超超超遠距離恋愛
「宇宙は途方もなく広いですけど、こんなにピッタリと波長が合う人はきっとあなただけです」
銀河系マッチングアプリで運命的に出会った彼は、私にそんなメッセージを送ってくれた。3万光年離れた場所から届いたそのメッセージ。嬉しさのあまり、何度も何度もアプリを起動しては、数週間前にもらったそのメッセージを見返してしまう。趣味が同じだという理由でやりとりを初め、お互いの共通点の多さに驚いて、それから呼吸をするように仲を深めていった。途方もなく広いこの宇宙で、彼と出会えたのはきっと奇跡なんだと思う。
毎日仕事が終わって部屋に帰った後に、私は地球から、数万光年離れた場所に暮らす彼へメッセージを送る。超光速伝送技術が開発された今でも、私のメッセージが彼に届くのに数日がかかる。だけど、待っている時間は嫌いではなかった。私は30分ほどかけて長い文章を入力した後で、アプリのメッセージ送信ボタンを押す。
そして、それから。部屋の窓から彼がいるはずの遥か遠くの星を眺める。遥か遠い場所に住む彼のことを想いながら。
【超超超遠距離恋愛あるある その一】
『メッセージの往復に時間がかかる分、一回一回のメッセージが長文になりがち』
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世界が発展して、幸せの形も様々になった。結婚だけが幸せになるための方法ではないし、周りの知人や親が、私が結婚してないことをやいのやいの言ってくる時代ではない。私自身も仕事にやりがいを感じているし、プライベートは趣味のアウトドアに没頭して毎日を充実させている。銀河系マッチングアプリへの登録だって、知人に招待されて付き合い半分で始めた感じだし、そもそも本当に結婚願望があるんだったら、数万光年離れた場所に住む彼と仲良くなろうなんて思わなかったはずだ。
「僕と結婚してくれませんか?」
だからこそ、彼からそんなメッセージをもらった時、私はすごく戸惑った。私には結婚願望がないこと、それからそもそも一度も会ったことのない、三万光年も離れた場所に住む人同士が結婚するなんて可笑しいでしょと彼に伝えた。私のメッセージが銀河を三日かけて彼に元に届いて、さらに三日かけて彼からの返信が私の元に届く。
「元々結婚する予定がなかったのであれば、一度も会ったこともない、遠く離れた人と結婚しても問題はないじゃないですか」
そんな揚げ足の取るような言葉に続いて、いつも私が楽しみにしているような他愛もない話が続く。私は彼からのメッセージを何度も何度も読み返しては笑って、遠い場所にいる彼のことを考えた。彼のことが好きという気持ちは疑いようがなかったし、彼の言う通り、元々誰とも結婚するつもりがなかったのであれば、一度も会ったことがない誰かと結婚するのも別に悪くないことではない。
私はじっくりと考えて、何度も何度もメッセージを書き直して、それからようやく書き上げたメッセージを彼に送る。
「不束者の娘ですが、どうか末長くよろしくお願いいたします」
そんな戯けた言葉で始めた私のメッセージを読んだ彼のリアクションを想像して、私は部屋で一人、微笑むのだった。
【超超超遠距離恋愛あるある その二】
『プライベートと仕事を充実させてる人の方が、関係が続きやすい』
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子供が欲しい。ある晴れた日の朝。何の前触れもなく、何のきっかけもなく、ふとそんな考えが私の頭に思い浮かんだ。
結婚してからも彼とは一度も会うことはなく、それまでと全く同じ関係のまま数年という歳月が経っていた。確かに彼とはまだ直接会ったことはないけれど、メッセージを通して彼とは絶えず連絡を取り合っているし、積み重ねてきたメッセージと月日は、そっくりそのまま彼への愛着に変わっていった。
結婚願望がなかったのと同じように、子供が欲しいという願望も元々はなかった。それに、超超超遠距離恋愛、というか超超超遠距離結婚を決めた時点で、子供を作るという発想自体が湧いてこない。最初は気の迷いと決めつけて、何でもないように自分の生活を続けた。それでも、日を追うごとに、いや彼とやりとりを交わすごとに子供が欲しいという気持ちは強くなっていった。すれ違う親子連れにどうしても目が向いてしまうようになり、SNSでの友達の出産報告がやけの胸をざわつかせた。
別に誰の子供でもいいというわけでは決してない。私と彼の子供が、愛の証が欲しかった。抑えきれなくなった気持ちを打ち明けた時、彼は私の気持ちを十分に理解してくれた上で、私を傷つけまいと慎重に言葉を選んで反対した。
もちろん彼が反対するのは理解できるし、実際、数ヶ月前の私は彼と同じ考えだった。それでも、私は彼に強く訴え続けた。彼を愛していること、そして彼との子供が欲しいことを。
そんな悶々とした日々を過ごしていたある日。私の家に宇宙宅配便で荷物が届いた。差出人は彼で、それもかなりお値段が張る超光速冷凍便。私が荷物に貼られていた伝票を確認すると、内容欄には冷凍保存された精子と記載されていた。荷物が届いた直後、彼からタイミングよくメッセージが届く。メッセージには私の気持ちをずっと考えていたこと、そして、送った荷物が彼なりの結論だということが書かれていた。
子供の名前を一緒に考えよう。彼のメッセージの結びにはそんな言葉が添えられていた。私は携帯をぎゅっと抱きしめる。それから未来への期待と、彼への愛おしさで私の胸がいっぱいになっていくのがわかった。
私は彼に伝える子供の名前を考え始める。男の子だったら、昴、流星、銀河。女の子だったら、星奈、晴月……。私は色んな候補を、彼へのメッセージに打ち込んでいった。
【超超超遠距離恋愛あるある その三】
『子供の名前を、宇宙に関係する名前にしがち』
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子育ては苦労の連続だった。会えないからという理由で彼はかなりの額の養育費を振り込んでくれたし、経緯はどうあれ両親は初孫である娘の誕生を心から祝福し、積極的に子育てに協力してくれた。
それでも子供は親の思う通りには育ってくれない。わがままは言うし、人に迷惑はかけるし、誰に似たんだろうって思うくらいにやんちゃな性格をしていた。昔はお互いに喜びを共有していた彼とのやりとりも、次第に日頃の不満や愚痴が増えていった。彼は辛抱強く聞いてくれたけれど、その優しさが逆に気に障って、八つ当たり混じりのきつい言葉を言ってしまうことも多くなった。
子供は可愛いし、彼のことは愛していた。それでも、子供が産まれたことによる環境の変化とか、慣れない子育てに忙殺される毎日に、私は少しずつ疲弊していった。
「というかさ、今まで一回も相手と会ったことないんでしょ? それってさすがにおかしくない?」
久しぶりに再会した友人とのランチ。彼女が怪訝そうな表情で私にそう問いかけてきた時、私は一瞬言葉を失ってしまった。3万光年も離れた惑星から地球に来るのにはすごいお金と時間がかかるし、仕事で忙しい彼はなかなか地球にやってくることができない。それは十分に理解していたし、それ込みで彼と結婚したはずだった。それでも、以前なら笑いながら言い返せていた言葉が、疲れ切った私の心に深く突き刺さる。そして、言葉でえぐられた穴から、今まで必死に閉じ込めていた不安と疑念が湧き上がってくる。
長年のやりとりで彼のことを知った気でいるけど、果たして私の知っている彼は本当の彼なのだろうか? 私は彼を愛しているけど、彼は遊びで付き合ってるだけで、私の滑稽な姿を笑って楽しんでいるのかもしれない。私と彼は結婚したつもりでいたけど、彼の妻は宇宙のあちこちにいて、私はその中の一人に過ぎないのかもしれない。
疑い始めたら最後、彼へ疑いの念は日を追うごとに強くなっていった。彼もそんな私の変化に気付いたのか、私を心配しているかのようなメッセージを送ってきた。だけど、そのメッセージ自体も、猜疑心に取り憑かれた私にとっては、私を騙そうとしている詐欺師の言葉にしか見えなかった。あれだけ楽しかった彼とのやりとりが、私はだんだん嫌になっていった。遠い場所にいるのではなく、そばにいてくれさえすれば、もっと安心できたのかもしれないし、こんな辛い気持ちにはならなかったのかもしれない。
もう別れよう。そんな考えが私の頭の中で思い浮かんでは消えていく。彼からこんなメッセージが届いたのは、そんなある日のことだった。
「今いる惑星から、地球への転勤がようやく決まったよ」
【超超超遠距離恋愛あるある その四】
『直接会えない分、ふとしたきっかけで相手への不信感が強くなっていく』
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「ねえ、パパってどんな人なの?」
いつもお手紙でお話ししてるでしょと私が言うと、娘はそうだけどさー足をぷらぷらと揺らしながら笑い返してくる。宇宙空港の待合室。長い長い宇宙の旅を終え、地球へとやってくる旅人たちを待つ人でごった返していた。私たちは端っこのベンチに並んで腰掛け、次の便で地球に到達する彼を待っていた。
地球への転勤が決まってから五年の月日が経ち、私たちの娘は小学生になった。どこで覚えたんだろうって言葉を使って私を驚かせたり、自分なりに必死に考えた言葉で私や彼に自分の気持ちを伝えられるようになっていた。娘の成長は彼も知っているけれど、実際に対面した時、彼は一体何て言うだろう。
小さな宅配便とは違って、人間が数万光年もの距離を移動するのには、超高速伝送法を使ったとしても何年という時間がかかってしまう。どうか地球で待っていてほしい。子育てでボロボロだった私に、彼はそう言った。
「パパはね……ママがあなたの次に大好きな人だよ」
別れようとしたこともあった。一度も会ったことのない私たちの関係を陰で悪く言われることもあった。だけど、私たちは超超超遠距離にいながら、愛し合い続けることができた。直接会うことはなかったけれど、たくさんの言葉と感情を、私と彼はわかちあうことができた。それ以上に、一体何を望むのだろうか?
宇宙船の到着を告げるアナウンス。待合室が騒がしくなる。私と娘は指し示したように立ち上がり、それから到着出口へと手を繋いで歩いていく。ゲートが開き、長旅を終えた人々が流れ込んでくる。ゲートを潜る人の顔を一人一人観察しながら、私は彼が姿を現すのを待った。大勢の人がゲートをくぐり、再会を喜ぶ歓声をあげる。彼はまだ、現れない。
直接会ったことがないから、ぱっと見ではすぐにわからないかもしれない。そんな不安が私の胸を掠めたその瞬間だった。
「パパ!」
娘が声をあげる。その瞬間、私もまた人混みに紛れた彼の姿を見つける。私の大好きな彼の姿を。
彼も私たちに気がつき、右手をあげる。娘が私の手を振り解き、走り出す。娘の小さな背中を追いかけながら、私もまた最愛の彼の元へと駆け出した。
【超超超遠距離恋愛あるある ラスト】
『何だかんだ、最後は愛が勝つ』