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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私とジジイと闇のゲーム

作者: Taylor raw

雪がちらほらと降る白い街並みを横目に私は家路を急ぐ。

今日は三が日の最終日、正月休み最後の日だ。

塾も終わった事だしさっさと帰って温まりたい。

マフラーから溢れる白い吐息を手袋を嵌めた手に当てながら私は最後の角を曲がり自宅へと辿り着く。

ポケットから鍵を取り出し小さな鍵穴に嵌め薄い夕陽に照らされる扉を勢いよく開けた。


「ただいまーっ……と…… うっげぇぇぇぇ⁉︎」


帰宅早々思わず大声をだして尻餅をついてしまった。

何しろリビングに辿り着くとそこには薄っすらと透けた幽体のようになった親父が虚ろな表情で突っ立っていたのだ。全裸で。

正確には死体らしき親父も足下に白目を剥いて倒れている。全裸で。

透けている親父の姿はまるでドラマや漫画などでよく見る幽体離脱をしたかのようだ。

……実際にお目にかかれるとは思っていなかった

私は気を取り直し、慌てて幽体親父に駆け寄る。


「ちょっ‼︎ どうしたの、クソ親父! 喉に餅でも詰まらせたか⁈ 刺されたか? 死んだ? 死んだの⁈」


とりあえず倒れてる親父を思い切り揺さぶってみる。

白目を剥いたままの青ざめた顔には何の反応も無い。

これは本物の殺人現場だ……

本当にヤバイやつだ……


私が暫く途方に暮れていると、透けている方の親父が私のほうを向き話しかけてきた。


「……おお、奈緒か 揺さぶっても意味ないぞ? いやあ、無様なところ見せちまったなあ……」


案外普通の反応を見せる親父に私は少し落ち着きを取り戻す。

うん、本当に無様だな。


「喋れるんだ……どういう事なの……? 親父に何が起こったの? 服着てくんない?思春期の女の子にこの状況キツイんだけど」


帰宅早々に透明になった実の親父が全裸で話しかけてくるのだ。

普通のJKのメンタルなら家出案件だ。

親父は頬をかきながら苦笑する。


「ははは……パパ、闇のゲームに負けちまってね……この通り魂抜かれちまったんだよ……ちなみにご要望の服は着れない! パパ霊体だから!」


そう言って何故かふんぞり返る。

隠せって言ってんだよ、クソ親父……!

闇のゲーム、と言う単語に聞き覚えがあったので私は何となく状況を察する。


「ああ……闇のゲーム……? 今度は何を賭けたの? 胸を張らないでせめて前は隠して」


またか……

呆れながら私はありったけの侮蔑の視線を親父に向けながらジジイの行方に当たりをつける。

マッドサイエンティストと自称する私の実の(誠に嘆かわしい事ではあるが)ジジイは時折親父を揶揄うように闇のゲームと称した賭博を仕掛け親父を手ひどい目に合わせる。

確かこの前は賭けに負けた親父は数日間カルボナーラになっていたし、その前はスカイツリーに全裸で吊り下げられていた。

親父がジジイに勝った所は見たことがない。

事情を聞いてみれば大体親父の浮気へのお仕置きだったりするので自業自得なのだが。


親父は目を潤ませ膝を突いて泣きながら独白を始める。

……うざい


「俺は悪くない……! 義父さんがどうしてもって言うから……全く暇を持て余した老人は……」


その時、リビングのドアが開き聴き知った嗄れた声が聞こえてきた。


「よしお! ワシの陰口をいうたか⁈」


「ひっ‼︎」


透明親父が驚愕の表情で声の方を振り返る。

そこには白髪ボサボサ頭に白衣を着込んだ如何にもな爺さんが怒りの表情で立っていた。

件の私の実のジジイである。遺憾ながら。

何にせよ、この状況の元凶は見つかったのだ。

事情を聞き親父を解放してもらおう。


「あっ、ジジイ! 探す手間が省けた!」


「おお、久しぶりじゃな! 奈緒! ところでお前の親父の魂はこの通りじゃ! ざまあ‼︎」


ざまあ、と指を刺され、くっ、と声を漏らす親父に構わず私は事情を聞くことにする。


「で、今回の脅しネタは何なの?」


「はっはっはっ! 何を言うんだ奈緒! 潔癖なパパに脅されるネタなんかあるわけが…… おい! やめろ! やめろジジィィィィ⁉︎」


ジジイが懐から何やら写真を取り出してテーブルの上に乗せると親父が慌てはじめやがった。

なんなんだ、と置かれた写真を見てみると泥酔した親父がキャバ嬢らしき女とディープキスをしてる姿がそこには写っていた。

ほぼ予想通りのそのブツに私の表情筋は死んでいく。

喚き続ける親父を尻目にジジイは写真を指差しながら説明を続ける。


「ほれ、これが今回の闇のゲームの景品じゃったんじゃが…… このキャバ嬢はJDじゃ。奈緒と4つしか変わらん。よく見ておくんじゃ奈緒、これがうす汚い大人の世界じゃよ……」


「ああ…… なるほど、これを母ちゃんにバラすと脅したわけね…… もう分かったからしまってよ、ジジイ」


「ちょっと、奈緒ちゃん? そんな汚い目でパパを見ないでくれるかなぁ? 大人にはねぇ、仕事の付き合いってヤツがあるんだよ、聞いてる? 奈緒ちゃん?」


クソみたいな言い訳だな……隣の同僚らしきリーマンも引いてるじゃねーか。

親父を無視して私は仕方なくジジイを説得することにする。


「ジジイ、戻してよ…… 明日からウチが困るじゃない…… それに母ちゃんが帰ってきたら大変だわ」


「そーだ! ソーダ!」


私の言葉にちゃっかり乗っかり、透明親父が威勢よく腕を振り上げ抗議する。

……うぜえ


しかしこのジジイは簡単には首を縦に振らない。


「負け犬よしおは黙っとれ! くくく……奈緒よ、その辺は抜かりない……! お前の母さん……つまりはワシの娘と婆さんは今日から3日ほど温泉旅行じゃ! 今日一緒に出かけた女2人はデパートのガラガラくじで当選したんじゃ! ワシの仕込みじゃがな!」


「ええ…… ズルくない? 私も行きたかった! 本当だ! ラインにメッセきてる……てゆーか親父に罰を与えるためにそんな手間を……?」


私はスマホを弄りながら母ちゃんのメッセを確認する。

どうやらジジイの言う通りのようだ。

……それにしても親父1人嵌めるためになんて仕込みしてやがるんだ


透明親父が怨嗟を交えた皮肉をボソリと呟いた。


「暇すぎてボケてるんじゃねーの、このジジイ」


その暴言を聞いた瞬間、ジジイが何やらお経を唱え始める。


「……ああ! やめっ……」


親父から白い煙が立ち昇り始め、透けてる身体がますます透けていった。

どうやら今の親父はこの世とあの世の境目が曖昧なようだ。


「さらに透けてる! 透けてる! こんなんでも親父だからちょっと待ってジジイ!」


慌てて私はジジイの肩を揺すって止めに入った。

……成仏させる気かよ、とんでもねーよこのジジイ


「ふう…… おっとよしおを完全に昇天させちまうところじゃったなあ…… じゃが分かったじゃろう、よしおの命はワシの手の中ということに……!」


「くっ……! ジジイ! 俺の身体を返せ!」


透明親父が床に倒れ込み息を切らせながらジジイを恨みがましく睨みつける。

ジジイは嬉々として親父に更に畳み掛ける。


「最早お前は素寒貧じゃ! 身ぐるみもヘソクリも隠していた株券も全てワシが奪ってやった! これ以上お前に賭けるものなど何もないのお〜」


「……くっ!」


どんだけ負けたんだよ、クソ親父……

撤退という言葉を覚えろよ、それとも母ちゃんがそんなに怖かったのかよ……


仕方がない、親父が悪いようだし闇のゲームは絶対だ。

私は鞄を抱えてリビングを後にする事にした。


「はあ…… じゃあ母ちゃんと婆ちゃんが帰るまで会社は休んでなよ…… 私勉強するから。 じゃっ!」


そんな私に透明親父が泣きながら追い縋ってくる。

触れることは出来ないみたいだけどうぜえ。


「待って! 待って! 待って! なおちゃん! いや、なおさん⁈ 嘘でしょ⁈ こんなに困ってるパパを見捨てる気? パパはなおちゃんをそんな薄情な娘に育てた覚えは無いよ⁈」


「うるさい…… 自業自得でしょ…… JKの純情なめんじゃねー」


「まあ、待ちなさい奈緒や。いくらこのような薄汚い父親でも見捨てるのは如何なもんじゃろ」


ジジイが薄ら笑いを浮かべながらひらひらと手のひらを動かして、こっちへこいと言う。

全く、どの口が言うんだか。


「……いや、あんたが殺ったんでしょうが」


「人聞きわるいのお〜ちょっと魂を抜いてやっただけじゃ。よしおの魂を懸けて久々に奈緒と遊ぼうと思ったんじゃが乗り気じゃないようじゃの」


「うん、全然」


「そんなっ! なおさんっ⁉︎」


真顔で返事すると親父が顔をくしゃくしゃにして涙を流し始めた。

……ウザい


「まあ、そうじゃろうのお、よしおごときの魂が景品ではのお」


「何? わたし受験生なんですけど、お話を続けるなら早くして欲しいな」


やれやれ、と改めてリビングを後にしようとするとジジイがまたまた呼び止めてくる。

しかし、その内容は私にとって無視できるものではなかった。


「隣の席の北村くん」


ピタリと自然に身体の動きが止まる。


「気になってるじゃろ? 何せわざわざ進路を変えて同じ大学を志望するくらいじゃ」


振り向くとジジイがニヤリと怪しい笑みを浮かべていた。


「べ、べ、別に? たまたま私の希望とアイツの進路が被っただけだしぃ⁈ 私は勉学に全てを捧げた女ですから!」


全く、このジジイはどこでどうやって人の私生活を監視しているのかわかったもんじゃない。

私はジジイに意表を突かれた衝撃で内心で焦りながらも怒りまじりに答えるがジジイはニヤリと笑いながら先を続ける。


「まあ、まあ、年寄りの話は最後まで聞くもんじゃ。それと流れ的にわかるじゃろ? 期待しとるじゃろ、奈緒?」


「……クソ親父とは違う

アンタと私の関係はイーブンよ、賭けるものと条件を言いなさいジジイ。話はそれからだな」


「いいぞ、それでこそ我が孫じゃ! よしおとは違うのお〜」


親父のちっ、という舌打ちが聞こえてくるが負け犬は無視だ。

何の趣味ももてない社会人の悲しさか親父はこういうゲームにクソ弱いが私はジジイに負けた事がない。

毎回ポーカーや対戦ゲームで挑んでくるがはっきり言ってカモだ。

ジジイは変人だが、今までに景品として頂いてきた発明品は本物だった。

新しいオモチャが手に入ることに私は内心で胸躍らせる。


「早くしなさいよ、受験生の時間は有限なのよ」


「ククク…… お気に召すといいのお、ワシが今回賭けの対象に提供するのは……これじゃ!」


怪しい笑みを浮かべながらジジイは白衣から紫色の小瓶をとりだした。

なんだこれ。

ジジイがモニターを備え付けスイッチを押すとウサギとライオンがケージに入っている映像が映った。


「みよ! これがワシが苦心の末に開発した……‼︎ ライオンとウサギでさえくっつける程超強力な媚薬じゃ! ほれ! この映像が証拠じゃあ‼︎」


ほーん、と頷きながらもジジイの手元にある薬瓶と用意されたモニターの映像をじっと見る。

映像はジジイの助手らしき男がケージで仕切られたライオンとウサギに薬を飲ませるところから始まっていた。

やがて二匹が薬を飲み終えるとケージから放たれる。

おい、ウサギ食べられるだろ、と思いながら見ていたら二匹はなんとコトに及び始めたのだ。

私はモニターをひっくり返した。


「いや! 高校生になんてもん見せてんだジジイ‼︎ つーかこんなあぶねー薬を孫娘に渡そうとすんな!」


「じゃ、いらんのかの?」


ぐぐっ……

北村の顔と私のギリギリの偏差値、ジジイへの勝算などがグルグルと私の頭の中でシェイクされ計算が繰り返された。

暫くの逡巡の後、頭から煙を吐いた私はジジイに向き直る。


「ふんっ! そんな危ない薬なんかに全然興味ねーけどジジイに悪用されたらあぶねーから平和のためにもアンタと遊んであげるわ!」


ジジイはその返事にコキキキ、と嬉しそうに笑い手を叩いた。


「よしっ! 決まりじゃ! 奈緒よ、お前が負けたらジャージ姿で明日北村くんに告白してもらうからのお!」


「クッソジジイ……!」


本当に嫌なところを突いてくる。

絶妙な嫌がらせのセンスである。

このクソジジイ……!


「えっ…… 奈緒ちゃん、パパ元に戻りたいなぁ……」


何も聞こえなかったので私は無視して話を続ける。


「さて、今回の闇のゲームの種目じゃがお前の得意なFPSを採用することにする。ワシ、ゲームはよう分からんから代打ちを頼むことになるがいいかの?」


「血迷ったか、ジジイ。あんたがそれでいいならいいよ」


私は生粋のゲーマーであるが、FPS……それは私のホームグラウンドであり絶対領域である。

ジジイ相手でなくても負ける気はしない。

しかしジジイは更にテンションを上げ何やら振り向き後ろの戸に向かって合図を送る。


「コキキキキ! よし、では紹介しよう! ワシの新しい友人ペガソスくんじゃ!」


ジジイの合図と共に扉が開き何やら長い金髪の白人が不敵な笑みと共にやってきた。


「ハーーイ‼︎ ハジメマシテ! ナオガール! ファンタスティックゲーマー!  今日はあなたにハイボクのニモジを教えてアゲマース‼︎」


白いスーツを着たその男は不敵な笑みを浮かべ続け私を見下ろす。

……なるほど手のタコを観察するとそれなりにやるようだ

だが私の敵ではない。


「また濃い色モノ外人が出てきやがったな、やっつけてやるぜペガソス」


「フフッ……! いい勝負をしまショウ……!」


「そいつはアメリカからワシが雇って連れてきた凄腕のゲーマー『テキサスのドラゴン』じゃ! 今夜は震えて眠るがいい奈緒……! クククク……! コキキキキッ……!」


……そこはペガサスじゃねーのかよ!

ジジイとペガソスがまた不敵な笑い声を上げる。

ほんとうぜえ……!

とっとと排除しちまうか、このバカども。


対戦タイトルは世界的な人気FPSブラックバレットX。

基本的にネット通信による5vs5の対人バトル制のFPSであるが、今から始めるゲームは私とペガソスのタイマンである。

AIを使って頭数を合わせるモードで対戦することになった。

このモードではAIによる操作キャラクターである兵士には自由にパラメータやら役割やらを割り振る事ができる。


「では10分後にスタートじゃっ! 各々自分の操作するリーダーである兵士がキルされた時点で敗北! イカサマ、課金武器使用はなし! せいぜいパラメータの割り振りに悩むことだな、奈緒!」


「楽しみにしてマース‼︎」


手の内がわかるので一階リビングと隣り部屋に置いたモニターに別れ闇のゲームを行うことになった。


「ふん、返り討ちにしてやんよ」


「奈緒ちゃん、パパ寒くなってきたよ…… 主に心が……」


リビングに残った透明親父がなんとも情けない声を出す。

……指でもしゃぶってろ


「そこで見てろよ、親父。まあ、そのうち戻してやるって」


「奈緒ちゃん…… いや、奈緒さん……!」


適当な答えになんか感動して涙を流してやがる。

やれやれ、私はコントローラーを持ち上げエディットを始めることにした。


「さて、と。どうすっかな」



……10分後、モニターにジジイとペガソスの

顔が映し出された。


『準備は出来ましたカ? ナオガール⁉︎』


「ああ、ペガソス。ぶっ飛ばしてやんよ」


中指を立てて舌を出してやる。


『クククク…… 奈緒よ、ジャージ姿で無様に振られるがいい……!』


「クソジジイ……! 終わったらてめえの性根も叩き直してやんよ……!」


……全く、性格の悪いジジイだ。


『さあ、ゲームスタートデスッ‼︎』








闇のゲーム 【ブラックバレットX】ルール


ルール1 5vs5のバトル

ルール2 各々の操作するリーダーをキルした方を勝者とする

ルール3 イカサマは発覚した時点で終了


賭けの対象


・奈緒

明日ジャージで隣の席の北村に告白すること


・退蔵

開発した超協力な傾国の媚薬




「クククク……! 奈緒め……! どこに隠れとるのかのお?」


「退蔵サーーン! ドロブネに乗った気持ちでいてクダサーイ!」


「沈むわい、それ」


ランダムに選ばれた今回のフィールドは夜間の戦場跡廃墟であった。

モニター上には戦場である夜の廃墟のビル群が映り、ペガソスの操作するリーダーを囲むようにして銃やシールドを手にした兵士たちが慎重にフィールドを歩いていく。

戦力を分散させる戦術もあるがペガソスは5人で固まって移動する堅実な戦法を採用した。

うち2人は筋力にパラメータを特化させて人間の身体を覆い隠すほどのシールドを持たせてある。

大きなシールド持ちは武器を携行する事は出来ないが銃撃を防ぐ事が出来る強力な壁役となってくれる。

ペガソス得意の不敗戦法である。


「頼むぞい、ペガソス。あの生意気な孫娘に一泡吹かせてやってくれい!」


「ギッテンショウチ‼︎ この戦術でワタシが敗れたことはカツテアリません!」


その時、左右から銃声が轟き、ペガソスの前を固める兵士のシールドに断続的な衝撃が走り火花が散った。


「oh! 会敵デス‼︎ シールド持ちは前をカタメテ‼︎ 残りはスコープを使って索敵! 見つけ次第迎撃デース‼︎」


前に出たシールド持ちの兵士2名がペガソス含む3名の盾となり、守られた3名が懐から取り出したスコープで安全な位置から索敵する。

シールドにはダメージ耐性が設定されておりこれを超えると破壊されてしまう。

シールドに示された数字が1000からたちまち500くらいまで削られていく様子が画面に表示される。

退蔵は焦りを覚えペガソスの肩を叩く。


「おい! 大丈夫か⁈ かなり撃たれとるぞい‼︎」


しかし、ペガソスは余裕の表情であった。


「心配イリマセーン‼︎ シールドは重いデスがその分硬いのデス‼︎

……そして」


不敵の笑みを浮かべ淡々とコントローラーを操作する。


「そこデス‼︎ 右のビルの屋上と左のビルのバルコニー、そして塹壕の後ろデス! 斉射‼︎」


敵の位置を捕捉したペガソスはシールドの影から残り3名の兵士と共に敵に向けて斉射する。

画面の端から血しぶきが飛び、右の建物の屋上に『death』と赤文字で表示された。

退蔵はニヤリと笑みを浮かべペガソスに問いかける。


「よし、やったか⁈」


「狙撃は止みましたネ。しかし、どうやら仕留めたのは1名だけで後は取り逃したようデス」


「チッ」


ペガソス側の兵士の1人が肩に一撃喰らったがすぐさま衛生兵の治療により回復させる。

シールドにはダメージがあったがまだまだ使えるようだ。

今の攻防で受けたペガソス陣営の実質のダメージはゼロだった。


「分かった事がありマース。ナオガールは分散戦術を採用しまシタね。今の兵士3名は動きから察して敏捷性にカナリ特化したパラメータデス」


敏捷性に極端に振ったという事はその兵士に合わせて動ける兵士がいないという事なので少なくとも奈緒は2チーム以上に分けて行動しているということになる。

ペガソスはほくそ笑みながら両手で抱えた巨大なマシンガン「ビッグG」に弾薬を補充する。

このゲーム最強の火力を誇るペガソス得意の武器である。

生命力や筋力にパラメータを振っていない兵士など弱兵であり自分の武器ならたちまち粉砕できる、とペガソスは断定した。


「私の重火器で1匹ずつ蹴散らしてやりマース‼︎」


「ほう、頼もしいの、ペガソス!」


「後方とトラップに警戒しなガラ、今の蚊トンボ共の後を追いつつ仕留めマス! では前進!」


ペガソスチームは統制の取れた動きで今の狙撃兵たちの後を追う。

しかし、ペガソスの予定通りには事は運ばず、行く先には落とし穴やプービートラップが仕掛けられており犠牲は出なかったが相当の時間を費やされた。

退蔵から奈緒の凄腕の狙撃術を聞いていたペガソスはこのような策を弄する展開に少し幻滅を感じていた。


「ナオガールは小賢しい手をツカイますね。得意の狙撃を見られると思ったのですガ」


「言ったじゃろう、それがアイツの持ち味じゃ。なかなか手の内はみせんよ。そろそろまた仕掛けてくるぞ。油断するなよペガソス」


「ラジャー‼︎」


このゲームでのトラップの扱いは悪く少し注意すれば見抜いて解除する事が出来る。

結局は銃火器による撃ち合いがものをいうのだ。

……そうなった場合、重火器を有する自分に必ず軍配が上がる

ペガソスは頭の中で戦略を組み立てほくそ笑んだ。

その時、また前方を進む兵士のシールドに銃撃の火花が散った。


「おっと」


スコープ越しに観察すると追っていた2人の蚊トンボが腰に銃器を構え発砲しながら迫ってきていた。

ペガソスはますます内心で失望する。

……所詮は日本のJKか


「特攻デスか…… どうやらネタ切れのようデスネ! あなたには失望シマシタ、ナオガール!」


ペガソスはシールドの影から巨大なマシンガンを突き出し敵を目掛けて残りの2名と一斉に乱射を始めた。

ドルルル……!と凄まじい轟音と共に地面までもが削れていく。

遂に蚊トンボ2匹は地面に倒れ伏し頭上には『death』の文字が浮かぶ。


「私の乱射から逃げられるモノはいまセン! ヨシ! 後はナオガールを捕捉シテ血祭りデス‼︎」


退蔵はコキキキ、と手を叩きながら歓喜した。


「よっしゃい‼︎ これで残り2匹じゃ!」


その言葉にペガソスも頷く。


「油断は禁物デスが、敵軍残り2名に対して我がチームの損害は0。もはやチェックメイトでーす!」


その時だった。

ペガソスチームの後方に聳える廃墟の屋上の影がゆらりと蠢くとビルから飛び降りた。

上方の影に気づいた兵士たちは手にした銃器を構える。


「はっ⁉︎ また伏兵デスか?」


ズガガガガ、とペガソス側の銃声が響くが落下してくる黒塗りの兵士は手に銃器を構えることもなく無手で迫ってくる。

……いったいこの特攻の意図は何なのだろうか

ペガソスは近づいてくる兵士の胸や腹に大量に巻かれた黒い箱に気づき驚愕する。


「ヤバイ‼︎ C4爆弾デス‼︎」


兵士の身体が陣営の真ん中に到達すると共に凄まじい轟音が辺りに響き『death』の文字が煙の端から浮かぶ。

ペガソスは伏して難を逃れたが数名が爆発に巻き込まれ地面までもが削れるほどの衝撃だった。


「チイィッ! ナオガールはサイコパスデスか⁈」


AIとは言えここまで味方を道具として扱うプレイヤーは稀だ。

ペガソスは驚愕と畏怖を覚えながら被害を確認する。

……シールド兵2名は死亡、衛生兵の足も吹き飛び移動は不能


「なんじゃああああ⁈ おい! いけるのか、ペガソス⁈」


退蔵の問いにペガソスは口の端を歪めながら笑う。


「被害は甚大でしたが、これなら勝てマス……! あの生意気なナオガールに鉛玉の味をオシエテやりまーす‼︎」


そう、ペガソス自身は無傷であり動ける兵士は後1名いる。

対して奈緒は残り1人だ。


さあどう仕留めてやろうか、とペガソスが計算し始めたその時だった。

プロロロ……とくぐもるような機械音がどこかから聞こえてきた。

不審に思ったペガソスはスコープを持って辺りを見回す。


「なんじゃあ? 奈緒の悪あがきかあ?」


鼻くそをほじり始めた退蔵に対してペガソスは顔を青ざめさせた。

……これは‼︎


「ヤバイデス……‼︎」


空に響くのはローター音、このゲーム随一の兵器である軍用ヘリ「コブラ」の発する機械音であった。

ペガソスは身を伏せて瓦礫の間に這いつくばった。


(何て事だ……! ヘリに乗る工兵は銃器を持てずナイフしか所持出来ない……! リスクよりリターンを取ったということデスか⁈)


このゲームではフィールドによるが低確率で戦車やヘリコプターなどの兵器が一つだけ隠されている事がある。

戦闘に不利な工兵を選ばなければそれらを操縦する事は出来ないが兵器を発見し乗り込む事が出来ればほぼ勝ちが確定するくらいのぶっ壊れ性能と言われている。

ただ、リスクが高すぎるので工兵を選ぶプレイヤーはほとんどいない。


(クソッ! ここまでの分散戦術やトラップ、無謀に見える特攻命令はフィールドに隠れたヘリを探す為の時間カセギのオトリでしたカ‼︎)


コブラには赤外線装置が搭載されており隠匿は不可能である。

ペガソスの抵抗虚しく明々と照明をたたえたコブラはその巨体をペガソスたちの前に表しやがて前方に装備された銃器から激しい驟雨が放たれる。

1人また、1人とペガソスの味方がヘリの銃弾に倒れ辺りには煙硝が立ち込めた。


(クソッ……! 遊んでヤガる!)


巨大な暴力がローターの轟音と共にペガソスの前に立ちはだかる。

ボロボロになった黒いジャケットを外したペガソスは無駄と思いつつ立ち上がり、マシンガンを構える。


「ナオガール‼︎ お見事デス! しかしフィールドに兵器が隠されていなかった場合はドウするつもりダったのですか⁉︎」


ペガソスの問いに備え付けられたスピーカーから女の子の声が現実に響いてくる。


『その時はナイフであんたの喉を掻っ切るだけだよ。だってあんた脳筋の無能じゃん』


「ファァック‼︎ ナメヤガッテ‼︎」


ペガソスはギリギリと歯を噛み締め逆境に抗おうとする。

しかし、この状況は絶対不利だ。突撃を躊躇っていると煽るような高い声がスピーカーから現実のペガソスを刺激した。


『お喋りはお終いだな! ほらほら! どうした⁈ 自慢のそのデカイので向かってきなさいよ‼︎ このヘタクソ!』


「ウオオオオ‼︎ おのれ! ファッキンガァァーール‼︎」


切れたペガソスはバカでかいマシンガンをヘリのコクピット目掛けて乱射しながら突進する。

勇敢な突撃はしかし、厚い装甲に阻まれやがてヘリの銃口がゆっくりとペガソスの方を向いた。


『このノロマ! じゃあな‼︎ 地獄へ落ちな! ベイベー‼︎』


「ギャアァァァァ‼︎」


ヘリの掃射がペガソスの全身を貫き頭に『death』の赤文字が浮かび上がる。

ゲームセットと同時に現実のペガソスの身体に電流が奔り床へと頽れた。

闇のゲームの罰ゲームである。


「おのれ! おのれ! あともうちょっとじゃったのに‼︎」


倒れるペガソスを尻目に退蔵は悔しさに地団駄を踏んだ。


『はいはい、闇のゲームおしまいね』











──バリオカート


「グアアアアア‼︎ クソッ! デッテイウメ‼︎」



──イカトゥーン


「グアアアアアッ‼︎ ローラーにヒカレタ!」



──スマプラス


「アアッ‼︎ ナンデェッ⁉︎」


あれから数時間。

ジジイとペガソスはしつこくゲームタイトルを変えて私に挑んできていた。

その度に増えるのは私の取り分と白目を剥いて倒れるペガソスのチェキなんだが。

そろそろ飽きてきた。

リンゴジュースを飲み干しながら私は大きく欠伸をする。


「…….もうそろそろお開きにしない? そろそろ物理的にペガソスがあの世にいっちまいそうなんだけど」


白目を剥くペガソスを背に手で欠伸を抑えながらジジイを諭すが床に伏せると手足をバタつかせて喚き始めた。

デパートのガキかよ……


「いやじゃい! いやじゃい‼︎ 奈緒を倒すまで続けるんじゃい‼︎」


「このヘタクソじゃ無理だって。もう諦めて帰れよジジイ……」


私はため息をついて本日ジジイからせしめた景品を確認する。

東大に入れるほど賢くなれる薬、ミラ・ジ○ボビッチの体型になれる薬、ジジイが海底に建造した超巨大ロボットの鍵などである。

……もうなんていうか今日は宴会だな、うん


「ねえ、なおちゃん…… そろそろパパを元に戻そ?」


何も聞こえないので私は夕飯の準備をする事にした。


「ええい! 次はこれじゃあ!」


「もう帰れってジジイ」


「そうですよ、お爺さん。もうこれ以上奈緒に迷惑かけちゃいけません」


聞き覚えのある柔らかい声が聞こえてきた。


「ば、ば、婆さん⁉︎」


いつのまにかリビングに入ってきていた私の実の祖母でありジジイの連れ合いである婆ちゃんはジジイに歩み寄ると額を掴みメキメキと力を込め始めた。


「いででででで‼︎ わかった! かえりゅ! かえりゅう‼︎ 分かったから離して! 婆さん‼︎」


どうやらジジイを回収してもらえるらしい。

ちょっと疲れていた私はソファに沈み込み感謝の意を込めて婆ちゃんを見上げる。


「はあ、助かったわお婆ちゃん。でも旅行じゃなかったの?」


「うちのバカが迷惑かけたわねえ、奈緒。いやあ、初めは私たちも舞い上がっちゃって旅行に行こうと思ったんだけどねえ。やっぱり直子と話し合った結果、おかしい、これはジイさんの仕込みだ、なんか悪さしてるに違いない、と言う結論になって金券ショップで換金してから急いで戻ってきたというわけよ」


「なるほど、さすがばあちゃん」


私が感心して頷くと透明親父がイキリ始めた。


「ざまあないな! クソジジイ!」


「空中に浮いてるだけでいいご身分だな親父」


今日はほんと何もしてないなコイツ。

その後婆ちゃんの指示によりジジイは渋々ながら親父の魂を身体へと戻した。

戻った親父は全裸のまま飛び上がって喜ぶ。


「ふう、パパやっと元に戻ったよ! さあ胸に飛び込んでおいでなおちゃん!」


「まずは服を着ろ」



「奈緒、パパ。父さんがまたまた迷惑かけたみたいでごめんね」


またまた見知った声が聞こえてきた。

スーパーの袋を持った母ちゃんが帰宅したようだ。


「ああ、母ちゃんおかえり」


「おお! 愛しのマイハニー!」


母ちゃんは全裸のまま駆け寄ろうとする親父の頬を掴むとニッコリと笑みを浮かべた。


「ちょっとその前に」


懐から親父の醜態を写した先ほどの写真を取り出し親父の額を掴む手に力を込め始めた。

……ああ、そう言えば置きっぱだったなあ


「この写真についてお話があるのだけど」


「ひっ⁉︎ 」


親父は当身を喰らい母ちゃんの肩に担がれリビングの外へと引きずられていく。

悪い事って出来ないもんだなあ……


「じゃああちらの部屋でお話を聞きましょうか? あなた?」


「ヒイッ‼︎ 助けて! なおちゃん⁉︎ パパ持ってかれる! 持ってかれるよ⁉︎ せっかく生き返ったのに⁈」


遠ざかる声が小さくなり、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった親父の懇願するような顔を最後にやがて重い扉がバタンと閉ざされた。


「等価交換やな……」


気づくと婆ちゃんがジジイを抱え、頬を掻いたペガソスを横に控えさせ帰宅の準備をしていた。

その手にはジジイの珍発明品も携えられていた。


「じゃあね、奈緒。これは本当にヤバイやつだから回収しとくわね」


「あー……」


うーーん、残念だ……

惜しそうにしているとペガソスが悔しそうな笑顔を浮かべながら手を振ってきた。


「ではまたお会いしまショウ! 次は負けまセンよ! ナオガール‼︎」


「もう来なくていいよ」


こうして私の正月休み最後の長い長い1日は終わった。

疲れ切った私は母ちゃんの買ってきた中華丼をがっつきながら宙を見つめ徒労に終わった闇のゲームを思い返した。


「なんだよ、タダ働きかよ……」












「おっはよー奈緒。どうしたの疲れた顔して」


「疲れたんだよ、見たとおり。婆ちゃんに没収されなかったらせっかく受験勉強の必要もなかったどころか世界すら取れたのによ……」


机に突っ伏しながら奈緒は隣の席の友人であるケイコに応える。

闇のゲームに疲れた上に徒労に終わったので2倍になって疲労が身体を襲っていた。


「やっぱり昨日おじいさんとゲームやったから?」


「そうだけど何で知ってんだよ」


ケイコがスマホを取り出し某投稿動画サイトの「天才マッドチャンネル」とかいうページのとあるサムネをクリックした。

そこには何と昨日の奈緒とペガソスとの戦いの全容が記録されていたのだ。

閲覧者は1万人を超えていた。


「あっのクソジジイ……!」


顔は映ってなかったが中には奈緒の汚い暴言の数々も収録されている。

聞く人が聞けば奈緒と分かるだろう。

……これは恥だ

思わず力の入った奈緒の握力にスマホがメキメキと音を立て、ケイコは慌てて奈緒からスマホを取り上げた。


「ちょっと! 私のスマホ壊さないでよ! ネットでは『外道のナオ』とか呼ばれてるよ」


「殺す……! あのジジイども……!」


奈緒は眉根を寄せて内心で怒り狂った。


「朝から物騒ね…… あっ、おはよう北村くん」


ケイコの目線の先には端正な顔立ちをした北村と呼ばれる男子学生がちょうど席に着くところだった。

爽やかな笑顔で北村は2人に挨拶を返す。


「おはよう、ケイコさん、ナオ」


奈緒も背筋を伸ばしながら何かを言おうとするが次の北村の言葉に思わず固まる。


「俺もその動画見たよ、すげーなナオ」


「もうその話はいいから……」


……北村に恥ずかしいところを見られた

奈緒は再び机に自らの額を打ちつけ伏せた。

しかしそんな奈緒の態度にも構わず北村は尚も話を続ける。


「同じ大学行くんだろ、ナオ。受験勉強終わったらゲーム教えてくれよ」


たまにはジジイも役に立つんだな……

奈緒は顔を輝かせて北村に向き直った。


「わかった! 北村くんのためですもの!」


そんな現金な奈緒の様子を見てケイコはひび割れたスマホをしまい、やれやれとため息を吐いた。


「おーおー。いいですな、若いって」


ケイコが窓から見下ろすと校舎の外には雪が深々と降りしきっている。

受験生の戦いの冬はこれからが本番であった。

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