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腐敗しきったアル部活


腐敗しきったアル部活


 文化祭も終わって、何か気が抜けたような我がPC部。

文化祭が終わったので、三年生はいない。二年生の天下みたいなものだ。

まあ、運動部は夏の大会よりこっちはすでに二年生の天下なわけだけど。

「くぅぅぅっ!みつかぁ、ここってさ、ホントに駄目人間の溜まり場みたいなところだと思わない?」

「お前もその一員だということを忘れるな。・・・ってか駄目人間の溜まり場ってまでひどくはないような気がする」

「まあ、確かに?そうだけど。創作活動にいそしんでいるヤツらもいることだし・・・」

「で、お前はなんかしてんのか?」

「いやいや、俺は久万方くまがたみたいに文章打つ能力ないしー、絹崎きぬざきみたいにイラストを上手く描けるわけでもないしー」

「つまり何もしてないんだな?」

「まあ、そゆこと」

「間宮、やっぱり俺はお前がこの部活一の駄目人間な気がするよ」

 間宮まみや 智久ともひさ

はっきり言って、ある意味この部活一危険な男だ。

「巳束くん、君はそれに次ぐ駄目人間だと俺は信じているよ」

 巳束みつかあおい。それが俺の名だ。

はっきり言って、こいつのような駄目人間ではない。

・・・・・・はず。

「いや、まぁ、なんていうの?俺また買っちゃったよ、ゲームを」

「なんだかお前を見ていると面白いな。人間が堕落していくさまを間近でみられて」

「お前もそうとう落ちていると思うぞ」

「どこがだ?」

「『三歳児に萌える。ってか三歳児っていう言葉の響きだけで萌えられる』の時点でもう、駄目だな」

「なに、貴様とて、『カナたん萌え~』とかほざいていただろうに。『たん』なんて日常的につけるようになったら人間として駄目だろうな」

「ふっ、萌えの語源と意味を語れるのは、この中学校で俺とお前だけのはずだ」

「気になっているんだが、その語源は正しいのか?」

「うーむ、信憑性しんぴょうせいは微妙だな。でも、一つの説としてあるのは確からしいぞ」

「それにしても、間宮。冷えてきたな」

「お前の心がな」

「・・・・・・季節だ、季節。秋っぽくなってきたじゃないか」

「九月と言えばまだ残暑が残っているではないですか」

「そうだな・・・」

 そんなことを語らいながら窓の外を見る。赤い夕焼けが空を染めている。

「ふーっ・・・どうだ、ミツカ。今度俺んちこない?」

「ああ?お前の家?」

 チャキリ。とメガネを直して間宮は言う。

「いや、何。たまには遊んでみるのもいいかと思ってな」

「そうか。俺は、お前の、家にこもってアニメばかり見ているおたく+ひきこもり生活に新しい風を吹き込めることをうれしく思うよ」

「なぁ、ミツカ。『ミイラ取りがミイラになる』ってことわざ知ってる?」

「実にどうでもいい話だな」

「これもまたどうでもいい話なんだけどさ。『類は友を呼ぶ』って諺、知ってる?」

「ああ、知ってる。実に関係のない話だ」

「じゃあ、土曜日あたり待ってるぜ」

「おーけー、おーけー」

 かくして俺は彼の家にいく約束をした。

部活を終えて、戸を開けて、廊下に出る。

 この部室は気分が悪くなる。

PCのせいか?こもっている空気のせいか?よどんでいる空気のせいか?

電磁波でもはっせられて俺の頭をおかしくするのか?

 まあ、どうでもいいことか。

理由はどうあれ、ここにいると気分が悪くなる。

それだけで、ここを、そうそうに去る理由としては十分だ。

とは言うものの、ちゃんと活動時間いっぱい部室にいた。

とりたてて何もしていないが。

 なぜか。なぜそんなことができるのか。

理由は簡単明瞭かんたんめいりょう顧問こもんの先生があまり来ないからだ。

 我が顧問、木下きのした おさむ先生は、字のとおりに理科の教師で、ひんぱんに白衣でいるところを見かける。白衣で授業をすることもある。

 ところがこの先生、実験が好きで、部活は『生徒の自主的行動』にまかせて、自分は放課後に実験をやっている。お陰で生徒は好きなことができてしまう、というわけだ。

オフラインゲームはもとより、将棋やカードゲームなど、PCを使わない遊戯だってできてしまう。

 もちろん、真面目に活動をしている生徒もいるが、遊びたい盛りの学生諸君、そんなことしているやつは少数派だ。かくいう俺も、多数派の一人でありまして、遊びほうけていたりするわけだ。

 たまにオサム先生、顔を出して、カードゲームとかが見つかっても、「ま、気をつけろよ」みたいにあっさり見逃してくれる先生なので助かっていたりする。

 こんな感じの部活ライフを俺たちは送っているわけだ。

腐敗してるとちょっぴり思ったりもする。


 土曜日。あの男からの電話で、俺は彼の家へと向かった。

「やぁ、来たね、変人」

「変人に、変人って言われるってことは、俺はマトモだな」

「ま、ま。かるいジョークってやつよ。みつか、座れ。汚いところだけどな」

「確かに汚いな。まるで君の心のようだよ」

「うわ、ひでぇ・・・」

「なに、失礼。軽い冗談というやつさ」

「なんか飲むか?」

「いや・・・別に構わない」

「そうか。ならいいんだ」

「ところでさ、間宮。」

「ん?何?」

「思えばさ。俺たちってけっこう来る所まで来ちゃってるよな」

「なにを今さら。俺たちはいけるところまで行くだけだろ」

「・・・・・果たしてそうかな?」

「ん?何が言いたい、少年よ」

「いや・・・あーんと・・いや、何でもない」

「この世界と縁を切りたいとでも思ってるのか?」

「まあ、そんな感じ」

 ふっ・・・と彼は笑う。

「確かに、お前は社会的に大丈夫な地位にあるから戻れそうだな。あっちの世界へ」

「お前は?間宮」

「俺は、表社会でも、『オタク』のレッテルを貼られてるんでね。一部の人にしか、『オタク』の烙印らくいんを押されていない貴様とは違うさ」

「まあ、確かに表社会じゃ一般人だが・・・」

「そんな生活してるから、『仮面貴公子』とか『仮面のおっちゃん』とか『狼男』とか『二重人格』とか呼ばれるんだ」

「どっちの俺も、俺なんだけどな」

「うん?どういう意味?」

「だからさ・・・ええっと、上手い言葉が見つかんないんだけど、『一般人』の俺は、『落ち着いている俺』なんだよ。で、『オタク』とか『ヤバめ』の俺は、『興奮状態の俺』・・・とでも言えばいいかな。

水みたいなもの。温度が低くなれば氷になるし、高くなれば水蒸気になるけど、やっぱりどれも水だろ?」

「なるほど。つまり、いつもは止めている欲望が、どうっ・・・と出るわけだ」

「まあ、そんな感じ。つまり、持っている知識とか、性格は一緒なわけなんだけど、持っている欲が違うんだなぁ・・・普通の時は、とくに何も欲はないんだけど、ヤバいときは、欲望のかたまり。みたいな」

「そーいえば、お前、夜道で女性を襲って首にかみつきたいみたいなことを言っていたな」

「気のせいじゃないのか、そんな覚えはない」

「嘘をついちゃいけねぇぜ、旦那ァ・・・」

「わかった、わかった。確かに俺はそんなことを言いました。ハイ」

「別にここは、表社会じゃないんだから、『解放』してもいいだろ」

「欲望の解放は危ないんだよ、色々と」

「確かにお前なら道をあるく女性にナイフをもって踊りかかりそうだからな」

「お前もな」

「何を言っているんだ、君は。俺はそんな欲望をさっさと片付けるためにこれをもっているのだっ!」

 ヴィーン・・・

PCが立ち上がる。

「まだ全部クリアはしてないんだけどな。面白いぜ。ってか激萌え」

「最近思うんだが、その『萌え』って単語、あぶない。滅茶苦茶」

「お、立ち上がったぜ」

「シカトかよ」

 カチカチ・・・とクリックしてゲームを起動させる。

「ほら」

「『ほら』じゃねぇだろ。あぶねぇよ、めちゃくちゃ。だいたい起動画面からして危険な香りだぜ」

 にこやかにほほえむメイドさん二人。

これがこのゲームの起動画面。

「ま、いいんじゃない?」

「お前、終わってるぜ」

「ま、ま。面白いんだし、いいじゃん」

「ある意味18禁ゲームより危ない香りだ・・・」

「まぁまぁ。君もこういうところにいるわけだよ」

「・・・・・・・」

 ふと、真顔に戻る。

こんなところに居て、いいのだろうか?

これは幻想とわかる幻想だ。

現実でないとわかる非現実。

俺はこれを、実感したことがある。

少し前の夏休み。痛いほど実感した。

「なぁ、間宮」

「んー、なんだ、急に真面目に?」

「いや、俺はけっこう真面目な人間なんだが・・・まあ、いい」

「で、なんだよ」

「幻想の中にいるというのは、楽しいものかね?」

「・・・・・」

ちょっぴり沈黙が落ちた。

「ま、人間たまには夢見ることも必要なんだよ」

 真面目とも、冗談ともとれぬ口調で彼は言った。


 彼の家から家へと帰る。

 なんでだろう。

しらける。しらけてしまう。

友達といてもしらけてしまう。

どうにも空虚感がある。やる気が失せる。

 くだらぬ幻想にも飽きがきてしまった。

タチの悪い夢だ。夢とわかる夢だ。

夢とわかる夢ほどしらけるものはない。

どこまで行っても三次元の俺たちと二次元の彼女たちは交わることがない。

 否。

交われない。

二次元の彼女たちは、三次元の誰かさんに作られた、いわばあやつり人形だ。

皆が望む言葉を口にし、皆が望む行動をとる。

 なんとあわれな意思無き偶像ぐうぞうよ。

 いや。

一番あわれなのは俺たちか。

操り人形に踊らされている俺たちこそ一番あわれか。

 あわれというより、みじめといったほうが適切かもしれない。


 萌え。

感情をあらわす言葉だ。

 俺が聞いた話では、語源は『燃え』であると聞く。

『心が燃えるような感情』=『燃え』の漢字が転じて『萌え』になったという。

今では『アニメのキャラクターなどに愛を感じてしまったときの言葉』として使われるようなことが多いようだが。


 あははーという明るい声が聞こえる。

ふとそちらを見ると、かわいらしい幼稚園児もしくは保育園児たちが遊んでいた。

全員女の子だ。

「・・・・・」

ふと、ダッシュして抱きつきたい衝動にかられた。

・・・・・・足を止めるな。歩き出せ。

この変質者め。何を考えた?え?

この変態野郎が。地獄に落ちろ。

 そういう風に自分を罵倒ばとうしつつその場を去る。

 俺はタチが悪い。社会的には温厚そうに見えて、その実、裏で牙をむく。

紳士の顔してケダモノなわけか。

 こんなんじゃ、二次元にどっぷり使って、三次元に愛想も小想こそも尽き果てた間宮のほうが、安全だ。

 でも、待ってくれ。そんなに俺は悪いやつじゃないぞ。

そんなに俺は落ちちゃあいない。

真面目で優しい一青年のはずだ。

 大丈夫、だいじょうぶ、だいじょうぶ。

まだまだ戻れる、一般社会。

足を洗って、出直せると信じているぜ。

 俺は俺の道を行く。

でも、それは俺のよく考えて選んだ道のこと。

俺がとりたいのは、間宮の道じゃない。

 あそこは空虚の香りがする。

悪いが俺は、あそこじゃ駄目だ。

 よく考えて、望むものを見極めて、道を行く。

まずはよく考えること。

それが大事だと俺は思う。


「なぁ、巳束。萌えは世界を救うと俺は思うんだよ」

 また、変なのが何か言い出した。

 秋の部室。まだ暖房ははいっていない。

「なんで、そう思うんだ?」

「いいかい、思想というものは、何かを正しいとか間違っているとか決めることでなりたっているわけだよ」

「?」

「例えば。宗教なんかは、神さまだかなんだかの存在を正しいとして、その神様の教えを正しいとしている」

「うん、それで?」

「だけれど、世の中にはたくさんの思想、宗教がうずまいているわけで、その中には、絶対に相容あいいれない思想があるわけだ。

 例えば、ある思想は『一日一回はイワシの頭にお参りすること』を正しいとしていて、ある思想は『何かにお参りすること』をよこしまなことだとしているとしよう。

 するとその二つの思想は絶対に相容れないわけだ。どちらも、自分の方が正しいと言ってね」

「それで?」

「そこで、萌えの登場なわけだ」

「・・・・なぜだ」

「いいかね、俺たちが三次元世界に執着するからいけないのだっ!」

「・・・・・?」

「さあ、今こそ現実逃避!一緒に二次元の世界に踏み出そう!確実に夢とわかっているのなら、争いも起こるまい!」

「どういうことだ?」

「お互いに正しいという場合、ソレが正しいと証明しなくてはいけないが、それにはたくさんの反論ができたりするのだよ。それで結局は、どちらも正しいといえないまま、

『それでも俺は信じるんだ―!うわー!!!』

とかいいつつ、喧嘩をおっぱじめるわけよ。

 そこで、二次元世界の登場だ!二次元世界は、確実に誰かの創作ということがわかっている。そうだろう?」

「確かに、そうだよ」

 確かにあれは誰かの創作物だ。

現実にあった話ではない。どこぞの神話のように現実にあったのかなかったのかわからない話ではない。誰かが、現実にあったことだと、執着する話でもない。

「『確実にわかっている』わけだよ、二次元は。確実に、嘘だってのがわかっているわけだ。それが現実だと執着することなどはない。だいたい人が作った絵を動かしているのを見て、これが現実だー!というやつはいないだろう」

「うん。でも、現実逃避はよくないと思うよ」

「ふっ。歴史をふりかえってみろ。現実逃避は俺たちの祖先から脈々と受け継がれてきた伝統文化だぜ」

「例えば?」

「現世に幻滅したので、来世に幸せをねがうだとか、極楽があると信じ込んで、それを信じるとか」

「本当に来世というものがあるのか、極楽があるのかどうかもわからないのにな」

「嫌だったんだろ、色々と。だから現実逃避。俺たちも、三次元に幻滅したから二次元にいくのだよ」

「いってらっしゃい」

「ああ、いってくる」

 そうして彼はまたPCのディスプレイにへと顔を向ける。

「はぁ~っ、くうぅぅっ、激萌え~!」

「いや、お前そう簡単にその単語発するなよ」

「だから、最初に言ったろ?萌えは世界を救うと。正しいとわからぬ思想におぼれるよりか、確実に夢とわかっている夢を見るほうがいいに決まってる」

「でも、その思想だか、宗教だかの信奉者は、ソレが正しいと信じて疑ってないんじゃないの?」

「疑うことを知らぬ人々よ、ああ、彼らに理性というモノが備わっているのなら、その自らが疑ってやまぬモノがただ皆が言っているだけ、皆が信じているだけにすぎないのだということに気づけよ、ああ・・・・愚かなリ」

「あんまり理解できないんだが」

「ナニ、今に君も気付くだろう、理性というものが君にあって、疑うということを知ったなら」

「・・・・・?」

「ま。ま。今はとりあえず、幻想の祝宴に酔おうじゃないか!」

「いや、俺もう、その世界とは縁をきるから」

「そーかー。無理強いしちゃあいけないよな。あばよ」

「ああ、さよなら」

 すっ、と眼鏡をはずす。

ふーっ・・・・と息を吐き出す。

幻想の世界は俺には少し、悲劇的すぎる。

 それに―――――

「なあ、間宮」

「ん?なんだ、巳束」

「ぼくは世界を救うよ」

「なにで?俺は萌えで救うけど」

「ん・・・よくわかんないけど、何かで」

「ま、がんばれよ」

「うん、がんばるよ」

 ――――それに、世界には困ってる人がたくさんいる。

夢の世界は、現実世界に疲れたときに、自分をいやすためにはいればいい。




 四月。

二年生に進級した。

二年生になったので、クラスがえがあって、四組になった。

「はあああああ・・・・・っ」

 深呼吸。

さきほど、顧問の木下先生に退部届を出してきた。


「んー?巳束くん、部活をやめるのかい?」

「ええ。やめます」

 きっぱりと言った。

「ええっと・・・理由は・・・ここじゃあ自分のしたいことができない、か・・・」

「はい」

「ちなみに、巳束くんは、何をしたいんだい?あ、言わなくてもいいんだけど」

「えっとですね。PC部にいても、自分のしたいことはできないと思うんですよ。

なんていうのか・・・いても、駄目なんです。PC部にいても無駄な時間をすごすだけだと思うんです。

 ・・・・って答えになってないですね。自分でも何をやりたいのかよくわからないんですけど、PC部にいちゃ駄目だと思うんです」

 自分でも明確な説明になってないと思うけど、これが理由なんだから仕方ない。

「ふむ・・・了解。退部届を受理しよう」

 こんな、不明瞭な説明だったけど、木下先生は、ぼくを退部させてくれた。


 そうして、ぼくはさきほど退部してきた。

 春休み明けそうそうに退部っていうのもなー、とか思いながら空を見上げる。

青い。

この空みたいに未来は明るいに違いない。

 ぼくは生徒玄関を出て、家路についた。

歩きながら、今日のことを思い出す。


 一年生の最後に、クラス発表が行われたので、ぼくは二年生の最初である今日、我がクラス、四組へと向かった。三階なので、眺めがよろしい。

 黒板にどの席にだれが座るかということがかいてあったので、そこへと向かう。

黒板には出席番号も書いてあったので、机の中に必要なものを置いた後、ロッカーにカバンを仕舞う。

「よ」

 ・・・・これは何の因果か。

「おはよう、間宮」

「いやぁ、巳束と同じクラスになれるなんて思ってなかったよ、はっはっはっ・・・」

「同感だ」

 まあ、別にいやなやつじゃないから、いいか。

 しばらくすると、先生がはいってきた。

いろいろ説明がなされて、それで終わり。一年生から二年生になっただけだから、たいしたことは言われない。今日は始業式と、学級活動、いわゆる学活というやつだ。

「えー、じゃあ、自己紹介してもらおうかな」

 今日は自己紹介でしめくくられるのか。

「おっと。悪い、先生の自己紹介がまだだったな」

 そういえばそうだった。

カツカツ・・・と白墨で、黒板に名前を書いていく。

横山よこやま 悠治ゆうじと言います。担当は社会科・・・本分は世界史だね。

と、まあ、これぐらいしか言うことはないなぁ・・・。

あ、年齢は二十八です。何か質問はあるかな?」

 さっそく一人の男子生徒が挙手をして質問を浴びせた。

「えーと、君は、佐村くんだね。なんでしょう?」

「ご結婚はなされておりますか?」

 一同が好奇の目を先生に向ける。

「まぁ、これを見てくれよ」

 そういって左手をかざす。

きらりと薬指に輝く指輪。

満面の笑みだ。

「ありがとうございました」

 佐村とかいうやつも笑顔を返して座る。

それ以後は質問もなかったので、生徒の自己紹介にはいった。

一人ずつ立って自己紹介をする。

ぼくもした。

「えっと、巳束あおいです。あおいって言っても見てのとおりの男です。趣味は読書です」

 なんかすごい簡単な自己紹介だ。

とはいってもみんなこんなものだけど。

 そうして順々に回っていって、ぼくの隣の人。

 ところで、さっきから気になっていることがある。

隣の子がすごくかわいい子だということだ。

目が釘付けになりそうなのを、我慢している。

気を抜いたら一時間でも二時間でも見つめてしまいそうだ。

 と、彼女が立って、しゃべりはじめた。悪い声じゃない。

・・・・・・脳裏に、『あばたもえくぼ』という言葉が浮かんだが、この声は掛け値なしに悪い声じゃない、と即座に切り返した。

矢薙やなぎ しおりです。料理を作るのはけっこう好きです。あ、あとバドミントン部にいます」

 あんまりにもかわいい人で、くらくらしてきた。

 ミツカ、と、ヤナギ。

出席順で並んでいるから、隣になったわけだ。

ぼくはちょっとだけ、自分の苗字に感謝した。

 自己紹介がすんだ。

「それじゃあ、帰りましょう。さようなら!」

 先生の声に、さようならーと、生徒が返して解散した。


精神的に苦しい人には二次元の扉を開くのもひとつの手かもしれない。

 まあ、俺にはあそこはつらすぎるけど。

二次元の住人たちと、俺たちの間には絶対に越えられない壁がある。

奇跡でもおこらぬかぎりその壁は越えられない。

 そもそも彼らはまがいもの。

自然じゃない。まがいものでない、自然な俺たちとは、違うのだ。

世界が、違う。次元も、違う。

 でも、まがいものであっても、なぐさめにはなるかもしれない。

現実でないから、現実でないことだって起こせる。

 まあ、今はとりあえず。

ゆっくり幻想への扉を閉じて、現実に帰ろう。


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