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夏の魔法使い



 八月。

私はぼんやりと目を覚ました。

どうでもいいような朝。

学校は夏休みで、別に行く必要も無い。

そして、私には、なにもすることが無い。

 母親も父親も、数日間旅行に出かけていて、しばらくは留守。

ひとりっきりの部屋。

適当に料理を作る。

一人で食べる料理。

別においしくもなく、まずくもない。

ただ、ふと皿から顔をあげると、さびしかった。

 皿を洗って、片付けて、しかたがないので、宿題を少しする。

何もすることがないから、しなければならないことをする。

だけれど、全然はかどらない。

だって、別にしなくてもまだ大丈夫だし、それよりなにより、したくないから。

なんだか、何もしたくなかった。

 空を見た。

それはそれは、今日はきれいな青空で、魔法使いにだって会えそうな気がした。

それなのに、私がこんな風に、部屋に閉じこもって、一人で腐っているのは、ひどく変な気がした。

それは、ひどい矛盾だと、私には思えた。



 目を開けると、時計の針が何周かしたのがわかった。

そして、外は暗かった。

夜じゃない。そんなに長く寝ていない。

曇り空で、雨が降っている。それだけだ。

信じられなかった。

あんなに晴れていて、青かった空が、今はこんなに暗いなんて。

 カーテンを閉めた。

それくらい、暗かった。

電気をまだつけていないから、部屋はさらに暗くなった。

なんだか、私は笑い出したくなってしまった。


 こんなくらいところになんて、いたくないんだ。


 だから、私は逃げ出すことにした。

どうせ、帰ってくることなんてわかっている。

わかりきっている。それでも、とりあえずこの場所から離れたかった。

ここは暗い。

今は、学校にも、家にもいたくない。

夏休みだから学校にはいけないし、家にいるしかないのだけれど。

 財布を持って、鍵をかけて、戸を開ける。

廊下の上には蛍光灯が等間隔に並んでいて、すでに光を放っていた。

ゆっくりと歩く。

階段を降りて、エントランスまで。

 暗い。

外は、やっぱり暗くって、本当に救いの無いくらい。

そしてまだ、雨は降っている。

そして気がついた。

私は間抜けだ。かさを忘れた。

 ちょっとだけ、エントランスのガラスドアを開け、雨の空気を吸って、暗い空に目をやった。

ああ、もう、本当に、駄目だな。

そう思ったときだった。私は、街灯の光の中に立っているものを見つけた。

魔物だった。

魔物、という呼び名は、後で聞いたのだけれど。

この現代社会において魔物なんていようはずもないのだけれど、それでもそいつは魔物だった。

 それは私を見つけると、実に無駄の無い、人間らしからぬ、かといって獣じみてもいない、実に魔的な動きで私に近づいてきた。

そして、鉤爪を振り上げて、私めがけて振り下ろした。

 まあ、これは後で落ち着いてから思い返しただけで、そのときの私は、何も考えちゃいなかった。

と、いうより、魔物と出会って、私の思考は止まっていた。

 そして、振り下ろされた鉤爪は、的確に私の脳天を狙っていて、絶対に私は死ぬはずだった。

だけれど、その振り下ろされた腕は、さっき見た青空みたいな青色の炎に包まれて、停止した。

それを見て、不謹慎かもしれないが、きれいだと思った。

ほうけたように、ぼんやりと眺めていたら、魔物はその青空みたいな青色の炎で燃え尽きた。

焦げ後は、残っていなかった。

最初から存在しなかったように、きれいさっぱり、消えてなくなった。

そのあとには、ふんわりと、五月の風みたいな爽やかな香りがした。

それは、この八月において、少し、変だった。

「大丈夫だったかい?」

 後ろから、声がした。

腕を、すっ、とこちらに向けていたそのお兄さんは、腕を下ろしてそう言った。

薄く青色が掛かった眼鏡をして、黒っぽいコートのような、でもちょっと違った感じの服を着ている。

雨が降っているので、彼は濡れていた。

「あ……はい。ありがとうございます」

 とりあえず、お礼を言っておいた。

そんなこと、言ってる場合じゃないのかもしれないけど。

「ああ、うん、別にいいよ。それより、魔物には何もされなかったかな?」

 そのときの台詞で、私はさっきのが魔物だった、と知ったのだ。

「え……と、とりあえず」

 よかった、よかった、とお兄さんは笑った。

「あ、自己紹介がまだだったね。僕は、魔術師。魔物に追われている」

 魔物に追われている、と真顔で言うところに、彼の常人でないところがうかがえた。

次の瞬間、彼は、人間らしからぬ、かといって獣じみてもいない、実に魔術師然とした動きで、私の近くにやってきた。

「え?」

 魔術師さんは、くるり、と反転して、私が見ていた方向、つまりさきほどまでの魔術師さんの居た場所を向いた。

魔物がいた。鉤爪を振り下ろしたところだった。

なおも雨は降り続いて、ノイズが掛かる視界の中、やっぱりその魔物は燃えた。

青空みたいな、素敵な青色をまとって。

「あー、まずいね、逃げなくちゃ」

 逃げなくちゃ。そう、私も逃げなくちゃ。

だけれど、どこへ?

「君も、逃げたほうがいいね」

「え?」

 突然の、彼の台詞に、私は驚いた。

「多分、魔物は獲物を逃がさない。一人でいたら、殺される」

 獲物?いつから、私が?

「んーーー。おかしいね、僕しか狙わないはずなのに……ってことは君も魔術師なのかな?」

 私が魔術師かもしれない。彼と同じ種族かもしれない。

それは、すごく、わくわくすることだった。

実に馬鹿みたいな話だったが、それでも、わくわくした。

「あー、どっちにしろ、まだ覚醒してないみたいだし……本拠地も叩くし……よし!」

 なにが、よし!なんだ?

「一緒に行こう!」

 どこへですか。

「さあ、時間が無い。今日は曇りだ……これは痛い。明日、本拠地に乗り込もう」

 うんうん。とうなずく。

「君は今日は、一人かな?っていうか、家にいなくても大丈夫なのかな?大丈夫じゃないなら、護符の一つでも貸してあげよう。魔物程度なら弾ける。まあ、僕も君と一緒にいなくちゃいけないだろうな……君が自分自身で自分を守れるまで」

 彼は相変わらず、わけのわからない、でも心のどこかでは、なんとなく把握している意味のことを話していた。

だけれど、私は、その話が素敵に聞こえていた。不快ではなかった。

「まあ、どっちにしろ、君が僕と一緒に行く必要はないわけだ。僕は本拠地に乗り込んで、彼らを倒すんだから」

 彼が行ってしまう。

そして、それは嫌だった。

あんな青空みたいな素敵な青い炎を出す彼は、私を救ってくれそうだったから。

「ただ、とりあえず、これは渡しておくべきだろうな。護符だよ」

 はい、と首にかけていたものを私に渡した。  

紐に、プレートが掛かっていた。これが、護符か。

「うむ、それで、さっきの質問に戻るんだけど、君は僕と一緒に、行けるんだろうか?明日、遅くても明後日には帰ってくると思うんだけど」

「連れて行って」

 連れて行って。

その言葉は、すごくあっさりと、私の口から出た。

「了解」

 明らかに、私たちは同じ種族だった。

どこか、なんとなくではあるけれど、わかりあえるような気がした。

「じゃ、行こうか」

 そう言って、彼はエントランスに入っていく。

…………………………………………つまり?

「あれ?どうしたの?」

 にこやかに微笑んで、魔術師は言った。

「えっと……なんで、そっちに?」

「うん?」

 私がそう言うと、彼は心底不思議そうな顔をした。

「だって……僕の家だもん」

 ――――――マジですか。

「さ、行こうか」

「…………はい」

 まさか。

こんなところに―――こんな近くに、救いがあるなんて――――。

灯台下暗し。チルチルとミチルの青い鳥。

そんな言葉が私の頭の中を駆け巡った。

 ぐいーん…………とエレベーターが上がっていく。

ちーん………と音がして、ドアが開いた。なんだ。私の家のすぐ上の階じゃないか。

「私の、すぐ上の階なんですね」

「え?そうなの?………うーん……そんな近くに、覚醒前とは言え、同じ魔術師がいたのか……なんていうのか……灯台下暗し?チルチルとミチルの青い鳥?って感じ?」

「私と同じ感想です」

「そうか……っていうか、敬語はいらないよ。普通の言葉でかまわない」

「ああ……そうか。同じ、魔術師だもんね」

「そう。魔術師だからさ」

 まあ、私の個人的な見解からすると、人間、誰でも対等だ。

「さ、入ろうか」

 がちゃり、とドアを開けて、中に入る。

「ここはとりあえず結界の中だ。魔物は来ない。ああ、そうだ。大事なことを言い忘れていた」

 リビングまで来て、彼は後ろ、つまり私の方を振り向いた。

「お互いの名前、教えあってなかったね。僕は―――」

 彼は、名乗った。

だから、私も、名乗った。

「へぇ。加奈って言うのか。いい名前だね」

「お兄ちゃんこそ」

 お兄ちゃん。

私が彼を呼ぶときの名前にした、代名詞。

「明日は、早い予定だ。寝ようよ」

「うん」

 だから、私たちは、少し早かったが、眠ることにした。


 

 翌日。

私はすっきりと目を覚ました。

昨日までとは違った朝。

学校は夏休みで、別に行く必要も無い。

そして、私には、することがある。

 朝、午前三時。

カーテンを開けて、街を見る。

朝のすがすがしい空気の中で、それはいつもどおり、無機質に立っていた。

だけれど、それは、昨日までとは違って、私にとって、嫌なものの象徴では無かった。

むしろ、いわば、ジャンプ台。

 そうやって、しばらく、違う朝を楽しんでいると、

「おはよう、加奈」

 お兄ちゃんが声を掛けてきた。

「あ、おはよう」

 にっこりと、笑い返した。

「よいしょっ……と」

 布団から起き上がるお兄ちゃん。

つかつかとキッチンまで歩いていって、

「今、ご飯作るから、待っててよ」

「あ、私も作るの手伝う」

 ふふっ、とお兄ちゃんは笑って、

「ありがと、加奈」

 と、最高の笑顔で言ってくれた。

この朝のきれいな空気にぴったりの笑顔だった。


 朝ごはんを食べ終えて、歯磨きもしたし、トイレにも行った。

そして、しばらく休んで、体調を整える。

「じゃ、行こうか」

「うん」

 交わす言葉はそれだけ。

それだけで、十分だった。

さあ、装備を整えて、魔物を倒しに行こう。


 地下駐車場に行くと、青空みたいに素敵な青色のスポーツカーが私たちを待っていた。

助手席に乗り込んで、シートベルトをしっかりと締めた。

お兄ちゃんもしっかりとシートベルトを締める。

 エンジンが目覚めて、車輪は回転を開始した。

ふんわりと、地に足がついていながら飛んでいるように、青空みたいに素敵な青色のスポーツカーは、走り出した。

 住宅街を出て、どんどん走る。

走れば走るほど、どんどん車が少なくなっていく。

まあ、こんな時間だから、当然なのかもしれないけれど。

 そのとき、私は何かを感じた。

心のどこかでは、しっかり、その何かがわかっていたのだけれど。

「そういえば、スピッツの歌で、『夏の魔物』っていうのがあったね」

 私が言うと、

「僕は、『スパイダー』の方が好きだね」

「あ、アレいいよね」

 ――――――で。

私たちの目の前に、魔物が現れた。

で、次の瞬間に発火して、消えた。

 つい一秒ほど前まで魔物がいた地点を通過する私たち。

軽いドリフトをかまして、お兄ちゃんはカーヴを曲がった。

「さあ、用意はいいかな、加奈」

 くるくるくるくる、と腕を魔法みたいに(魔術師だが)回してお兄ちゃんは言う。

「魔物も出てきたことだし、そろそろ本気で戦闘状態に移行だ」

 すうっ、と息を吸って、深呼吸。

今朝、お兄ちゃんに言われたことを思い出す。

―――――魔術というのは、その人だけのものだから、あなたがあなたを見つめて、目覚めれば、使えるものだよ。

 さて。

私が私を見つめて、目覚める。

―――――さあ、つまり、私は一体何者か、ってことか。

ぼんやりと。したいこと、したくないこと、を考えた。

そして、魔物のことも考えた。

どういう魔術で、私は私の魔物に対抗するのか。

「あ。そういうことか」

 悟った。

私の、魔物への対抗法はこれでいい。

お兄ちゃんが、青空みたいに素敵な青色の、五月の爽やかな薫る風のような香りを含んだ、そんな炎で対抗するなら。

私はあっさり、ひらけばよかった。

 ゆらり、と魔物が立ち上る。

だから、私はつぶやいた。

「ひらけ―――!」

 ばさ、と、砂のお城が突風で崩れるように、魔物は消えた。

「加奈。やったじゃないか」

「えへへ」

 照れ笑いをしながら、私たちはさらに進んだ。



 私が魔術を使ってから、もう魔物は出ていない。

今、私は、お兄ちゃんと世間話をしているけれど、戦闘状態の私たちは、すぐにでも迎え撃てる。

 お兄ちゃんとのまったくなんでもないような平和な会話は、楽しかった。

日ごろ考えていること、学校のこと、政治経済、自然科学、好きなこと、嫌いなこと、したいこと、したくないこと―――

 海が見えてきた。

私の住んでいるところは、海に近いのだ。

ぐーーーん、と大きく曲がったカーヴを、ゆったりと曲がる。

海が、朝日に照らされて、それはそれはきれいだった。

空気はきれいで、ちょうどいいくらいの温度。

景色もいい。

だから、今の私は最高だった。

「―――ほら、見えた」

 私たちの目の前には、高い建物が見えた。

高いビルディング。それは、まるで、塔のよう。

「あそこが、魔物の本拠地だ。もうすぐだよ―――」

 さあ、いよいよだ。



 ぐいーん、と自動ドアを開けて私たちは入る。

お兄ちゃんは、空色の眼鏡に、黒いローブと、昨日と同じ出で立ち。

私は、今朝、私の家によってきて、服を変えて、お兄ちゃんから同じ黒いローブをもらった。

そう、昨日、お兄ちゃんが着ていたコートみたいなものはローブと言うのだそうだ。

言われてみて気づいたが、裁判官の人が着ていたり、スターウォーズのジェダイが着ているような、あんな感じの服だ。

お兄ちゃんは、ローブを着ると、魔術師っぽくて好きなんだそうだ。

お兄ちゃんの師匠は、逆に古臭いと嫌がっていたようだが。

今のでわかったとおり、お兄ちゃんには師匠がいるのだ。お兄ちゃんを覚醒させてくれた師匠が。

と、いうより、誰かを魔術師として覚醒させた魔術師は、覚醒させられた魔術師にとっては、『師匠』という位置づけになるらしい。

つまり、私の師匠はお兄ちゃんということだ。

 歩いていくと、円形の場所まで来た。

三階まで吹き抜けで、いろいろな通路がそこから出ている。

だから、私たちはどこに行けばいいのか、考えた。

考えて、わかった。

魔術師たるもの、敵である魔物に至る道くらい、考えねばなるまい。

 ここに来て、いくつかの魔物に会ったが、それらは私たちには敵わなかった。

燃やし、開いて、倒してゆく。

でも、これは全然、本質的な解決法ではなかった。

「さて……と」

 エレベーターの前で止まる。

ボタンを押して、しばらく待ち、乗る。

あの独特の浮遊感を伴って、私たちを乗せて、箱は上がってゆく。

「緊張してる?」

 お兄ちゃんが聞いた。

「うん、結構」

「僕もだよ」

 そうは言ったけど、あまりそうは見えなかった。

ふと、手に温かいものを感じた。

「緊張して、手が震えてきて、なんだか寒いんだ。にぎっていても、いいかな?」

「うん」

 もちろん、よかった。

確かにお兄ちゃんの手は少し震えているようだったけれど、だんだんとおさまっていった。

お兄ちゃんの温かみが、伝わってくるような気がした。

「加奈の手、あったかいね」

「お兄ちゃんこそ」

 その後は、とてもいい感じのあたたかい沈黙が、上昇してゆく箱の中を満たした。

ぐん、と扉が開く。

何もいない。ただ、気配を感じる。

ひどく、濃密に。どこかは、わからないけれど。

あまりに濃密すぎて、どこにいるのか、特定できない。

「気をつけて」

「うん」

 何をどう気をつけていいのか、よくわからないけれど、それでも気をつける。

上。そこに、最終目標がいることはわかっていて、そこにいく道だって、私たちは知っていた。

だから、そのまま通路を通って、上にいけばよかったのだが、だがしかし。

「うわ……」

 お兄ちゃんがつぶやいた。

目の前の通路から、ぞろぞろと、魔物たちが出てきた。

「加奈、ここから、向こうの通路へと出よう。確か、階段がすぐそこにある」

 お兄ちゃんは、横の扉を指差した。そう、確かそこは大広間だ。披露宴とかをするための。

そうだ、私とお兄ちゃんが見た案内板。そこでは確か、大広間の近くに階段があることになっていた。

だから、扉をあけて、大広間に入った。

扉を閉めて、駆け抜ける。

 が。

ちょうど、真ん中あたりにいったとき。

「うわ………」

 わさわさと、四方八方から、魔物が出てきた。

―――――かこまれた。

 ひたすらに、燃やしていく。

青空みたいな素敵な青が、大広間を埋めてゆく。

だが、さすがは相手の総本山。

消しても消しても、全然足りない。

いや、私が開いても、お兄ちゃんが燃やしても、一体ずつにしかあてられないのだから、当然か。

みるみるうちに距離がつまる。

「閉じろ!」

 思わず唱えると同時に、私の結界によって魔物の進行がとまる。

が、それだけだ。閉じているのでは、現状維持が最高。

時間が立てば、現状より悪くなるだろう。

閉じながら、開くなんてこと、私にはできない。

そんな矛盾は、不可能の領域だ。

 けれど、私はなんとなく、次にどうすればいいか、わかっていた。

「回れ―――――!」

 開いて、閉じて、回って、救え。

私の周りで、私の魔力が回り始める。

回り始めたその魔力は、私の結界を越えて、魔物を一掃しはじめた。

じき、片付いた。

「………なんかなぁ。僕の出番、ないみたいだね」

「ううん。いるだけで、いいの」

 私たちは、扉を開けて、大広間から退場した。


 かつん。かつん。かつん。

階段を上がる。目指すは屋上、最上階。

もはや止まることなく、さあ、至れ。


 屋上。扉を開けた、その先には、でっかい魔物がいた。

そいつは、今まで戦っていたやつの、三倍くらいはあった。

「大きいね、加奈」

「ラスボスって感じだね、お兄ちゃん」

 そして、そいつは今まで戦ってきた魔物と決定的に違うところがあった。

『ようこそ、魔術師諸君』

 そいつは、しゃべれた。

「加奈、こいつはすごいな」

「戦慄するよね」

 魔物は、笑った。

『開こうが、閉じようが、回そうが、燃やそうが―――救えぬのだよ』

 そんなことは、わかっていた。

お兄ちゃんも、私も、わかっていた。

だけれど、やっぱりわからなかった。

世の中は、難しくって、複雑で、よくわからないから。

だから、ちょっと魔法の一つでも使ってみようと思った。

「僕がどうなるかというのは、僕が決める話だ。魔物の君じゃない」

「私がどうするかというのは、私が決める話だ。魔物の貴方でない」

『我がどうゆくかというのは、我が決める話だ。魔術師達ではない』

 お互いに、呪文を唱えあう。

とりあえず、さらに進む。

「開け!」

 それでも、魔物は、開かない。

「燃えろ!」

 それでも、魔物は、燃えない。

「回れ!」

 それでも、魔物は、回らない。

「―――――――」

 だけれど、それがどうしたというのか。

私たちは魔術師だ。呪文がとなえられるのだ。

 願いをかけてやる。

 望みをかけてやる。

 言葉をかけてやる。

 呪文をかけてやる。

 魔法をかけてやる。

 魔術をかけてやる。

『呪いをかけてやる』

 魔物は言った。

上等だった。私たちは、魔術師だ。

『その呪い―――受けて立つ!』

 私とお兄ちゃんはそう言った。

だから、私たちは飛んだ。そして、走った。

空を、走った。

『―――――――』

 無音同時詠唱。

理論を土台に、魔術を外へ。

世界が、ぜた。



 とりあえず、帰還した。

「ただいま、かつ、おかえり」

 お兄ちゃんが言ったので、

「おかえり、かつ、ただいま」

 今は夏だった。

そして、私は魔法使いだ。

さらに、お兄ちゃんがいる。

まだ、なんとか、大丈夫みたいだ。

まだ、いける。

 でも、やっぱり不安だったので、私はお兄ちゃんの手を握った。

温かかった。そして、満足できた。泣きたいような、笑いたいような、叫びたいような気持ちだった。

「――――――――」

 だから、私は、無音詠唱をしてみた。

言葉は無いから、呪文でないとしても、魔術のたぐいであることに間違いは無かった。

無音の呪文の魔法の詠唱が、夏の空に響いていた。

「――――」

 お兄ちゃんが何か言って。

「――――」

 私も、何か言った。

『―――――――――』

 そして――――――――




 あとがき


 こんにちは、らむねです。

意味わかんねぇよ、この作品。と思われる方も少なからずいらっしゃるんじゃないかなー、と思います。

でも、書いてて楽しかったです。自分だけの言葉で、書きたいことを書くっていうのは爽快ですね。

っていうか、自分の言葉で自分だけの世界を作ってしまった気分です。

ぼく以外入れないんじゃないのか、この世界には。といった不安もあります。

まあ、でも、雰囲気を感じて、「あ、なんかこの雰囲気好き」と思ってもらえたら、幸いです。

 実はこの作品、「一週間で短編を書こう」と思って書いた作品なんですが………。

あと一歩、ってところで、PCが使えなくなりましてね。一週間では無理でしたね。

ただ、実際にこの作品にキーを打っていた日数の合計は一週間以内です。

ちょっと反省点としては、最後ですね。シメの部分。「とりあえず、帰還した」以下。

終わりたいように終わっていません。

っていうかどういう風に終わりたいのか、わかりませんでした。

だから、ちょっと、そこが残念です。

 それでは、ごきげんよう。


『魔術師だから、大丈夫』



  2005年3月9日水曜日


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