ニートの日常
ああでもない、こうでもない。これも違う、、、。
スマートフォンを眺めながら一人愚痴る少し匂いがきつい少女がいた。
コミュニティの狭い田舎で育った彼女を知っているものから見れば、精神科医に診てもらうべきだと。
側から見れば、独り言の多い関わってはいけない人物だと思われるだろう。
しかし、彼女に好奇の目を向けるものはない。
風呂には2週間は入っていない。ヘアバンドで髪を上げ、夏だと言うのにモコモコで肌触りの良い服。目を悪くしないようにと牛乳瓶の底のようなブルーライトカットメガネ。
それでも世間に目立つことがないのは彼女が生粋の引きこもりのニートであったからだ。
部屋はカーテンがいつも閉ざされており、床は足の置き場がないほどに散らかっている。
彼女が部屋の外に出る時、それはトイレに行きたくなった時のみである。彼女が家から出ることはない。
食事は彼女の母が部屋まで運んでくれるため困ることはないし、何とも羨ましい、ニートの鏡のような存在であった。
ニートの鏡の名は 天野凪 四人家族の長女、2つ下に弟がいる。そしてニート歴は四ヶ月。
今年の春大学を卒業したピチピチの新卒、、、、になるはずであったが彼女が社会人を経験したのは6日間の出来事だった。
退職したその後の事は察していただきたい。
「チッ、ヘッショ逃した」
凪はスマホで出来るとあるショットゲームにハマっている。
プロのゲーマーになれるわけでもないし、なるつもりがあるわけではないが世界で1000位以内にしか与えられない称号、ランカー入りを果たすべく、ここ最近はゲームに時間を費やしていた。
凪自身もそんな日常で構わなかったし、凪の両親もやりたいことが見つかるまでは、、、と見守ってくれる良い両親であった。
お昼ご飯を持ってきた母は凪にいつもと同じように声をかけた。
凪の好物の匂いが部屋に漂う。
「凪、カーテン開けなよ〜、そんなだとカビが生えてくるぞっ♡」
「母さん、いつも言ってるでしょ。このゲーム明るいと画面見えなくなるの。」
凪もいつものように返答した。しかしこれは全くもって嘘である。
凪は外の世界と関わりを断ちたかった。凪にはこの薄暗く光る部屋で十分であった。何せ太陽を感じたくないので。
「今日はいいお天気よ、クーラーの中でモコモコしてるなら海でも行ってきたら〜」
「何でだよ、急に海はハードル高すぎでしょ、干からびて死ぬわ。」
ーそうかなぁじゃないんだよ、海はやばい。あの、潮が。そう潮風が。というかこの部屋よく掻い潜ってこれたな、忍者かよ。
心の中で突っ込みつつ、物を踏まぬよう近づいてくる母を横目に凪はゲームを続けた。
母は凪が転んでいたベットの横まで辿り着くと、机に食事を置きベッドに腰をかけチラシを一枚差し出してきた。
「ねぇ凪見て、これ面白そうじゃない」
「今いいところなんだけど」
「後どれくらい待てばいいの」
「こいつが死ぬまでかな、長かったら後20分」
「じゃあ初めてすぐね、お母さん凪とお話ししたいからそれやめてよ。」
それは違うゲームの時間配分、と思いつつ凪は渋々ゲームを中断した。
養って貰っていることに負い目を感じている事も理由になるのだが
こう言い出した母は誰にも止められないことは知っていた。20分間永遠に集中をかき乱されるだけだ。
「それで何を見つけたって」
ゲームをセーブし、寝転んだまま凪は問うた。
「これよ、色々調べてくれるんだって。お母さん行きたい。」
凪がチラシを覗き込んだ。
魔法少女と狐の会話がいかにも女児が好きそうな絵で描かれており、漫画方式での宣伝だった。
女児向けアニメが苦手な凪はため息を吐きつつ読むことにした。
「狐君、何を探しているの?」
魔法少女が声を掛ける。
「マリーじゃないか!僕、今、職を探してるの、、、何かいい仕事知らない?」
魔法少女はマリーというらしい。
木陰で休んでいたところ、辺りを見回していた狐を見つけ声をかけたようだ。
「ああ!それなら私が魅てあげるよ!そこにお座り。」
マリーは狐の頭にヘルメットに管が何本も着いたものを被せた。
「ええ、何これ、僕にこんな機械つけないでよぉ、、、!」
当然狐は嫌がる。
それでもマリーは気にする様子はない。
嫌がる狐を無視したまま、マリーは数字を口にする。
「5、、、4、、、3、、、2、、、1、、、、、、0」
マリーのカウントダウンが終わった瞬間、あたりは光に包まれていた。
次のコマでは狐に雷が落ちていた。
「狐君の適職は護衛任務だね!!ボディガードの仕事につくといい!次はあなただ!!」
女児が好きそうな笑顔で、最後に魔法少女はこちらに指を差しウィンクを決めていた。
内容は全く女児向けではなかったが。それに展開も早すぎる。
それを読んだ凪は思った。
ーこの母、自分に仕事をしろと言っているのか、、、、?
漫画の感想より母が仕事をしろ遠回しにと訴えてきたことに驚いた。
凪は母が今までそれを仄めかす素振りしたのをを見たことがなかったからだ。
しかし凪の意志は強かった。
「…行かないよ。そりゃぁちょっとは悪いとは思ってるよ、けど、、けどさぁ……。」
寝転んでいた姿勢から体操座りに直り、膝に顔を埋めた凪は不服そうな目を母に向け言い訳を始めた。
それを見ていた母は不思議そうに首を傾げた。
「お母さん、この間仕事をクビになっちゃったからついてきてよ〜」
「仕事をクビに、、、そりゃ適職も探したいよね〜でも私は行かなくていいと思う、この現状に満足しているわけだし、、、」
「でもお母さんお仕事がしたいわ、だから一緒に着いてきてくれない?」
ーそっかー、でも仕事をクビにされても、、、、クビ、、、、?
凪は考えた。まずは自分の考えは杞憂だったと安心した。そして次にクビについて自分の頭に検索をかけた。
そしてとても驚いた。なにせ母はここ半年で4回職を変えていたので。
「待って、またお母さんクビにされたの?」
「今回はお母さんが置いた食器がお客さんの頭上に降っちゃたらしくて、、、、」
「前はお客さんの指をドアで詰めたって、、、」
「とっても痛そうだったわね、その前は食器を全部割っちゃて、、」
「なんでまたそんなことに、、、」
「相性よ、この仕事とも相性が悪かったのよ」
笑いながら話を続ける母。
一般人であれば落ち込み、それでも不安を見せないために笑おうとするだろう。
しかし凪の母はから元気なわけではなく、本気でそう思っている。
少し頭はアレなのだが、凪の母は根からのポジティブだ。それは眩しすぎるほどに。この母のおかげで凪の心にはまだカビが生えないのかもしれない。
仕事のスキルは少々追いつかないようであるが。
ーなぜ母はこんなにポジティブなのに私は究極のネガなんだ、、、
それについてはよく考えているのだがお腹の中に置いてきたくらいしか考えは思いつかない。
そして凪の置いてきたポジティブは弟に全て取られていた。弟も陽属性なので。
「だからね、着いてきてくれるよね?」
凪が現実逃避を決め込んでいると、首を再度傾げながら聞いてくる母。
その年で首を傾げるな、さっきから可愛くねーんだよ。
心の中で言った。凪は悟い子であったので言葉には出さなかった。
母にダンマリを決め込み、横目で今日の献立を確認した。凪はまずご飯を食べることにした。
それでも母は諦めない。
「ね、凪ならきてくれるでしょ?」
「行かないってば、ご飯食べるからそこ退いて。」
「ツンツンしちゃって〜、ね、凪も見てもらおうよ!!人生の参考になるかもしれないでしょう?」
ーそりゃあそうだろう、自分のことを調べるんだから
心の中で思いつつご飯を食べるスペースを作る。
その途中、凪は気になることがあった。
「というか誰が拾ったの、その胡散臭いチラシ」
「これはりっくんが持って帰ってくれたの!凪をそろそろ連れ出せばって!」
りっくんとは凪の弟、 天野陸 のことである。
陽属性であり、笑顔がよく似合う男だ。陽の象徴であるバスケを小学生の頃から続けており、今は大学へ通っている。
陸は母とは違い、頭の出来がとても良かった。文武両道、容姿端麗、友達も多い陸だが陸にも欠点があった。
それは裏表激しいことだ。普段、他人に見せることはないが家に帰り気を抜くと悪口のオンパレード、苦手な子には陸しか気づかないような嫌がらせもしているらしい。何をしているかは聞かなかった。怖いので。
凪や家族には裏の姿を見せ、それでいても優しいので、それが素の姿であると信じたい。
そして、その陸に久しぶりに凪は裏切られていたのだと知った。陸も母の猪突猛進な性格をもちろん知っているので完璧に嵌められている。
「…取り敢えずご飯食べるから」
凪は現実を見ないことにした。
外に出る現実を少しでも伸ばしたかった。
「あ!ご飯食べてからきてくれるのね!!」
母の予想外の返事に凪の好物は気管へ入った。
「じゃあ後一時間後に家出ようね!お母さんも準備するわ〜♡」
ー待って、え、気管に飯を詰まらせた娘を置いて行く気!?てか一時間後って!?
「凪、モゴモゴ何言ってるかわからないわ、一時間後リビングに集合ね!じゃあまた後で♡」
扉を閉め、足音が遠ざかった。
「お風呂、、、2週間入ってないんですけど、、、」