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その九十七 渾身

 

「ウェルス……お前もいるのか」


 「進化の方舟」の本拠地である城内にて。

 ワタシはかつての従者ウェルス・ブルーファングと対峙していた。


「魔王、言っておくが私は手加減できないぞ」


「……分かっている。覚悟の上だ」


 見たところまだウェルス以外の魔族はいない。

 ウェルスの強さは五聖(グローリー)に匹敵するが、ワタシとセリルなら問題なく打ち倒せる。

 戦闘不能にする余裕はあるはずだ。

 身構えて、戦う覚悟を決めた。


「マリ様、貴女はここへ何をしに来たのですか」


「そちらの王を討ちに来た。貴様ら魔族を滅ぼしに来たのではないと、先に言っておく」


「滅ぼす気はない?その程度の覚悟で為せると」


「やると言ったらやる。今の私はそういう奴だ」


「……それを聞いて安心しました」


 ウェルスは薄く微笑むと、こちらに歩いて近づいて来た。

 セリルは警戒しているが、近づく彼は攻撃の素振りすら見せない。


「おいウェルスとかいうの……随分と無防備だな!」


「待てセリル!そいつは_______________」


 セリルの素早い動きがウェルスの胸を貫いた。

 握られた短剣は心臓の位置を的確に穿っている。

 元暗殺者らしいその一撃を受けて、ウェルスは小さく血を吐いた。


「ゴホ……僕に交戦の意思は、ありません」


「……!!」


「大、丈夫。この程度で魔族は死にません」


 ウェルスは刺さった短剣を容易に引き抜いて見せると、真剣な眼差しをワタシに向けた。

 これまでの彼には見られなかった、強い意思がそこに篭っていた。


「マリ様、タリムを救ってください」


 〜〜〜〜〜〜


「フィン・ランネル……こんなとこで会うとはね」


「久しいですね。ケイナ先輩」


 影に覆われた洞窟内。

 転送されたケイナとクルは、現れた2人の追っ手と相対していた。


「ケイニィ……彼ってマリーの言ってた例の?」


「ええ例の。本当にいるとは思わなかったけどね」


「ケイナ先輩こそ、何でこんな所にいるんですか?エージェントの(よしみ)で見逃してもいいですよ」


「ばーか。余計なお世話よ」


 ケイナは舌を出し、親指を下に向けて見せた。


「ねえフィン。あの人は知り合いなの?」


「そうだよ。あっちにいた時に少しだけお世話になったんだ」


「……ちょっと、仲良さげに見えるけど」


「ああ!そんな、メリルさんに比べればカス同然だよ!!」


 頬を膨らますメリルを、フィンは緩みきった顔で抱きしめた。

 敵を前にして急にイチャつき出したのだ。

 2人は空気の読めない行動に思わず顔を歪めた。


「今、カス呼ばわりされたのって私かしら」


「ケイニィ、落ち着いてください」


「フィン、好き。世界で一番好きよ」


「僕もだよ!メリルさん!」


「うへぇ……見てください、周りにハートが飛んでますよ」


「……心配して損した。アンタはこっちでもよろしくやってるわけね」


「ふ……当たり前だよ。「進化の方舟」は僕を受け入れてくれたのさ」


「弱虫のアンタのことだから、また虐められてんのかと思ったわ」


「弱虫かどうか、今ここで試してみます?」


 交差する鋭利な視線。

 向かい合った2組は互いの存在を警戒し合う。

 開かれ、点火の用意をした火蓋は。


「ウザ。フィン、コイツら殺しましょ」


 淡々とした呪詛と共に切って落とされた。

 刹那、メリルの手から放たれた光弾が2人を襲う_______________


白帝(びゃくてい)盾部隊、整列!」


 騎士による城壁の如きスクラムが立ちはだかると、光弾は音を立ててぶつかり消えた。


「闇、闇、闇。告げる毎集う影こそ、我が盟友」


 クルの詠唱は辺りを包んでいた影を不気味に踊らせ、凶器へと姿を変えていく。

 影の向かう先は無論、出口を塞ぐ2人だ。


「_______________メリルさん!!」


 ド ゴ ォ ン !!


 メリルを押しのけたフィンごと、影の武器は床を砕いた。

 砕け、飛び散った破片がクルの頬を掠める。


「ケイニィ、ナイスガード……ってあら?あの人殺してよかったんでした?」


「やってからじゃ遅いわよ……多分大丈夫でしょ」


 申し訳なさそうに頭を掻くクルに、ケイナは嘆息する。

 だが、舞う土埃の向こうにはまだ気配があった。


 風を切る音。


 帳を破るように槍が飛んだが、ケイナとクルは何食わぬ顔で避けた。

 外れた槍は地を貫くと共に後方へと着弾した。


「はは、知り合いなのに容赦ないなあ……」


 影の向こうで蠢く肉の音が聞こえる。

 見えるフィンのシルエットは、分かれた身体をツギハギしているように見えた。


「知り合い?アンタみたいな化け物、知らないっての」


「てか、そもそもボクは知り合いじゃないですし」


「化け物なんて酷いな。こんなの魔力上手く操作すれば誰でも出来るのに……」


「……!」


 不気味に動き続ける影。

 どうやら再生に時間がかかっているようだ。

 そう踏んだクルは間髪入れずの接近を試みた。

 が、行動に移すよりも早くに_______________


「私のフィンを、よくも、よくもおぉ!!!」


 怒りの叫びが響き渡った。

 飛び出たメリルが手を広げると、無数の魔弾が取り囲むように現れる。

 全方位からの攻撃に、逃げ場はない。


「いぃ!?ケ、ケイニィ、ガードよろしく!!」


「そんな、無茶ぶりよ!白帝(びゃくてい)全方位、防御態勢!!」


 現れた騎士が、周囲の弾幕を遮った。


 ガガガガガガガガッ!!


 弾丸の嵐にケイナは思わず顔をしかめた。

 全方位な分、かけられる防御が薄いのだ。


「そのお人形遊びでどこまで耐えられるかしらねぇっ!!」


「うわ_______________ちょ、ちょ、ちょ、これそんな長く保たないわよ!!」


「ボクの詠唱魔術で防御します!もう少しもたせてください!」


「分かった!できるだけ早く_______________!!」


 弾丸の嵐の中。

 ケイナだけが気づいたのは、防御陣の外で起こる些細な変化。


 _______________さっき避けた槍が、動いている?


 後方に刺さった槍は魔導器、何かの仕掛け、魔力の揺らぎ、術式は……爆発の術式、今の白帝だけでは耐られないことは確か。

 その少ない時間の中でケイナの脳裏に浮かんだのは、己の身を投げての防御。


 2人が(あらかじ)め立てていた戦術はケイナが守って、クルが魔術で攻めるという単純なもの。

 ケイナの白帝(びゃくてい)に頼りきった能力では、火力に乏しいからだ。

 クルが反撃に転じれば勝てる。

 クルが無事なら、クルの魔術が間に合えば、この猛攻も凌げる。


「クル、後は任せたわよ!!」


「えっ?」


 走り出した。

 わざわざ攻撃を喰らいに行くのだ。

 当然だが、少しだけ怖かった。


「_______________先輩、そりゃダメですよ」


 ケイナの頭上に現れたのは小さな魔法陣。

 そして、脳内に流れる何かのイメージ_______________。


 〜〜〜〜〜〜


 白帝(びゃくてい)

 遺伝的な内包式(スクロール)

 兄姉は受け継げなかった

 アタシだけが受け継いだ

 戦いへの恐れ

 真価を引き出せない

 臆病な次期当主

 ビリッツァ家の命運は……


 持ったのが、お前じゃなければ。


 〜〜〜〜〜〜〜


「_______________っ、あ!!」


 ケイナは意識の空白から覚醒した。

 目に映るのは、ボロボロの白帝達。

 そして。


「ケイ、ニィ……起きましたか?」


 掠れた声が耳元に聞こえた。

 ケイナの背には、小さな体がもたれている。


「ああ、言っときますけど、一応防御は間に合いましたから……死んでませんよー、勘違いしないでくださいね」


「ぁ……大丈夫そう?」


「多、分。次同じの来たら、死ねますけど」


「そ。じゃあこれ、終わったら……アタシ、アンタの言う親友ってやつ、になってあげようと思ってるんだけど、どう?」


「へへ……やった2人目ー。喜んでなりますよ」


「……そこで見てなさい。片づけてくるから」


「無理、なさらずに……」


 じゃあ、攻守交替ね。

 ケイナは立ち上がり、前の敵を見据えた。

 立っていたのは五体満足になったフィンと疲弊しきったメリル。


「あれ。先輩まだ生きてたんですか?」


「_______________ビリッツァ家相伝」


「後ろの子はつらそうですけど、ほっといて大丈夫なんですかねぇ?」


 耳など貸すな。今は集中しろ。

 たった今、憎き宿敵となった者を睨みながら唱えた。

 それは試したこともない、ビリッツァ家が秘めていた技術。


白帝(びゃくてい)、鎧袖一触」


 崩れた騎士達は魔力の塵となり、ケイナの元へと集う。

 手甲、肩当、鞘……白銀がケイナを武装していった。

 今までの騎士紛いのハリボテを並べるのとは違う。

 白帝(びゃくてい)とは本来、術者を武装するための内包式(スクロール)


 形成された白銀が彼女を覆うまで、そうかからなかった。


「_______________じゃあ、行くわよ」


 ボ シ ュ ン !!


 背に生えた金属製の翼が魔力を噴出。

 スラスターじみた加速が、ケイナの背中を押した。


「っ、!!」


 息を呑む。

 心臓が強くポンプすると、全身が張り裂けるような感覚になる。

 巡る苦痛は、強化による感覚の過敏化と強制的な魔力の底上げによるもの。


 だが、過ぎる時は一瞬。

 唸るような苦しみに耐えていると、フィンへの接近などあっという間に感じられた。


「はっ、でも強そうなのは、見た目だけですよねぇ!!」


 浮かぶ魔法陣。

 白帝には耐魔の効果がある。

 フィンの内包式(スクロール)など、今のケイナにとっては些細な事象だ。

 だが、それでも彼の力はわずかながらケイナに届いた。


 流れる何かのイメ_______________


「しゃらくせえ!!!」


 ド ゴ オ !!


 構うか。

 悪い夢など寝ている時だけで十分だ。

 振り切るような殴打が、フィンを吹き飛ばした。


「ウボォ!!……う、が」


「人のトラウマ弄り回して、性格悪いったらないわね」


 嘲笑うわけでもない。

 ケイナはただ呆れるように呟いた。


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