでは、こんなセリフはなかった。
カタリは首を傾げる。
「こんな……はずじゃ……なかった……」
幽霊の顔が、怒りに満ちて歪んでいく。
「ふざけるなァァァァ!!」
突然、画面がノイズに覆われ、部屋の電気がバチンと消えた。
次の瞬間——
背後から、冷たい手が肩に触れた。
「冷たいじゃないか、何をする」
カタリはため息をつきながら、静かに振り返った。
そこには、編集前よりもはるかに怒り狂った幽霊の姿があった。
彼女の目は血走り、髪は逆立ち、口からは低い唸り声が漏れている。
「なに勝手に……盛ってんだ……!!」
「ああ、気に入らなかったか?」
カタリは特に動じることなく、腕を組んで幽霊を見つめる。
「しかしだな、君のオリジナル版、ちょっと地味だったんだ。今の時代、もっとインパクトが必要だと思わないか?」
「そんな問題じゃない……!」
幽霊は怒りに震えながら、カタリの顔を睨みつける。
「何が気に食わんと言うんだ!言ってみろ、オレの編集のどこが悪い!」
「私の呪いを、エンタメにするなぁぁぁ!!」
「話の分からんヤツだな!君を魅力的に演出する編集して何が悪いかと聞いているんだ!!」
カタリが冷静に返すと、幽霊はしばらく唖然とした後——
「チッ……」
舌打ちをした。
「……もういい……お前なんかに取り憑く気、失せた……」
そう最後に言い残し、幽霊はDVDの中へと消えていった。
そして呪いのDVDはそっと棚にしまわれた。