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九番ピッチャー荒川竜也

 つい優はネットの記事を読んで夜ふかししてしまった。

 秋田は現在打率四割を維持。初の四割バッター誕生かとファンを期待させている。

 徹はアイドルとの熱愛報道が世間を騒がせていた。


(意外だな……あいつ、ドルオタだったのか)


 まだ実績の少ない徹がこんな露出の仕方をして大丈夫なのだろうか。

 少々心配だ。

 まあ、明日も対決を控えたライバルなので調子を崩してくれていることに越したことはないのだが。


 そして荒川竜也。

 竜也は、三神世代と呼ばれる優の世代でも二番目に有名な選手だろう。

 なにせ、三神世代と呼ばれている三神優と組んで甲子園で優勝した優勝投手なのだから。

 一年目は六勝とそこまで際立った成績ではないが、それは怪我が関係していた。

 違和感を押して出場したのだ。


 その関係もあって、今年は交流戦の時期まで二軍で調整していた。

 復活の左腕。

 そう、記事には大々的に書かれている。


 ともかく、器用なピッチャーだった。

 変化球はピンポン玉みたいにあっちへこっちへ曲がるし、コントロールの精度も高い。

 左のサイドスローという変わり種ということもあって、敵を幻惑することに長けていた。

 百四十キロ台後半のストレートを持ちながら変化球に拘るのは彼らしい姿かもしれない。

 リードするのが楽しい投手だった。


 ただ、欠点もある。

 セコいのだ。

 優は、目下のところ竜也に避けられている。今年の自主トレも一緒にしようと言っていたのに流れて唖然とした覚えがある。

 優が竜也からホームランを打ってからだ。

 試合を決める一打。

 それ以来、どうも避けられている。


 そうなると優も相手が憎くなってきて、竜也はセコい、という印象を隠さなくなっている。

 荒川夫人には秘密にはしているのだが。


 だって、ホームランを打たなければ試合に負けていたのだ。

 それは打つだろう。

 優達はライバルだ。勝負に情けを持ち込むほど優にも実績はない。


 仕方のないことではないか、と思う。

 しかし、竜也は優を避ける。

 高校時代は息のあった二人だっただけに、それが憎らしくてたまらない。


(そういや転校前の学校にも遺恨残してたな、あいつ)


 高校時代、竜也は転校生だった。

 竜也さえやってこなければ、荒川夫人はまだ独身だったのではないか。そう思って、複雑になることもままある。

 ふらっと現れて皆のアイドルをかっさらい、その後塩対応。

 嵐のような男だ。


 天然のトラブルメーカーなのかもしれなかった。


 その竜也。

 翌日の試合で一年ぶりにその姿を見た。

 ベンチで徹と談笑している。


(昔から水瀬の奴は荒川の言うことは聞くんだ)


 そして、優の言うことには反発する。

 なんだかどんどんイライラとしてきた。


(よし、今日は打つぞ。荒川世代じゃなくて三神世代だってことを教えてやろうじゃないか)


 もっとも、その名前は親の七光りなのだということを優自身もよく知っていた。

 試合前のミーティングで、異変があった。


「優は今日五番でいくぞ」


 優は目を丸くした。

 打順が上がった。

 今までの七番の定位置からクリーンナップに昇格したのだ。


「今まで新人キャッチャーと言うことで遠慮していたがもういいだろう。今年、優は三割打っている。ホームランもこの時点で十八本と三十本ペースだ。そろそろ認めてやっても良い頃だ」


 国枝監督の言葉に優は思わず奮い立った。


(荒川打つべし)


 気合が入った。


「頼むぜ優。俺を返してくれよな」


 一ノ瀬がそう言ってバンバンと優の背を叩く。

 優は苦笑しつつ、頷いた。

 そして、試合が始まった。


 こちらの先攻だ。

 マウンドの荒川の第一投はストレート。

 どよめきが起こる。

 百五十キロを超えていた。

 サイドでこれは驚異的な数字だ。


「優と言いあいつと言い、ニ年目から暴れてくれるなあ」


 三番の古都が呆れたように言う。

 どうやら、竜也は竜也で充実した一年を過ごしてきたらしい。

 ニ球目もストレート。

 速球でガンガン押していく。


 そして、三球目。

 変化球はどうだろうと思ったが、その心配を払拭する高速スライダーだった。

 ど真ん中から真横にストライクゾーンの端まで曲がる。それも、百三十キロ台の速さで。

 まったく。

 とんでもないポテンシャルだ。


 三球三振。竜也はマウンドでグローブを叩いて喜んだ。


(あれー。俺どうやってホームラン打ったんだっけ)


 いけないとは思うのだが、眩い才能に思わず飲まれてしまった。

 六勝五敗のピッチャーではない。

 今日の竜也は本来の輝きを取り戻していた。


 ニ番打者は高速シンカーで空振り三振。

 サイドスローの生命線であるシンカー。

 竜也の場合は高速で落ちる。


 プロからも空振りを取れる球だ。

 その他、スローカーブ、縦に落ちるスライダー、スイーパー、高速シュートと投げる球は多種多様でその全てが一線級だ。


 そして一回の表は三者三振。


(いかん、飲まれてる)


 これは凄い投手が現れたぞ、と思った。

 知っていたのだ。

 竜也はセコイが凄い。

 本来の投球ができればニ十勝できる投手だ。


(どうすれば打てる)


 考え込む。

 とりあえず、決め球に絞って打てば調子を崩せるだろうか、と思ったものの、彼は全ての球が高いレベルで運用されている。全てが決め球だ。

 本当、厄介な男だなあと思う。


 そして、西武の攻撃。先頭打者は小兵の水瀬徹。

 昨日の崩れようは忘れたらしく気分良さげに打席に立っている。


「お前、アイドルと熱愛中なんだってな」


「だったらなんすか」


「いいとこ見せてやらなきゃだなーと思ってな」


「打たせてくれるんすか」


「まさか」


 徹は憮然とした表情で前を向いた。

 外角に外れた球を要求する。

 徹は振らない。

 成長したものだと思う。


 内角の臭い球もカット。


(まいったな。こいつはこいつで厄介な打者になった)


 竜也がしっかり教育していると言うことだろう。

 徹はしっかり見て四球を選んだ。


(どうして高校の俺の現役の時にあれがやれなかったかね)


 半ば呆れながら思う。

 答えは簡単だ。

 優の言うことに反発していたから。

 まったくあの二人は本当に人をイライラさせるのが得意なようだ。


 ニ番がバントを決めて徹は二塁へ。

 そして、三番打者に打席が回る。


(アウト一個くれるのか)


 しかし足の速い徹である。

 一本のヒットで軽々と本塁まで戻ってくるだろう。


 ゲッツーがなくなった今、徹はダイヤモンド上の香車と化した。

 どうしたものだろう。


 西武三番の源は今年三割ニ分十本の大活躍。

 オールスターにも呼ばれるだろうと目されている。

 対して、横浜の投手は谷間の投手。

 まあ、トップクラスから見れば一段落ちる。

 速球もそこまで速くないし使える変化球もそんなにないしコントロールも甘い。

 ソフトバンクのように人材豊富なら良いのだが、ないものねだりをしても仕方ない。


 ここは我慢だ。

 ボールゾーンに逃げる変化球を要求する。

 ストライクを欲しがったのか。

 それはボールゾーンに曲がり切らないままストライクゾーンに残った。

 煮えきらない、中途半端な球。


(まずい)


 打球が飛んだ。

 徹はすかさず走り出す。

 速い。


 これは駄目だと思った。

 徹は本塁を陥れ、ベンチで竜也とハイタッチ。

 竜也はこちらを見て不敵に微笑む。

 その顔、知っている。一点もやらないぞ、の顔だ。

 一点を追う形で優と竜也の再戦が始まろうとしていた。

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