楽しい球宴
第一試合の先発は、去年沢村賞にも選ばれた巨人の敦賀投手。
百五十キロ後半のストレートを軸にパワーで押していくタイプの投手だ。
「変化球から入れ?」
優の提案に敦賀は難色を示した。
「多分水瀬はこういう舞台だからストレートがくるものだと思っています。ストレートがくるとわかっていたら、奴は百パーセント打ちますよ」
「あのな」
呆れたように敦賀は言う。
「俺はそんじょそこらのピッチャーじゃねえ。百二十勝だ。百二十勝積み上げてきた。その原動力はなんだ?」
優は諦めて言う。
「速球です」
「そうだよ。観客も今日の敦賀は何キロ出すかなってそれを見に来てる。それを変化球スタートだ? 夢の球宴でそんなことやってられるかよ」
「しかしですね」
「しかしもなにもない。俺はストレートしか投げん。今日は最高球速を更新するつもりで来たんだ」
(うーん。まあいっか。球宴だし)
「わかりました。けど、打たれた時の責任は取りませんよ」
「打たれねえから大丈夫よ。お前、ちょっと活躍してるからってベテランを舐めてんな」
「いやいや、そんなことは」
「まあ、ビッと見せてやるよ。百二十勝の実力をよ」
(どうにでもなーれ)
徹はともかく直球に強い。
高校時代からだ。
というか、当初は変化球がさっぱり打てなかったというのが正しい。
そんな中でも速球への対応力は抜群だった。
それを磨いて、今に至る。
指定席にしゃがみ込む。
徹がバッターボックスに立つ。
パ・リーグの切り込み隊長。
こいつも出世したものだと思うと感慨深い。
「ストレートですか」
徹がニヤつきながら言う。
「さあね。お前がストレート待ってると思ってほいほいストレート要求するアホもおるまいて」
「けど先輩にベテラン投手の手綱を引く求心力はあるかなあ」
(こいつ……)
やめよう。話せば話すほど苛立つ。
第一球。敦賀は投げた。
外角低め、絶好のストレート。
スピードガンは百五十八キロを計測。
全てを破壊するような破壊音が鳴った。
球はおおよそホームランとは思えない低い弾道で観客席に突き刺さった。
徹はバットを放り投げて悠々とマウンドを回る。
大勢の観客が盛大な声を上げる。
そして確信する。
こいつは本物だ、と。
まるで徹のための球宴だ、と思う。
敦賀が近づいてきたので歩み寄る。
「で、だ」
「はい」
「次なに投げれば良い?」
「サイン決めます?」
「頼む」
そしてそのうち、投手が変わる。
「お願いがあります。他の打者は別にいい。けど、水瀬だけには変化球で入ってもらえませんか」
「俺は今日ストレート以外投げる気ねえな。サインもいらねえよ」
ほんと、明日の見出しは徹で決まりだな。
優はそう思って憂鬱になった。
続く