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第一話 オレの夢は、スローライフ!

 おい…オレの知ってる転生と違うぞ!


 オレの知っている異世界転生とは、伯爵のせがれの金髪イケメンに生まれ変わったり、自分がやり込んだゲームの主人公へ転生し、最強のステータスを我が物にする。──そんな希望に満ち溢れた第二の人生。


 そしてそこから始まる薔薇色の生活。規格外の能力を駆使して、数多の見目麗しいヒロインと出会い、異世界を自由気ままに謳歌する。

 オレがアニメや漫画で見た異世界転生とは、そういう素晴らしいものだったに違いない。


 なのに、なんなんだ…この目の前に広がる──恐ろしい光景は。


「では、これより魔法手術を開始します」

「これが最後の個体か。どうせこいつも()()()だろうな…」

「まぁ、試すだけ試してみろ…駄目なら廃棄すればいい」


 今オレの眼前にあるのは、美人な母親の笑顔でも、可愛い妹の泣き顔でも、女騎士の安堵した顔でもない。ただ煌々と光る、手術台の無影灯。


 手足は厳重に縛られ、指一本動かすことが出来ない。そんな中、気が遠くなるような激痛が右胸に奔った。今までの人生(前世)では、味わったことのない種類の鋭痛だ…表現するなら、タンスの角に小指をぶつけた痛みの5倍くらい。


 今すぐ逃げ出したい…暖かい飯を食って、暖かい布団で何も考えずに寝たい。…しかし今のオレはただ黙って、迫りくる恐怖と終わりの見えない絶望に耐えるしかなかった。


「な、何だこれは…信じられない。私の魔眼で属性を鑑定した結果、この子供《個体》の魔力には色がありません。綺麗な無色透明です。」

「何だと…?そのような属性は聞いたことがない!非魔導士の孤児を集めたというのに、私達の検査をすり抜けたのか?」

「いや…ま、まさか…この属性は、かの時代の──」


 オレに施術をする医者達が何やらざわめきだしたところで、オレの気力はついに限界を迎えた。極度の緊張と断続的な激痛に耐えかねて、わずかなうめき声と共に意識をゆっくりと手放す。


「おい!今すぐ手術を中止しろ、こいつの魔法属性を調べ直す。も…しも使…えそうな…ら…」


 声が遠くなり、ゆっくりと暗闇に沈んでいく感覚…そうだ、オレが転生した時もこんな感じだったっけ。

 あの()()()()、絶対騙しやがったなボケ。覚えとけよアンチクショウ…。



 ▼▼▼



「月野一也…貴方は死んでしまいました」

「へっ…?」


 オレが転生する少し前の話。

 突然言い渡された宣告に、オレは素っ頓狂な声を上げ、呆然と立ち尽くした。

 目の前に広がる光景は、何も無い雲の上の様な空間と、オレを憐れむように見つめる金髪の美女。確かにこの場所は、天国と言われても不思議じゃないが…。


「は、死んだ…?オレが…?あ…いや、確か仕事帰りにトラックに轢かれたんだっけ…?あれ、マジでクソ痛かったなぁ…」


 この見慣れない空間の所為でまだ頭が混乱しているが、段々思考がクリアになってきた。オレはつい先ほどまで自分が置かれていた場面を思い出し、状況を整理する。


「成程…つまり、オレは不運にも死んでしまったが、あんたという女神がこれから神の力で異世界転生してくれるって訳だな?」

「ええっ…何で状況を完璧に理解できてるんですか!?それに冷静すぎません…?」

「はっはっは、ブラック企業に勤めていた人間を舐めるなよ?異世界転生のアニメや漫画は寝落ちしながら結構見てたからな。

 自分が死んだ後に不思議な空間で女神と二人きり…こんな状況、それ以外考えられねーだろ」

「は…はぁ、そのブラック企業というのは何か分かりませんが、普通人間って死んだらもっと悲しむ所ですけど…」


 オレは薄ら笑いを浮かべた。つまりこれは…オレが寝る前にベッドの中で妄想していた展開…!となると、次に来るお約束の台詞は…!


「説明が省けたようなので、さっそく本題に移りますね。貴方が能力を貰えるとしたら…一体どんな能力が欲しいです?」


 来た、激熱展開。赤保留、ピンゾロ、役満立直。


「そーだな…魔力無限と即死スキルと全属性と経験値獲得倍率上昇、状態異常無効…それと収納魔法もくれ。」

「ちょ…!随分強欲ですね!」


 当たり前だ、こういうのは言ったもん勝ちなんだよ。


「そんなにスキルを持って、一体何する気です?まさか世界征服…とか言いませんよね?」

「ははっ、それも悪くねーな。例えオレが異世界を手中に収めたとして…あんたに関係あんのか?」

「はぁ…大ありです。私は天秤の管理者、この世界の秩序を保つという使命がありますから」


 なんだそれ。よく分からんけどこいつにも事情がありそうだな…。その証拠に、ぱっちりとした目を細め、何やら剣呑な雰囲気を漂わせている。


「いや、冗談だよ…オレが次の人生でやりたい事は、スローライフだ」 

「えーっと、スローライフ…って確か時間を気にせず、ゆるりとした暮らしを楽しむこと…でしたっけ?それは別にあなたが元居た世界でも出来たと思うのですが…どうして異世界で?」


 確かに、現実世界でもスローライフという言葉は存在する。だが、現代の人間は、仕事、家庭、健康、時間、金──様々なものに縛られているんだ。

 これらのしがらみから完全に解放され、自由なライフスタイルを送れている人間など、極僅かだろう。それこそ一部の大富豪か、貯えのある健康なご老人くらいのものだ。

 そしてこのオレなんかは、その呪縛を受けている最たる例だった。会社という名の監獄に捕らわれ、自由なんて物は雀の涙程しかない…最もスローライフと対極にある存在だと自負している。


「では、女神様に教えてやろう…何故オレがスローライフに恋焦がれ、羨望するのか…」


 ──オレの名前は月野一也。しがないブラック会社員で、家と会社をただ往復する日々を送っていた。

 僅かに与えられた自由な時間も、耳に残っている上司の怒号を安酒でかき消し、コンビニ弁当をかき込んで…風呂も入らず寝落ちするような、灰色の生活。


 オレだってこんな人生を送りたかった訳じゃない…。ゆとりがあれば、もっと充実した生活を送りたかった。

 日が落ちる前に帰宅して、ゆっくりとビールを飲みながら溜めたアニメを消化し、週末は可愛い彼女とデート…夏には花火にバーベキュー、雪が降れば温泉に行くのもいいな。


 そんな淡い夢を抱きながら、真っ暗な会社で山積みの書類をかき分け、エナジードリンクを片手に表計算ソフトとにらめっこしていた。


 元々はそこまで忙しい部署では無いと聞いていたのだが、オレが入社すると共に異動してきた部長が、息をするように理不尽を振りまく狂人だった為、古参から主力まで多くの社員が辞めてしまった。そこでオレ(残った者)にしわ寄せが来たという訳だ。


 根性がある事だけが取り柄だったオレは、その部長に()()()()()()()()()。そんな環境で右も左も分からず奔走した一年目は、地獄以外の言葉で形容する事ができない。


 しかし人間とは恐ろしい生き物で、そんな生活も一年続ければ慣れてしまう。終電より一本前の電車で帰れたら少しだけテンションが上がったし、時効で消滅していく有給に何の感情も抱かなくなった。

 そんな生活を7、8年ほど続けたっけ…。気が付くとオレは20代半ばにして管理職へ昇進していた。だが、悲しい事にそれはオレの実力ではない。ただ周りに誰も居なかっただけだ。


 そんな日々を送っていたある雨の日…オレはいつも通り終電で帰り、過労の所為で意識朦朧と歩いていたところ、赤信号の横断歩道を渡ってしまい…トラックに轢かれた。


 これでオレの人生は終わり。


 何ともあっけない死に方。特にやり残した事も、後悔もない…といえば噓になるが、別に死んだところで『はい、そうですか』としか思えなかった自分に、やるせない気持ちを抱いた。


 高卒で入社し、ずっと人手不足という都合の良い言葉を盾にされ、ひたすら会社の為に馬車馬の如く働いた結果がこれか…時間も健康も心も全て捧げたっていうのに…。


 あれ…?思い返すとなんか段々ムカついてきたな…。オレの人生…本当にこれで終わりかよ…?


 だから──オレは地面が赤い血に染まる中、微かに一つだけ願ったんだ。


 もしも…もしもオレが次に生まれ変わったら、今度は悠々自適なスローライフを送ってやる…。何にも縛られず、自由気ままに生きて…最後は孫と遊びながら死ぬ!あんな不自由な生活は、もう二度と御免だ──


「それで目が覚めると、この天国…っぽいところにいたって訳だ」

「あー…別に貴方の生い立ちは興味無い──いえ、とても苦労されてたんですね…。私が代わりに、頭を撫でてあげます。貴方はすごく頑張りました…よしよし」


 おい…急にやっつけになったな、明らかに興味ねーだろこいつ。確かに面白みがないとはいえ、人の一生だぞ。


 まぁ、とにかく死んだ事自体はショックだが、どういう形であれオレはあの監獄から逃れられたようだ。もう不在着信も溜まったメールも気にしなくていい。

 デスクに遺した膨大な量の仕事に対しては負い目を感じるが、当のオレが死んでしまったのだから許してくれ。本当にこれから第二の人生の幕が上がるのなら、それらのしがらみを全て一度忘れて、好き放題楽しませて貰おう。


「まー、という訳で…さっき欲張ってめっちゃスキル要求しちまったけど、身を護れるような強いスキルが一つあれば大丈夫だ。

 スローライフが効率よく出来そうな作物を育成するスキルとか追加で貰えれば御の字だな。頼むよ女神様」


 オレのドア・イン・ザ・フェイスが通じたのか、女神は絹のように美しい金髪を翻し、くすりと笑った。その笑みは、まるで救済の微笑み。直視できないほど眩く光るその御神体は、まさに人の上に立つ崇高な存在──そう、思ったのだが、


「あの…言い忘れましたけど、私…女神じゃありません。人間よりちょっとだけ偉い存在…?みたいな感じです」

「え、そうなの…?そーいやあんた、羽もねーし…礼服?みたいなの着てんな…。それに何か汚れてね…?裾とか破れてるし…」

「ああ…これは、下界の少し生意気な子に、ちょっかい出されましてね…今は気にしなくていいですよ」


 そう言いながら、紺色の礼服についた砂をぱんぱんと払う女神(?)

 話の内容が掴めないが、どうやら彼女は女神では無いらしい…確かに冷静に見てみると、神々しいというより清廉な感じがする。女神というより、女神の使徒といったところか?どちらにしろ、とんでもない美少女である事に代わりは無いが。


 後光に見えた先ほどの光も、よく見ればこの空間全体が淡く光っているだけだ。

 いや…というより、オレの体が光ってるのか…?


「え、あれ…?オレ、段々透明になってる…?何か消えちゃいそうなんだけど…?」

「そろそろ時間の様ですね。貴方の()()は滞りなく終わりましたので、そろそろ転生されますよ。うーん、場所は…どこがいいかなぁ…」


 次第にオレの視界がホワイトアウトし、身体がふわふわと浮いているような浮遊感に包まれる。


「え、チートスキルは…?スローライフは…?」

「あー…もちろん用意しますします。大サービスでたくさんあげちゃいますね。即死も収納?も何でもやり放題です。

 ついでに作物を無限に作り出す魔法も付けておきますから、すぐに快適なスローライフを送れると思いますよ。転生場所は、風が吹き抜ける広大なトウモロコシ畑でいいですか?」

「おいおい、至れり尽くせりじゃねーか!ひゃっほーい!」


 やったぜ。これで薔薇色の生活は確定だ。それだけスキルがあれば、大抵の危険からは身を守れるはずだ。

 恥ずかしい話だが、オレは最寄り駅まで全力ダッシュしただけで過呼吸を起こす程、運動不足が極まっている。

 何の力も与えられず転生したところで、すぐに犬死にするのがオチだ。きっとファンタジーでは下級の魔物とされているゴブリンすらも倒せないだろう。


「くすっ、優秀な私に感謝してください。では改めて確認しますが、月野一也、この世界への転生を望みますか?」

「あぁ、勿論だ!今すぐ転生させてくれ!色々ありがとうな、女神の使徒さん!」

 

 期待と希望に胸を膨らませる中、視界の輝きはさらに面積を増し、まるで光の海にゆっくりと沈んでいくような感覚になる。

 やがて意識が遠のき、オレの視界はついに完全な白に染まった。


「さぁ、素敵な物語の始まりです。貴方は思うように新たな人生を歩んでください。そうすることでまた、均衡が保たれる。ふふ、頼みましたよ…月野一也。この大いなる天秤の重しとして──」


 意識の糸が途切れる刹那、彼女は小さく笑った──いや、わらった気がした。

 もしかするとオレの思い違いかもしれない。だって、鈴のように透き通ったその嗤い声は、背筋が凍るほど嗜虐的だったから。


 それにしても何だろうな、天秤天秤って…オレは水瓶座なんだけど…。



 ▼▼▼



「う…ぅ…」


──オレが再び目を覚まし、ぼやけた視界に入ってきたのは…白い壁に囲まれた、殺風景な部屋。

 しかしその四方の壁には無数の傷があり、既にボロボロだった。薙いだような跡、刺突したような跡、なにかが激突したような跡。大小織り交じるそれらは、この無機質な部屋から、物騒な雰囲気を演出していた。


 さっきまで、懐かしい夢を見ていた気がする…きっと、前世の記憶だ。


 オレがすぐにそれを自覚する理由は、今のこの幼い身体にある。小さな手と、この声の高さ…そして低い目線からして、オレはまだ小学校低学年くらいの年齢だろうか?

 鏡がない為、どんな容姿をしているのか分からないが…ほんの少しだけ視界に入る前髪を見るに、自分が黒髪という事だけは分かった。


 とにかく今は情報が少ない。あの女神の使徒によって新しい身体に転生したという事だけは理解出来たが、ここは明らかにトウモロコシ畑ではないのは確かだ。

 この世界が一体どんな世界なのか…そもそも人間がいる世界なんだろうな?凄まじい荒廃世界とかじゃ洒落になんねーぞ。


 とりあえず辺りを探ろうと、肌寒さに身震いしながら体を起こす。すると目の前には…腕組みしながらオレを見下ろす、一人の女が立っていた。


「いつまで寝ている…ナンバー6。さっさと訓練を始めるぞ」


 凛としているが、抑揚のない声。オレを見下ろす視線に温度は無く、まるで道端の小石を見ているようだ。


 とりあえず、人間のいる世界である事は間違いないらしい…それに言葉がしっかりと理解出来たのでひとまず安心したが、その第一異世界人のつらはオレの知っているどんな人間よりも怖い。

 尻込みしながらもその女を見つめ、しゃがれた声で尋ねた。


「えっと、ここは…どこ…ですか…?」

「ここは陛下直属の特務組織…その訓練場だ」

「特務組織…?訓練場…?」


 嫌な予感が背筋を奔る。だってさっきまで見るからにおかしな手術を受けていたし、廃棄だの何だのキナ臭い言葉が飛び交っていた。そして今、明らかにカタギじゃない風貌をした大女に鋭い眼光で睨まれている。


 あれ…?これもしかしてオレ、ヤバい所に転生させられた…?


「『箱庭』へようこそ…ナンバー6。お前には運よく魔法手術に成功し、フェーズⅠへ入った。

 これから特務組織の正式メンバーとなる為、訓練を受けて貰う。言っておくが、兵器として使い物にならなくなった時点で廃棄。豚の餌になりたくなかったら、今すぐ立って構えをとれ」


 オレの夢が、音を立てて崩れ落ちていくような音がした。

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