第二話 虚構の箱庭①
「ぐあっ…なっ、急に何するんすかっ…!」
目で追えない速さで間合いを詰められ、凄まじいパンチがオレの腹を捉えた。
「と、とりあえず落ち着いてくださ…ぐはっ!」
続いて回し蹴り。脇腹へモロに入ったお陰で、衝撃を逃がせない。後方へ3メートルほどぶっ飛ばされる。
「いいかげんしろっ…このクソおん…ぶべはあっ!」
とりあえず反撃しようと、拳を振り上げたオレの頬に肘が入る。遠のく意識を必死に手繰り寄せ、回転しながら地面に突っ伏した。
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「お、おええええっ…!」
──オレがこの小さい身体に転生してから、半日が経った。
オレはもう何度目か分からない嘔吐と一緒に膝をつき、やがて地面に突っ伏す。何しろ4時間も殴られっぱなしで、へたり込むたびに強烈なしごきが入る為、休みもほとんどない。精神と体…両方の限界を何度も迎え、いい加減吐きダコが出来そうだ。
くそっ、華麗な皇女様はいつ現れんだよ…!清楚なエルフは?甘やかしてくれるママは、どこでなにやってんだッ!
代わりにオレの目の前に立っているのは…鬼。
腰辺りまで無造作に伸ばされた赤銅色の髪を揺らしながら、こちらへ歩いてくる。
身長は180センチ前後のすらっとした身体で、顔立ちはとても整っており、見かけだけで言うとまさにクールビューティーな美女。しかしその左目には眼帯が着けられている所為か、美麗さの中に多少の無骨さを感じさせる。
肌は少し日に焼け、とてもしなやかな体つきだが、身に纏った丈の長いレザージャケットの上からでも、鋼のように鍛え抜かれているのが伝わってきた。
年齢は見たところ20代後半ほどに見えるが、その所作一つ一つとっても全く隙が無い。オレに知り合いに軍人はいなかったが、歴戦の猛者というと、まさにこんな人の事を言うのだろう。
「またか、情けない…。まだ緊張感が無い様だから忠告しておくが、ここが戦場なら既に100回は死んでいるぞ、ナンバー6」
「けほっ、けほっ…無茶言わないでくれっ、オレは戦いなんてしたことない素人だ!理由も聞かされずにずっと殴られて、訳が分かんねーよ!」
「黙れ、上官の命令は絶対だと言っただろう…?」
オレは思いの丈を包み隠さず伝える。最初はオレも恐怖と混乱のあまり、猫を被っていたのだがそれも本当に最初だけ。
理不尽が極まったような訓練が始まって数時間、オレは体裁を取る余裕など、とうに失くしていた。
この女の名前は、カーラ・サンタマリア。オレの所属する事になった特務組織の副指令官らしい。
つまりオレとカーラの関係性は上司と部下にあたる。どうやらこの世界でも、上司運は無かったようだ。いや、下手すると前世より理不尽の塊なんじゃ…。
美女にしごかれるのはご褒美…と考える人もいるらしいが、流石に限度がある。どれだけ容姿が整っていても、半日もボコボコに殴られたら、怒り以外の感情が湧かないっつーの。
だがオレの瞳の炎は、未だに消える事はない。何故ならあの女神にお願いしたとっておきがあるからだ。
きっとこのオレの身体には、あの女神から授かった何かしらの超強力な能力が刻まれているに違いない。それが彼女との約束──オレだけの特権なのだから。
オレはあの時の会話を思い出し、意気揚々と手を前に出す。
くくっ、その澄ました顔もそれまでだ…今に吠えずらかかせてやるよ。
「出ろ、オレの必殺技…!最強スキル…!」
「………何をしている?」
ん…?
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強烈な蹴りにより、オレの体は地べたを転がりながら、壁までふっ飛ばされた。
汗と吐しゃ物でボロ雑巾のようになったオレは、そのまま天を仰ぎ息を整える。飛ばされたオレの元までカーラが歩いてくるまでの時間が、唯一の休息だ。
「はぁ…はぁ…くそ、おかしいぞっ…!何度やっても能力が出ねー!」
先ほどから、頑張って色々念じているのだが、オレの身体からは何の力も感じない。
あの偽女神の感じからして、何となく怪しいとは思っていたのだが、本当に魔力も全属性も収納魔法も、水も炎も何も出る気配がない。
いや…まだ覚醒していないとか目覚めていないとかの可能性もあるが、こういうのって転生したらすぐに発現するもんじゃねーの?異世界転生アニメをもっとしっかり観ておけば良かった。大抵泥酔状態で観ていたから、詳細な部分が曖昧になっている。
長く──永い、終わりの見えない苛烈を極めた訓練。
特務組織と謳っている以上、今後何らかの戦闘を行うためにこの訓練を行っているのだろうが、詳しい説明もなしにおっぱじめられたので、状況を整理する暇もない。
当然何度も逃げ出そうとしたが、この訓練場の扉は一つしかなく、その扉へ到達するまでに、容易くカーラになぎ倒される始末。
クソ、口の中が血の味で充満している…ブラック企業を乗り越えた気合で何とかもっているが、もうそろそろマジでキツいぞ。
「聞け…ナンバー6、お前には時間が無い。だから他のメンバーと違い、この私が二人三脚で訓練を行ってやる。少々手荒な訓練になってしまうが、お前もこの特務組織の卵ならば、このくらいは乗り越えてみせろ」
え、この先ずっと…この女が…?マジかよ──終わった。今日だけの初回サービスみてーなもんかと思ってたわ…。
オレは女神に騙されたショックと衝撃の事実のダブルパンチで、心が折れかけた。
とりあえず今は少しでも息を整える時間を確保する必要がある。震えた声で気になっていた事を尋ねた。
「それじゃ、他のメンバーはどこに居るんだ?この訓練場、全然人の気配しねーけど…」
「当たり前だ…他のメンバーは皆、次の段階に進んでいる」
淡々とそう語るカーラ。別にオレを激励している訳ではなく、純粋に事実を語っているのだろう。これはおそらく警告というか脅しだ。『さっさと使い物にならないと、廃棄するぞ』的な。
『組織』…と言うからには、他のメンバーが居ることは予想していたが、そいつらはこのクソみたいな拷問を乗り越えたっていうのか?
だとすればそいつらは、どんなブラック企業にいったとしても、立派な兵士になれるだろうな…。
「あははっ…キミもボコボコにされてるねー、あたしと同じじゃん」
そんな思考を巡らせていた時に、ふと、この訓練場に可憐な声が澄み渡る。
その声の方向へ視線を送ると、訓練場の扉の前で後ろ手を組み、屈託のない笑みを浮かべる一人の少女が居た。
一体いつの間に現れたんだ…?全く気配がしなかった為、オレは呆気に取られていた。まるで、そこに突然現れたかのような…。
「おい、勝手に他所の訓練場に入ってくるな、ナンバー2」
「へぇ…この子が最後のメンバー?あたしの今の訓練、勉強ばっかでつまらないからさ、私もこの子みたいに体動かしたいなー」
ナンバー2と言われた女の子は、カーラの睨みを意も介さず、楽し気に『うーん』と伸びをしている。皆カーラに対してはこんな感じなのか。まぁ…オレ達はまだ子供だから、多少の無礼が許されているのかもしれない。
「ねー、いいでしょ?あたしもたまには戦っておかないと…なまっちゃうからさ」
「お前は戦闘が本職ではないだろう…?いや…まぁ、だが…後々の事を考えると良いかもしれない。おい…ナンバー6、ナンバー2と模擬戦をしろ」
「はぁ…」
えぇ…何かこいつにだけ甘くねー?カーラも人の我儘聞くんだな…。
そんなオレの怪訝な顔を見て、カーラは機嫌が悪そうに呟いた。
「甘やかしている訳では無い…ナンバー2は既に次の段階に入っているからな。お前も、同期内での自分の位置を知る良い機会だ」
訓練初日で自分の立ち位置もクソも無いと思うのだが、どちらにしろオレに拒否権は無いらしい。
しかし模擬戦か…先程まで目の前の大女を相手にしてた所為で、目の前にいる自分よりも背丈が小さい華奢な女の子が、まるで可愛らしい子猫のように見える。
「あはっ、よろしくね…ナンバー6くん」




