その九十九 逸出
『おおーッとぉ!?11人目の挑戦者が、またもや長身の形白の前に倒れたァ!!』
「はぁ……はぁ……」
倒れる魔族に送られるのは、割れるような歓声。
大勢の魔族に囲まれた闘技場には2人の形白が立っていた。
『さてこの形白、どこまでいけるのか見物ですッ!さあ、次の挑戦者はァ_______________』
「これで11人目ですか……さて、これに終わりはあるのでしょうか」
「レ、レイミ……大丈夫?」
「大丈夫ですよ。きっといつか、助けが来ますから」
「うん……ごめんね」
薄く微笑むレイミの身体は血に塗れていた。
ほとんど迎え撃った魔族の返り血だが、やはりそこには彼女自身の血液も含まれていた。
レイミに目立った外傷は見当たらない。
だが、それ故にマインは不安であった。
この状態がいつまで続くのか。これが破られた時……。
「……っ、ごめん、ごめんレイミ」
剣に掛けた途端、動かなくなる腕。
マインはそんな自分を強く呪った。
聖別があれば、この場の魔族全てを倒せる。
自分が戦えたなら、レイミには何の苦労もなかった。
『戻るんじゃないか?お前を、殺せば……!』
「ひっ……」
あの光景が邪魔をする。
首に掛けられた手、虚ろな意識で見たあの人の顔が。
あの日と同じ恐怖を味わうと思うと戦うのが怖くなる。
『さあて!では次の挑戦者に入場していただきましょう!』
「ウグオオオオォォ!!」
上がった鉄格子から現れたのは巨漢の魔族。
大きな拳と分厚い脂肪が武器のようだ。
「ちぃ……デカいですね」
レイミは辟易した。
手にはナイフが1本、衣服に3本、そして靴に仕込んである毒を塗った物が1本である。
短剣がいくらあっても、あの脂肪を貫く術は彼女にはなかった。
「どうにかして急所……心臓か、脳天くらいなら」
「ヘヘヘハハァ!オニンギョウサン、ブッツブシテヤルォ!」
ドスドスと走る魔族を見極める。
魔術が扱えるほど魔力はない。
攻撃手段は殴打のみだろうか。
インテリぶって分析してみるが、彼女にとってはあまり意味が無かった。
「トミセカケテ、メツブシダア!!」
「_______________小賢しいですね」
レイミは上がる砂埃に驚きすら見せない。
彼女の「超反応」なら、見てからでも対応出来るからだ。
「ンナニィ!?ナラ、コレデ!」
何度も下ろされる拳を掻い潜ると、魔族の体に蛇のようにまとわりついた。
狙うは一点、魔族の胸部だ。
「さよな、らっ!!」
めいっぱいに短剣を突き立てた。
腕を抜ける、確実に打ち込んだ感触は勝利を確信させた。
「ァ、イッテェナ!!」
なおも動き、レイミを捕らえようとする掌。
それさえも反応して避け、レイミは魔族の身体を上へ上へと登っていった。
コイツの急所は胸には無い。ならば、次は頭だ_______________。
キンッ
「なっ、クソ!」
脳天に刺すと同時に折れるナイフ。
度重なる戦いで疲労していたのだ。
この状況すら予想出来なかったレイミ自身にも、もう限界が来ていた。
「次の、反応_______________ぁ、!!」
予想外の方向からの拳がレイミを捉える。
流れゆく景色で見られたのは、不規則に曲がる魔族の腕。
「レイミっっ!!!」
マインの悲痛な叫びと同時に、細身な身体は飛んだ。
くの字に折れた体は何度か転がると、震えながらも起き上がる。
「いっ、た……デカいの、貰っちゃいましたね」
心配そうに見ているマインに、小さく笑い返す。
受けた右腕にはもう感覚が無い。
仕方なしに、利き腕ではない左でナイフを握った。
「ハハハ!トドメッ!!」
「くぅっ、ああああ!!」
残った奥の手。
レイミは飛び上がり、靴から引き出した毒のナイフを背中に突き立てた。
ケイナの時とは違う、即死級の毒が魔族に回った。
ド ズ ン
巨体が倒れるのを確認すると、再び歓声は上がる。
『12人目の魔族も倒れたァ!!この形白、どこまでやるというのかァ!!』
「ちっ、全く、るっさいですねコイツら」
コロセ。コロセ。コロセ。
不愉快なコールの中、レイミは千鳥足でマインの下へと戻った。
「レイミ、もうやめて。私が、出ますから!だから、もう……」
「そんな震える手で言っても説得力無いですよ。出ても何も出来ませんって」
マインは服の袖を破り、動かないレイミの右手をしばった。
ほとんど意味をなさない応急処置。それでも、それがマインの出来る精一杯だった。
「ごめん……ごめんなさい……」
「なんで泣くんですか……しょうがないですって。他にいませんから」
「うぅ……レイミィ……死なないでくださいぃ……」
「大丈夫ですよ。私は死にません」
「でも……でも……」
「はぁ……じゃあ、約束です。決着着いたら2人でお酒を飲みましょう」
「ぅえ、お酒?」
「そういう約束です。マリ様には止められてますから、内緒で2人で飲みましょう。美味しいんですよあれ。帰ったらまた飲みたいと思ってたんですよ」
「はい……約束。絶対、ですから」
「はい。約束しましたから。絶対に生き残りますよ」
レイミはマインの指を唯一動く左腕で弱く握ると、踵を返した。
『さあて!この形白の猛攻を止められるのかァ?!13人目の入場だァ!!』
「キィヘヘヘヘ!ヤッチャウゼェェ!!」
始まった戦い。
マインの手は自然と祈る形になっていた。
レイミに限界が来ているのは分かっている。
それでも、マインには送り出すことしか出来なかった。
「……何で、私なの」
『消えたくない』
『消えたくなかった』
『もっと生きたかったよ』
これは私の声。
魔力と化した後、微かに残ろうとする01達の思念だ。
あの日、私が生まれてからずっと聞こえている。
『なんで一番強いお前が何もしない』
『私の方が上手くやれる』
『お前なんて、何も出来ないノロマだ』
「そうよ……私なんて……私なんて」
可能性「超相伝」
この有り余る魔力も、強力な内包式も、使わなければ意味が無い。
形白は強くなり戦うため、セイヴハート家を守り、彼らの理想へと近づくために作られた存在だ。
「_______________うぐあっ!!」
遠くで、大きく飛ぶ小さな影。
何でレイミだけがあんな目にあっているの?
何故、私は何もしてないの?
「っ、レイミ……うっ!うぅっ!なんで、なんで!」
いくら剣に触れても鞘から引き抜けない。
進もうにも、あの戦いへと足が動かない。
『戻るんじゃないか?お前を、殺せば……!』
「ぅ……ぁ……」
『なんで、一番強いお前が何もしてないんだ』
「違う……あの人は、そんなこと言ってない」
響く01の声が、あの人と混ざった。
シネ シネ シネ シネ シネ
シネ シネ シネ シネ シネ
魔族達の押しつぶすような声が、私を否定する。
傷ついていくレイミを見ているだけ。
そんな私が誰に必要とされてるというのか。
ふと、そこで思いついた。
「そうだ、私が……!」
記憶の消去。
今の私が消えれば、次の01に託せば、レイミを救えるかもしれない。
胸に手を当てた。
「マインッ!!」
刹那、闘技場を響き渡った声が、マインの手を止めた。
「何、やってるんですかっ!!」
「……ぁ、レイミ……私、私が消えれば」
「バカ、言わないでください!!」
魔族と武器を交わしながらも、マインを見て言った。
「私たちは確かにセイヴハートのために生まれました。毎日アイツらに顎で使われて、死にかけたこともありますよ」
「でも、今は違います。自由があるんです!セイヴハートから離れた私たちは今、自由なんですよ!」
「自、由……」
「さっき約束しましたよね!お酒飲むって!やりたいことをしてもいいんです!どれだけ周りから言われても、望まれなくても、生きたいと思うなら生きてもいいんですよ!」
魔族の鉄鞭が、レイミの体を微かに裂いた。
「レイミ!!」
「っ!それでも、もし必要とされなければ耐えられない、生きられないと貴女が言うのなら……」
「私が!貴女を必要とします!貴女がどれだけ拒もうと、どれだけ死を望もうと、私が貴女をこの世に引き留めます!」
傷つきながらも、苦痛に耐えながらも、レイミは叫んだ。
それは他でもない、今のマインのために。
「だから、もう消えようなんて思わないでください!!」
「レイミ……なんで、そんなに私のこと_______________」
その瞬間、彼女自身の中にわずかながら残った記憶の断片が、頭を駆け巡った。
『初めまして01。私は貴女より新しい形白みたいですね……貴女の後輩として、セイヴハートに尽力します』
『……初めまして01。私のことはレイミと呼んでください……ええ、貴女の先輩ですよ。今は、もう』
『初めましてマイン……ああ、すいません。貴女のことです。ええ、私のことは……ではレイミ、と』
『いいんです。貴女に命を救ってもらいましたから』
それはかつての01達が目覚めた時の記憶。
どの記憶にも、レイミはそこにいた。
いつまでも寄り添ってくれていた。
「_______________私は」
違う。私が間違っていた。
あの怨嗟の声も、本当は違うのだ。
『代われ!私ならレイミを助けられる!』
『私なら助けられる!何でお前は何もしない!』
『レイミを見殺しにするな!この愚図!』
「そっか……皆、そうだったんだ」
望まれてない?必要とされない?
確かに少し怖い。だからって、何もしないのか。
居場所が欲しいなら自分で勝ち取れ。
今の私なら、それが出来るはずだ。
「大丈夫……皆、いくよ」
剣にかけた手は、重くない。
足も、ちゃんと前に進める。
でも少しだけ、戦うと思うと_______________。
『大丈夫。レイミも、姉さんも、貴女なら守れますよ』
誰かの声が私の背を押した。
もう何一つ怖くない、曇りのない胸中で、腰の長剣を振り抜いた。
「_______________聖別」
光り輝く金の長剣が、戦地を駆けた。




