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春なる憂鬱1

これは3章続く話だ






 ぼくのために。

そして、みんなのために。

『これを持っていって』






 ぼくは、結崎智之だ。

これを、まず最初に言っておこう。

結崎智之ゆうざき ともゆきっていうこの名前こそがぼくを表す最も適切な「形容詞」だ。

これは疑いようが無い。もちろん、文法的に言うと、結崎智之は固有名詞だけど、それでも、この場合(つまりぼくを言葉で説明するって場合)は「形容詞」と言ったってあながち間違いとは言えまい。

 ぼく個人的な意見としては、にんげんを言葉で表すっていうのはひどく難しいと思う。

ほら、色々な側面があるわけだから、ぼくだってぼく自身を具体的に説明しろと言われたら参ってしまうことうけあいだ。

ぼくにだって、ぼくがどこまで続いているのかさっぱり見当も付かない。

まあ、例えばきみがこれを最後まで読みきったら、少しはぼくのこともわかるんじゃないかとは思うけど、それだって完全にわかったことにはならないだろうさ。

ぼくにだって、わかりはしないんだから。

そもそも、わかる、っていうのはなんなんだろうね?

………ああ、ごめん、変な思考に入ってしまう。

ぼくにはよくあることなんだけど、困ってしまうだろ、勝手に自分の世界に行かれると。

まあ、どっちにしろ、言葉で表す、っていうのは―――いや、なにかをあらわす、っていうのは難しいことがあるよね。

 さて、ともかく話を始めよう。

まずは、話の舞台。高校一年生の三月だったね、終わりの季節さ。

春休みに入る、ほんのちょこっと前の方から話を始めていくとするか。

 さて、ぼくは実は精神的に不安定なやつでね、情緒不安定というやつだと思うんだけど、それなんだよ。もしかしたら軽い躁鬱病そううつびょうなのかもしれない。

いつもは真面目で優しいやつだと思うんだけど、興奮したり落ち込んじゃったりするんだな。

いや、みんなも同じなのかもしれないけど、周りの人を見ていると、ぼくほどひどくは無い気がするんだよ。

気のせいなのかもしれないけどさ。

 で、三月で、春めいてきているわけなんだけど、ぼくの心の中は落ち込んでいたね。

理由?うーん、なんでだろう。ああ、そうだ、原因があった。

大抵引き金ってものはあるものだ。ぼくも例外でなくそうなんだ。

 映画を見に行ったんだよ。そしたらちょっとした暴力シーンが出てきてね。

あまり大したことはないとも思うんだよ、全年齢対象だったし。

でも、その場面が良くなかったね。他の人には影響が無かったらしいんだけど、ぼくにはあったんだ。

ほら、あるだろ、他の人にはなんでもないことが、自分にとっては重要な意味を持つ、ってそんなときが。

まさにそれがそのときだったわけだよ。

 あっという間に呼吸がしづらくなってね。

ほら、なんだか呼吸がしづらいってとき、ないかな?

例えば、自分の心の思うように動けないときなどに、そういうことになるわけだ。

 ちなみに、どんな場面だったかっていうと、戦っているんだよ。

だけど、だれも助けてくれないんだ。そういうやつ。言葉で書くとなんでもないかもしれないけど、実際に見てみると、明らかに駄目だと思うね。

 で、あっさりとぼくはノックアウトされちゃって、それからしばらくはひどく精神が不安定な時期が続くことになる。

つまり、あの映画を見たのが今回の話の始まりってわけだ。

 さて、映画を見たあとの次の日は月曜だったから、学校に行くことになった。

寝たって言うのに、ぼくの心は沈んでいた。つまり、それほど大きなショックだったってことさ。

 目の前で人が殺されたりしたときに、心のケアが必要だって言われるわけがようやく実感できたよ。

正直、そのときのぼくは心のケアが必要だった。

精神安定剤って言うべき人にでも会いに行きたかった。

だから、実際そうした。

 ぼくは、比較的人付き合いはいい方で、けっこう色々な人と話すんだけど、それでもやっぱりそういう落ち込んでいるときには、人と人との距離を感じてしまう。

遠いと感じてしまうんだね。いつもはそんなことなくて、その距離で充分なのに。

 で、二条円にじょう まどかの登場と相成あいなるわけさ。

彼女はいわばトランキライザ。精神安定剤だ。

中学校の頃から一緒で、なおかつ親しくしているので、けっこう色々話せる。

こういう子が一人でもいるっていうのはいいねえ。ひどく頼りになる。

 だから、ぼくはこういうわけさ。

「ねえ、二条さん、生きているって楽しいかい?」

 いつものパターンさ。

こうでも言わないとぼくのいかれた会話は始まらないんだ。

心が狂いそうなときには、大抵、話す言葉もいかれてくるものだ。

 まあ、そういうこととかも、もう、彼女のことだからしっかりわかっているんだ。

手馴れたものでね、いつものあの素敵な笑みを浮かべて言うわけだ。

「うん、楽しいよ」

 まともだ。実にまともだ。

いかれているぼくとは違ってまともな台詞だ。

まあ、それにしても彼女の笑顔は最高だね。素敵だよ。

「そうか、それはよかった。それにしてもさ、最近落ち込んでいるんだよ」

 大抵の場合、自分の気持ちを正直に言うと成功する場合が多いんだ。

少なくとも、今まではそうだった。彼女の場合だとなおさらそうだった。

「あらあ~、大丈夫?」

「ああ、なんとかね」

「うん、がんばってね」

「ああ、がんばるよ。ありがとう、少し元気が出た」

 ホントに少しばかり元気が出た。

これだけの会話でぼくに元気を出させるなんて、彼女は全く神様だよ!すごい力を持っている。

それとも、彼女に力があるんじゃなくて、ぼくが彼女を崇拝しているから、こんな効果があるのかな?

もしくは、両方か?どっちにしろ、ぼくの気が休まることには変わりないんだけど。

 で、まあ、少しばかり元気が出たんだけどね、まだまだ本調子じゃないんだ。

いや、むしろ、しばらく経つと今度はさらに気分が悪くなった。

いい思い出が今を気が滅入るものにさせる、っていうのはよくある話でさ、一瞬の快感がそのあとしばらくの間のうつ状態を作り出すわけ。

そういう点で言うと、二条さんは麻薬とでもいえるかもしれない。

トランキライザ、精神安定剤でももちろんあるんだけど。依存性のある精神安定剤かね?

ぼくの体がそれで壊れないことを祈るよ。

 さて、そんなわけで、反動が来て、ぼくはますます気が滅入っていた。

気が滅入るとどうなるかっていうと、なにもかもがつまらなくなってくるわけさ。

そして次に来るのがどうしようもない孤独感。さっきにもましてさみしさがつのってくる。

いやあ、だけどどうしようもないからそれにぼくはじっ、と耐えるわけだ。

耐える、我慢する、じっ………とこの暗い発作が治まるのを待つ。

だけれどね、治まったためしがないんだ。絶望的だろ?

すると次にぼくの心はその絶望から抜け出ようと、無理やりにでも気分を明るくさせるわけさ。

嘘の明るさ、作り笑いに空元気。少しは力になるからね。

で、そんなことやっていると、いつのまにか頭が吹っ飛んでいるとしか思えないほどぼくの心は吹っ飛んでいくんだ。

まあ、高く高く、きっと成層圏せいそうけんを越えちゃうくらいに吹っ飛んでいっちゃうんだね。

つまり、ハイになるわけだ。興奮しちゃうんだよ。

うつ状態からそう状態になるみたいな感じ。

おっかしいよー?ぼくの頭がね!

 さて、まあ、話を戻そうか。

とりあえずは二条さんと話してしばらくしてからさらに気が滅入ってきてからだ。

ぼくは放課後の教室で京極明日香きょうごく あすかさんと話をした。

彼女は部活にも入ってない、ぶらぶらしているのが大好きな知識人でね、きれいな子だよ。

 ぼくの女の子の見方には、「かわいい」「きれい」「美しい」があってね、それぞれにちゃんとぼくなりの解釈がある。

「かわいい」子は例えば二条さん。いっしょにいたいタイプかな。

まあ、二条さんはその中でも別格かな。ぼくと一緒にいた時間が違うから。

ついでに言うとぼくはこの「かわいい」タイプが一番好きらしい。自己観察してみてわかったよ。

「きれい」な子は例えば京極さん。守りたくなるというか、その人のために死にたくなるというか、そんな感じ。

わかりやすくいえば、京極さんはお姫さまでぼくが騎士ってところだよ。

そしてぼくは京極さんにとっての騎士にはなりたくても、王子さまにはなりたくないんだ。

いや、なってもいいけど、そんな気があまり起こらないんだ。

だって、きれいだからさ。

「美しい」………ついでにこの説明もしちゃおうか。

まあ、これはそのまんまかなあ。近寄りがたい美、とでも言おうか。

さっきの説明でいくと、おきさき様……ってのがぴったりかねえ。

ナイフみたいな感じなんだ。日本刀でもいいよ。

まあ、大抵の場合(つまりぼくの今までの経験からすると)、見た目が美しくっても中身は大抵、気さくな人だから大丈夫。

中身まで日本刀みたいだったら、ぼくはつつしんで退場するよ。

 うん、それで、だ。

そのきれいな京極明日香さんとぼくは話をしたわけだ。

「ねえ、京極さん。駄目だね、ぼくは」

「なにをいきなり、やぶから棒に」

「いや、例によって例のごとく、精神が不安定でね。ちょっと暗いんだねえ」

「そう……大丈夫?」

「ああ、それはまあ、ねえ。―――そうだ、とりあえず話をさせてくれよ」

「うん、まあ、時間はあるけどね」

 ぱたん、と彼女は本を閉じた。

きらり、と彼女の眼鏡が光る。

「目が悪いっていうのは、嫌なものだね」

「ん?ああ、そうだね」

 かちゃ、と眼鏡を外してぼくは言った。

そう、ぼくも目が悪いんだよ。ぼくはしばらく眼鏡をもてあそんでから、

「なんというのか、眼鏡なしでも目が見えるようになったらいいだろうねえ」

「そうだね、そうしたら伊達だて眼鏡でもかけてみたいね」

「ああ、そりゃあいいや」

 伊達眼鏡か。それは本当にいいアイデアだ。

明日香ちゃん、素敵なアイデアだぜ、それは本当に。

ぼくはなんだかわくわくしてきたね。

でも、そのときは気が滅入っていたからね、すぐにネガティヴな話になるんだ。

「なんかさあ、生きててもなんだかなあ、って感じない?」

「ふむ………まあ、たまには、ね」

「どうしようねえ、そうなってしまったら。死ぬのがいいわけ?」

「いいわけないよ。そんなんじゃハッピーエンドで終われない」

 ははあ。これにはぼくも少し参っちゃったよ。

確かに、これじゃあ、幸せに終われないねえ。

「ねえ、京極さん、英語じゃあ、ハッピーエンドじゃなくて、ハッピーエンディングって言うんだって、知ってた?」

「本当?」

 京極さんは辞書を調べた。

この確かめる姿勢がぼくは好きだね。

「ふうん。確かに、ハッピーエンディングだったね。でも、ハッピーエンディングで終われない、だったら語呂ごろが悪いね」

「そうだねえ、確かに。まあ、ところで実際問題、ぼくらは幸せに終われるのかな?」

「さあ………その人次第じゃないの?」

「そうかもしれない」

「よくわかんないね」

「よくわからないよ」

 そうだ、確かによくわからない。

「でもさあ、なんとなく駄目な気がするんだよ、このまま生きていたって」

「ふむ。だからといって死ぬのは性急な結論じゃない?」

「うん、そりゃそうなんだけどさ。いついかなるときでも存在する選択肢なもんで、つい手を伸ばしたくなるんだ」

「まあ、要はこのまま生きなきゃいいわけだ」

「そう。なんかすればいいんだと思うんだけどね。何をすればいいのか、いやそもそも何をしたいのかさえわかんないんだよ」

 うん、まあ、少しはやりたいことはわかっているとは思うんだが。

それにはちょっとばかし勇気が必要なんだ。下手したら社会的に死にかねないし。

「なかなかに暗いね、今日の結崎くんは」

「ああ、ダークネス結崎と呼んでくれ」

 こういう風に少しばかし冗談めかして刺激をいれないと、おのれ瘴気しょうきで死んでしまいそうだったよ、全くあの時は!

それにしても、なんらかの形で自分の気持ちを外に出すっていうのはいいものだ。

少しは気分がマシになってきた。

ありがとう、京極さん。

愛しているよ。

「うん、じゃあ、未来にまだ希望なんて見えないけれど、がんばってみるよ。じゃ、ありがと」

「うん、ばいばい」

 そう言ってぼくらは別れた。

いや、実に有意義な会話だったと思うよ。

 さて、ちょっと話は変わるけど、ぼくには足寺満あしでら みつるっていう友人がいた。

親友、っていってもいいくらいだったと思う。過去形なのはそいつが転校したからだ。

そいつはエアガンが好きで、いくつか持っていて、別れる前(といっても転校のずっと前)にその中の一つをくれた。

だいたいこんな会話を交えてだ―――

『へい、ゆー?君にプレゼントだ』

『ああ、ありがと。なにをくれるんだ?』

『ほら』

 そいつはエアガンだった。

『おいおい、高いんじゃないのか?悪いよ』

 ぼくは断った。

高価なものだったら受け取れない。

『いいんだよ、別に壊したってかまわないし、だいたいあまり高価でもない。ほら、やるよ』

『しかし………なあ。俺に……か』

 まだぼくは尻込みをしていた。

そういえば、当時は一人称いちにんしょうが俺、だったなあ。

『ほれ』

 そういって、半ば強引に満はぼくにその銃を持たせた。

おもちゃなだけあって、そいつは軽かった。

『僕からのサービスで、弾も付けておいた。いちおう智之に一番似合うだろう銃を選んだんだ』

『ああ……ありがとう』

 持ちなれない感触をしばし味わう。

なんだか、あれは不思議な感じだったねえ。

『まかりまちがっても人には向けるなよ。そういうもんじゃないんだから』

『その点はわかってるよ。………そうだ、俺も何かあげなくちゃなあ。っていうかあげたい』

 だけれど、ぼくは何をあげればいいのかわからなかった。

彼のくれた銃に値するものを、ぼくは全然思いつかなかった。

『ふうん?で、何をくれるのかな、ともよ』

 ぼくは、彼が「友よ」と言ったのか、「トモよ」(つまり、智之のトモだ)と言ったのか、それとも両方の意味をこめたものだったのか、彼と別れてからしばし悩んだ。

年賀状を出したときに聞いてみたけれど、彼は忘れていた。

つまり、真実は永遠にわからずじまい、ってわけだ。

なんだか悲しい。

『ああ……何をあげればいいのか、わからない』

 すると満はふふふ、と笑った。

『別にそれでいいような気もするけどね。まあ、何も貰わなくても僕は結構だよ』

 でも、それじゃあちょっとこっちの気が済まないよね。

で、俺は結局どうしたかっていうと、これといっていいものが思いつかなかったから、それからあいつが転校するまでひたすらに満と遊んだ。

とは言うものの、そのとき一番中がよかったのは満だったから、満以外に誰とも遊ばなくっても全然不思議じゃなかった。

あげるものがよくわからなかったから、ひたすらに一緒にいれば何か伝えられる―――何かあげられるんじゃないかと思って、そんなことをしていた。

結局、何かあげられたのかはよくわからないし、今だって満に何かあげるとしたら、何をあげればいいのか、さっぱり思いつかない。

 まあ、そんなことを考えながら、つまり昔の思い出にひたりながら、ぼくは家に帰っていた。

ついでにいえば、コートにはその銃が忍ばせてある。ちなみに、弾は入ってない。マガジンはあるけどね。

つまり、マガジンの中に弾が入っていないのさ。

だけれど、弾の入っていない銃っていうのは素敵だと思わない?

世の中の銃はすべからくこうあるべきだと思うね。弾の出ない銃なんて最高だよ。

 家に着いて、私服に着替えてから、コートの中の銃を取り出した。

バレル(銃身)をスライドさせる。がちゃん、と音がした。弾が入っていれば、これで装填そうてんされたことになる。

まあ、でも、弾は要らない。ぼくがしたかったのはバレルのスライドだ。

まるで見えない弾が送り込まれたような。

 ほら、これは魔法の銃だ、魔法の弾が装填されて、

………されて、さて、ぼくは一体何を撃ちたいんだろう?

 かちん、と虚空に向けて撃った。

確か、空撃ちは銃によくないんだっけな?

満がそんなことを言っていたような気がする。

 ああ、それにしても気が滅入る日々だ。

きっと寝なくちゃいけないぜ。



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