春なる躁鬱2
一人称に悩む、というのは、一部の男性に起こりうることなのかもしれない。
中学のころは、おれとぼくが混在していた。
しかし、場面によって一人称を使い分けることがよくないことであると感じていた自分は、どんな場面でも使えると思われた「ぼく」を採用した。
場面によってペルソナを使い分けることが「筋が通っていない」と思う精神的潔癖さがぼくにはあった。いや、おそらく今もある。この「柔軟性のなさ、自分なりの納得、筋を通すことを優先する性格」は、おそらく人生において何度か危機的状況を招いてしまうことになる。
で、オレは起きたわけだ。
ああ、説明が必要だろうさ。
結崎智之っていう人物は、興奮すると一人称が「ぼく」から「オレ」に変わるんだ。
興奮しているってことは、どちらっていうと無意識の領域だから、結崎智之の本性は「ぼく」じゃなくて、「オレ」なのかもしれないな。
まあ、とにかく。
正直な話、気が滅入っていても、朝が爽やかだから滅入った気持ちも吹っ飛んじまった。
ついでにオレのまともな頭も吹っ飛んじまった。
ほら、朝って爽やかで、素敵じゃないか。だから、吹っ飛んじゃうんだな。
よくある話さ。
ああ、ちなみにオレの気分が爽快になるのは(興奮するわけじゃないぜ、爽快だ)、朝起きたとき、風呂からあがったとき、夜寝る前、のだいたい三つだな。この三つは大抵爽快だ。
そして、朝起きる場合は、早ければ早いほどいい。まあ、五時に寝て十一時くらいに起きる、とかいうのなら気が滅入りそうだけど。
で、邪魔だって入る。
たとえば、朝ごはんを食べたい時間に食べられないとか、そういう具合の。
まあ、ここでも案の定そういう邪魔が入ってね、オレは少しばかり気が滅入ったよ。
ああ、ついでにいえば今日は休み。
だからといって家にいるんじゃ孤独と退屈がつのるだけさ。
つまりオレが死にたくなるだけ。
だったら、なんとかしなきゃ、だろ?
方法は色々あるが、オレはとびきりのやつを試してみることにした。
後から思えば、あんなことをするなんてオレの精神は本当に『来てた』んだなあ、とわかる。
ゴキゲンドラッグが大量投与されていたのは間違いないぜ。
あんな大胆なことしたんだから。まったく、大胆不敵っていうか、無策無謀っていうか。
つまりオレは二条さんに電話をかけた。
ドキドキだったねえ。電話番号をメモするのだってなんだか興奮したぜ。
しばらく呼び出し音が鳴ったあと、二条さん本人が出た。
こいつは幸運だったと後になって思う。父親でも出てみろ、ブラックリスト登録間違いなしだぜ。
「『結崎智文』、うちの娘にとっての害悪」みたいな感じでさ。
あとあと、まともなときの結崎智之にまで迷惑がかかりそうだろ?
まあ、今までの話からわかると思うけど、オレはつまり二条さんをちょっとお出かけに誘ったわけだ。
はっきりいって頭がどうかしていたんだろう。
そうでもなけりゃ、こんなことできやしないさ。
でも、反動ってのは怖いもんでねえ、特に酷く落ちこんだあとのはしゃぎっぷりったらないよ。
あまりにはしゃぎすぎで、大抵、羽目を外すことになる。
で、落ち着きをとりもどしたオレ自身が後悔することになるんだよ。
まったく、割に合わない。
つまり、そのときのオレは気が滅入っていたその反動で、すごく舞い上がってたみたいだ。
舞い上がりすぎるとイカロスみたいに墜落する危険性も増すんだけど、正直、この舞い上がりたくなるような衝動は抑えにくい。
体が風船になったみたいにしきりに浮き上がろうとするんだ。
せめて幽霊あたりの浮遊能力にして欲しいねえ。
とにかく、そのときの二条さんとの電話での会話を再現してみようか。
「ああ、二条円さん?結崎智之だけど」
「ああ、結崎くん、おはよう」
「おはよー」
オレはこのとき思わず大声で笑い出したくなった。
そんくらいハイになってたね。笑い出したくなった理由?変わらない日常が笑えたからさ。
「ん、で、どうしたの、こんなに早くに?」
「ああ、二条さん、それなんだよ。実はねえ、最近精神的に不安定なんだな。だからさ、ちょっと気晴らしに外に出てみようかと思うんだよ。それでだね、一緒に外にいかない?とか、そういうお誘いなわけ」
「………えーっと、ちょっと待ってよ」
ちょっとした沈黙があった。
ちなみに、オレには人選には確実に成功しているという確信があった。
だって相手は二条円だぜ?
誘いを受けても、断っても、どっちでも彼女ならオレをピンチに陥れるようなことはしないだろう。
オレは二条さんをそれくらい信頼している。
オレにとって二条さんはそれくらいの信用に足る女の子だったわけだ。
これは満のような親友と同じくらい素晴らしいものだと思うね。
オレが保証する。
「………うーんとね、いいよ」
「おう、さんきゅー。ありがとよ、じゃあどこで会おうか?」
なんだかあっさり決まってしまって、自分でも予想していたのかしていなかったのかよくわからない結果で、ただとりあえずオレはご機嫌で、とりあえずいきたいところまでいくことにした。
待ち合わせ場所まで行くと、二条さんはすでに来ていた。
「おはよう」
「うん、おはよう」
私服だった。当然だけど。
素敵だったよ。
「ねえ、あのさあ、結崎くん」
そこで二条さんはこころもち硬めの表情で言った。
「うん?なにかな?」
「これって、デートとか、告白、とか、そういうの?」
「ん………?」
なんだなんだ?と思ったね。
展開が速いぞ。これはドラマか何かか、っていうかドッキリか?
「いや……ただ、最近落ち込んでいたから、そいつを吹っ飛ばそうって感じでさ。
なんていうんだろう……ただ、二条さんと一緒に外に出たかった、って感じ?」
「ああ、そうなんだ」
すると彼女はにっこり笑った。
「じゃあ、どこにいくの?」
「え?ああ、そうだなあ、適当にぶらぶら歩くか」
で、適当にぶらぶら歩きながら、適当におしゃべりした。
そいつはとてもとても素敵な時間だったことを、オレはここに宣言する。
とてもとても幸せな時間で、とびっきりでとっておきで極めつけだった。
そしてさらに歩いて、石畳の道をゆく。
商店街に入ったってことだ。坂道を上がって、下りて、ちょっとした喫茶店みたいなところに着いた。
ここは晴れているときなんかには外の方にも席が出てくるような洒落た店でね、一度入ってみたいと思っていたんだ。
これが二条さんとだったら、そりゃもう、文句なんか出ようが無いね。
「ああ、なにか軽く食べないか?」
だからぼくはこう言った。
ちなみに、このころには比較的心も落ち着いていたんだ。
ほら、だって彼女はぼくの精神安定剤だからさ。
「え?―――うーん、まあ、いいかなあ。お金は?」
「こっちが誘ったんだから、こっちが持つよ。あー、ただ、あんまり高いのは駄目だよ?」
「わかってるよ」
彼女は優しいから、きっとぼくを散財させるようなことはすまい。
けれども、このときぼくは思ったね。下手したら、きっとぼくは女の子で破滅するって。
そんな気がしたんだ。
まあ、とにかくぼくらは席に座って、ものを頼んだ。
彼女はフローズンヨーグルトとかいうのを頼んだ。おいしいんだそうだ。
ぼくはパフェ。なんか食べたい気分だったんだよ。
ほら、あるだろ?なんだかあるものがとても食べたくなるときが。
まさにぼくはそのときだったんだ。パフェを食べたくなるときだったんだよ。
ぼくらはそれぞれのものを食べながら、会話をしていた。
「あ、そうだ、結崎くん」
何気ない調子で二条さんがぼくに話しかけた。
「うん、なあに?」
「あのさ、さっき、デートとか告白とかなのか、って聞いたじゃない?」
「うん」
「実はさ、あたしね、告白されちゃったんだよー」
「ほう…………そいつは、すばらしい」
うん、すばらしい。
「で、受けたんだ。これで彼氏持ちだよ。えへへ……」
そう言って二条さんは笑った。
えへへ、というその笑いは素敵だった。
うん、二条さんの笑いが素敵なのはいつものことだけどね。
二条さんに彼氏が出来た、ってことを聞いて、ぼくは言おうとしていたことを飲み込んだ。
『抱きしめて欲しい』とか『手を握ってくれない?』とか『髪を触らせてくれないか?』とか。
ちなみに上記の発言は、二条さんに中学校時代に言ったことがある。
結果としては、『抱きしめて』以外は了承されて、してくれた。
だから、はっきり言って、二条さんには頭があがらない。
ありがとう。二条さんのおかげで、狂っているぼくだってなんとかやっていけたんだ。
本当に―――本当にすばらしいトランキライザだった。
本当に、二条さんがいてくれて、嬉しかった。
それからしばらく談話した後、
「うん、それじゃあ、あたし彼氏できたから、もう色々と昔みたいに助けてあげられないかもしれないけど―――」
そこで心配そうにこっちを見て、
「結崎くんは、大丈夫?」
ああ。
まったく。
そんなこと聞いてくれるなんて、嬉しいじゃあないか。
「ああ、大丈夫だよ」
たとえ大丈夫でなくっても、死にはすまいよ。
それに、ぼくはむざむざと死んでなんかやらない。
抗ってやるつもりだ。だってそんな、むざむざと死ぬなんて、自分自身があんまりだろう。
助かるかもしれないのに何もされずに、誰も助けてくれないなんてあんまりだろう。
自分自身にさえも助けてもらえないなんて、そんなのはあんまりだろう。
「そっか。でも、ピンチになったら言えばいいからね。できることするから」
「――――――ありがとう」
いや、まったく、本当にこの子は最高だろ?
こんな友達がいてみろ、きっとすごいことになるぜ。
だから、大好きだ、二条さん。
「ああ、そういえば、誰と付き合っているんだい?よければ教えてくれないかな」
「え?ああ、藤原京介くんだよ」
藤原京介君か。
ううむ、こいつはなかなかのナイスガイだ。
心から二人の幸せを祝福したい。
勘定を払って店を出る。
「じゃ、元気でね」
「うん、結崎くんこそ」
ぼくらは手を振りあって、別れた。
春だっていうのに、ちっとも浮かれていない自分がいた。
むしろ、沈みそうなくらいだった。
孤独と退屈で絶望しそうだ。
孤独は心にあいた底なしの穴。退屈は心をむしばんで、のしかかってくるような毒。
まるでやんでいるような。そんな感じ。
家に帰る途中、恋人同士なんだろうか、二人の男女に出会った。
バス停でね、バスを二人で待ってたんだよ。二人とも笑顔で、楽しそうに笑っていたね。
なんだか幸せそうだったよ。いい感じを受けた。
あんな感じっていいよなあ、とぼくはそのとき思った。
あとになってから、しばしばそのときのことを思い出すたびに、あれはなかなかよい眺めだったと思うんだ。
別に何の変哲もないような、ごくごく平凡な二人でね、どちらともよくいるような人間に見えたんだけど、二人がそうやって過ごしていることは、すごく神聖な気がしたね。
その点において、世界に必要な二人だったとぼくは思う。
家まで辿りついた。
だんだんだんだん、気分が沈んでくる。
ぼくの周りにまたたいていた希望の光がゆっくりと消えてゆく。
軽快に踏めていた足元は、まるで泥のようにねっとりとしてゆく。
世界が、暗くなってゆく。
まるで、ぞっとするような夜みたい。
いつ果てるとも知れない暗い夜。
ほら、この『いつ果てるとも知れない』ってのが曲者なんだ。
先行き不透明でさ、嫌になってしまう。
あんまりに嫌なもんで、ぼくが駄目になってしまいそうだ。
翌日のことだ。
朝起きて、登校して、朝のきれいな空気の中を歩いていると、いくぶん機嫌が良くなった。
やっぱり朝は気分がいいね。少なくともぼくはそうだよ。
だけど、例のごとく、なぜかしら放課後になると気分が悪くなるんだ。
正直、世の中に希望がまた見えなくなってね。
なんだか我に返ったかのように退屈になったんだ。
ほら、ふと退屈を感じることってないかな?それだよ。
で、我に返って退屈を感じてしまったが最後、ぼくの場合はしばらくこの状態が続くんだよ。
楽しくないんだね、色々なことが。
ああ、生活が単調だ、新鮮さが無い、ひたすらな繰り返しだ………みたいなことも思うしさ。
でもねえ、それはきっと今が望んでいるものと違うからだろうな。
今望んでいるものだったら、繰り返したってきっと問題は無いように思えるね。
だとしたら、いったい何を望むのかって問題なんだろうな。
さて、とりあえず、こんなに気分が滅入るときには、好きな子と話をするのが一番いいね。
ああ、この場合の好きな子、っていうのは恋している相手って意味じゃないよ。
普通の意味で、好きな子、だ。気に入っている子、でもいい。
だから男でも女でもいいんだね。そういう子なら。
そういうわけで、ぼくは京極さんと話をすることにした。
「ねえ、京極さん、今、きみと話してもいいかな?」
そのときの京極さんは、「なにもしていない」をしているわけじゃなかったから、念のためそう聞いた。
別にいいよ、と言ったから、ぼくは口を開いた。
「いやあ、もうすぐ一年生も終わるね」
これはもう、当時のぼくらの挨拶みたいなものだった。
言葉の内容は空かもしれないが、会話を円滑にするという意味は持っていた。
「そうだね。振り返ってみると、早いよね。先を眺めると長く感じられるのに」
彼女は少々理論家なんだ。
ぼくの経験からすると、理論って、上手く使わないと人を愉快にさせることがあまりないんだよね。
でも、彼女の場合は、理論の相性がいいのか、彼女自身の持つ雰囲気か、ぼくを不愉快にはさせない。
「あー、いやあ、最近、暇でね。そして孤独なんだよ。このダブルパンチはきついよね」
「ふうん。わたしは一人の方が好きだけどね」
「ははあ。でも、一人ってさびしくない?」
「さみしくないよ。今、わたしは十分に人と関わっているから」
ふうん、とぼくは言った。
おっと、話のネタをつぎ込まないと。
「そうだ、勉強が出来ないんだ。やる気が起きないんだね、その、なぜかしら」
そうそう、ぼくは勉強をする気が起きなくって困っていたんだよ。
三行くらい書いた後は、「ぼくのやりたいことはこんなんじゃないんだ」とかなんとかつぶやいたりする。
そして勉強を放棄して眠りたくなるんだよ。
「それは、困ったね」
「そうなんだよ、困るんだよ、参るんだよ」
実に、困ったことだ。
義務ならささっと終わらせて欲しいんだけど、なにしろこいつはぼくが動かなくちゃ終わらないんだから始末に終えないよ。
勉強のやる気が起きなくて一番被害をうけるのはやる気が起きない本人だね。
間違いないよ。
「ああ……やれやれだ」
そうしてぼくは笑った。
京極さんは、大丈夫?と言った。
ああ、大丈夫、と答えた。
それ以外に、答えようがないような気もしたしね。
でも、今思えば、ここで大丈夫じゃない、と答えたら、どうなったのか気になるんだ。
やっぱり京極さんは返す答えに困ったんじゃないかと思うんだけど、それでも何かしらやってくれたかもしれない。
「そう………」
実はぼくは、無駄が嫌いでね。
もちろん、ぼくにとっての無駄だよ。
嫌いなあまり、色々切り捨てるんだけど、そうしていくと、まわりに色々無くなっていくんだ。
切り捨てるのは楽なんだけど、それじゃあ拾うものがあるのかと言われると無いんだね。
もちろん、ぼくは何か拾いたいんだ。でも、そんじょそこらに転がってないんだよ。
手を伸ばせば届くようなところに無いんだ。
さらに言えば、これは拾うべきものかそれとも拾わないべきものなのか、よくわかんないものが転がっていたりするんだ。
きっとこのままだと、持ち物が無くなっていって倒れちゃいそうだから、そのよくわかんないものを拾おうかと思う。
拾い易そうなものからちょこちょことね。まずは拾ってみてからだと思うんだ。
拾ってみて、それで切り捨てるか持っていくか決めればいいと思うんだな。
まあ、今まではそんなこと考えもしなかったんだけどさ、こっちも切羽詰ってるんだよ。
ここまでこないと動けないなんて、とんだ臆病者だね。いや、たまには勇気も出るけどさ。
ああ、ちょっと長く語っちゃった。
うん、それでその京極さんとの会話なんだけど、無駄が嫌いなぼくは、無駄な話題を切り捨てたんだ。
切り捨てたのはいいんだけど、出すのにふさわしい話題が手持ちの荷物から出せなくてさ。
結局だまることにしたんだ。
いや、普通なら、たとえがらくたのような話題でも出すんだけどね。
そのときのぼくは落ち込んでいたからさ、なんだかそんな気力が無かった。
それにね、実際、京極明日香さんはきれいな子だった。だからだまって彼女を見ているだけで満足だったんだ。
いや、正直に言えば、ぼくはしばらくつきあった人間なら大抵、いい意味で捉えるんだけどね。
女の子でさえも、付き合う頻度が多くなると、顔なんてどうでもよくなるんだ。
少なくとも、ぼくは、ね。
ああ、顔なんてどうでもよくなる、って書いたからわかると思うけど、京極さんの何がきれいか、っていうと、彼女自身だ。
京極明日香さん、って人がきれいだと思えるんだ。あ、ちなみに彼女は顔もきれいだよ。
いや、彼女とぼくは親しい方だから、偏見も混じっているかもしれないが。
うん、でも、こうやって京極さんを見ていると、なんだか落ち着いたんだ。
人を見るのがこんなに落ち着くとは思っても見なかったくらいに落ち着いた。
「えっと……ねえ、結崎くん、なんで私を見ているの?」
「きれいだからさ」
下手したら性的嫌がらせ、セクシュアルハラスメントだよね。
でも、その場の雰囲気と、そのときのぼくの雰囲気と、そのときの京極さんの雰囲気を考えると、そんなものにはなりっこなかったね。
明らかにほめ言葉と事実の報告以外のものには成り得なかったよ。
まあ、ちょっとは口説き文句的要素も加わったかもしれないけど。
ああ、でもそんなのは勘違いで、京極さんは実はいやだったのかもしれない。
そうだったら、ぼくは悲しい。いやだったのなら、ぼくに伝えて欲しいものだよ。
そしたらぼくは傷つくかもしれないけど、そういうことはその人にはもう言わないだろうからさ。
まあ、でもきっと京極さんはいやではなかったと思うよ。
「ありがとう」
って返事してくれたから。ごくごく自然に、普通の返礼として。
でも、やっぱり勘違いかもしれないな。怖いよ、わからないだけに。
そうじゃないことを心から祈るよ。
「ああ、そういえば、結崎くん、さっき、一人がどうとか言ってたよね」
「うん」
「結崎くんって、人に温かみを求めているっていうか、人に存在意義を見出しているっていうか、そんなところがあるよね」
「ああ―――確かに。よくわかったね」
「ありがと」
正直、びっくりしたね。
すばらしい洞察力の持ち主じゃないか。
いや、もしくは、ぼくが自分の気持ちをざっくばらんに言っていたからかな。
うん、けっこうこの子とは色々と話をしたんだよ。
だからかもしれない。
ああ、それでぼくらは別れた。