上中下の中
家一軒どころかそれなりの集落をまかなう資材がどう運ばれたか、昔は現代人の想像のつかない苦労をして運んだのか、その場所にある木を切ったり石を積む地産地消だったのか、あるいはそのときも搬入路は作られたのだがその道は永年放置され消滅したのか、よく解らない土地はかなり多い。家が誰も住まなくなって世話をしなくなってどれだけの期間で消滅するかは廃墟マニアとしておおよその知識を持っていても、道となると専門外である。草が伸び地面が壊れて石だらけ岩だらけになり木が増殖して道が消滅する、戦乱の時代には外敵の侵入を防ぐために道を隠したり破壊することもある、その土地を治める支配者から隠れて生産したり、落人が隠れ住んだり、捨てられた土地に追いやられた人が行き着いたりだの、ケースは複数考えられる。
四人が向かう廃村はそこまで閉鎖的ではない、他の村との行き来はあったのでそれほどの苦労はせずに進めるのだが、にしてもDは迷わず快活に三人を案内する。こういうことの探索に向いているのだろう、三人も今ではDを信頼して従っている。今までの経験が「実は三人を何かの生け贄にしようと企んでいる」なんてことも想像させない。
てくてく歩いて、まだ日が真上に登らないうちに、気をつけてみれば家々の基礎部分というのか、上物としての建物はほぼ無いが、部屋の区切りの礎のようなものは認識できるものが見えてきた。
「う~ん、廃村かー。明るいうちに来ないと解んねえなぁ」
しかしそれでもDは足を止めない。悪路を踏みしめて進み、小高い丘に進み、頂上らしきところでようやく止まる。
三人が続き、Dと肩を並べると、盆地の中に潰れた家、かろうじて建っている家、そして奥に1/3ほど崩れた寺があった。
四人とも息を整え景色を堪能していると、一人が
「神社はないのかな?」
「神様はいないってことはないだろうけど、社はどうかな」
思った事を口に出す者がいて、それに応える者がいる。
四人はザ・廃村に降りていく。
寺は最後のお楽しみとして二人ずつになって分かれ、探索を開始する。どの家も生活用品はあるのだが、骨となった死体もないし、騒動が起きた形跡もない。みんな円満に村を出て行ったのか、どこか集まる場所に移動したのか。
書き物もないので具体的な情報は得られない、といって書かれた物があっても読めるかは難しいところであろう。
食器も箸も現代のようなスッとしているものではなく、かなり不格好だ、木製が多い。子供のおもちゃのようなものもいくらかは見つかるのだが破損が激しい。
おおよそ見終わって、さて寺に行こうと集合したとき、Dが「あ」と声を上げた。
「ここ、住居エリアか。田畑がないじゃん」
そういえばそうだ、生活必需品の生産は各々の家でやっていたのだとしても、食料生産の場が無いことに気がついた。
「となると村としての規模はまだ大きいのか。田畑が別のところにあって、ひょっとしたら畜産もそこで」
「それは調べなかったな。気がつかなかった」
Dにも見落としがあるのかと知って、どこかほっとする。
四人は石段を登って寺に向かう。さっきの丘からは墓地が見えなかったが、寺の裏にあるのだろうか。
階段を上りきると寺の入り口がまっすぐに見えるのだが、そこからしてかなり荒れているのが見えた。
建物はかなり大きいのだが、かなりのスペースが本堂になっていて、その他の部屋はとても少ない。
本尊が置かれているはずのスペースも横に広く前後には狭いので、複数の仏像が置かれていたのだろうか、しかし一体も無い。床が壊され地面が見える穴が複数あり、ここでようやく何か事件が起こったことが解る。
床や壁、柱の破損が甚だしく、破片も穴も多数あって、廃墟としての度数もかなり高いのだが、仏像の破片らしき物が見当たらないのが気にはなる。廃仏毀釈運動で持ち去られたのだろうか?だとしたら明治になってからも人の出入りはあったのだろうが、その記録もDには見つけられなかったという。
住居エリアよりも詳細に写真を撮りビデオを撮影しICレコーダーに気がついたことを吹き込み、建物の裏に回ってみると何も無い。
周辺を歩き回るのだが森になっていて進める範囲は限られていて、墓が一基も見つからない。可能な限り高いところに上って周囲を見渡すのだが、墓もそうだがやはり耕作可能エリアも見つからない。
「ここの人でなければ行けない場所があるのだろうか」
「それこそ道が森に塞がれて行けないのかね」
思い思いに可能性を口にするが、これという決め手には結びつかない。
さんざん探して見つからず、ではもう帰ろうかと石段のところに集合し、四人で半壊した寺に頭を下げ階段を降り始める。
するとCが、階段の途中に歩けそうな筋を見つけた。
獣道かと進んでみると、小さな拓けた場所に進めた。
その真ん中に、井戸がある。




