1 不死身化の是非
二〇XX年。
二十年前の世界大戦により大地のほとんどが荒廃し、人類は屋内ビル型都市での生活を余儀なくされた。
そんな近未来にも一つの希望があった。
不死身化である。
大戦中に未開の地で発見された薬草を化学合成し精製された不死身化薬が開発された事により、少子高齢化社会の解消、環境汚染による人類滅亡の危機から逃れられる事が期待されている。
しかし不死身化薬にはある制約があった。
満年齢十五歳の間一年間のうちに服薬しないと効果を発揮しないだ。不死身化薬は新発見された薬草の成分を使用しているので未だに不可解な謎が多くこう言った不条理な作用機序となっている。
なので不死身化薬無償投薬制度が先進国数カ国で施行されて三年経過した現在でも効果を疑問視する声、副作用を恐れる声が多く服薬率は六割程度となっている。
服薬の可否を決定するのは服薬者本人の意思に委ねられている。即ち十五歳で自身が不死身となるか寿命を全うするか決めなくてはならないのだ。
そんな究極の選択の瀬戸際に立たされているのが現在十四歳で中学三年生の俺、恋澄真言だ。
「不死か終生か。どうにも決めかねる」
俺は机上の進路調査票を凝視しつつ頭を悩ませていた。
「おいおい。まだ決めてないのかよ。提出日は今日までなんだろ?」
悪友の愛庭芳生が煽り立てるように言った。
「不死身のまま永遠に生きるか。年老いて死ぬか。こんなのすぐ決められる方がおかしいよ」
「普通は不死の方がいいと思うけどな。誰だって死ぬのは嫌だろう」
「不死身化薬無償投薬は導入からまだ三年しか経ってないし、服薬後に暴力的になったり逆に無気力になったりと性格が大きく変わったって言う報告も聞くし不安要素が多過ぎるよ」
「対象者が思春期の児童なんだから性格の変化は薬の所為とは断定できないって見解が有力じゃないか」
「そういう考えもあるのか。あと、月並みだけどいつまでも死ねないのが辛いって考え方もあるな。芳生は不死身派だよね」
「うん。思想的には中立だけど投薬意思はあるよ。親父のノルマのためにもね」
芳生のお父さんは不死身化投薬を受けた人を対象とした、副作用が出た場合の補償と千年働ける事を仮定した積み立てプランが売りの大手保険会社の一流営業マンだ。
一人の顧客で千年分の保険料が売り上げとなるのだから、おいしい世の中になったものだ。
芳生は軽薄に見えるが根は誠実で成績も半分よりやや上だ。僕の細かい神経質な悩み事も単純に噛み砕いた論理で解決へと導いてくれる。だからついなんでも相談してしまう。
「ぶっちゃけ芳生は最初から不死身一択って事か」
「いや、俺も一通り迷いはしたよ。死なない身体なんて怖ろしいし、俺の好きな音楽畑の人間は反対意見が優勢だし。でも、自分もいつか親父みたいに家族を養っていく立場になったら突然死んだり大きな病気に掛かるわけにはいかないからな。第一死んだら音楽が聴けなくなる」
「芳生は大人だなぁ」
「逆に真言は死ぬのを誰よりも怖れているのになんで迷っているんだ?」
「身体と頭は死ななくても心が死ぬかもしれないじゃん。その時に死ねないのって辛いなあって」
「ふーん。学年首位の秀才の考えることは分からないな」
「中二病なだけだよ。もう中三だけど」
「この話題はそんな一言で片付けられないよ。自分自身の生死に関わる事だから」
「加えて政治、宗教、思想の社会派閥分類にも関わっているしね」
現在、政府は不死身化賛成派と反対派で激しく対立している。
「そこら辺の価値は生死よりも重いから厄介だ。不死身になれば一昔前の死んで許され大義を果たせる価値観が通用しなくなる」
「命を投げる事に価値を持っていた今までの世界も十分おかしいけどね」
「そうしないとならない情勢だったから仕方がない。今、俺達が生きているのもそんな多くの犠牲の上に成り立っているのだから、敬意を払わなければならないよ。正しい道を選んで生きないとな」
「正しい道を選ぶ……選ぶ……芳生ハードル上げるなよ。余計に迷うじゃないか」
「悪い悪い。三時四五分……もうすぐ帰宅部は完全下校時刻だ」
芳生は時計を見上げて言った。
「俺は部活の時間だ。俺も早く投薬意思確認を決めないと進路担当の先生と個人面談になってしまう。誕生日までは当分先だから今回は不死身化希望で提出しよう」
「そうか。部活頑張れよ」
「ありがとう。また明日」