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身体的接触は救済になりうる


要約すると、こういうことが言いたかったんじゃないか。

(これは冗談ではなく、僕は本気で言っている)





「は―――ぁ」

 ぼくは、大きく息を吐いた。

利き手である左手に熱を感じる。

「ねえ、これが効くの?」

 信じられないな、といった風情で女の子が聞く。

「ああ、最高だ。ぼくはハイになってるぜ。一級品のトランキライザーだ」

「トランキライザーってなに?」

「精神安定剤のこと」

「うけるなあ、君は。わざわざ横文字にするあたりが」

「そうかな?」

 とかいいつつ、ぼくはけっこう嬉しかった。うけるなあ、ってほめられた気がしたから。

自分のやったことで、誰かが心から笑ってくれたら、それはかなり嬉しい話だった。

 相手が痛くない程度に、ぎゅうっと左手をしぼる。

女の子も、少しだけ力をこめかえしてくれた。その無言の、対話じみた行為が、とても幸せだった。

「あったかいよね、人肌って」

 ぼくが聞くと、

「うん? そうだね」

 女の子が返してくれた。

別にそれだけの話で、とくになんの意味もない話で、だけど、それでもぼくはよかった。

余計なものがそぎおとされて、必要なものだけ残った感じ。きらきらとした一点集中。だから、話がとぎれても、ぼくは全然気まずくなんかならない。必要なものは残っているのだから、大丈夫だ。

そう、世の中の大抵のことに価値を見出せないぼくが、価値を見出せる数少ないもののうちの一つ。

「でも、君って、こんな風に手をにぎるだけで、乱れた精神とか、つらい気持ちとか、おさまるの?」

「うん」

 ぼくはよどみなく答える。そういうもんなんだ、ぼくは。

「ふーん……やっぱり君は面白いなあ。珍しいんじゃない?」

「わかんない。他の人とそういう話をしたことがないから」

「そっか」

 ふにゅふにゅと相手の手をにぎる。

彼女の手はあたたかかった。そしてやわらかかった。小さな手だった。

相手の爪にふれてみる。彼女の爪だ。心の中が満たされていくのを感じる。

なんか楽しくなってきちゃったな。

彼女の右手を、両手でつつみこむ。しばらくそのまま。

「たぶん、理論的には、女の子ならけっこう誰でもいいと思うんだ」

「え? なんの話?」

「手の話。にぎる人間は、女の子ならけっこう誰でもいいはずだと思うんだ。でも、本当にそうかな」

「うーん、それは私にはわからないよ……」

「まったくだ」

 彼女の手をさする。すべすべだ。

さて―――ぼくは、彼女の手が上質だから、楽しいんだろうか?

あたたかいから、やわらかいから、すべすべだから?

違うよな。ぼくはそれで楽しいわけではあるまい。

「これは仮説だ。だけど、手をにぎって楽しいかどうかは、おそらく、人による」

「うん」

「普通の女の子なら大抵大丈夫だと思う。ある程度親しいと駄目だと思う。だけどそこでもう一歩踏み込んで親しいとかなりいい感じだと思う―――まあ、あくまで仮説だし、検証したわけじゃないし、ぼくにだってよくわかってないメカニズムだ」

「うん」

「でも、あなたの手は、とても気持ちがいい。心が落ち着く」

 にぎっている手を見ながら言ったせりふが終わったあとで、ぼくは彼女の顔を見て笑った。

彼女もあわく笑った。そしてそれでぼくは十分だった。

「ありがとね」

 ぼくはにっこりと笑った。

「どういたしまして」


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