浮く者沈む者
今日の先発は里田。
五年目の中堅で、荒れ球が持ち味の選手だ。
ともかく構えたところに来ない。
逆玉も多い。
ただ、不思議とストライクゾーンの中にはまとまっているし、ストレートの質も良い。
(今日はコース考えなくて良いな)
ばっさり心の中で切り捨てる。
打席には阪神の切り込み隊長藤谷。
打率は二割九分と高い。
祈るようにど真ん中に構える。
ストレートが投じられた。
球は走っている。
藤谷はじっと見た。
ストライクがコールされる。
(よしよし、まずはストライクカウント一つ)
里田に投げ返す。
彼のストレートはわかっていても中々打てるものではない。
それに、逆玉が打者の内角をえぐる際どいものになる場合もある。
ただ、甘く入ればその瞬間痛打されるだろうな、と言う予感があった。
二球目はスプリット。
上手く行けばゴロになる。
里田は投げた。
打球音が鳴った。
(――読まれたか!)
悔やまれるリードだった。
好打者は読みも鋭い。
センターの奥深くに打球は飛んでいく。
それを、悟はダイビングキャッチ。
いきなりのファインプレー。
守備の資質を見せつけた感じだ。
藤谷も感心したように悟を眺めつつベンチに戻っていく。
(これは一軍定着もあるかもなあ)
守備だけでも十分に食っていけるレベルだ。
三回に回ってきた打席ではきっちりスクイズを決め、小技を使えるところもアピールに成功。
首脳陣に好印象を与えている。
一方の佐古田。
動きなし。
必死に声出しをしているが、活躍の場はまだ先と言った感じ。
ただ、肉体が一回り逞しくなっていることが不気味ではあった。
七回。阪神の投手に打席が回った。
次は打率も高い藤谷。
出てほしい場面だろう。
「代打、佐古田!」
ボードに佐古田の名前が乗る。
佐古田はゆっくりと歩いてくると、数度バットを振り、打席に入った。
でかくなった。
改めてそう思う。
筋肉の付き方が高校時代に対峙した時とまるで違う。
プロでも中長距離打者の体になっている。
しかし、感覚肌な佐古田だ。
水瀬と同じで外角に隙がある。
(しかし、里田さんのコントロールじゃ突けないんだよなあ)
感覚で速球を捉えるタイプと荒れ玉の里田は相性が悪い。
祈るように外角に構えた。
結果、逆球。
佐古田は一球目から振った。
打球音。
鋭い当たりがセンターに飛ぶ。
悟なら取れるか? そんな期待が湧く。
悟は追いついた。
二軍で過ごした日々は無駄じゃないと感じさせる動き。
そして、悟のグラブにボールは、収まらなかった。
悟は、弾いていた。
興奮していたのだろうか。
痛恨のエラー。
表情があっという間に青ざめていく。
慌てて後ろを向いて拾うが遅い。
佐古田は一塁を陥落させている。
それ以上は行けなかった。悟には肩もある。
(一軍レギュラーの球をあこまで運ぶか、佐古田……)
厄介な敵が増えた。後退守備を指示しておいて大怪我せずに済んだ形だ。
その次の藤谷がヒットを打ち、佐古田は三塁に進む。
そこで上手くスクイズを決められ、試合は振り出しに戻った。
次は打席が悟からだ。
優はベンチに来る悟を迎い入れ、その肩を抱いた。
「エラーは気にするな。打席に集中しろ」
「はい!」
駄目だ。表情が青ざめている。まるで集中できていない。
これ以上は言っても無駄か。
これも経験と割り切るしかない。
悟は初球をゴロ。それを佐古田は拾い上げると、鋭い送球を見せた。
足の速い悟なら内野安打になっていてもおかしくない当たり。それを刺した。
状況が怪しくなってきた。
二人のルーキーの明暗がそのままチームの勢いに影響を与えている感じだ。
相手はリズムに乗り、こちらは追いつかれて苦しくなっている。
悟の表情はもう真っ青だ。
「悟」
監督が言う。
「はい!」
悟は畏まって返事をする。
「切り替えろよ。お前の守備範囲と肩は魅力だ」
「はい!」
悟の緊張がようやく解れた。
貫禄の差か、権限の差か。
貫禄だろうな、と優は思う。
まだまだ自分はチームの主要選手としては歴が浅いのだ。
信頼されるキャッチャーになりきれていない。
それは自分の課題だと優は思う。
その日、佐古田はホームランを打ち、当面のレギュラーを掴んだ。阪神はサヨナラ勝ち。
悟は打撃に大きな課題を残し、二軍に戻った。
一位阪神との差は、開く一方。
一勝二敗の苦い首位攻防戦だった。
東京に戻ると、龍樹に飲みに誘われた。
「佐古田君まで出てくるなんて、なんだか同窓会みたいね」
龍樹に惚れていた高校時代を思い出し、少し気恥ずかしくなる。
今では相手は既婚者。手の届く存在ではなくなっている。
「甲子園で当たった奴も結構いるけど、やっぱ秋田とか佐古田とか竜也とか徹とか。そこらは上手くやってるよな」
「うちが行くかあっちが行くかって感じだったしね、甲子園」
まったくもってそうだ。
「今年は行けそう? トリプルスリー」
唖然とする。
「俺盗塁上手いイメージある?」
今のところ盗塁五回して五回成功させているが多いわけではない。
「やってないだけでやれそうだけど」
とぼけた調子で言う龍樹。
「じゃあ三割三十本の自信はあるんだ」
優は黙り込む。
「……二年目でそこまでやったら出来過ぎかなあって」
「俺が首位を陥落させてやる、ぐらいのことは高校時代の三神君なら言いそうだけどね」
悪戯っぽく微笑んで言う龍樹。
全く持って、敵わない。
「大人になったんだよ」
「随分小さくなっちゃったなあ。食われるよ。イサムに」
優は黙り込む。
このまま時間が流れていけばクライマックスシリーズ。横浜は現在二位。高確率で出場できるだろう。
その後の日米野球。
間違いなく出てくるだろうメジャーリーガーがいる。
優の兄である、勇だ。
つづく




